孤独の島からあなたの島へ

　おはよう、こんにちは、こんばんは。そして、はじめまして。聞こえますか？　家にカセットテープが一つ余っていたので、録音しているところです。ええと……今、あなたの目の前にある時間は何時ですか。私の方は、ちょうどお昼の十二時です。今日は朝から雨の日です。しかも何だか黒い雨で怖いです。こんな雨が最近は多いので困ります。この雨に濡れたら皮膚が荒れるらしく、食料はまだ五日分ぐらい残っているので「山菜採り」も「釣り」もお休みです。ところで。あなたがこのカセットテープを瓶から取り出し、そしてラジカセか何かで聞いている、ということは、私の他にも「生き残り」の人がいる、ということですね！　おじいちゃんはいつも、もううちらしか生きとらん、と呟いていたけれど、私は絶対に他にも誰かがいるはずだって思っていました。この声は、今はまだあなたのもとに届いていないのに、私はもう胸がドキドキです。私の知らない誰かが私の声を聞いている、もしくは聞くだろう、と思うと、あー、もうっ！　という気持ちです。伝わりましたか？　えー……じゃあ、質問します。そちらの島はどうですか？　何の木がなっていますか？　お花は綺麗ですか？　作物は採れますか？　水はちゃんとありますか？　もうこの国には島しか残されていないって聞いたけれど、本当ですか？　暑くはないですか？　私のところは……温度計が壊れてしまったので正確なところはわかりませんが、おじいちゃんが言うには今年は一月からずっと四十度をこえているそうです。でも私はこの暑い世界しか知らないので、昔、どのくらい涼しかったのか実感が持てません。昔は空も海も、今はないけれど「街」も、澄んでいたらしいです。何もかもが清冽、だった――昔は。昔は、というのは、おじいちゃんの口癖です。ほとんどの話が「昔は」で始まって、「よかったのになあ」で締めくくられます。例えば昔だったら、私は今ごろ「こうこうせー」で「ぶかつ」や「しけん」に取り組んでいるらしいです。「れんあい」をしたり「せいしゅん」をしたり何かと忙しいんだ、とおじいちゃんは懐かしそうに言っていましたが、実はおじいちゃんも「こうこうせー」というものになったことがないのです。お父さんに聞きました。「がっこう」があったのは、おじいちゃんの時代よりもずっと遡らなければならないようです。いくら聞いても、私にはそれらの単語がつかめません。「がくせい」になってみたいけれど、「がくせい」って一人だとつまらないものだと言われました。「がくせい」は多ければ多いほど楽しいもの、だと。あなたがいれば、一人分、楽しくなるのになあ……。この前、絶望の夢を見ました。お父さんが死んで三ヶ月後、おじいちゃんが死んで三日後のことでした。私は目がまったく見えません。盲目、というのだと聞きました。夢は、私の目が見えるようになるお話でした。世界が見える、暗闇から脱出できる！　それは夢とはいえ、とても素敵な出来事――の、はずでした。夢の中の私は、目をゆっくりと開けて世界を眺めました。でも、目の前に広がる世界は、私が思い描いていた光景とはかけ離れていました。どうかけ離れていたのか、うまく言えません。だけど夢の中で私は、違う、と思いました。全然違う！　こんなのじゃない！　嘘だ！　その刹那、太陽の白い光がとてもまぶしく刺さり、私は目が見えないままでよかった、と後悔しました。その光は暗闇よりも残酷でした。明るいものに絶望があるなんて、初めて知りました。おじいちゃんに抱きつきたくなりました。起きたら少し、泣きました。何だか暗い話になってしまいました。こんなことを言うつもりではなかったのに……ごめんなさい。これから出会うあなたには、幸福な話を届けたかったのに……本当に、ごめんなさい。そうそう――昨日の夜、初めて一人で魚を焼きました。名前は知らないけれど、活きのいい魚でした。私は釣りが得意な代わりに薪を割るのも火を熾すのも苦手でしたが、昨日はがんばって挑戦してみました。手を少し火傷したけれども、魚はほくほくですごくおいしかったです。お父さんやおじいちゃんにも食べさせてあげたかったなあ……。こんな具合に私は何とか乗り切っています。あなたも絶対に生きのびて、いつかどこかでお会いしましょう。会ったら、セックスをしましょう。セックスをしなければ子どもが生まれないって、おじいちゃんに教えてもらいました。だから、愛のある素敵なセックスをしてあなたと私の子どもをたくさん授かりましょう。そして「かぞく」をつくりましょう。「かぞく」ができた後は「かてい」を築きましょう。毎日幸せに笑っていられる、私たちだけの「花園」で楽しく暮らしましょう。おはよう、こんにちは、こんばんは。そして、さようなら。外の雨がいちだんと激しくなりました。では、どうかお元気で。