真夜中の青春

真夜中の青春

The body is meant to be seen, not all covered up

肉体は隠すためじゃなく、見られるためにあるのよ

Marilyn Monroe(born Norma Jeane Mortenson; June 1, 1926 – August 4, 1962)

クーがまだ小さい頃、ジュークボックスの前に立って小銭を入れ、好きな音楽を聴くと言う行為は途轍も無く輝いて見えた。
ジュークボックスのボタンとコインの投入口は、子供の背丈からすると少しばかり高かったが、お店の椅子を使えば楽に手が届いた。同時にジュークボックスに入れるお金位であれば、其の気になれば何時だって用意が出来る位には知恵が回った。
無論、其の為には操作代を稼ぐ為のあれやこれやをこなさなければならなかったが。
では何故羨望の眼差しを向けていたかと言えば、其の当時店を経営していた母方のお爺さんから、此れはお前のオモチャとして置いているんじゃねぇ、と釘を刺され、滅多に触らせては貰えなかったからである。
仮に触ろうとしようものなら、此処は子供の遊び場じゃない、と店の外へと追い出されるか、くどくどとお爺さんからお説教を喰らうと言うふた通りの「罰」が待っていた。
其れ故、クーは何時も二階の席からコカコーラの瓶片手にジュークボックスと、ジュークボックスを操作する綺麗な服を身に纏った大人達の姿をじっと見ているしか出来なかったのだった。
尚、母方のお爺さんは結局、九十六歳で天寿を全うする迄、クーにジュークボックスを触らせない本当の理由を頑なに教える事は無かったのだが、二階の席で飲む飲み物が可愛らしい甘橙〈オレンジ〉ジュースから、松任谷由実の『真夏の夜の夢』の歌詞曰く、「骨までとけるような」テキーラに変わり、数年前には恥ずかしさを理由に纏う事はおろか、其の様な服が売っているコーナーにすら立ち寄る事の無かった大胆な服装を好んで着る様になっていた頃、新機種のスマートフォンを購入から僅か一ヶ月足らずで修理屋送りにしてしまった瞬間、否が応でも理由を悟らされたと言うのだから、人生百年時代、良くも惡しくも何があるか分かったものではない。
そんな事を海辺のレストラン『ハーバー・ムーン』のカウンター席にて、ウヰスキー・コークの入ったグラス片手に、祖父の所有していたジュークボックスとは比べ物にならない位、良い音を広々とした店内に響かせているジュークボックスから流れるディオンヌ・ワークの『あなたに祈りをこめて』にクーが耳を傾け乍ら思い出していたのは、道往く人々が性別年齢関係無く口々に、今夜はやけに蒸し暑い、と言う言葉を唇から零す七月の或る晩の事である。

相席をしても?。

聴き慣れた聲がする方向へ、朱色のフレームが琥珀色のレストランの照明に良く映える眼鏡のレンズ越しに視線を向けると、其処には
自身で購入したのか、其れとも誰かからの貰い物なのかは知らないが、チラリと垣間見えた印刷された文字から察するに、お菓子の入った白色の紙袋を右手に持ったケイが立っていた。

幾ら今夜が土曜の夜だからって、お菓子の入った紙袋片手にナンパかい?。
どうせなら現金のたんまり入ったアタッシュケース片手に口説いて貰いたかったなぁ、結婚しないか、って。

態と意地悪な台詞を、態と意地悪な表情を浮かべ乍らクーが言った。

其れだと生々しくて逆に興醒めであろうに。

そう言い乍らケイは苦笑いを浮かべつゝ紺色のカウンターの椅子に腰掛けると、件の紙袋をゆっくりと自身の足元へと置いた。

御飲み物は何を?。

茅色のゴムで赤毛の髪を纏めた女性店員が言った。

彼女と同じ物を。

ウヰスキー・コークですね、畏まりました。

外はまだ暑い?。

クーが言った。

あゝ。
でも明日は此の暑さが落ち着くらしい。

お絞りで手を拭き乍ら、ケイが言った。

ひと雨来るのかい?。

らしい。

其れは良かった。
アイスクリームの様に溶けちゃうからね、此の儘〈まま〉の天気じゃ。

そう言ってクーはグラスに残っていたウヰスキー・コークを飲み干し、左手の人差し指で一本指を作ると、お代わりを、とケイの分のウヰスキー・コークを作り終えたばかりの女性店員に伝えた。

