還暦夫婦のバイクライフ 3

早明浦の牛串を食べに行く

 ジニーは夫、リンは妻の、共に還暦を迎えた夫婦である。
 9月のある土曜日。
「ねえジニー、久しぶりに牛串食べたいと思わない?」
リンの一声で、翌日のツーリングは道の駅土佐早明浦に行くことになった。
 日曜日。ジニーとリンは、朝食もそこそこに、ヤマハR25とスズキイントルーダー250を車庫から引き出し、支度にかかっていた。イントルーダーはキャブ車なので、走り出すまでにいろいろと手順がある。
「久しぶりにエンジンかけた。2か月ぶりかな?」
ジニーが暖気運転しながら、チョークを少しずつ戻す。
「たまには乗らないと、アイちゃんが乗るときに動きませんってなるからね」
アイちゃんというのは、リンの妹だ。県外に転勤になる時、リンに管理してと預けていったのだ。
「さて、そろそろ走れまっせ。リンさんどっちに乗る?」
「え~。ジニーはどっちがいい?」
「うーん。イントルーダーは腰が痛くなるからなー。R25で良い?」
「どうぞどうぞ。じゃあ私はアイちゃん号に乗るわ」
「しばらくはエンジンぐずるから、アクセルじわっと開けるように。2Kmくらい走ったら、普通に走れるから」
「うわ、めんどくさー」
リンはぼやきながら、アイちゃん号にまたがった。
「行きますか」
ジニーはR25にまたがり、エンジンを始動した。
 R25は、リンが免許取得した年に新車で購入した。7年前に購入してから、リンや子供3人が乗り続け、みんな初心者だったから随分と転倒している。リンはR25で初めてツーリングに行った日に立ちごけして以来、20回以上立ちごけし、長男はトラックを避けて立ちごけして、深い側溝にバイク毎落ちそうになったり、次男は車に2回ぶつけ、さらには猫を避けて握りゴケしたり、三男は飛び出した高校生の自転車を避けて転倒し、救急車の世話にまでなった。そのたびにぼろぼろになったバイクを、走れるように直してくれた愛媛バイク商会の店主には、感謝しかない。いろいろな所が傷だらけだが、何の支障もなく走れる。このバイクのおかげで、リンは大型も普通に乗れるし、こけることもほぼなくなった。今はあまり動いていないが、たまに乗ると楽しいR25なのだ。
 朝9時、松山を出発する。
「ジニー、今日はどんなルート?」
「えーまず、R11号を西条方面に向けて走ります。桜三里を越えて、右手にTというラーメン屋が見えたら、その先の交差点を左折して県道149号線に入ります。中山川の橋を渡ったら右折して、堤防沿いにまっすぐ走って、県道13号を禎瑞方面に向かって、加茂川の土手に出たら川沿いに上流向けて走ります。R11号との交差点をまっすぐ抜けてR194号に入ります。あとは寒風山トンネル抜けて、木の香で休憩ですな」
「うーん。わかった。要するに、いつものコースね」
「そう」
 二人はR11号に入り、川内町向いて走る。9月末にもかかわらず、暑い。二人ともまだメッシュのジャケットで全然平気なようだ。ジニーは桜三里の入り口の登坂で、横によけた遅い車をパスするのにいつもの調子でアクセルを開けるが、思うように加速しない。慌てて2速ギヤを落としてアクセルを全開にする。
「250って、こんなかったっけ?」
「大型のつもりで走ったらいかんよ。私なんか今、3速で全開だからね」
「こうやってみると、大型って楽だね~」
「うん。私もそう思う」
登坂が終わると、すぐにトンネルになる。トンネルを抜けると、そこからはずっと下りだ。幹線道路なので、トラックも多く走っていて流れも少し遅めだ。ここは追い越しできないので、おとなしく車列の一部となる。そのまま二人は‘いつものコース,を走り、R194号に入る。制限速度+10kmくらいのペースで加茂川沿いを上流に向けて走り、寒風山トンネルに入る。
「メッシュで寒いかと思ったけれど、寒くないね」
「むしろ気持ち良い涼しさだわ」
トンネルの中で愛媛県から高知県に越境する。しばらく走って、やっと出口が見えてきた。
「いつ走っても、やっぱり長いねー」
「うん。外は暑いかな」
トンネルを出る。リンが気にしたほど暑くはない。標高が高いので、少し気温が低いようだ。U.F.O.ライン高知側入り口を通り過ぎ、10時50分道の駅木の香に到着
