監獄

何も見えない。
何も感じない。
ここはどこだろうか。
僕は誰だろうか。

どうしよう、何もわからない。
暗くも明るくもない。
黒くも白くもない。
これまでの記憶もない。
気づいたらここにいた。
”ここ”という空間があるのかも、怪しいが。


…ちょっと頑張って思い出してみよう。

微かに覚えているのは、…香しい、そう花。
花壇に植わった花を見た。綺麗だった。
視線を上げれば、澄んだ空気と青い空。
周りには…遊具、滑り台があった。
そうだ、僕は公園にいた。

感覚がない、ということはその後に事故にあったのか?
プツンと電源が切れるように思い出せない。

じゃあ、僕は誰だろうか。記憶からして僕は人間だった。
ちょっと姿も性別も思い出せないが。
僕は一体なぜ公園にいたのだろうか。

…もっと、前の記憶を思い出そう。

扉を開く音が聞こえる。
部屋に物が置かれている。
本棚に、脱ぎかけの服に、布団、それに机。
これは、自分の部屋か?

壁に飾ってある写真が見える。
これは、僕…?
顔はぼやけて思い出せない。

…椅子に座って、机の引き出しを開けて、
取り出したのは青いノート。

そうだ、日記だ。何を書いていたっけ。
記憶の自分が、日記をめくる。振り返るように。

…。
楽しい思い出ばかりだ。愛しい思い出が、ああ、キラキラしてる。
思い出せないことがこんなにも悔しいなんて。どうして忘れてしまったのだろう。
そうだよ、楽しかった。
…次の、ページにいって、ああ、そうだ、秘密も書いていたっけ。
誰にも言えないこと、忘れてしまったけど、…大切だった。
それだけは、わかる。

ページをめくるたびに思い出す、自分のこと。
でも、自分の名前も年齢も顔も、何一つ思い出せない。

楽しかった、大切だった、どうして?
日記を綴ろうとする自分がいる。次は何を書くつもり?…

…なんで、泣いてるの?


『神様、どうか』


嘘だ、違う、
違う、僕は、ボク…は、そんなこと願ってない…!
願って、ないのに…。

思い出した、日記に書いたこと。
…ぼくは、いや、違う、わたしは、
……わたしなんていなくなっちゃえ。
……私なんて死んじゃえばいいって。

『神様、どうか私を存在ごと消してください。』

そんなことを、書いて…。
…。

じゃあ、私は今どうなっているの?
相変わらず、何の感触もない。見えないよ。


最後の記憶を辿ってみる。
微かな欠片を拾い集めて、何度も何度も、切れようとも。
きっとあの日記の記憶は、最後の記憶の、前の日だ。
だとすれば繋がりがあるはず。

あれは、帰り道だった。
いつも公園の花を見ながら帰るのが習慣だった。

公園を歩いて、遊具を見て、

…死にたいと目を逸らして

地面に咲いている花を見て

思った

「こんな世界、無くなっちゃえばいい。
みんな辛い思いをするなら。
この花も土も建物も人も、空も、
全部全部いらない。もういらない。全部消えちゃえ。」

瞬間、景色が歪んで、本当に、全部消え去ってしまって。

思い出した、思い出したよ。
そうだ、全部私のせいだ。
私が願って、神様が叶えたせいだ。

でも、じゃあなんで、

なん…で?
「僕だけは消えてないの?」

監獄

監獄

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2022-10-24

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