せんせい

 かいさーん、と委員長が言ったのを合図に、ざわざわと声が広がる。右半身に重心を置いて、面倒くさいんですけどポーズを取っていた隣の女の子は、ふう、といやらしく息を吐いた。私はちら、と彼女の足元を見る。黄土色のサンダル、左の内側には亀裂、 右の踵には埃がついていて、生意気な奴め、一年のくせに、と、黄土色を睨む。黄土色は小走りで他の黄土色へ近寄る。青色の私は、その後ろを一人で着いていった。ひとりで歩いていると、聞こうとしなくても、周りの会話が耳に飛び込む。冬になんてやるんじゃなかった、給食委員なんて。寒いよね、配膳室。でも、あたし、給食委員の仕事結構好きだよ、少なくとも奉仕委員よりは。奉仕委員って何するやつだっけ、私が思ったことそっくりそのまま、片方の女の子が聞き返す。 毎朝学校に早く来て、葉っぱ拾ったり踊り場のごみ掃いたりしなきゃいけないの。確かにそれは、前二人の女の子の会話を遮るように、後ろからどっと遠慮のない笑い声が押し寄せた。振り返れば、まだ背のかわいい男子らが数人、纏まって歩いている。そのうちの一人、どこか既視感のある男の子、たしか同じ小学校の後輩、 と、目が合って、慌てて前を向く。男の子たちの豪快な笑い声は、女子の甲高い笑い声よりもずっと苦手だ。まっすぐで嘘のない誠実な笑い方は、私たち女子の笑い方よりもはるかに賢くて、だから、私を窮屈にさせる。頼まれてもいないのに笑ってごめんなさい、と思わず心が狭まる。冷えた渡り廊下を小走りで抜けると、右手には職員室へ続く廊下が見える。ふとそちらを向いてみると、奥のほうから先生が歩いてくるのが見えた。少しがに股の長い脚を投げ出して、堂々と、飄々と、何からの制約も受けていないみたいに品良く歩いている。こんなに遠くても先生が分かるなんて、さすが私。せ、ん、せ、え。 口だけで形づくって、左手をぶんぶん振り回した。先生は細ぶちの眼鏡の奥で目を細めて、それから、あぁ、と少し口角をあげた。
 昨日、体験入学先の高校に行った。電車にゆられて、先生によく似た眼鏡をつけている警備員をみた。 そのひとの輪郭すら覚えていないのに、 脳裏にはその眼鏡だけがくっきり焼き付いている。先生は右手をあげる。私が満足そうに、にっこり笑った。 他の給食委員が二階へと続く階段を登っていく波、ごったがえしている、を尻目に、私は先生を待っている。

せんせい

せんせい

  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2022-10-22

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