した。
「あ~しんど。アイちゃん号よく走るけど、腰がいたいわあ」
リンがう~んと言いながら、腰を伸ばす。
「R25も久しぶりだけど、これはこれで楽しいな。腰に来たなら次、替わろうか?」
「いや、いい。今日はこれにずっと乗る」
 二人は自販機で冷たい麦茶を買って、一気に飲む。暑くはないが、ずっと風に当たるので、一夜干しみたいになる。水分補給は大事なのだ。
「ここからは?」
「R194号を少し南下してから、県道17号に左折、しばらく走ってから県道6号に右折して、瀬戸川渓谷を上がります。そのまま6号線を走って、R439号に出てからあとは早明浦目指して行くよ」
「どれくらいかかるの?」
「そうだな。・・・2時間くらいか」
「え!それは早く行こう。牛串が売り切れるかも」
「わかった。・・・トイレ行ってくる」
ジニーはトイレに向かう。リンはバイクに戻り、ヘルメットをかぶる。すぐにジニーも戻ってきて、支度するとエンジンを始動した。
 11時丁度に木の香を出発して、17号を目指す。気候が良いため、バイクが多く走っている。次々に対向してくるバイクにイェーイって手を挙げながら、二人は走っていく。少し走ったところに17号への分岐がある。そこを左折して、少し狭くなった道をどんどん走ってゆく。吉野川沿いに走る道は奥に大きな集落があるため、結構通行量が多い。狭い道なので、対向車に気を付けながら行く。やがて大川村役場が見えてくる。そこを過ぎた所で右折し、橋を渡る。そこからが県道6号線だ。吉野川支流の瀬戸川を見下ろしながら、道は続く。
「わあ、きれい」
リンが思わず声を上げる。初めて来た瀬戸川渓谷は、美しい渓谷だった。川が開けていて陽が良くあたり、川の流れをヒスイのように彩る。
見どころもいくつもあり、地元の小学生たちが看板を立てて紹介している。6号線を外れて少し上流に行くと、アメガエリの滝が見える。まっすぐに落ちる滝ではなく、斜面をざあっと水が落ちている。なかなか見れない景色だ。二人ともバイクを降りて、しばらく無言で見入っている。
「リンさん。そろそろ行こう。腹減ってきた」
「うん。ここからは?」
「少し下って6号線に戻る。さっきの分岐の、狭いほうの道ね。確か少し行ったところにUターンがあったから、気を付けてね」
「大丈夫。アイちゃん号足がべた着きだから」
 二人は来た道を少し戻り、6号線に入った。少し走ったところで、ジニーが言っていたUターンが現れる。狭くて落差がある。難所だ。
「あーこれ、私大型だったら無理かも」
「そお?案外平気じゃない?すいは高原の上り口もこんな感じだけど」
「あそこは2車線あって、大きく回れるじゃない。ここ、道幅狭いし…よっと」
なんだかんだいいながら、リンが回りきる。ミラー越しに様子を見ていたジニーは、ほっとしたようだ。
「さて、あとは439まで行きまっせ」
 二人は狭くて荒れた道をゆっくり走り、郷の峰トンネルの所で439に合流した。そこからは快走路を快適に走る。道の駅土佐さめうらに到着したのは、13時15分だった。ここにもバイクが十数台止まっている。車も多い。二人は邪魔にならないようにバイクを止めた。
「牛串まだあるかなー」
ジニーは急いで屋台に行って、お兄さんに声をかける。
「すみません。串2本ありますか?」
「2本ですねーありますよー。8分ほどかかりますが良いですか?」
「お願いします」
「出来たらよびますよーお金はその時です」
いつも通り少々無愛想なお兄さんに注文して、ジニーはベンチに座った。
「あった?」
リンが来て、ジニーに聞いた。
「あった。注文したから」
「コロッケなかった?」
「出来ているのは無いみたい」
「え~」
リンは無愛想なお兄さんの所に行き、コロッケを注文し始めた。
「コロッケですかー今すぐ出来ないので、15分くらいかかりますよー」
「待ちます。2個ください」
「出来たらお呼びしますよー、お金はその時に」
リンが戻ってきて、コロッケも頼んだからとジニーに言ってから、店内に入っていた。
 お兄さんは次々に注文をさばいていく。焼けた順からX本ご注文のお客さまーと呼んでいく。ジニーの前に待っていたお客が次々にはけて、ジニーが注文した2本の番が来た。ジニーはお金を払い、串を受け取る。脂がしたたり落ち、油断するとズボンに脂シミができる。両手に串を持ったまま、ジニーはリンが返ってくるのを待った。焼けた肉のいい香りが鼻をくすぐる。
