坂ノ上超常倶楽部 ②

 僕の名前は横溝清秀(よこみぞ せいしゅう)部活にも入らずに日々を自堕落に過ごす、高校2年の男子学生だ。それでは少しばかし趣向を変え、物語として以前の続きを記述したいと思う。勿論、僕も当時は全てを知る立場に無いので、後に得た情報や考察なぞを加味しての話となるが、是非とも聞いてほしい。

超常レポ2 『史彦』

 晩夏も過ぎ、緩やかな秋風が校舎の窓から滑り込み、カーテンを孕ませる季節。強い西日が、御影山の麓に立地する校舎の裏手を煌々と照らす。暗幕の飜える間隙から光線が射し込む教室の中、眼鏡の反射を疎むよう蔓に手を翳し、猫背で椅子に浅く腰を掛け、足を組む老け顔の男が居る。勿論、生徒だ。

「で?一体なに用だ、清秀」

 僕を【清秀】と呼んだ時点で察しが付くとは思うが、当然、知人である。赤塚史彦(あかつか ふみひこ)。馬鹿が付くほどの心霊オカルト・マニアで、僕とは旧知の仲だ。髪が短めで頬がコケ、痩せ型で銀縁眼鏡。まぁ、オタクの紋切り型である。プライドが高く、変に理屈っぽい所まで含めてだ。諸事情があって、今現在は距離を置いている。コイツが、この放課後の第2理科実験室に出入りしている事は前々から知っていた。去年、超常倶楽部なる同好会を作り、その顧問がアラケン(荒井健吾・理科教師)だと聞けば、必然的に部室はココになるだろうと察しもしていた。何故なら、本命の第1理科実験室は化学部が専有している。第1と違い、第2実験室は準備室と同程度の広さしかなく、長テーブルとパイプ椅子がセットで疎らに置かれているだけのガランとした部屋なのだが、要は中央にシート等を敷き、屋外では出来ない検証実験等を生徒達に披露するのに使う、まぁ、少し特殊な部屋なのだ。そんな理由で備品も殆ど無く何とも寒々しいこの空間にて、僕は史彦と対峙する形でパイプ椅子に半分ほど腰を乗せ、先刻から睨み合っているというワケだ。一呼吸の後、奴は眼鏡をクイっと上げながら視線を外すと、こう言葉を続けた。

「お前は、こんな場所には用なぞ無いハズだが……」

 それだけを述べると、組んだ膝の上で片肘を付き、顎の辺りを擦りながら視線を戻す。僕は眉をひそめつつも、あくまで冷静にこう切り返した。

「そう無下にするなよ、そっちにも有益な情報を持ってきたんだ」

 因みに部室内には、他にもう3人ほど部員(?)が居た。入って直ぐの黒板の前でパイプ椅子にどっしりと着席する男子。恰幅が良いと言おうか、まぁ、要するにデブだ。目つきが悪くふてぶてしい面構えでモデルガンらしきを弄って遊んでいる。癒やしのないデブは救いが無いな。その奥で突っ立っているコイツは見覚えがある。同じクラスじゃ無かったか?確か……女子にめちゃくちゃ人気があって……まあ、苦手なタイプだ。僕は興味の無いものにはとことん無関心なので、実際はどんな奴なのかサッパリ分からない。ただ、高身長でイケメンで性格が良さそうな見た目なのは理解る。そして、窓際で腰に両手を当て、コッチを観察するショートヘアの女子。少しクセっ毛で、大きな瞳に長いマツ毛。コイツに関しては、僕もよく知ってる。僕と史彦と同じ坂ノ上小学校時代の同級生で、史彦とは近所で幼馴染みでも在る、名前は斎藤千名美(さいとう ちなみ)だ。顔立ちの良さから隠れファンも多いと噂で聞いたが、昔から知ってる身としてはピンと来ないのも事実で、恐らく史彦も似通った感想だろう。それに本人の前ではとても言えないが、正直に打ち明けると脚が短い。要は短足だ。これがブスで内気なら確実にイジられキャラになっただろう位は短足なのだが、生来の押しが強い性格でいつもイジる側に君臨していた。それは兎も角として、僕が疑問符を付けたのは斎藤が部員とは考え難かったからだ。たぶん何らかの用事で顔を出しているに過ぎないのは態度を見ても理解る。実のところ、直ぐにでも話しを切り出したいのだが、コイツが居ると少し話し辛く、サッサと消えて欲しいと願うのだが……

