さやか
あの海は、君のひとつひとつの発声を、すべて写し取るために波打っているのかもしれないね。不規則なようで規則的な潮騒は、心臓の拍動のリズム 月の盈ち虧けにあわせているのは、わたしたちのほうだったのかもしれないと 有名な詩を君が諳んじるのを、黙って録っている
たとえばいつか、この散々な暮らしがすべて破壊されたとして、余すところなく穏やかな日々の中を、草むらの中をかき分けて進むようにして、お前と歩けたら、 ……君の歌がただしく暗記されているのかどうかを、わたしは確かめることができない。ざざあ、ざざ、ざ、何年か前にも、同じような光を見たね。ここは、とても静かで、夜から朝にかわるときの空気の澄み方に良く似ている。
濃い闇が口を開けて、わたしたちを一度に塗りつぶす、そのするどい歯が何本も並んでいるのを目にするとき それが海だと気づくことができるのかもしれなかった。息のできない浮遊の中で、ああこれがほんとうに欲しかったものだったのねと、目を閉じる、ぎんいろの紙吹雪が、馬鹿馬鹿しいほどささやかな涙を、なかったものにして、無名の絵画のようにら嘘のような朝の白い空気を割いてわたしたちは、額を寄せている
さやか