イマドキのわたしたち

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 住宅街の小ジャレた喫茶室のドアを開けると、ミッチがいつもの席にいた。
わたしは大急ぎで買い込んだ母のためのシフォン・ケーキを片手に、笑顔で合図する。
「早かったじゃん」
「うん。速攻ですませたから。だって、お小遣いピンチなんだもん。こ~やって、お母さんにプレゼントするとね、心象よくなって補填してくれるの。これは1,500円だけど、5,000円はくれるもん」
「ええ~?、悪(あく)ぅ。でも、うふふ、親ってそんなもんだよね」
優しい薄桃色の小袋に入ったケーキを、お店の人に頼んで冷蔵庫に保管してもらうと、あらためて彼女を見る。

 パッチリした日本人らしい素直な目が明るい。
(ミッチはやっぱり美人だな)
心の中で正直に思う。
「なに? 見つめちゃって」
「うん。そっちの趣味に走ろうかな? って」
「は? そっちってそっち? やめなさい、しゃべりだからいいけどSNSだったら超ヤバ」
2人で同時に笑う。
そう。
わたしたちはSNSを信用していない。

「書き言葉は、怖いよね」
ミッチの言葉に首がもげるくらいうなづける。
巷では中学生のころからSNSは急速に利用度が上がって、高2くらいになるとほぼ100パーセント。
でも、LINEがトップなのは中坊止まりで、その後Twitterが逆転するけど、140文字と字数が増えても表情や声色がわからない繋がりは誤解を招きやすいのであぶない。

「書き言葉だって、ウソもつけるんだよ」
本当にそのとおりだ。
だから、わたしたちはSNSがなかった時代の人たちのように顔を合わせて、話し言葉を重視するようになった。
お互いの顔を見るとなんとなく文字より強く繋がってる感じがして、ちょっと安心する。
おんなじ「うん、いいよ」という返事でも、声の調子や顔つき、態度なんかで「すっごく同意」「肯定」「ちょっと腰引けてる」などが絵文字よりはるかにわかりやすくて楽。
大抵はスタバやドトールだけど、時々は高級な喫茶店で大人の雰囲気を楽しむ。
「ん~、いい感じ。あたしたちってけっこう先行ってるよね」
自分たちの先見性がちょっぴり自慢だったけど、同じような考えの人はいるみたいで、最近、アプリをいじりっぱなしの人は減ってきた気がする。
電車の中でも本を読んでいたり、軽く友達としゃべったり、目を休めているのだろうか、ボーっと窓の外に目をやっている人も増えてきた。


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 ミッチは過去にSNSで、すごく嫌な思いをしている。
きっかけはLINEグループでのほんの些細なこと。
「~それって良くないじゃない?」
とうい疑問形に「?」を付け忘れたというか「?」が欠落していたのだ。
「~良くないじゃない」
という断定的な言葉、しかも相手を非難する形になってしまっていた。
おまけに悪気がなかったせいで、2日くらい離れていたから、わたしが気づいて教えた時にはミッチを非難する陰険な文字の羅列。
彼女は急いで釈明して謝ったけど後の祭りで、面白がって煽る人もいて、スルースキルのあまりなかったころだったからもう、2人ともドッキドキだった。
ミッチをちょっと擁護しただけで、わたしも極悪扱いってなんなのだろう?

 みんな気心は知れていると思っていたのに、毎日毎日、怖いくらい嫌な気分にさせられてもう、クタクタになっってしまった。
他人の写真を無断で上げたり、極端から極端に走るヒトって一定数いて、結局、リアルでもさわっちゃいけない人なのだ。
別にSNSでインフルエンサーになる気もないし、みんながやってるので参加しただけなのだから、情報の共有から遅れてもいいやって割り切って、わたしたちは抜けた。
よくあることだからって、笑って続けられる人もいるのだろうけど、やめてスッキリしたのは事実。

「ミッチとの関係も深まったし、怖かったけどよかったぁ」
あとで、わたしが言うと彼女も、
「すっごく身につく勉強だった。梓弓(あゆみ)が助けてくれてうれしかったよ、感謝」
と、笑ってくれて、本当にいい経験だったと思う。

 公立のわたしたちの高校は制服がないから、今日のミッチはテルンとしたロング・ワンピ、わたしはシャツブラウスにフレアパンツ。
「すっぴんでも最低、女子大には見えるよね?」
ムーディな喫茶室で、ちょっとリッチなお茶しながらそんなことを話すんだけど、本当のところはどうなんだろう?

 大抵の生徒たちは入学時に購入した『なんちゃら制服』主体で最初の1年間を過ごす。
でも、2年の夏ごろになると私服の子が多くなる。
理由は制服は暑いから。
わたしも5月ごろから好きなものを着始めた。
服選びが楽しい反面、やっぱり面倒い時があって体育着のジャージとかにもなる。

 校則はゆるいのが自慢で、髪染めも髪型もメイクもネイルもピアスや男子の髭もOKだけど、あんまりチャラチャラしている子は少ない。
基本、運動部はそういったことは禁止だし、文化系や帰宅部の人たちは面倒くさがってフツーっぽいし、軽音やダンス部の派手めはむしろ特殊。
わたしはミッチと相談して2年になってからは帰宅部にしたので、自由な時間ができて楽しい反面、縦・横のつながりは薄れたかな。

 こんなことを書くと、「Fラン(努力しないで入れる大学・偏差値50以下)予備校なの?」と思われてしまうかも。
でも、一応進学校なので「GMARCH (ジーマーチ)、学習院(G)、明治(M)、青山学院(A)、立教(R)、中央(C)、法政(H)」や「SMART(スマート)上智(S)、明治(M)、青山学院(A)、立教(R)、東京理科大(T)」はフツーに鼻歌交じりだし、早慶もすんなり入れるので行く子は多いし、塾も使わずに超難関校に受かってしまう人もタマにいたりして地頭(じあたま)はいい。
わたしの祖父に言わせると、
「お祖父ちゃんのころは偏差値なんか軽く75クリア。堕ちたもんだよ、ホント」
と嘆くのだけれど、志望校があれば先生たちはビチッと指導してくれるし、自主自律・文武両道の美風もちょっぴり疑問符はつくけど、まだまだ残っている気がする。

 男子は大抵大らかだし、女子にも陰険な人は少ないと思う。
高校生になるとイジメがあるのは本当に底辺のドキュン校ぐらいしかないし、クラスのみんなもコミュ力が高くて、やりづらい人とも穏便に流している。
でも、その反動だろうか、SNSでは悪口があふれていたりして、つくづく「民度低すぎ。今の時代だな」と思ったりする。
わたしやミッチがSNSに距離を置き始めたのも、その裏表がちょっと怖くなったせいもあるのだ。

 ほかの学校は知らないけど、責任ある自由を提唱してるうちの学校は、高校時代を自分らしくに思いっきり楽しみたい人ばかりだから、情報の共有からちょっと遅れても浮くことはないからやりやすい。
だからクラスの中は自我の百花繚乱状態。
それぞれに個性を発揮しながら、記念祭やイベントでは「ま、いっかぁ」精神で問題ない程度にまとまる。
と、言うか、表(リアル)では基本、ヒトの気持ちをある程度は尊重できる人が多い気がする。
地頭がいいっていうのは、そういったところでも余裕があるのだと思う。
でも、先輩に言わせると、
「最近、偏差値上がってから、ガリガリ(がり勉)のおサルさんが増えてきた」
そうだから、ちょっと考えてしまうのだ。
こうやって表でも民度が落ちていくんだろうな。


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 そういえば、ミッチは最近恋したみたい。              
剣道部で結構強いって評判の男子で、彫りが深くて目の大きなソース顔。
動作もなんとなくキビキビしていてカッコいい。
みんなから級長(学級委員長)に推薦されたけど、断って文化系の図書委員に落ち着いたところがミッチにとって意外だったようだ。
内申書に書かれるから、いい気になって手を上げる生徒もいるのに、謙虚なところがズッキュンときたみたい。
英・数の授業は2年生まで少人数制(習熟度別)だから、1人1人の個性や意欲が見えやすいんだけど、彼は英語の発音がきれいで、先生に、
「おっ、キングス・イングリッシュ(BBC英語)だな。この間亡くなったエリザベスにホメてもらえ」
と言われてから、あだ名が『キングス』になった。
「ね、伝えなよ。見てるだけじゃ進歩ないし」
「え~? やだ。告ってフラれたら気まずいもん。3年生になったらクラス替えもないし」
確かにそれは言えてる。
3年生は2年のままの編成で持ち上がるだけ。
もし、思いを拒絶されたら……多分、卒業まで耐えられない気が。
それに女子の心情としてはやっぱりドラマのように男子から告白してもらいたい。

「梓弓(あゆみ)は? だれか気んなるヒトいる?」
「え~? いないよ」
「うそ」
「ホントのホント。やっぱ彼はちょっと年上がいいもん。ミッチもわかるでしょ。大学生とか社会人とか。だって、精神年齢って女子のほうが3歳ぐらい上なんだよ」
「う~ん……」
欲張っていろいろ言ってしまうけど、高校生の時なんてほんの一時期だから、みんなが言ってるように制服がカッコよければそのまま手をつないで、どこまでもいつまでも話していたい気持ちはある。
やっぱり彼はいたほうがいいのかな。

「でも、イチャつくって言うか、見せ付けてるヒトたちってヤだよね」
「うん、人前でなに必死こいてんのって、笑っちゃう」 
「うちの母はね、そういうの『はしたない』って言うの。なんとなく意味わかる日本語だよね」
「へ~、梓弓(あゆみ)のお母さん、いい。この前、アンケートで見たんだけど『高校生らしい爽やかな恋愛をしたい』っていう意見が半分以上だったよ。おんなじニュアンスじゃないかな」
「うん。キスとか体験とか煽るみたいなネットとか雑誌あるけど、あれぜ~ったいウソだよね」
「ウソ、ウソ。性を煽って得したい陰謀だよね。そんなのにノるの底辺しかいない」
「だよね~」
今の世の中、情報は取捨選択しなければいけないことくらい、高校くらいになればもう、常識。
それがわからない大人がわたしたちをワナにはめようとしても、意識高い系の人たちはお見通しのことを、そういう大人ってなぜ気づけないのだろう?
Hばかりが気持ちのいいことじゃない。
世の中にはもっとたくさんのいろんな気持ちのいいこと、楽しいことがあるのに、一部のドキュン系を取り上げて、イマドキの中・高生はHしたがりみたいに言われても、嗤うしかない現実をもっと知るべきだ。


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 恒例行事の10月の遠足はコロナの影響で、今年は近所になってしまった。
本当は江ノ島とかに行きたかったけど、うちのクラスは近くの鎌倉街道を歩いて途中の豊川稲荷でおみくじ買って、そこから大田黒公園に向かってクラシカルな建物や庭園を見たりしながら昼食、旧五日市街道を通ってゴールの学校に戻ることになっていた。
他の組も善福寺緑道から郷土博物館、猿田彦神社に回ってちゃっかり栞やキーホルダーを手に入れたりと、けっこう楽しそうな計画だ。

 当日は薄曇りの暑くも寒くもない日で、井の頭線の駅を起点に36人が三々五々、歩いて行く。
ミッチの好きな『キングス』くんがビデオ、もう一人の『文芸』くんがカメラで記録係として列の前後を駆け回る。
『文芸』くんは頭がすごくいいせいかちょっと理屈っぽくて、東京都主催の高校生の主張で最優秀賞を取ったりと、割と目立つ子だ。
そのくせ口数は少ないから、女子の間ではなに考えてるのかわからないメンドくさいヒトに認定されていて人気はない。
それでもみんなが平等に写るように、声かけしたり並ばせたりして、写真に収めている姿はなんとなく感じがいい。
「えぇ~、『文芸』くんって、けっこう気遣いできるんだ」
ミッチの感想にわたしもうなづけた。

 この2人が遅れがちな人を進行係みたいに追い立てたり、途中のコンビニや精肉店で買い物させるために先頭を待たせたりしたので、クラス全員が案外まとまったまま大田黒公園に到着。
それぞれ好きな場所に散らばって昼食に突入した。
「お腹すいちゃったよねぇ。これこれ。ネットでウワサのコロッケとロースカツ。念願だったの。やっと買えたぁ」
ミッチが得意げに広げるお弁当は、グルメ系の口コミで最近評判のお肉屋さん。
カツはわざわざ5つに切ってくれて、コロッケといっしょにソースがつけてある。
わたしは近くのお豆腐屋さんまで走って買った、天然酵母のベーグルとオカラサラダに豆乳プリン。
こっちはこれからいち押しになりそうなので、応援している。
「美味しいぃ~」
ミッチと半分分けにして堪能していると『キングス』くんと『文芸』くんがやってきた。

「昼食風景ね」
と、言いながら、ビデオを回し、パシャパシャ写真を撮る。
「2人かぁ、ちょっと寂しいな。おい、おれたちも混ざろうぜ。ワイドにすりゃ入る」
意外にも『文芸』くんが提案したので4人で自撮りに収まった。
ミッチはもう超ニッコニコで、どうリアクションしていいのかわからないみたいで、トギマギしながら言われるままだ。
去り際に『キングス』くんが、
「おっ、これ、あの肉屋の? も~らったぁ」
と、一番大きなカツの一切れを掠め取る。
「どろぼっ」
とっさに反応するミッチの声はすでに笑っていた。