「もしかしてコイツ、邪魔か?」

 目線だけを斎藤に向けて史彦が聞く。流石はかつての親友で、僕の気持ちを瞬時に察してくれた。だが問題は斎藤千名美の方である。

「なによ、アタシの前じゃ言えない話し?男同士で、あーやらし〜」

 とまぁ、女子特有のアレなわけで、席を外そうとかそう云う気遣いの素振りすら無く、下世話根性まる出しの姿勢だ。まぁ、こうゆう奴なのだ。

「いや、部外者に居座られてもな……」

 そう言って史彦のヤツは顎を引き、何も無い空間に視線を泳がせる。その含んだ台詞回しが気になり、僕は確かめずにはいられなくなった。

「それは、ナンだ、俺も含めてか?」

 すると、さもありなんと言わん表情を作り、僕を見ながらこう返して来る。

「当然だろう?昔の誼みとは言え、既に袂を分かった仲だ、特別扱いを求めるのは、ちと筋違いなんじゃ無いのか?」

 出たよ。オタク特有の面倒臭さが……だが正論だ。僕だってそんな甘えた腹積もりで出向いたワケじゃない。今は協力者が欲しい。その為なら多少の信念も曲げる覚悟だ。

「詰まり、部外者じゃあ無きゃ良いんだろ?」

 だが、僕は態度そのものを崩す気はない。コイツだってそんな事は求めてないハズで、これは離れていた期間を埋める為に必要な確認作業、謂わば儀式の様なものだ。

「それも況んや……入部希望者に対し、ウチは基本拒否権は無いし、部員に部室から出ていけとも言えんわな……」

 史彦は瞼を閉じ、少し嗤った。僕も同じ様で返す。

「だったら入部と行こうか、ただし、部長の対応如何によっては、直ちに退部という事も有り得るが?」

 僕と史彦の視線が真正面から絡み合った。態とらしく値踏みする様な表情を見せてはいるが、僕には奴の返答が理解っている。

「フン、まぁ良いだろう……お前が入ればウチも規定人数に達し、ようやく正式な部の仲間入りだ、部費も取れる、断わる理由も無い、抜けた場合はそのとき考える、とにかくコッチも実績が欲しいからな」

 ほぼ想像した通りの答えだ。それは史彦が、僕の知る小学校時代から何も変わっていない証左で、僕にとってはかなりの好都合と言えた。

「よし、成立だ……実は、第三者に確認して貰いたい事件に遭遇したんだ、どうにも俺ひとりじゃ判断に苦しい――」

 このままでは埒が明かぬと話しを切り出した僕を遮るように、横から待ったが入る。

「あ、チョット良いですか?」

 誰かと見ると、例のイケメン君だ。僕は話しの腰を折られ憤りを感じたものの、今は新参者の身だ。悔しいが大人しく彼の意見に耳を傾けるしかない。

「あのですね部長、清秀クンは昔馴染みの部長に悩みを聞いてほしくて来たんですよね?なのに交換条件を出すのは如何なものかと……」

 なんてことだ。イケメン君は中身までイケメンかよ。なぜこんな常識人がこんな同好会に在籍しているのかは兎も角、史彦はどう応えるのだ。と見守る。

「条件?俺は条件なぞ出した覚えは無いが――」

 その史彦の言葉に、更にイケメン君が被せる。

「いくら部員が欲しいからって、こんな強引な――」

 そこに、今度は史彦が重ねた。

「何故そう思う?」

 イケメン君は少し目を丸くして、海外ドラマ宜しく身振り手振りのジェスチャーを加えて説明する。

「いや、だって、ボクは清秀クンとは同じクラスですが、オカルトに興味のある人間にはとても見えませんでしたよ?」

 まァそうだろう。ある意味では正解だ。が、それを聞くや史彦は膝を打ち、大袈裟に右腕を横に振って、吐き捨てるようにこう言い放つ。

「阿呆ぬかせ!もともとコイツは俺が引くほどの超オカルト馬鹿だぞ」

「え?」

 イケメン君はまさか?との表情だったが、僕は内心ヒヤヒヤだった。と言うのも、ヤツは僕の黒歴史時代を知る人物なワケで、余計な事なぞ喋りはしないだろうか、と思ったワケだが、それもあながち杞憂では無かった。

「あれは、確か小学校四年の時だ、深夜にコイツの母親から電話が来た、清秀が帰らないので心当たりは無いかとの連絡だった――ところで御影山に廃神社が在るのは知ってるか?」

 コイツ、まさかあの事を?と、僕が止めようとしたタイミングで会話のボールがイケメン君に渡ってしまう。

「ああ……何か聞きますねぇ、螺旋ブリッジから小鳥遊(たかなし)神社に抜ける縦走道の間に――」

 今かとタイミングを計らえば、今度はデブがモデルガンを弄りつつ、不躾に口を挟み出す。

「フヒッ!それ、戦時中に海軍の兵站を通してた旧道の話しっしょ?空襲でメチャクチャになって正確な跡地すら分からないって聞きましたケドも?」

 それに対し、史彦が腕組をしてニヤッと笑う。

「流石は軍事オタクだな千石(せんごく)、だが神社が廃れたのは其れよりも昔で、確か明治初期の頃らしいが――」

 良し、このタイミングで。と、話題を止めようした僕よりも早く、史彦は言葉を差し込んで来た。

「コイツはな、居たんだよ、ソコに、ひとりで、しかも真夜中の午前2時だぞ?」

「ええっ!」

 今度は先よりも大きい困惑の声が両者より上がる。間に合わなかったかと、僕は堪らず顔を伏せた。

「午前2時って……小4ですよね?縦走道って大人が昼に歩いても相当キツイですよ?舗装路だってまばらで……」

「フヒッ!しかも旧道って、それ完全な密林じゃん、ゲリラかよ!」

 恨めしげに史彦を睨んだが、奴はいけしゃあしゃあとつらつら言葉を並べ立てる。

「俺もまさかとは思ったよ、けど思い出したんだ、廃神社の奥の枯井戸に幽霊が出るって話しを昼休みに上級生から聞いたなと、で、その事を説明したらドンピシャリってワケだ」

 今となっはては蒸し返されたくもない黒歴史を曝露され、僕はついに身を乗り出して訴えた。

「ヤメロ、もうたくさんだ!ひとの古傷を掘り返して楽しいのか?」

 だが史彦は僕の抗議も何するものぞと、熱のこもった自答を続ける。

「いいや、止めん!丑三つ時に教師や区の青年団まで駆り出しての大騒動だったんだぞ、それが中学に上がった途端、超常現象なんかこの世に存在しない、と俺に向かってぬかしやがった!それ以降、コイツとは口を利いていない!」

 つまり、これが諸事情だ。

「なるほどですね、でも信じられないなぁ……教室での清秀クンは無気力で、そんな行動力のある人間にはとても見えないんですが……」

 悪気は無かろうが、イケメン君はサラリと僕を貶す発言をつき、肩をすくめてう〜んと唸った。史彦は溜まっていた長年のものを吐き出し、スッキリしたのか、補足ついでと付け加える。

「当然だ、清秀は昔っから興味の無い事にはとことん無関心で無気力なんだよ、コイツほど切り替えの明瞭な人間そうは無い!無い無い尽くしの無い人間なんだよ!」

 そうして満足気に口角を上げ、僕を見てこう言った。

「おかえり、清秀」

 何という洗礼か、僕はこめかみを押えながら返す。

「おう……ただいま……」

 この後、例の【坂道】での体験を史彦に話して聞かせるワケだが、一旦ここで我が坂ノ上高校についての解説をしておきたい。まず学校の立地だが、UFO目撃談も多い霊峰・御影山の麓にして、さして珍しくもない正断層の足元にある。登山口に設置された地図看板が示す本校の位置は、断崖の上を走る登山道と、その下を流れる河川沿いのハイキングコースとの丁度『狭間』だ。因みに校舎の裏手が山の断層側で、聳える岩肌にはマーブル模様の地層がチラホラと覗く。学校の正門は大型車両も乗り入れ可能な河川沿いの舗道側に面しているので意外と交通の便は悪くない。(まぁ、学生の僕達には関係のない話だが……)聞くところによると、元々グラウンドがあった正門から入って直ぐの場所に新校舎が2度に渡って増築されたらしく、結果として旧校舎は新校舎と後ろの断崖とに追い遣られる歪な形になって仕舞い、その弊害からか日中は太陽光が届かず建物全体がジメジメとして空気も気持ち淀んでいる。上記を考慮してなのか、今では旧校舎の大半が特別教室と文化系の部室等に充てられ、使われていない教室も数カ所程あるようだ。校舎の並び順は、右から新校舎・旧校舎・新々校舎の3階建てが凹型に並ぶ。翻って、坂ノ上高は県内でもかなりの運動部が盛んな高校で、当然ながらグラウンドが無いと言うワケではない。別途で、校舎よりも高い位置に併設されている。断層側斜面の岩肌を段々畑のように掘削して作られた各競技専用のグラウンドが5か所。それぞれが舗装されたスロープもしくは階段で行来でき、断崖の最も校舎よりにあるプール施設に至っては、高さが新々校舎の屋上と横並びの為、緊急避難用の渡し通路がプールサイドに直で繋がっている。勿論、平常時は双方手前のフェンスが鍵で施錠されており、残念ながら使用は出来ない。(本当の緊急時に使えるのか?)で、超常倶楽部の部室なのだが、旧校舎1階の左奥の突き当りにある。窓から顔を出すと、先ほど話した新々校舎とプールを繋ぐ渡し通路がいい具合に快晴の青空を遮る、そんな感じの場所だ。まぁ、大体でいい。凡そこんな感じなのか、と思って頂ければ後々の話も伝わり易くなるだろう。休題閑話、そろそろ本題に戻る。

「フン、実にくだらん!」

 事もあろうに僕の体験談を聞いた史彦の第一声がコレであった。驚いたと言うか、もっとグイグイ食い付いてくるものと計り思っていたので素直に面を食らった。

「おい、何だそれは!俺の話をちゃんと聞いていたのか?」

 僕は思わず確認する。

「ああ、聞いていたとも、で、実にくだらん話だと言ったんだ」 

 さらに混乱した。一体どうした事だ。大好物だろ。この話しの凄味が上手く伝わっていないのか?いや、念押しで、更に確認しておく。

「くっ、くだらないとは、どの辺がだい?」

 声を震わせ食い下がる僕を横目に、史彦は呆れたような表情でこう述べた。

「久し振りに顔を見せたかと思いきや、色恋沙汰の話しとはな……くだらん、それ以外の感想は無い!」

 何の事ぞと驚く。

「……色恋沙汰、とは?」

 困惑の様相を呈する僕を見兼ねた面持ちで史彦は続ける。

「偶然なんだよ、それは、オマエはそのお姉さんに一目惚れした事で意識した、いいか?だから、偶発的に起こった一連の事象を無意識下で関連付けてしまった、チンケな霊感師なぞが使う常套手段だが、セルフで掛かる馬鹿がいるかよ」

「うッ!」

 そう言われ、返す言葉が何も浮かんでこない。思考の穴とでもゆうのか、気付きがあり、腑に落ちた感が襲った。客観的に見れば、冷静に考えれば、僕だってそう判断する。思考が止まり、意気消沈の背中に千名美が呟やいた。

「良いんじゃないの?高校生にもなってオカルトなんかに熱上げてる馬鹿よか、よっぽど健全だと思うけど――」

「あ?その馬鹿ってのは誰の事だ!」

 睨み付ける史彦の視線を軽く透かしながら、まるで嘲る様に尊大な態度で千名美が返す。

「別にぃ、誰の事とも言ってないけど、もしかして身に覚えでもあるのぉ?」

「フヒッ!流石は千名美殿、そもそもオカルトなんて非科学的な現象は起こり得ないんですよね、はい論破〜」

「千石、お前は黙ってろ!」

 周りの時間は早々に僕の話しを終わった過去として切り上げ、押し流そうとしている。そう感じた。反論できない以上、納得して飲むべきなのだろうか?では、この喉元に刺さった釣針の様な感情をどう処理すれば良いのだ……終わらせるにせよ何らかのケジメがいる。

