行くとき迎えるとき

体がふわふわと軽い。
目の前には白い衣をまとった老人が立っていた。
雲の上に私と老人がいる。

どうやらあの世に来たようだ。
私は良き妻と2人の子どもに刺激ある日々を送らせてもらった。
私が良き父であったかは分からないが、無理ない程度にそれに務めたつもりだ。
妻と子どもの顔を頭に思い描く。
これからの生活は大丈夫だろうか。
子どもが就職活動を終えているのが、まだ救われる。
考えても仕方ない。

老人は神様らしい。
その神様はとある方角へと指さし、私をその道へ向かわせようとした。
私は再び家族の顔を思い浮かべる。

私は神様にお願いをした。
どうしても家族や親戚が執り行う私の式が見たい、と。

神様は渋い表情だったが、私が何度も懇願する姿を見て、条件付きで渋々承諾した。
神様から提示された条件は一つだけであった。
式の様子は遠くから観察すること。
なるほど、私の姿がうっかり見られてバレないようにするためだろう。

声が聞こえない位置なので脳に直接話し言葉が聞こえるようにするという。
神様は優しい方である。


私の式は数十名で執り行われていた。
思ったよりも人数が多い。
職場の方や学生時代の同級生も参列してくれたのだろうか。

遠目で分かりづらいが、一人背が高くて分かりやすい人を見つけた。
親戚の昇おじさんである。
隣には女性がフォーマルなスーツを着ていた。
恐らく奥さんであろう。
海外で暮らしていたのは知っていたが、わざわざ夫婦で来ていただいたようだ。

もう一人こちらに顔を見せたので判断できた人がいた。
小・中学校でずっと同じクラスであった茂である。
最後にあったのは20年前の同窓会以来だろうか。
県外に引っ越したのを機に、連絡を取らなくなったが来てくれたようだ。

ありがたい、感謝を伝えられないのが残念だ。
その直後に信じられない言葉を聞いた。

『ったく、最初から俺は必要ないと思ってたんだよ。』

今の言葉は昇おじさんから発せられた。
おじさんは、参列者をかき分けて部屋から出ていこうとしていた。
慌てて追いかける奥さん。

『遠い所からわざわざ来てやったのによ。あいつも馬鹿じゃねえのか。』

吐き捨てるように言い、おじさんの姿が見えなくなった。
次に茂の声が響く。
遠目から女性に話しかけているのが分かる。

『急な知らせで驚きました。ですが、ここにいる意味がなくなったため帰路につかせて頂きます。
誠に残念ですが・・・、いえ、残念なんてことはありませんね。
それでは失礼します。』

相手の女性はペコペコと頭を下げていた。
申し訳なさそうに、何度も何度もだ。

彼らだけでない。
参列者はぞろぞろと部屋から出ていく。

何が起きたのだろうか。
私が至らぬことをしたのだろうか。
それとも家内が何か・・・いや、礼を知らない妻ではない。
子ども達も同様だ。
だが、もしかしたら私のことがショックで身が入らず、参列者に粗相をしてしまったら・・・。
私の責任である。
参列者には申し訳ないことをした。
しかし、家族にはこのことで責任を感じてほしくない。
私は別に立派な式をあげてほしいわけではない。
心残りは、私のことで家族が悔いを抱かないかどうかだ。

参列者は一人を除いていなくなった。
女性は先程茂に頭を下げていた人だ。
妻が残ったのだろうかと不安な目で見てしまう。

彼女は私が入っている棺桶の覗き窓に手を添える。
ゆっくりとその窓の戸を閉めた。

私は彼女が妻でないことに気づいた。
髪型や背丈。
遠目でも妻がしていない眼鏡をかけていることが分かる。

もしや、と思った。
女性は母ではないだろうか。

その時、神様が私の肩に手を置く。

『もう自由にこちらに来てはいけないよ。』

私は体が真っ逆さまに落ちる感覚があった。

気がつくと、私は布団で目を覚ましていた。
胸に言葉を込めて、遠方に届くように念じる。

『ごめんよ、母さん。』

行くとき迎えるとき

行くとき迎えるとき

  • 小説
  • 掌編
  • ミステリー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2022-10-12

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