終着駅
全てがお膳立てされていた訳ではない。途中には困難だってあった。だけど、確かに私は誰かが切り拓いた道を、敷かれたレールを辿って生きて来た。
レールを乗り換えて生きて来た。レールの上が人生だった。
18歳。敷かれたレールは此処で終わった。
私は今、終着駅にいる。
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高3の受験期に書いた文が出てきたのであげてみました。駄文ですが、自分と同じように進路選択に漠然とした不安や苦手意識があった人が自身の想いを言語化する材料になったり、自分もこんな気持ちになったことあるなぁと共感される方がいらっしゃいましたら幸いです。
平日の朝7:00
玄関を開けた途端纏わりつく暑さと湿気にため息をついて、それを振り払うように足速に駅へと歩く。
7:15
着いた最寄り駅に走る路線は一つだけ。一つしかない小さなホームにはサラリーマンや高校生がちらほらと。上り電車のドアが開くと同時に吸い込まれていく。弄っていたスマホからちらりと目線を上げ、私もその波に乗った。
7:30
乗り換えた先の通勤快速はいつも人がすし詰めだ。駅員に背中を押し込まれ、よろけてもたれ掛かった相手にすみませんと呟けば、驚いたように私を呼ぶ声。
「__ちゃん?」
見上げれば相手は高校の同級生だった。
「やっぱりそうだ!__ちゃんもこの路線で通学してたんだね〜」
久しぶりに見た同級生は髪を茶髪に染めていて、服だって高校の頃は制服しか見て居なかったからなんだか新鮮だった。声をかけられなければ多分、知らない年上の人と思っただろう。それからぽつり、ぽつりと近況を話した。サークルのこととか、学科のこととか、それから...えっと。友人は最近アルバイトを始めたらしい。アパレル関係で、積極的な接客が求められて大変らしい。バ先のオシャレなセンパイから教わった魔法のコトバ、「そこになければないですね」がめっちゃ有能だったと、ちょっと自慢気に笑って言った。
友人は次の駅で降りていった。その駅周辺は友人の通う学校_確か法学で強いところだったか。それ一つしかないから、下車するより乗ってくる人の方がよっぽど多い。
「またね」
そう言うと友人はもう振り返らず、流れに逆らうようにして群衆へ消えていった。ドアが閉まって、手持ち無沙汰にスマホを出す。閉まり際また少し誰かに押し込まれ、すみませんと呟いたが今度は誰の声もかからなかった。
液晶が映す時刻は7:45
その下にデカデカと浮かぶgame overの文字にやる気が失せて、プツリとスマホの電源を落とす。そういえば友人と話している間起動したままだったな。目線を上げても見えるのはスーツの背中ばかり。変わり映えしない景色に瞼が重くなってきて、私は逆らわずに目を閉じる。...どうせまだ暫くは電車の中だ。
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「ほら電車があと十分でくるよ。いーい?乗るのは1番線。〇〇って駅で降りたら、おばあちゃんが待ってるからね。」
____あれ、私電車に乗ってたんじゃ...
「あら寝ぼけてるの?これから電車に乗るんでしょう。おばあちゃんの所まで“初めてのお使い”よろしくね。」
そう母に言われて歩き出す。
小さな手に、もたつく足。首から下げた定期入れ。
____そっか、これは夢の中だ。
母と別れたのは駅の入り口。改札を抜けて、一つしかないホームへ降りる。
ホームには見知った顔がたくさんいた。色とりどりのランドセルを背負った、小学校の同級生達だ。気づけば私の背も少し伸びて、皆んなと同様使い古したランドセルを背負っている。
____先に来たのは2番線。「中学受験」行き先が表示してある筈のパネルにはそう書かれていた。...ランドセルを背負った何人かはそれに乗って、また何人かは乗ろうとしたがドアに閉め出されていた。
私はホームに残っていた大半と共にそれを見送り、1番線の列車に乗った。
____3駅くらい過ぎただろうか。気づけば私はセーラー服を着ていて、「終点ですよ」と駅員に促され列車を降りた。近くにいたセーラー服に声を掛ければ、「義務教育線」はここまでしか走ってないから、皆んなここで乗り換えるらしい。
乗り換え駅はそこそこ大きな駅で、幾つかの路線が集約していた。「公立」「私立」「高専」
気づけば中学のクラスメイトも散りじりで、どこへ向かえばいいか困惑した私は1番人の多そうな列に混ざることにした。...たどり着いた「私立」のホームは人で溢れていて、電車が停まるたびに制服の集団がそれに押しかけていた。私もその群衆に飛び込み、何度目かのアタックで電車に滑り込んだ。行き先表示は「××高校特進課」
「国公立文系コース」と表示された号車を開けると、十数人のブレザー姿の人達がいた。
「隣座っていい?」
近くにいた子に声をかけると、その子はニコッと笑って少し隣にずれた。その子は今朝通勤快速であったあの同級生だった。
「ここは随分人が少ないんだね」
ホームでの喧騒が嘘のようだとその子に言うと、彼女はしたり顔で言った。