「ま、待てッ……そうかも知れん……確かに言われてみれば、そうかも知れんが、とにかく帰りに寄って確認してくれ……頼むッ!」

 僕の真剣な声のトーンに雑音が消えた。視線が集中するのを感じる。ガラッと椅子を引き、立ち上がりながら史彦が言った。

「わかった……ただし、フラれたから入部の件は無しってのは止めてくれよ?」

 史彦はケジメの積りで協力する姿勢だった。僕も幾分かは然様な心持ちになっていたと思う。当然だが、このままでは終わらない。べつに青春の甘酸っぱい一ページを綴りたいワケでは無いからだ。その後、史彦を除く二人の部員はアッサリと解散したが、千名美を説得するのに骨が折れた。兎に角、付いて来ようとするのだ。まさに色恋沙汰を期待しているのだろう。これだから女子は。史彦も男としてそのへんは気遣い、何とか説き伏せてくれた。そして小学校以来か、二人で夕暮れに紅く染まった通学路の坂道を歩いた。何だか懐かしい気持ちになった。気まずいのか、気恥ずかしいのか、模糊とした空気も、二言三言の会話で直ぐ四散するにつれ、そうか、コイツとは親友だったのだな。と、改めて実感する。

「なァ、清秀よ……」

 そんな最中、史彦が物言いたげな面持ちで言葉を繰り出す。

「もしも相手が『たちんぼ』の類なら、俺は止めるぞ、一応……元・親友だからな」

 記憶にある真剣な顔だった。僕が無茶の一線を超えかけると、いつも見せていた表情。不思議と腹も立たない。

「いや、だからそう言うんじゃ無いって……」

 そう返しながらも、本当にそうか?と、問う感情もあり、自分でも制御出来ない複雑な心境が胸中を渦巻いていた。まだ市場の坂道までかなり時間がある。僕は話題を変える為、少し疑問に感じていた事を訊く。

「ところであの二人……本当にオカルトに興味が有るのか?」

 二人とは当然だが、他の部員を指してだ。イケメン君は常識人だし、デブに至っては論破とか吐かしていたワケで、とても肯定派とは思えない。

「ああ、あの二人なぁ……」

 市営住宅の連なる長い坂道の路肩帯に沿って下りながら、ポツリと語り出す史彦の横に僕は何も言わず並んだ。水平線に沈んでゆく遠くの夕陽を、お互い眺めながら。

「同好会を立ち上げるなら3名が必須だとアラケンに言われてな、それで耕一を勧誘した――」

 まず、そこで引っ掛かる。

「耕一?誰だソレは」

 史彦は驚いた顔をした。

「耕一だろ!穂高耕一(ほだかこういち)、2年で一番イケメンの性格も良い――つか、何で同じクラスのオマエが知らないんだよ!いい加減、興味無い奴の名前も憶えろ!」

 そうか。あのイケメン君、そう云う名前だったのか。と、改めて知った。

「しょうがないだろ……しかし史彦がアイツと面識があったとは意外だな」

 僕の素直な感想に、史彦はすっとぼけた顔で答える。

「在るわけ無かろう、別のクラスだぞ?口を利いたのもその時が初めてだ」

 今度は僕が驚く番だった。

「なにっ?良くそれで入ってくれたな」

「まぁ、アイツはいいヤツだからな……噂以上のお人好しだよ」

 悪怯れもせず言い放った後、史彦は腰に手を当て、大きな溜め息をついて項垂れる。

「……で、耕一目当ての女子が殺到して一足飛びで部に昇格するかと期待したんだがな、目算が甘かったよ、イケメンを持ってしても超常倶楽部には入りたくないらしいな」

 一挙両得を狙うとは相変わらず聡い奴だ。が、肝心の部が一般生徒にすれば訳分からん雰囲気ではな。

「ハッ、名目だけでも『おまじない部』や『血液型占い部』にでもしといた方が良かったんじゃないのか?」

 僕は軽口で返したが、史彦は至って真面目だった。

「阿呆吐かせ!名は体を表すとゆうだろ?そんな女子のおママごとみたいな部名を付けられるか!」

 まったく、変なところで頭の堅いヤツなのだ。部費さえ落ちれば呼び方なんぞどうでも良いだろうに。

「悪かったよ、で、もう一人の方は?」

「ああ、アイツは千名美のストーカーだよ……」

 知れっととんでも無い爆弾発言をする史彦に、僕は流石に愕然として問い詰める。

「おいッ!ストーカーだってェ?正気か史彦、いくらなんでもそんなヤツを部に入れるなんて……」

 こちらの熱量とは裏腹に、史彦は淡々としたままで答えを返す。

「まぁ、そんなに悪いヤツじゃない、それに目の届くトコに置いておいた方が安全だろ?何より千名美自身が危機感をまったく持っていないからな、入りたいと言う以上は何が目的だろうがそこは関係無い」