炭酸の泡の様に弾けられるのも辛いが、アイスクリームの様に溶けられるのはもっと辛いな。

グラスを受け取り乍ら、ケイが言った。

お伽噺の王子様顔負けの台詞、どうも。

俺は王子様でも無ければ、王様でも無い。
況してや騎士でも無いが、そんな人間の言葉でも良ければ幾らでも。

でも虹の架け橋は渡れそうな雰囲気はあるよね、何時でも。

まるで其の言葉を見計らったかの様に、ジュークボックスからアレサ・フランクリンの歌う『二人の架け橋』が流れてくると、なんて素敵な演出なんだろう、とクーは呟いた。

こんな場面は初めてだ、もう何度となく此の店には足を運んでいるけれど。

誰に言うともなく、そんな言葉をつらつらと述べ乍らお代わりのウヰスキー・コークの入ったグラスを受け取ったクーは、淑女の様に静かに微笑を浮かべ乍ら、じゃあ、乾杯、とグラスを高く翳〈かざ〉した。
ケイも其れに倣い、乾杯、と自身が持っていたグラスを高く翳すと、喉が渇いていた事もあってか、ウヰスキー・コークをグッと半分迄飲み干した。
其れからケイは、人々…主に期待に胸を膨らませている若年層の男女…が流れている楽曲に合わせてダンスを踊っている姿が自身の視線の中に入って来たので、握りしめていたグラスをテーブルに置いたのち、踊ろう、とクーを誘った。
其の言葉を耳にしたクーは、ケイ同様、手に持っていたグラスをテーブルに音を立てない様、ゆっくりと置くと、ひと言、喜んで、と言ってケイが差し出した手をそっと握り、腰掛けていた椅子からにゅっと立ち上がった。

こうやって二人して踊るのは、何時振り?。

ダンススペースに辿り着くなり、クーが言った。

去年の今頃以来じゃないか?。

じゃあもっと誘って貰わなきゃ、お互いの事をもっと理解する為に。

そして愛を深める為に。

流石は普段からしこたまレッスンをこなしているだけあって、お互いにステップ一つにとっても文字通り群を抜くモノがあった訳だけれども、其れを見せびらかす積もりは毛頭無く、周囲の人間たち同様、ただただアレサの歌聲に合わせて且つ眼の前の愛おしい人物の瞳を覗き込み乍ら踊る事に集中した。

聴かせてよ、久々に二人して踊ってみた感想ってのをさ。

『二人の架け橋』が流れ終わると粗同時にクーがケイの右の耳元で囁いた。

自分から誘っておき乍ら、此の様な言葉を言うのもナンだが、踊り始めた時は迚も緊張した。
だが今はもう一曲踊ってもいいと言う気持ちで居るのだから、つくづく不思議なモノだ。

そうこうしているうちに、次の楽曲が流れ始めた。
フォー・トップスの『ベイビー、アイ・ニード・ユア・ラビング』だった。

ベイビー、君の愛が欲しいんだ
ベイビー、君に愛されたいんだ
そばにいない時でも、君の聲が聴こえる

直球、否、直球過ぎる此のラブ・ソングの歌詞は、夏の戀人達の気分を否が応でも高揚させた訳だが、ケイとクーもご多分に漏れる事無く、曲が終わった瞬間、お互いの頬に優しく口付け、二言、三言、労いの言葉を述べ合ってから、此れが最後の曲、と言って、タミー・テミルとマーヴィン・ゲイの楽曲『エイント・ノー・マウンテン・ハイ・イナフ』を踊り終える頃には、降り注ぐ照明の所為もあってか、ケイとクー、両者共に額に汗を浮かべており、腰掛けていた席へと戻って来るなり、新しいお手拭きで額の汗を拭き合ってから、グラスのウヰスキー・コークを勢いよく飲み干した。

ねぇ、何か頼もうよ。
空きっ腹で部屋に戻るなんて、お洒落じゃないから。

クーが言った。

そうだな、じゃあ、チリコンカンのホットドッグとミネストローネを其々二つずつ。

其のメニューは、二人が初めて此のレストランへ足を運んだ際に食した「想い出の一品」であった。
料理が運ばれて来ると、余程先程のダンスでお腹が減っていたと見えて、いただきますの言葉もそこそこに、ホットドッグとミネストローネを食し、食後のデザートには、クーのリクエストで、焼きたてのアップルパイにバニラアイスを添えた一品〈ひとしな〉を選んだ。
焼きたてのアップルパイは、母方のお爺さんが週末になると必ずと言って良い程、クーに食べさせていた料理の一つで、良く噛んで食べなさい、と言うのが料理を食べさせる際の口癖だった事をクーは頭の片隅にボンヤリと思い浮かべ乍ら食したのだが、ケイはケイで
まだ亜米利加で暮らしていて、気分転換と称し、暇さえあればクルマを乗り回して、住んでいた場所から遠く離れた所に建っていたダイナー『スモーキー・ロビンソン』に足繁く通っていた頃、今流れているロバータ・フラッグの『二人は戀人』を聴き乍ら、此の手のメニューを良く食した事を淡々と食し乍ら思い出していた。

あゝ、こんな心地良い気分は久し振りだよ。

支払いを済ませ、軽い足取りで海風が植えられた椰子の葉を揺らす家路を歩き乍ら、クーが言った。

今にも空へと舞い上がりそうな様子だな。

天つ風
雲の通ひ路
吹きとぢよ
をとめの姿
しばしとどめむ、か。

クーはつい最近、人づてに此の様な内容の和歌がある、と言う事を聴いた時の記憶を紐解き乍ら、僧正遍昭〈へんじょう〉の和歌を口ずさんだ。

クー、お前が離れていってしまわぬ様、今はただただしっかりと手を繋いでおく事に専念しよう。

そうしてくれると有難い。

現在〈いま〉のクーにとって、ケイの真っ直ぐな言葉と視線は、途轍も無くこそばゆかったが、同時に本気で自分は此の人から愛されているのだと言う安心感をこゝろの中で得ていた。
煌びやかな月の光が静かな紺碧の海と港街を照らす中、クーはハンドバッグのポケットから部屋の扉の鍵を取り出すと、此の部屋に誰かを招き入れるのもだいぶ久し振りの事になるなぁ、と言い乍ら、鍵を差し込み、扉を開けた。
部屋の中には今年の誕生日、ケイからプレゼントされたアロマの香りがしっとりと漂っており、此れから先起こるであろう事への準備はしっかりと整えてある様に思えた。

おかえりなさい。

あゝ、ただいま。

靴を脱いだ二人は其の場で深い口付けを交わしたのち、各々の荷物をリビングに設置してある此の部屋に引っ越して来た際、ケイが引っ越し祝いと称してプレゼントしてくれた紺色のソファーの上へ文字通りほっぽり出してのけると、寝室へと駆け込むなり、互いにガチャガチャと音を響かせ乍ら纏っていた服と下着を脱ぎ棄て、あっという間に一糸纏わぬ姿となった。
もうこうなると言葉よりも行動、理性よりも本能である。
先程玄関先で交わした口付けを凌駕〈りょうが〉する様な口付けを交わし乍ら、お互いの身体を弄〈まさぐ〉り始めると、ケイはクーの胸の膨らみに手を掛け、一連の出来事の間にすっかりぷくりと膨らんだ乳首を指で転がし、摘み、そして弾くと言った事を数分程繰り返した後、薄明かりの下、意地悪な笑みを浮かべ乍ら、喉が渇いた、と述べてから、態と、じゅるじゅる、びちゃびちゃ、と音を立ててクーの乳首を吸った。
そして其の間、大柄な体格に似合わず綺麗に整った左手の指を使い、自身が乳首を吸う音とクーの口から漏れる喘ぎ聲とが態と折り重なる様にし乍ら秘所をねちょねちょ、くちゅくちゅ、と責めるだけ、責め、乳首がすっかり敏感になったのを確認するや否や、今度は
秘所を舐め回し始めた。
其の様子は邪悪な蛇がお姫様をいたぶる姿にも似ていて、エロティックとグロテスクが同居していた。

相変わらず悪趣味な人だ・・・。

押し寄せる快楽の波に其の身を委ね、溺れそうになり乍ら、クーは頭の片隅でそう思っていたが、もう我慢が出来ないとばかりに、顔を赤らめ乍ら、そろそろ…イカせて…欲しいとケイに対して懇願した。
ケイはクーに見せつける様にして、べろりと舌舐めずりをしたのち、では、そろそろひと段落といくか、と言ってから、もう一度左手の指を秘所に挿れ、ピンポイントで「クーの気持ちいい所」を可愛がった為、クーは自分でも何処から出しているのか解らない位に大きな聲を出し乍ら、ぐったりと果てた。

大丈夫か?。

クーが身体を震わせ乍ら、ゆっくりと呼吸を整えていると、ケイがそんな風な言葉をクーに向かって囁き乍らクーの身体をそっと抱き締めた。

はぁ・・・はぁ・・・さて・・・と。
攻守・・・交代だね。

物憂げな聲をほんの少しだけ震わせ乍らクーはそう「宣言」すると、口付けを交わし乍らケイをベッドの外へと招き、そして右手を使ってしっかりと勃起したケイの男性器を丁度良い加減で先ずは擦り始めた。
思えばケイと出逢い、戀に落ち、同衾〈どうきん〉をする様になって以降、クーはケイを悦ばす術〈すべ〉を仕込めるだけ仕込んで来たと同時に、其れ迄ひた隠しにしていたのやもしれない変態性をケイによって良い意味で暴かれた事をキッカケに、今となっては其れを隠すどころかケイに対して堂々と見せつける事すら厭わなくなっているカラダになっていた。
故にこうして攻守交代をする際のクーは、ケイへの「甘い復讐」心を抱いた上でケイを責め、そして悦ばせるのだった。
そして頃合いを見計らって、ケイの男性器を口に咥えると、ケイが自身に施した時の様に音を響かせ乍ら男性器を舐め回し始めた。

