還暦夫婦のバイクライフ4

リンのGSX-R750壊れる

 ジニーは夫、リンは妻の共に還暦を迎えた夫婦である。
 9月のある日。
「リンさん。今度の土曜日、オイル交換しに行くから」
「あー、そうだったわね。予定します。その後は?」
「何も考えとらんよ」
「あっそう」
リンが詰まらなさそうにつぶやく。ジニーが少し慌てる。
「えええっと、午前中にオイル交換に行って、その足で近場でも回るかなって感じ」
「わかった」
 土曜日がやって来た。愛媛バイク商会は午前10時からの営業なので、それまでに家の用事をさっさと済ませる。掃除やら片付けやらをバタバタっとやって、10時過ぎに二人はバイクに乗って愛媛バイク商会に向かった。
「おはようございます。岩角さん、よろしくです」
「いらっしゃい」
店主の岩角が、事務所から顔を出す。ジニーとリンは事務所に入って、いつもの椅子に座る。岩角がコーヒーを入れてくれた。
「今日はどこか行くん?」
「うーん。考え中です」
ジニーが答える。リンは、テーブルの上のウェアカタログを手に取る。岩角は作業場に行き、R750からオイル交換を始めた。
 ジニーはバイク雑誌をとって、パラパラとページをめくる。リンはスマホを出し、カタログを見ながら何かを探している。40分ほどのうちに2台のオイル交換が済んで、岩角が事務所に戻ってきた。
「出来たよ」
「ありがとう」
ジニーは2台分の交換費用を支払う。
「ところで、どこか行くとこ決めた?」
「そうやねー。前に岩角さんが言っとった、今治のご飯屋さんに行こうと思うんだけど、リンさんどう?」
「いいねー。じゃあ、さっさと行きますか」
ジニーとリンは、店主に礼を言って席を立った。バイクにまたがり、エンジンを始動する。
「じゃあ、また寄ります」
「気を付けて」
二人は走り始める。
「ジニー、今何時?」
「今?12時ちょっと前」
「ガソリンは?」
「今治に行って帰れるくらいは入ってる」
「そうね。それにしても、オイル交換したら本当にエンジンの調子が良くなるね」
「明らかに違うのが体感できるな。まあ、すぐに慣れてわからなくなるけど」
二人はR196号バイパスに入り、今治向けて走る。北条手前のトンネルを2本通過した所で、リンの乗るバイクに異変が起きた。
「あ。ジニー、メーターに赤ランプが点灯した」
「何?エンジン普通に回ってるよな?」
「うん。赤ランプ点いた以外は、普通だけど」
「ちょっとあそこに寄せて、止まって。エンジン止めずにな」
リンは少し広くなった所で、バイクを寄せて止まった。ジニーが横に止まって、メーターをのぞき込む。
「う~ん、あ‼フォルトコード出てる。これ、あかんヤツや。前のバイクの時の経験でいえば、多分発電してないな。急いで帰ろう。バッテリー空になったら、エンストして二度とエンジン動かんぞ」
「岩角さん所まで届くかな?」
「多分無理かも。この先から旧道に出て帰るから、ついてきて」
「りょーかい」
ジニーとリンは少し先の横道に入って、バイパスから降りた。そのまま堀江を抜け、平田町のバイパス交差点まで帰った所で、リンのバイクは力尽きた。
「ジニー、エンストした」
「丁度良かった。そこの歩道広いから、そこに止めよう」
ジニーは素早く自分のバイクを歩道に押し上げ、続いてリンのバイクも押し上げた。歩行者の邪魔にならないよう、端に寄せて止める。
「さて、どうしたもんかいな。まずは岩角さんに連絡してと」
ジニーはスマホを取り出し、岩角に電話を掛ける。しばらく話をしていたが、どうするか決まったようだ。
「何て?」
リンが不安そうに尋ねる。
「今、お客さん待たせて修理しているから、出動できんって。まあ、JAFにお願いして運びますって言っといた」
「ここから5Kmくらいだから、押していく?」
「いやです」
ジニーは会員証を取り出し、JAFに連絡をした。少し長めに話をして通話を切る。
「1時間半ほど待ってくれって」
「そう。じゃあ、あそこで呑気に昼飯食べよう」
リンが指さす方を見ると、蕎麦屋があった。
「いいねー。でも昼時だから、しばらく待つかも」
「時間はいっぱいあるし、問題ないでしょう」