「う……それは、一理あるかも知れん、が、奴はオカルト否定論者じゃあ無いのか?」

 食い下がる僕を横目に史彦は続ける。

「それに何の問題がある?俺はイエスマンで自分を囲う気は毛頭無いぞ、寧ろ千石のように理論だった否定派ならば歓迎する積りだ」

 言葉の端々にチクチクと棘を感じた。

「待てよ、それは俺への当てつけか?それとも本心なのか?」

 史彦は少しばかし考えた表情をした後、僕から視線を外し、再び夕陽を見つめ、こう語った。

「どうにも誤解があるようだな……俺も昔のままじゃない、清秀よ、お前にだけは話しておく……」

 唐突な打ち明けに、僕は黙って大人しく聞き入る。

「実はな、とある人から『レムリア』でライターのバイトをしないかって声を掛けられてる……」

 余りの展開に驚くなという方が無理だった。

「な、何ッ!レムリアだってぇ――それって、その……青田買いとか、そう云う感じのヤツなのか?」

 正直、何を聞いていいやも分からず、テキトーな質問が口をつく。史彦は落ち着いた口調でそれにも答えた。

「馬鹿、そんな大層なもんじゃ無い、要は……バイトの斡旋だな……昨今、オカルトブームも下火だからな、地位の低い部署には優秀な作家が付きたがらないんだろ?」

「な、何でそうゆう話しになったんだ……」

 僕達の幼少期においてオカルト雑誌『レムリア』と言えばバイブルそのものだった。そんな雲の上の世界に、史彦は手を掛けて登って行こうとでも言うのか?と、僕は得体の知れない焦りの様なものを覚えた。

「あぁ、お前もガキの頃に一度か二度は会った事あるか……俺の従兄弟に敏郎って人が居たろ?今は出版社に勤めてるんだ、で、年の瀬に遊びに来た敏郎さんが、俺が中学の時に書いてた同人誌を目敏く見付けてな、甚く気に入った様子だったから幾つかあげたんだよ」

「お、お前、そんなの書いてたのか……」

 その言葉で、僕と交流の無かった時期の史彦が少し垣間見えた。

「まあな、後日、電話で、拙いなりに文章の構成と着眼点が面白いと褒められたよ、で、『レムリア』の編集長に見せたら短期ライターのバイトで使えないかって話しになったらしくて、どうするかと聞かれたんだ」

「へ、へえ~…そ、それは凄いじゃないか!おめでとう……」

 素直に喜ぶべき場面であるが、僕の胸中は複雑な感情が渦を巻いていた。今にすれば、それは嫉妬や妬み、疎外感なぞのマイナスな要素が多く、にも関わらず上辺で祝福して見せたのは、相手に対する気遣いと言うよりも、自分の自尊心を護るための行為に近しかったと思う。まぁ、未熟な年頃だったのだ。史彦も感じ取ってはいたのだろうが、面に出すほど子供でも無かった。

「いや、実はそう単純な話でも無いんだ……もし本気で就職を考えるなら相応の学歴は必要だと親から釘を刺されていてなぁ、受験となると来年は無理だろ?だったら原稿を書くのは今年中か卒業後と言う事になる」

「ふ〜ん……、卒業後は先過ぎないか?」

「だな、いつまでも敏郎さんが同じ部署に居るとは限らんし、その時までバイトの枠が残っているのか、もしくは雑誌そのものが廃刊って事も十分に有り得る話だ、やるなら当然、二年の今しかない!」

 僕は他人事ながらも、何だか大人の社会を覗いている様な、妙な気分だった。

「同人誌から使えそうな文章を引っ張って再構成する感じだと駄目なのか?それなら時間も取られないし、直ぐにでもいけそうだと思うが……」

 その問いに、史彦は遠くを見たまま、まるで独り言のように淡々と呟く。

「どうだろう……これはあくまで俺の考えだが、受けが良かったとて焼き直しの記事が通るとは思えんし、なんなら引き出しの少ない人間と取られる可能性があるんじゃ無いか?篤志家ってワケじゃないんだ、最低でも外注で使って貰える程度の力は示しておきたい……大手の雑誌社と繋がっていれば、一フリーライターからでもソコを足がかりに業界内に食い込む事だって不可能じゃ無いと思うんだよ、どっちにしろ最初の一歩だ、無理しても全力で行くべきなんじゃないのか?」

 史彦の熱を帯びた答弁を聞きながら、僕はじんわりとした旧懐の情を感じていた。一昔前、世間で一大ムーブメントを巻き起こしたオカルト雑誌『月刊レムリア』。創刊号衝撃の終末予言から始まり、数多の心霊体験談、未確認生物の目撃情報、超常現象ファイル、UFO研究と、世界で起こる謎の全てが詰め込まれた、まさに夢のオカルト雑誌。不思議な体験をしたいという漫然とした僕の視点とは違い、史彦は当時から発信する側に立ってレムリアを熱読していた気がする。その時の事をじんわり思い返していると、徐々に胸のモヤモヤは消え、応援してやりたいと言う純粋な気持ちだけが残っていた。

「大人だな、正直にスゴイと思うよ」 

 自分でも驚くほど素直な言葉が出る。史彦は少し照れ臭そうにこう答えた。

「いや、本当に大した事じゃない、知ってるだろ?人の意思決定に関わる大きな要素は遺伝・偶然と続いて最後は環境だ、クラスの中でも早いヤツはもう進路を決めて準備を始めてるんだぞ……」

 全く史彦の言う通りなのだが、未だ他人事にしか感じられない。特に志望する大学も無いし、この年齢から働くのも正直どうかと思っている。

「いや、正直……………………自信ないな」

 その発言に対し、少し肩をすくめた後、いつもの顔に戻った史彦は苦笑いで答えた。

「バカタレ!ンなもん俺だってねえよ!ま、三流でも大学位は行っといた方が良いかもな?今の御時世、高卒じゃどこの企業も相手にしちゃあくれんぞ」

「そ、そうだな」

 有り体の意見だったが、僕は安堵を覚えた。よくよく考えてみれば、同年代の誰かに将来についての不安を相談した事など一度も無かったのだ。あの時、袂を分かってなければ、また違った中学時代を過ごせもしたのだろうか?いや、もしもの話しをしても不毛だ。自分が取った選択の是非など、それこそ今わの際くらいでしか答えなぞ出ないだろう。気持ちが幾分か軽くなったお返しに、今度は僕から史彦にエールを送ろうと思った。