どうかな・・・気持ちいい・・・?。

クーが上目遣いで言った。

あぁ・・・迚も・・・気持ち・・・良い。

慇懃無礼、傲慢不遜を絵に描いたような人間が、自分の前ではただの快楽に溺れるオトコでしかないと言う事に対し悦びを覚え乍らクーは、そろそろかな、と言わんばかりに激しく音を響かせつゝ、射精を促した。
其れに呼応するかの様にケイの睾丸と亀頭がふっくらと膨らみ、軈て口の中に暖かさと苦さ、そして粘っこさを含んだ精子の味がじんわりと口の中に広がっていくのをクーは感じた。

処理する暇が無かったの?。
量が多かったけれど。

精子で汚れた唇の周りをベッド脇のティッシュ・ペーパーで拭き取り、其れをぎゅっと丸めた後、空っぽになったばかりらしい黄褐色の塵箱の中へと放り込む様にして棄て乍らクーが言った。

雑事に忙殺されているとついな。

ふふふ、面白い人だなぁ。

其れからクーはケイの身体に蛸の様にぬるりと纏わりつくと、さぁ、休憩は終わり、とケイの右耳の傍〈そば〉で囁き、向かい合った状態で先程よりも又一段と勃起したケイの男性器をゆっくりと受け入れた。
互いの汗と体液、そしてアロマの香りがぐちゃぐちゃに混ざり合う中、ベッドはギシギシと揺れ、お互いの脳味噌はトロトロに溶け合い乍らも、凡そ一時間近くケイとクーは繋がっていた。
其の後ケイはクーのカラダを抱き抱えた状態で風呂場へと導くと、労いの言葉を掛けつゝ時々ミネラルウォーターを口に含ませ乍らクーと己の身体を丁寧に洗い、風呂から上がった後は、今年になってケイが持ち込んだ青藍色のバスタオルでクーの身体と髪を、薄水色のフェイスタオルでクーの顔をケイはじっくりと時間をかけ拭き、殿茶色のドレッサーの前でクーの髪を乾かした。

明日の朝食は何が良い?。

すっかり「息を吹き返した」クーがケイの髪を自身の眼鏡同様、朱色のデザインが特徴的なドライヤーと玄色の櫛を用いて髪を乾かし乍ら、眼を瞑っているケイに向かって話しかけた。
クーからの質問に対してケイは、眼を瞑ったまゝ、サイダーの泡の様に綺麗な聲色で、フレンチトースト、サラダ、南瓜〈かぼちゃ〉のスープと答えた。

飲み物は?。

牛乳。

了解。
で、今から飲む飲み物は?。

珈琲が良いな。

なら其れに見合う音楽を掛けなくちゃ。

カチッとドライヤーのスイッチを切り、抜いたコードをぐるぐると纏め乍らクーはそう呟くと、慣れた手付きでドライヤーをドレッサーの引き出しの中へと片付けたのち、ケイが交際を始めてから二度目の夏に購入をしてくれた音楽プレイヤーのリモコンを使ってプレイヤーを起動させると、ベタな選曲かもしれないけれど、と言い乍ら、アル・クーパーの『ブランド・ニュー・デイ』を流した。

折角だ、一緒に作ろう。

眼をパッチリと開いたケイは、腰掛けていた白銅色の椅子からのっそりと立ち上がってみせると、クーの側へとやって来て、自分の分の珈琲を作り始めた。
出来上がった珈琲の香りは、心地良い疲労感をまだ引き摺っている身体とハートを癒やすのに充分な効果があった。〈終〉

真夜中の青春

真夜中の青春

七月の熱い夜。 慾望の限りを尽くし,愛と青春を謳歌するケイクー小説。 題名は同名のボー・ブリッジス主演,アル・クーパー音楽,ハル・アシュビー監督作品から引用。 ※本作品は『ブラックスター -Theater Starless-』の二次創作物になります。 ※女体化、肌色、性的要素あり。

  • 小説
  • 短編
  • 恋愛
  • 成人向け
  • 強い性的表現
更新日
登録日
2022-11-05

Derivative work
二次創作物であり、原作に関わる一切の権利は原作権利者が所有します。

Derivative work