「先に食っちゃお」
ジニーはリンが帰ってくるのを待ちきれずに、牛串にかぶりついた。
「お待たせーって、先に食べてるし」
「はいどうぞ」
ジニーはリンの串を手渡す。
「いただきまーす」リンが牛串を食べ始める。
「リンさん、脂が」
「あ、しまった」
リンのズボンに脂が落ちて、シミが広がっていく。
「ま、いっか」
リンは気にもせず、串にささった赤牛を平らげた。
「うまかった。そういえばジニー、店内に土佐あかうし弁当って売っとったよ。」
「え、いくら?」
「確か800円だったと思う」
「お昼に丁度いいな。半分ずつにしよう」
ジニーは弁当を買いに、店内に入っていく。ちょうどコロッケもできたようで、リンが取りに行く。ベンチに帰ってきたところでジニーが弁当を買ってきた。
「さあ、食べよう」
ジニーは弁当の包みを解いて、ふたを開けた。
「おー、半分に切ったゆで卵とサラダ付きだ。ご飯の上に焼いた肉が乗ってるのか。リンさんお先にどうぞ」
「ありがとう」
ジニーはリンに弁当を渡し、自分はコロッケに手を伸ばす。一個取って、一口かじる。
「あつっ。あーっつ。お、肉が大きい」
ひき肉ではなく、細かく切った肉が入っている。
「うまいな~。リンさん弁当はどう?」
「うーん、もうひと工夫必要かな?うまいけど、思ったほどじゃないな」
リンはジニーに渡す。
「では、いただきます。・・・・うーん。そうだな。今一つ何かが足りんなー」
そう言いながら、ジニーは弁当をがつがつと食べる。途中でふと気付いて、リンに弁当を返す。
「危ない。一人食いするところだった」
「いや、先に私頂きましたが。何なら全部食べていいよ」
「じゃあ、遠慮なく}
ジニーはリンから弁当をもらい、きれいに平らげた。
 しばらく休憩した二人は、14時30分、道の駅から出発した。439を西に走り、R194号に出る。このあたりからジニーがしきりにあくびを始めた。そして633美を過ぎたあたりでいよいよ耐えられなくなったようだ。
「リンさん、いかん。無茶苦茶眠い。この先のコンビニで、休憩しよう」
「えー。わかった。今日は私、ちっとも眠くないわよ」
そんなやり取りをしてから5分ほどして、コンビニが見えてきた。駐車場にバイクを止める。
「ジニー、コンビニの向こうにケーキ屋さんあったと思うんだけど、行ってみる?」
「いくいく」
二人はコンビニの前を通り過ぎ、隣の建物に向かった。表にケーキ茶屋の看板がある。建付けの悪い引き戸を開け、中をのぞく。
「いらっしゃいませ」
中年の夫婦?が迎えてくれた。店内にはショーケースはない。
「すみません、ケーキありますか?」
「あります」
そう言っておばさんが、冷蔵庫から大きなタッパーを出して、ふたを開ける。中には何種類かのケーキが6~8個収まっていた。
「今日はもうこれだけしかないんです」
おばさんが申し訳なさそうに言った。二人はしばらく迷って、ジニーはチョコレートのショート、リンはフルーツのロールケーキを選んだ。
「それとコーヒーホットで」
「僕はアイスコーヒー」
「はい、あちらでお待ちください」
二人はテーブル席の椅子に座った。程なくして、お皿の上にきれいに飾られたケーキがやってきた。少し遅れてコーヒーが来る。豆をゆっくり手挽きしてから入れたコーヒーは香りが際立ち、すごくおいしい。コーヒーの香りを満喫した後、それぞれのケーキをフォークで少し取り、口に運ぶ。
「・・・・!おいしい」
「うん。これはすごくおいしい」
二人はお互いのケーキをシェアして、おいしいケーキを堪能した。それからジニーは目をつぶり、少しの間眠る。5分ほど眠ってから、目を覚ます。
「ジニー、旧大峠トンネルって、この先にあるよね?」
「あるよ。この先で439に入って、しばらく走ったところにある。行ったこと無いけど。今何時?」
「15時40分」
「行けるなあ。行ってみるか」
「うん」
ジニーは地図アプリを呼び出して、位置の確認をする。しばらく見ていたが、位置は分かったようだ。アプリを閉じて、スマホを片付ける。
「よし。リンさん行きますよ」
「うん」