「まあ、アレだ、お前なら何とかできる気がするよ、そうゆう所は昔から強かだったしな」

「フフッ、何だよそりゃあ、買い被るなっての……」

 史彦は外した眼鏡をハンケチーフで拭きながら、少し得意気に笑った。先の事など理解らないのは重々承知と言いたげに。それにオカルトを扱う雑誌だって『レムリア』一つじゃない、積み上げた経験は将来の糧と言うことだ。しかし、今の僕にはそれすらも無く、その事実を鑑みると、殊更に漫ろ寒くもなるのだ。

「清秀よ、夕霧が出てきたな……」

 史彦の唐突な話題にふと背後を見遣ると、夕暮れ迫る御影山の尾根から湧き出す白い薄モヤが、恰も狼煙の如くゆるゆると天に向かって登って行くのが見えた。登頂付近の山肌から覗く三十一(みそひと)鳥居が頭の一部しか覗いておらず、恐らく下の参道なぞは一尺先も見通せぬ程の濃い霧に覆われているに違い無い。振り返って見上げる僕とは対照的に、史彦は港の方角を向いたまま、中腰で手に持った眼鏡のレンズをジッと見詰めて話しを続ける。

「どうだ、山頂の鳥居は見えるか?」

 こと言いたげな史彦に何ぞと思いつつも、僕はありのままを返した。

「ああ、テッペンだけな……」

 すると史彦は眼鏡の蔓を摘んで位置を整えながら、意味深な顔でとある事象を語り出す。

「清秀、御影山のこんなウワサ話を知っているか?小鳥遊(たかなし)神社の鳥居付近に霧が巻くと、神隠しが起こるそうだ――」

 ん?と聞きたれどピンとも来ない。何故ならまったくの初耳だったワケで、史彦を訝しむ積りは無いが、慣れ親しんだこの街で僕が認知しない怪奇譚が存在するとは信じ難い。作り話としても、このタイミングで切り出す事に奇妙な違和感を覚える。

「いや、全然知らないぞ……」

 変に憶測せず、僕は浮かんだ儘を答える。

「だろうな……俺も気になって調べたんだよ、区の図書館にも元になりそうな文献を記載した資料は一切見つから無かった、周囲に聴き取りを始めると、ウワサの出始めが今から5年ほど前だった事が分かったんだ――」

「5年前……ちょうど俺がオカルトから遠ざかってた時期か……」

「そう、しかもだ、ウワサの出発点はウチの高校からだった、俄然興味が湧いて、小鳥遊神社と坂ノ上高校を繋ぐ接点を片っ端から調査してみたワケだ、するとなかなかに面白い新聞記事が見つかった」

「一体何だ、それは?」

 史彦はゆるりと路肩帯に歩を向け、夕靄の揺蕩う寂寞とした集合住宅の気配を気にしつつ植え込みの所まで移動を促した。僕は歩を戻し、従って奴の真剣な横顔に注視する。史彦は周囲を確認しながら顎に手を当て、僅かに思案する様子を見せた後、低く小さな声で続きを語った。

「元凶は、ウワサが流布され始めた5年前じゃ無かった……そこから遡ること3年、詰まり、今から数えて8年前にあったんだ、御影山でとある事故が起っていた……」

「事故?それは何だ?」

 なかなかの堂に入った語り口に少なからず気を惹かれ、僕は傍らで腕組をしてジッと聞き入った。

「運動部に無関心なお前でも聞いた事くらいあるだろ?ウチの柔道部には、代々受け継がれている伝統的な特訓メニューがあるよな」

 部活関連に疎い僕でも流石にそれ位は知っている。ちょうど今時分の季節に、御影山の尾根を全力疾走で何度も往復する『御影山縦走走破』の話だ。足腰を鍛えるという名目だが、僕にはカビの生えた根性論を信奉するOG達によるシゴキ行為としか思えないのだが、まぁ、受けてる連中も脳みそまで筋肉で出来ているので心配する事じゃないのかも知れない。そして縦走路と言えば、三十一(みそひと)鳥居のクソ長い急勾配の石段も含んではいるが、しかし妙な話しでもある。もしも怪談が生まれる程の大事故が起っていたとすれば、今現在もそんな危険な場所で行われる『御影山縦走走破』が廃止されずに残っているのは何とも合点が行かない。

「で、それがどう繋がる?」

 僕は腑に落ちない点を、どうしても確かめたくなるタチで、史彦はソレを熟知した上で焦らす様に喋っているのだろう。まったくもって小賢しいヤツだ。

「御影山縦走走破……専ら部員達の間じゃ『山走』と呼ばれているらしいが――」

「いい、早く要点を言ってくれ!」

 奴の勿体付けた話し方を急かせる様に聞き質した。

「事故とゆうのは熱中症だ……たかが熱中症と侮るなよ?命に関わる場合もある、8年前にそれで問題になった、山走中に柔道部員の1人がひきつけを起して倒れたんだ」

「ひ、ひきつけ?」

「ああ、かなり危険な状態だったらしいが、幸い後続との距離が近かった、お陰で発見が早く大事には至らなかったそうだ、緊急に関係者を集めた会合が開かれ、夏季強化メニューの目玉でもあった山走は秋期に移行する運びとなる、めでたしめでたしと言うワケだ」