二人はバイクにカギをかけて、蕎麦屋目指して歩いて行った。
 蕎麦屋は混んでいたが、10分ほど待ったところで席に案内された。それぞれメニューを見て注文する。しばらく待ってやってきたそばを、ゆっくりと食べる。
「今日は今治で鯛飯と海鮮丼だったのに、残念だったな」
ジニーが、あまり残念でもなさそうに話す。
「ジニー、元々炊き込み系のご飯好きじゃないくせに。鯛飯とか釜めしとか」
「うん、まあ、そうなんだけど、たまにはいいかなって思ったんだよね」
「そういえば、今日行こうとしたご飯屋さんって、この前も行こうとしていけなかったよね。近所まで行っていたのに」
「ああ、そうだった。理由は忘れたけど」
「これはたぶん、縁がないわね」
リンは確信したように言った。
 お昼を蕎麦屋ですませて、二人はバイクの所に戻った。まだ時間は早いが、いつ来ても良いようにバイクのそばで時間をつぶす。やがて、時間通りにJAFがやって来て、バイクをピックアップした。リンが一緒に乗って、愛媛バイク商会へと戻った。
「お帰り。どんな感じ?」
「走ってたら赤ランプが点灯して、何やらフォルトコードが出ました。多分、電気が出ていないと思う」
ジニーが説明する。岩角は作業場にバイクを入れ、バッテリーチャージャーをつないでエンジンを始動した。それからテスターを接続して、点検を始めた。
「これは、レギュレーターが完全にアウトやなー。それと、ジェネレーターもダメかもね。これはレギュレーター交換してからの判断になるけど」
「わかりました。修理してください」
「見積もりは?」
「いらないです。いずれにしろ直さないといけないので」
「わかった。次の土曜日までには直すよ。部品はたぶんメーカーにあるから」
「あ、じゃあカウル外すついでに、あそことここと・・・」
ジニーが岩角と打ち合わせを始めた。リンは聞いてもわからないので、事務所に引っ込んで、椅子に座って男どもの話が終わるのを待っている。しばらくして、ジニーと岩角が事務所に戻ってきた。そこから3人でしばらく雑談を楽しむ。
「さて、帰ろう。じゃあ、お願いいたします」
「連絡する」
ジニーはリンを後ろに乗せて、家に帰った。
 次の土曜日。昼過ぎにジニーとリンはバイクを取りに愛媛バイク商会へ向かった。
「こんちはー」
「いらっしゃい。直っとるよ。やっぱりコイルが焼けとった」
岩角がジニーに、外したジェネレーターを渡す。2か所ほどコイルが焼けている。ジニーはにおいを嗅ぐ。
「こげくっさっ。でも、なんでこうなる」
「理由はわからん。レギュレーターは完全にアウトだったし、壊れるときは同時というのはよくある話だね」
岩角はジニーから壊れたジェネレーターを受け取りながら答えた。
「あと、打ち合わせ通りにやっといたよ」
「ありがとうございます。おいくらですか?」
ジニーは財布から8諭吉出して支払った。
「今日はどこかいくん?」
「この前行きそびれた今治のご飯屋さんに行ってみる」
「ん?あそこ昼の部は2時までじゃなかったっけ?今からじゃ間に合わんと思うけど」
「ジニー、ちゃんと調べたら?」
リンに言われて、ジニーはスマホを出して、店舗情報を確認する。
「え~っと、あった。午前11時から、午後9時までになっとる」
「そうなんだ。じゃあ行ってみようか」
リンも納得したのか、行く気になったようだ。
 修理が終わったバイクは、快調に走る。車の流れに乗って走り、今治のご飯屋さんに到着したのが午後2時30分だった。でもなんだか営業している雰囲気がない。ジニーはバイクを降りて、店の前まで行った。
「あ‼リンさん残念。営業午後2時までだった。ネット情報にだまされた」
「ジニー。まあしょうがない。おなか空いたし、別の所に行きましょ」
「うん。でもやっぱり本当に、ここにはご縁がないなあ」
ジニーはしみじみとつぶやいた。

還暦夫婦のバイクライフ4

還暦夫婦のバイクライフ4

  • 随筆・エッセイ
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2022-11-21

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