堕落生活から

描けない。

何をしてもただの一度も心躍ることがない。
筆を握って、キャンパスの前に座る。伝えたいことはあったっけ。
きっとこれはスランプ。それを脱するためには、何かきっかけがないと。
だから、どこかに出掛けるのがきっと良い。今日はいい天気だ。気分転換にでも行こうじゃないか。

…でも昨日履き慣れた靴は、さすがにガタが来てしまって捨ててしまった。お気に入りだったのに。
新しい靴は、あるけれど、そんな気分じゃない。

「…出掛けるのは無しだな。」

しかも、朝から何も食べていない。…買いに行かなければ。
後ろ髪が跳ねている。…直してから出かけなければ。

…はぁ、何をするにも億劫だ。更に出たくなくなった。

現実逃避してテレビをつける。ちょうど子供向けのアニメがやっている。
主人公が悪を倒す、そんなものに心が躍っていた時期もあったっけ。

部屋にはいろんなものが転がってる。脱いだ服やら、いつか食べ終わったままの容器やら。
…仕事道具やら。荒れ果てた部屋にポツンとキャンパスと椅子。

もうどれだけ描けていないか分からない。
携帯が鳴りだす。きっと催促の電話か母親だろう。どちらにせよ、出なくて良い。

死んだ目で、ずっとテレビを眺める。目に映るのは、その画面の光だけだろう。
ハイライトなんて、あるわけない。

ぐるぐる考える。
…描きたいものってなんだっけ。そもそもなんで描き始めたんだっけ。なんで描けなくなったんだっけ。
答えは記憶を辿れば、見えてくるはずと信じて。
それでも描けないのは、憧憬は泥に塗れてしまったから。

脱したい、今すぐ。この堕落した生活から。
それでも、キャンパスの前に座っては、筆を握りしめるだけ。

…あぁ、また。涙。

もうこんなことを何回も繰り返した。繰り返して、繰り返して、摩耗した。
過去。この汚い部屋で幸せに絵を描いていた記憶がもう無い。
上書きされてあるのは自堕落に生活している記憶。

これがきっと物語ならば、起承転結の”転”がない物語。
なんてつまらないんだろうか。今すぐ結してしまいたい。
大きな変化なんて起きないだろう。
堕ちた末、上がる気がないなら、ただ行き着くところまで行ってしまうのが現実だ。

「…どうしようか。」「…どうしようね。」

自問自答する。決意は固まらない。

動かないまま、ただ考え続けた。

描けない。答えが出ない。


…ならば、答えがないのなら、最初に戻ろう。
この物語の原点は、あるのはこの荒れ果てた部屋の記憶だけだ。
目の前にあるものが現実だ。…この生活さえも題材にしえしまえばいい。

雑に投げられた服、食べたゴミ、ゴミ、ゴミ。絵具で汚れた部屋。
それをこの真っ白なキャンパスに描いてやろう。落としてやろう。

夢中で筆を動かし続ける。細部まで、ありのままに。

なんのテーマ性も織り込まれていない。
こんな絵、展示などできやしないだろう。
一円の価値すら無い。…それでも


そして描き上げた。

「…ゴミだな。」

そうこぼして、はっ、と吐き捨てるように笑う。くだらない。

そして私は、その絵を破る。
破って、破って、破り捨ててやった。
きっと明日の朝、この部屋のゴミたちと一緒に捨てられる。

そして明日は、新しい靴を履いて、外に出よう。
目に映った景色、全て描いてやろう。全て破り捨ててやろう。納得するまで。
何もかも自由なのだから。

堕落生活から

堕落生活から

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2022-11-21

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