 僕はつらつらと語る史彦を見ながらも、どこか狐につままれた様な気分になった。上手く纏められて分かり易い話しではあったが、完全に主軸とはズレた着地点だ。

「いや、待て!めでたくは無いだろ、肝心の神隠しとやらは何処に消えた?神隠しだけに、とか上手いこと言うつもりじゃないだろうな?」

 不満の声を吐き掛けるも、奴はトボけた顔で視線だけをジロリとこっちに向け、こんな風に返す。

「清秀よ、池の鯉じゃあるまいに口を開けてりゃ餌が勝手に入ってくると思うんじゃあ無い、ヒントは出してる、ちいとは自分の頭で考えてみせろよ」

 それを聞いて、成るほどな、と腑に落ちた。要するにお前の考察を聞かせてみろと、そういう趣旨のようだ。小癪な真似をと思いつつ、僕はボンヤリと意識を沈めて思考を巡らす事にした。性分なのか、昔から二つの事を同時にこなすのが苦手だった。翻せば、一つの事に集中すると、周りの全てを意識外に追い遣ってしまう悪癖があった。いや、悪癖と言うか、正確には大人達から其のように注意を受けていたワケだ。
 まぁ、そんなこんなで、ややもすると周囲の感覚も朧げになり、僕の頭の中ではさも現実であるかの様な空想の世界が広がってゆく。察しの良い人ならば、もうお気付きの事だろう。自転車登校の際に僕がしていたアレなワケだが、空想の内容は直ぐ明らかになるので今は割愛する――

「『デマ』を流したのは柔道部の連中だな?」

 僕の言葉に、それまで心なしニヤけていた史彦の表情が固まった。

「いや、何故そうなる?俺はウワサと言っただけで『デマ』だとは一度も言ってないハズだが……」

 史彦の反論はしごく的を射たモノであったが、僕の頭の中で起こった話しではこうだ。

「じゃあ、順を追って説明するよ、8年前に山走で柔道部員の一人が倒れて問題になった、ここがスタートだ、本来なら危険なメニューを外せば良いワケだがそうも行かない、理由は単純でウチの柔道部が全国大会常連の強豪校に挙げられているからだ、前に学校新聞の記事で校長がこう言ってたのを思い出した、ウチが強いのは伝統的な強化メニューが有るからだと、それに会合とは言っても結局は学校の利害関係が絡むワケだろ?柔道部を弱くする方向で話しが進むわけがない、色々な兼ね合いの末、少しずらして今の涼しくなる秋口に移行させた――」

 まずは良しと一呼吸置く僕を、今度は史彦が急かす。

「で?それだと俺の言った事の詳細にしかならんぞ?」

 眼鏡を手で覆う様な姿勢で僕の言葉を待っている。相変わらず食い付きの良い奴だと思った。

「そこで、めでたしめでたし、と成らぬは柔道部の連中だな……秋は霧が立つ季節だ、特に御影山の山頂付近はな、ホラ……」

 僕は足元の植込みから手頃な小石をひとつ摘み上げ、一車線路を挟んだ向こうの植え込みにヒョイと投げてみせた。カンカラコンと音は返るも姿は完全に薄モヤの中だ。

「な、ここですらこうだぜ?鳥居の周辺は恐らく疾走れる様な状況じゃない、歩いて下山するにせよ、霧が晴れるのを待つにせよ、どのみち中断だ、それで顧問が許すのか?俺にはそう思えないな……やっとこさ下山したらば体育館でまた別のメニューをやらされるんじゃないのか?レギュラー連中はまだ良いよ、試合に向けてのモチベーションがあるしな、本当の意味で堪らんのは補欠以下の連中だ、練習量が減るでも無し、試合に出れるでも無し、拘束の時間だけがイタズラに長引くんだから――」

 僕はそこいらで一旦話しを区切り、訝しげに顔を向ける史彦に目配せして感想を促した。

「あ〜…詰まりアレか、補欠以下の柔道部員達が憂晴らしに根も葉も無いデマを吹聴したと……そう言いたいワケか?清秀よ、幾ら何でもちいと理由が子供っぽ過ぎると思わんか?俺達は高校生なんだぞ?」

 史彦は苦笑いで言ったが、僕は取り立て無理があるとは思わない。

「高校生だよ、可笑しいか?」

 その言葉に史彦はうっとなり、頭を掻きつつ不服そうに本音を吐き捨てる。

「クソッ、相変わらずいい考察してんな、お前はッ」

 然様な言い草だが、心底悔しがっているワケじゃ無い。そこは幼馴染みだからこそ通じる部分でもある。

「それは正解って事か?」

 僕は顎を上げ、白々しくも確認をした。

「正解もクソも……まんまだよ!まんまッ!俺が足と時間を使って調べ上げた真相を寸分違わず言い当てやがった……もう少し甲斐ってもんを感じさせてくれ……」

 そう言って頭を垂れる。文彦は頭の固い所はあるが、ズルや虚勢は張らずに負けを負けと認められる実直な性格だ。だからこそ、当初から引っ掛かっていた違和感について問い掛ける事にした。

「なんで今、こんな話しを俺に振った?」

 史彦は少しバツが悪そうに右手で頭を搔きながら、視線を合わさずにこう言った。

「ん、ああ、それなぁ……ん〜…理解り易く言えば、今の俺の考え方ってヤツを伝えておこうと思ってな、ま、そんな感じだ……」

 何とも濁した言い方だが、意図は理解できた。

「さっきの会話の補足か?」

「……」

 暫しの沈黙があり、何処か弱った様子でポツリポツリと返答が続く。

「昔は良かったよな……不思議な事は全て超常現象だと夜通し持論をぶつけ合ったもんだ……大人になればもっと色々な事が解ると信じていた……」

 史彦は昂ぶる感情を抑える様に腕を組み、顎に手を充てがって霧の彼方を難しい面持ちで見詰める。

「ところがどうだ?この年齢になって本気で突き詰めてみれば不思議など何処にもありゃしねえ、単なる思い込み、勘違い、無知蒙昧、知れば知るほど世界は色褪せる一方だよ……これからまた一緒に活動する以上は、お前にも最初にその事を理解させといた方が良いかと思って――」

