世知辛い世の中
悪い人相の男が取調室にいた。
男は窃盗罪に問われており、逮捕令状も出て現場も押さえられていた。
この男が牢屋に入る日もそう遠くはないだろう。
今回その男に対応するのは一人の巡査である。
男は初の取調べにやや緊張した面持ちであった。
無理もない。
国際レベルの犯罪者に比べれば矮小な者かもしれないが、彼もまた市民を苦しめた人であることに、変わりはないのだ。
初めて行う仕事がそれに拍車をかける。
机の向かい側に座る男は蛇だ。
己より弱く身動きの出来ない卵のような市民を捕らえ飲み込み、その人の思考にわずかでも自分を混ぜ込もうとする。
飲まれた市民は、男の顔を時折思い出すと怯えた表情をし、男はそれに喜ぶのだろう。
男と関わった市民は否応なしにいつ咲くかもしれぬ不幸の種を蒔かれてしまうのだ。
そう考えた巡査だが、相手は駄菓子屋の窃盗をした男である。
それも人の居ないときに盗みを働き、暴力も恐喝もしていない。
駄菓子屋の店主はぷりぷりしていたが、別段怯えてはなかったようである。
しかし、巡査は考える。
もしもの考えなしに警察の仕事が務まるか、と。
もしも目の前の男がとんでもない事件の黒幕だったら?
もしも駄菓子屋の店主が強がってるだけだったら?
それらに備えて対策する考えに足りないなんてことはないだろう。
巡査はもしもについてを最近行った自動車教習所で学んでいたのであった。
巡査はカツ丼を用意した。
男から少しでも多くの情報を提供させるためだ。
男は、湯気の立つカツ丼を見て口を開いた。
「飲食物の提供は誘導させちゃうから出しちゃダメみたいッスよ。」
巡査はショックを受けた。
悪そうな男が自分より知識人であったことと、テレビでよく見るカツ丼の提供が実はNGであったと知ったためだ。
巡査は世の中のルールという蜘蛛の巣で、がんじがらめになった気分だ。
そして思う。
なぜ世の中の人間は、蜘蛛の巣まみれの自分の体を見て少しも振り払おうとしないのか、と。
やがて巡査は退職した。
国を変えるため、ルールを変えるため、己にまとわりつく蜘蛛の巣を消すために。
しかし、議員になった元巡査はやはりルールに縛られてしまうのはここだけの話である。
世知辛い世の中