不器用な2人
私の父は寡黙で冷徹な人である。
小さい頃の父との記憶はあまりない。
仕事ばかりで顔をあまり会わさなかったのだ。
会話と呼べるかは分からないが、話したことはある。
しかし、それが実に淡白なものだった。
高校受験の時も大学受験の時だって、
名前を聞いてきただけであとの言葉は
「そうか。」
だけであった。
合格したのだから、一言ぐらいお祝いの言葉を送れんのか。
淡白にしたって、もうちょっと真鯛のように旨味のある言葉を送れんのか。
大学を卒業して就職した時も相変わらずである。
確かに世の中のお偉い学校や高収入の会社に比べれば、私の進路は鼻高々と世間様に言えるものではないであろう。
それにしたって見切り方が露骨すぎやしないだろうか。
そんな父がある病気になった。
その名も『すなおすなお病』である。
その名の通り、突発的に本心を語ってしまう病気らしい。
それも2日の治療で治ってしまうようなものらしい。
なんだそれは、と思ったが、
私はこの機会を逃すまいとした。
私は父が横になっている病室に向かっている。
今日は私にとって最悪の日だが、逆に最高の日にしてやろう。
廊下から中を覗いてみる、
父に何かを説明する医師と看護師が見えた。
会社の人らしきスーツの男達も2人いた。
それとここは個室ではないので、数人の患者がベッドで横になっているのが見える。
ここだ、と思い私は父の前に姿を現した。
「ごめん、お父さん。
就職の報告の時みたいに遅くなった。」
わざとらしいキーワードを使う。過去を思い出して怒りを思い出すがいい。
この場で私への不満をぶちまけ、周りの人間に不審がられればいい。
世間体を気にする父にとって、
私への罵詈雑言を他人に聞かれることは人生の汚点となるだろう。
人としてどうかとも思うかもしれないが、子ども相手に小さな不満を積み重ねてきた父にも非はあるんじゃないか?
それに、父にとって今回のことは何も会社の地位を落とすようなことは無いだろうし、それぐらいのことはいいじゃないか。
私に気づいた父はギョッとしたまま口を開いた。
「心配したぞ、裕子。
就職報告というのは、親戚が集まった時のことか?
あの時も冷たい反応をして悪かった。
お前が来る前に、親戚の1人がお前の仕事のことを綺麗が売りなだけ空の販売員とか言うもんだから、頭に血がのぼっていたんだ。
『娘がこれからおこなう仕事は、客を飲食でサポートするだけでなく、トラブル時に避難誘導もする空の保安要員だ。
トラブルの早期発見のために、注意力も必要だ。
人の命を預かるのはパイロットと整備士だけではない。娘の仕事だってその一つだ。
英語も求められるがあなたは語学が堪能なのか!?
社会を支える立派な仕事を軽んじないでほしい。
今後は集まりにあなたは来ないで頂きたい。』
なんて言っていたんだ。
せっかく就職が決まったお前に怒りの冷めない顔を向けるわけにはいかないと思ってな。
・・・まぁ、父さんは口下手だしどう対応したらいいか分からないことは素っ気なくやってしまうから、親戚のことがあろうがなかろうが態度に違いはなかっただろうが・・・。
ともかくすまなかった。
来てくれてありがとう。」
父は顔を真っ赤にして言った。
隣に立っていた医師は黙ってうんうんと頷いていた。
看護師は小さく拍手をしていた。
スーツの男たちは微笑んでいた。
カーテンの隙間から覗く患者のじいさんはニヤニヤしていた。
やめてほしい。
私はどんな顔をしたらいいのか分からなかった。
今どんな顔をしているのか分からなかった。
受験のことを聞けば良かったのかもしれないが、なぜだか言葉にならなかった。
私は就職の話だけで満足したのだろうか?
翌日、父は退院した。
私と父は病院の駐車場にいた。
私はやたらと重くなった口を開く。
「退院おめでとう。」
「ああ。」
淡白な返事をする父に私はもう一言加える。
「・・・あのさ。
これからは少しぐらい思ったことは言った方がいいよ?」
「・・・ああ。」
私と父はすました顔で会話をした。
不器用な2人が帰路につく。
不器用な2人