会計を済ませて、ケーキ茶屋を出発する。
 R194号を300mほど走って右折し、439に入る。そこから6Kmほど走った所を右折し、柳野の集落を抜ける。くねくねした旧道をどんどん上がっていくと、急に道が広くなり、旧大峠トンネルが現れる。中が暗くて、なんとも雰囲気のあるトンネルだ。
「うわあ。・・・・・暗いねえ」
「リンさんあんまり端っこ走っちゃだめだよ、苔が生えているし、石ころやら何やらいっぱい落ちてる」
「わかっとる」
ジニーが前を走る。まっすぐなトンネルだが、真ん中が峠なのか、向こう側が見えない。ぞくぞくしながら走り抜ける。
「なんだか立派なトンネルだわ。二車線だし、それに生活道路になっているみたいね」
「でも、照明くらい点灯しようぜ」
「電気代が馬鹿にならないのよ。全部点灯したら、この規模だと月に十数万かかるでしょうね」
「うわ、人件費ほどかかるのか。それじゃあ仕方ない」
二人は峠道を下り、439に戻る。
「さてリンさん。あとはひたすら眠いR33号を帰るだけだけど、R494号を帰らない?」
「494?少し狭くて面河の入り口まで続いている、アイちゃんが角の家に突っ込みそうになった道?」
「うん。眠くはならないと思うよ」
「いいわよ」
「じゃあ、あそこから右に曲がるから」
ジニーはいけがわ439交流館の交差点を右折する。そのすぐ後をリンも続く。橋を渡り、突き当りを右に曲がって494号に入る。あとは道なりで、面河の入り口への道につきあたるまで、ひたすら走る。広い所もあるが、基本1車線の狭い道だ。地元の人以外は通らないだろう。トラックと行き会うと離合に苦労するが、休日の夕方にはさすがに行きかう車もほぼない。二人はゆっくりだが快適に走り、1時間後には面河側の県道12号線に合流した。そこを左折し、500mほど行った所を右折、岩屋寺方面へと走る。きれいな2車線道路を気持ちよく走り、峠のトンネルを抜けて坂を下ると久万高原町内へ入る。そのまま走ると、R33号に当たる。そこを右折して、松山向いて走る。
「ジニー、道の駅で休憩」
「はいよ」
すぐそこにある道の駅天空の郷さんさんに寄り、駐輪場にバイクを止める。時計は17時15分を指していた。
「ケーキ屋さん出て1時間30分か。どうりで尻が痛い」
「私、そうでもないわ。でもちょっと疲れた」
リンはヘルメットを脱ぎ、バイクのハンドルに引っ掛け、近くのベンチに座った。
「水買ってくる」
ジニーが自販機まで行き、麦茶を買ってきた。それを二人で回し飲む。
「ふう、体に染み渡る」
リンが大げさに言う。
「ところでジニー。今からパーツランドアイに行けるかな」
「えー。急げばまだ大丈夫じゃないか?でもなんで?」
「櫛谷の新作冬物がそろそろ入ってるかなーって思って。私の真冬物、だめになっているし」
「ああ、じゃあ早く行こう」
ジニーは手に持った麦茶を全部飲み干し、ペットボトルはゴミ箱が遠かったので、バイクバッグに押し込んだ。
「リンさん出るよ」
「オッケー」
二人は道の駅を出発し、R33号を松山に向かう。三坂バイパスを通り、パーツランドアイには18時丁度に到着した。
 店内には、新作が大量入荷していた。初めて見るメーカーの服もある。リンは次々と試着していく。30分悩んだ末に、店員さんに在庫を確認した。
「残念‼これって思ったやつが無かった。でも、全国の在庫見てくれるって。連絡先ジニーの携帯にしておくから」
「僕の?まあ、いいけど」
「さあ、帰ろう」
外はすっかり暗くなっている。重信川を渡って裏道を走り、7時前に家に到着した。
「ただいまー。あ~疲れた。やっぱりアメリカンはしんどいなあ」
リンがヘルメットを脱いで、ふうっと大きく息をついた。
「普段SS乗っている人が、良く言うよなー。僕はアメリカンの方がまだマシだけどなー」
ジニーはヘルメットの中で、ぼそっとつぶやいた。

還暦夫婦のバイクライフ 3

還暦夫婦のバイクライフ 3

  • 随筆・エッセイ
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2022-11-10

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