 『文芸』くんがわたしのほうを覗き込む。
「腹減ってんだよねぇ、撮影でサ、食う暇ないんだ」
遠慮がちに言うので、ちょっと惜しかったけど美味しいって評判のプリンを差し出すと、
「いや、こっちでいい。2個しかないんだろ」
と、ニッコリしてベーグルを取った。
物乞いみたいなこんなことをするのすら意外だったけど、なんとなくほっこりする。

「おおい、記録ぅ~。撮ってくれぇ、こっちこっち」
大人数のグループが手招きしながら呼んでいる。
2人はすぐに走って行った。
「すっごい感激ぃ。も~どうしよって思った」
ミッチの興奮は冷めやらない。
「うん、『キングス』くん、ぜぇ~たい脈あるよ。よかったねぇ、写真まで撮ってもらったじゃん」
「なんか夢みたい。でも、『文芸』くんがわざわざ言ってくれたからだし……用心用心。ぬか喜びになりたくないもん」
やっぱり、他人の気持ちなんてわからないのだから、心は用心深くなる。
ただの気まぐれの可能性もあるし、ミッチの冷静になりたい気持ちもよく解る。

「梓弓(あゆみ)のほうが可能性大かも。今日思ったんだけど『文芸』くん、けっこうイケてるよね。ああいう頭いい子って好みでしょ」
「う~ん。まぁ」
「あのヒトあんまりしゃべらないから、ず~っと前から思いを秘めてたりして。さっき写真撮ったの、自分が梓弓(あゆみ)と写りたかったからじゃない? わたしや『キングス』くんは成り行き上のオマケ」
「え~? そうかな?」
そう言われて見ればそんな気もするけど、同じクラスでも『文芸』くんのことはよく知らないし、好感度が少し上がったくらいじゃせいぜい友達認定だ。
「やっぱ、脈はミッチだね。わたしはど~でもいいや」
ちょっと投げやりに聞こえるけど、これが本音。
やっぱりカレは年上希望だもん。


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 記念祭や合唱祭など授業以外の行事では、普段のクラスじゃ見えないみんなの本性とか、意外な面がわかって面白い。
『キングス』くんと『文芸』くんが製作した記録ビデオ「秋の遠足事情」は大好評で、視聴覚室が笑いと歓声で爆発したみたいだった。 
動画の中に静止画の写真をふんだんに散りばめて、ナレーションは『キングス』くんの担当。
ちょっと大人っぽい声がすっごくカッコいい。
原稿は『文芸』くんで、真面目な部分とフザケたところの緩急がとても巧み。
画像も、派手めで目立ちたがりのグループばかりでなく、地味派やちょっと付き合いづらい子達も満遍なく収録されていて、けっこう楽しそうにしているのが心地良い。
いっしょに見ていた担任が、
「おお~、いいぞ。おまえらけっこうまとまってんなぁ」
と、うれしそうに言ってたけど、本当にそのとおりに感じた。

「『文芸』くんって、口数少ないけど、割とこのクラスが好きみたい」
と、わたしがささやくと、ミッチも
「あのね、頭のいい子の中には頭の回転が速すぎて、言葉が怒涛みたいにアタマに溢れちゃう子がいるんだって。そうなると、かえって黙っちゃう。『文芸』くんはそのタイプかも」
と、穿ったことを言った。
「ふ~ん。じゃ、メンドくさいヒトじゃないかもね」
「あはっ、梓弓(あゆみ)、やっぱ気になるんだ。別に年上じゃなくてもいいじゃない?」
「えっ? ウ、ウソっ。ミッチでしょ。も~、『キングス』くん見る目がピンクのハートじゃん」
「え~? 問題発言~ん。わたしは冷静だよ」
「まぁたぁ、さっさと告ればぁ?」
「なになに?」
ちょっと声が高かったのだろうか、隣の子が興味深そうに割り込んできた。
「告るってだれ? 同じクラス?」
やばっ、この子は恐怖のスピーカー女子。 
「い、いや、違っ。こく、コク、コックリさん」
「はぁ?」
「だから、コックリさんに告るの」
「なにを?」
「占いのお告げ」
「ええ~?? なにそれぇ。……な~に言ってんだか。ま、ガンバって」
興味をなくしたみたいでそっぽを向いた。

「あ~、あぶなかったぁ」
ミッチが胸をなでおろす。
「だめっ、まだ知られたくないんだから。梓弓(あゆみ)は声デカイよ」
「ごめ。壁に耳ありだったねぇ」
2人でいっしょに笑った。
まだまだ、端緒についたばかりのわたしたちの恋。
これからどうなって行くのだろう?

イマドキのわたしたち

イマドキのわたしたち

意識高い系の高2女子の日常。 地頭のいい子達はこんなことを考えているんだね。

  • 小説
  • 短編
  • 青春
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2022-11-15

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