ex.660

手の平ひとつで全てを分かった気になってしまうなんて不自由極まりない話だね、ときみは言う、知らないことがあるから幸せなんじゃないか自由なんじゃないか、と笑うきみの世界はまるで、きみしか知らない言語で出来ているみたいだった。
世界はうつくしいものであふれている、というのがきみの持論だった。
複数のアゲートを重ねて夜の地層の道しるべにすること、木枯らしが吹く日に集めた赤い実でインクを作ること、一番澄んだつららでできたペンで、ここではないどこかへ季節の便りを出すこと!
きみが教えてくれる世界はいつもとても眩しくて、だけどまばゆさに目を閉じてしまえばすぐに見えなくなってしまうんだった。
あの日、木星がぴかぴかと輝いていた日。
きみはこっそり伝えてくれたっけね、遠出をするときにいつも身に付けるスカーフは、左腕に巻かれていたね。
これから良くないことが起きるよ、そのわけを探しに行かなくちゃ、そうだよ、手の平を広げに行くんだ、気が向いたらついてきてよ追いかけてきてよ。
きみはひょっとすると寂しかったのだろうか、そう思いながら消費する日常という言い訳に埋没させた罪悪感は、記憶の中のきみの顔を少しずつ塗りつぶしていく。
部屋に残された本を集めて秘密基地を真似てみた、ここはきみと交信できる唯一の場所だ。偶然ひらいた図鑑には大昔に冒険があった島々が載っていた。
そこに暮らしていた、好奇心で滅びた鳥の名前を、いなくなった理由の意味を、きみが探したかったほんとうを、僕だけがまだ知らないでいる。

ex.660

ex.660

暗い日のカンテラみたいに

  • 自由詩
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2022-10-27

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted