夜凪

 ふねをみた。
 くじらが泳ぐ、夜。
 かたわらで、静かにそっと、浮いていた。

 泣きたいなあと思ったけれど、すこしはなれたところで、制服のおんなのこが泣いていたので、がまんした。波の音にまじって、踏切の音がきこえて、そのあとに電車の音もかさなって、そのあいだだけ、せかいは、にぎやかしかった。ひだりうでから、ウエハースのからだとなった、きみが、やけくそになって、わたしに、食べてよ、とひだりうでをさしだした瞬間が、いままで生きてきたなかでいちばんこわかった。

 くじらが、しおをふく。
 ふねはくじらに寄り添い、朝のおとずれをふたりで、心待ちにしているみたいに。

夜凪

夜凪

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2022-10-20

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