「高校からは沢山“道”が選べるからね。駅にホームが3つあったでしょ?ホームじゃなくて「出口」に向かった人もいるし、列車ごとに行き先が違う。この列車だって、途中で「連結解除」するんだよ。」
皆んな自分の目的地に向けて選ぶんだ。
「あなたはなんでこの号車を選んだの?」
「私弁護士になりたいんだ!」彼女はジャーンとメモを取り出す。「〇〇大学」行きに乗って法学線で「司法試験」駅を目指す。彼女の今後の乗り換え予定らしい。
「あなたも次の行き先考えた方がいいよ。この列車の終点...次の乗り換え駅は大きなターミナル駅だから。」
そう言って彼女は路線図を渡してくれた。ちょうど一つ駅を過ぎて、「連結解除」された理系の号車が別の線路を走っていくのが見えた時だった。
それから暫く列車に揺られて、車内の人達とはすっかり打ち解けた。列車が終点に近づくにつれて皆んな熱心に“行き先”について調べ出し、私も自分の乗りたい列車について懸命に調べた。列車ごとに定員が決まっていて、乗車券の購入には条件もある。車内には明確な目的地を持って列車を選ぶ人もいれば、列車自体の雰囲気で選ぶ人もいる。私はどちらかといえば後者だった。その先の乗り換えなんて考えられなかったから、とりあえず色んな路線に乗り換えられる、なるべく大きな駅に着くものを選ぶ。たまにかかる車内放送が、「列車に乗ること自体が目的じゃない」なんて高説をたれるが、旅なんて行き当たりばったり。行く当てが決まっている人なんて案外少ないんじゃないだろうか。
車窓にはひらひらと花びらが舞い、また一つ駅を過ぎた頃、ある騒動が起きた。
「俺、進学はしないで起業するんだ。」
____だからこの列車降りるよ。
隣の号車で一人の男子が、そう言って窓に足を掛けたのだ。他の子たちはそれはもうびっくりして、引き留めようと口々に騒いでいる。
一人の女子が前に出た。
「どうしても、行っちゃうの...?このまま進学したら色んな道が選べるよ。起業の道だって...」
俯きがちに話す彼女に彼は困ったように眉を下げて笑い、そっとその袖を掴む手を解いた。
「だから行くんだ。...俺は道を選ぶんじゃなくて、自分で作った道を生きたい。」
列車から飛び降りた彼は派手に地面を転がって、車両の皆んなは窓に張り付くようにして固唾を飲んだ。それでもすぐに立ち上がり威勢良く駆けて行った後ろ姿は、電車にいた頃より輝いて見えた。
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す...せん、.....きて....
つ...した....お...くださ...
「お姉さん、終点ですよ。起きてください」
気がつけばあんなに混雑していた列車はすっかり人気がなくて、私はいつのまにか座席に座って寝ていたようだった。慌てて起こしてもらった車掌に頭を下げ、そそくさと電車を降りる。
大学はある路線の終点にあった。一路線しか通ってなく、途切れた線路には白と黒の風車のような模様をした車止標識が立っている。
風が吹いてもつゆともそよがない、“終着駅”であることを示す風車に先程まで見ていた夢が重なって重苦しいため息を吐く。
______終着駅なのだ。
乗っていれば目的地に連れてってくれる、そんな列車は此処で終わりだ。この先は自分で歩いて行かなければならない。列車を飛び降りてひと足先に広い世界へ飛び込んだ彼のように。
終着駅
大学受験のとき、私は志望動機を求められたり、「大学入学して終わりじゃ無い。その先の将来について考えろ」と言われるのが嫌でした。小・中なんて住んでる場所で決まるし、高校だって限られた選択肢から選ぶしか無かった。でも選択肢が限られていたからこそ周囲と同じという安心感があったし、迷う必要も無かった。だからこそ大学受験になったとき「この先は自由に生きていい」「誰もあなたの人生に責任を持たない。だから自分のやりたい道を選びなさい」と言われた途端、この先も続いていると思っていたレールが途切れてしまったような気持ちになった。
レールが途切れたらどこに向かって歩けばいいのか。周りは各々の目的地を定めて邁進している中、流されるままに生きて来た私は進むべき方向も、そしてこれまで進んで来た道さえもこれで良かったのかと悩み出す始末で、これまで自己とまともに向き合って来なかった皺寄せが来たのだと感じました。
結局、将来を思い描けないまま漠然と手の届く範囲で知名度のある大学を選んだ私ですが、なんとか就職先は決まりました。高校時代思ってもみなかった業界だし、学部とも一切関係無いところです。このさき後悔するかはわからないけど、ひとまず食っていく手段は得ました。私の話を反面教師に、早くから自分自身や将来について見つめるもよし、同じような悩みを抱える方は、流されるような人生でも、とりあえず生きてく人はいるんだと心の安定剤にするもよし。
大学のある授業で、過去を見つめ、今の自分を把握して初めて将来に目が向けられる。そして自分を言語化する為には、学術的な知識や他者の経験と自身を照らし合わせ、共感・比較することで”語るための言葉“を借りてくるのだという旨の話を聞きました。私の駄文が、誰かが自己を言語化・納得するための言葉になれれば幸いです。