夜凪
ふねをみた。
くじらが泳ぐ、夜。
かたわらで、静かにそっと、浮いていた。
泣きたいなあと思ったけれど、すこしはなれたところで、制服のおんなのこが泣いていたので、がまんした。波の音にまじって、踏切の音がきこえて、そのあとに電車の音もかさなって、そのあいだだけ、せかいは、にぎやかしかった。ひだりうでから、ウエハースのからだとなった、きみが、やけくそになって、わたしに、食べてよ、とひだりうでをさしだした瞬間が、いままで生きてきたなかでいちばんこわかった。
くじらが、しおをふく。
ふねはくじらに寄り添い、朝のおとずれをふたりで、心待ちにしているみたいに。
夜凪