 それは恰も暗中模索すら想起させる体だったのだが、僕から言わせてもらえば『今さら』だった。史彦はコチラに、どういう心境の変化があったかを、まるで理解していない。

「おい史彦、あんまり舐めるなよ!」

「おっ……おう?」

 僕の意想外とも言える返答に面食らった様相で、史彦は横目で見開いた目をパチクリとさせた。

「そんなものコッチはとっくに経験済みなんだよ!お前と疎遠になった理由を忘れたのか?その上での今なんだよ!試し行為みたいなセコい真似はするなよ!」

 僕は気まぐれでオカルトを否定していたワケじゃない。史彦の言うように絶望していたのだ。断言できる。仲間内で僕ほどオカルトに傾倒していた奴はいない。そこの認識が食い違っている事に苛立ちを覚えたのだ。

「そ、そうか……」

 カナカナカナー…カナカナカナー……

 シンとした寂蒔と共に、ひぐらしの声が漂う霧の彼方で木霊した。史彦は黙ってゆっくりと眼鏡の蔓を摘み上げたと思いきや、恰も学者の仕草で口を開く。

「あ〜なんだっけ……妖艶で?鋭い目尻?長い睫毛に…枝垂れた黒髪、妖しく虹彩を放つ瞳……」

 そこから矢継ぎ早に飛び出てきたのは、僕が部室において今朝方の体験を熱弁した際の台詞だった。話している時は無我夢中で気にも留めなかったのだが、こうして他人が口頭するのを冷静に聞くと、居た堪れない程こそば痒くなる言い回しだ。当然だが僕はこう考えた。

(何だよ、怒ったのか?それにしても、遣り返しがちと陰湿じゃないか……)

 傍らで眉を顰めてみるも、奴はまるで独り言であるかの如くブツブツと言葉を連ねている。

「腰で絞った紫のワンピースに……真っ赤な裏地の黒いケープ……あ〜…禁忌の存在感か――」

 僕は少しウンザリとなり、語気を強めにソレを遮った。

「いい…もういい!悪かったよ!」

 そこで史彦はやっとこ言葉を止めたのだが、正確にはすべて言い切ったともとれる。ともかく静かにはなった。やれやれと呆れるも、今度はおもむろに振り向いたやと思えば、目を見開き、僕の顔をマジマジと見詰めてこう言い放ったのだ。

「お前、文才あるよ」

 これには流石に胸がざわついた。せっかくコッチが場を収めようと引いてやったってのに、なんて言い草なのだ。ヒトの名前を皮肉るにも限度ってもんがある。頭にきた僕は右手で史彦の左肩を押しながら食って掛かった。

「いい加減にしろよ、史彦、先まで少しは見直していたが、俺にだって言いたい事が色々と――」

 そこまで出た僕の言葉を、史彦は怪訝そうに右手を突き返しながら遮った。

「チョット待て、お前、何か勘違いをしているんじゃないのか?」

「はぁ?勘違いだって――」

 更に食って掛かろうと身を乗り出すも、史彦のある仕草に目が行き、喉元で言葉が詰まった。有体で言うなら背骨に電気が走った。何故なら、ピストルの形を模した史彦の右手が羅針盤よろしく坂の下を指していたのだ。

「ま、まさかッ?」

 直感で察した僕の視線が、無意識に示す先を追う。そこで本日2度目の衝撃だ。

「居た――」

 坂を下ったT字路の辻角で白いモヤに巻かれ、茫と浮かぶ怪しげな黒いヒトガタの輪郭。まるで揺蕩う白煙が自ら避けるかの如く異様を放つ禁忌の存在感は、今朝方に見たあの光景を脳裏に蘇らせたるに十分なものだった。

「フン、やっぱりそうか」

 まだその時点で半信半疑の史彦は落ち着いたと言おうか呑気な反応だったワケだが、僕の胸中は既に心臓が早鐘のように鳴り響き、ともすれば目眩すら覚える急転直下の体を極めていた。出向くつもりだったクセに慌て過ぎでは?と思われるだろうが、市場までの道すがらに史彦と対策を練る積りでいたワケで、翻せば今、期せずして掛けるべき第一声すら覚束無いままでの再会となってしまったのだ。そんなこんなで僕の口からは精査熟察のせの字も無い、着の身着のままの感想が漏れ出る。

「どうして彼女がここに?」

 そんな調子に少し呆れた顔で史彦が答えを返す。

「何故かって……辻占いだろ?そんなモンだよ、大概――」

 そして少し言い淀んだ後、こう付け加えた。

「ただ……商才は無いみたいだな……」

 そりゃあ、そうだろう。こんな夕暮れ近い住宅地に侵入する手前のT字路で自転車屋台を構えてどうする?繁華街と違って家路を急ぐ住民は一瞥をくれて素通りするだけだ。下手すりゃ通報されかねない。まさか、こういう機微が解らないほど共感性を欠いている人物なのか?そんな事を考えるうち、僕は彼女に対するコミュニケーションに一抹の不安を覚えた。

坂ノ上超常倶楽部 ②

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じゅうぞうです。お散歩しながら書いてます。よろしくお願いします。

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更新日
登録日
2022-11-11

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