毒林檎と憐憫

 硬質な神経の湖へわが身投げ、重装な鱗に月光ぬらぬらと照り返し、
 隅々までいたみと熔け、骨と水晶のみ守護してる、独り善がりな人魚、
 彼女の「わたし」に訊くならば──「貴女は何を欲望し苦しむのだ?」
 しなる躰を苦痛に波うち、後ろめたげにくちひらき、泡沫と供述。…

「それは倫理じゃありません、わたしそいつを敬っていない、
 それは善ではありません、わたしそれ美と区別がつかない、
 それは愛ではありません、愛されたいのは「(わたし)」なのです、
 それは死ではありません、「我」の欲望もそうでない、おそらくや──」

「それでは何を欲望してるのか、あなたに、訊いているのだ」
 彼女のいたみを愉しむ私は、同情に愉悦しながらそれを問う。
 ──人魚の少女、告白の苦痛に唇妖しく歪ませて、蒼銀に照るは
   蒼褪めた世紀末のルージュ──「それは美です、くわえて永遠です、

 倫理に縛りみずからを苦しめるのは美しい、故にわたし倫理を欲する、
 美の落す翳と重なる善の翳模しうごくのは美しい、故にわたし善を欲する、
 愛はわたしに解らない、されど愛って永遠の生の主題じゃないかしら?
 死は永遠です、久遠の不在の睡りです、刹那が美ならば夜天に燦る、

 唯 わたし美しくありたいのです、久遠の火を照らしたいのです、
 銀と群青の空に連なりたい、ラピスラズリの眸の銀製人形でありたい、
 くるしむわたしが好きなのです、美しく不幸なわたしだけを愛してる、
 身投げてのたうつナルッキソスがわたしです、憐みの自己愛でございます」

  *

 人魚の少女の本性を聴いた私、疑りながらも満足げに毒林檎を齧った、
 永遠の美──彼女の欲望は平凡きわまるそれ、心に聖域はないらしい。
 毒は私の喉をあまやかに滑り、わが魂は久遠の優しい死へと滑り堕ちた、
 人魚とは所詮私を投影した翳、さればその翳突き放し、滑稽だと慈しんだ。

毒林檎と憐憫

毒林檎と憐憫

  • 自由詩
  • 掌編
  • 青春
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2022-09-30

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted