終焉の剣風

終焉の剣風

鏡花 自傷少女

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2日以内に最新話を投稿する予定です。
毎日する時期もあるかもしれません。

作中、おかしな文章などあるかもしれませんが優しく見守ってもらえたら嬉しいです。

カクヨムにも投稿してます。

序章 第零話 磔


 闇に魂を売った礼拝堂。
 破壊の神が再生の女神を強姦する。無理やり絶頂させる。(しお)が吹き荒れる。様子を(むご)たらしく彫られた十字架。に釘を刺され縛られた魔女。の顔は生気の欠片もない無の表情。

 銀白の肌と豊かに膨らんだ胸。薄桃色の乳首。まだ毛が生えてない太腿の内側。を染める(あか)(けが)れた血。の匂いが漂う妖艶(ようえん)な雰囲気。を支配する宗教者たちが囁く聖歌。が悪魔と人間が共存する天井と壁、地の底から出現させる悪魔の手。薄透明な身体。そして命を欲しがる顔。

 きゃぁぁぁぁぁぁぁぁーー……。言葉にならない絶叫をあげる魔女。の首にかけられたネクレスが怪しく艶光る。不気味に蠢く。
 まるで……生きてるかのように。

 同時に赤紫の瞳から(しずく)がはじけ飛ぶ。虚しく闇に消えてゆく涙。誰も耳を貸さない悲痛の叫び。が闇が喜ぶ礼拝堂に響きわたる。

 召喚された低級の悪魔たちが興奮させる。と、闇の宗教団体がうごきはじめる。歌うのをやめ、出現した無数の悪魔たちに触れてゆく。

 人間としての尊厳(そんげん)、魂を売った者たちが悪魔に重なり溶けてゆく。【魔女の命を喰らえば永遠の命を得られる】という古からの伝説に(したが)い…………

 人間をやめることは【魂そのものを失くす】ことだとも知らずに。
 
 人間と悪魔が融合した。その証に薄透明だった悪魔の身体が実体化する。
 
 悪魔と融合した何者とも形容しがたい存在が『永遠の命をよこせーーーー!!』まるで悪の讃美歌のように叫び散らしながら。身動き、逃げられるわけがない(はりつけ)の魔女に襲いかかる。食欲旺盛な(よだれ)をまき散らしながら。
 
 ………………死んだ。もう生きられないんだ。魔女として命を喰らわれちゃうんだ。
 でも、死んじゃってもいいかも。
 今まで生きてきて楽しかった、嬉しかったことなんてひとつもなかったもんね。
 辛いことばかりだった。
 ずっとひとりぼっちだったから。
 死んじゃったほうが幸せなのかも。
 だから悪魔に命を喰らわれるのは運命なのかもしれない。

 私は好きで魔女に生まれたんじゃなかったのに。
 
 (いさぎ)よく死ぬ覚悟を決めた魔女がこれまで生きてきた。たった十年しか生きてない人生の幕切れ。に対して悔し涙をこぼす。
 未来を捨てながら瞳を閉ざしてゆく。
 
 あぁ、闇が降りてくる。もう光が照らされることがない永遠の闇が私の心を染めてゆく。喰らいはじめる。
 
 薄らいでゆく意識が途切れそうなとき。
 完全に闇が私の心を食い尽くす瞬間……

 魔女の瞼の裏に『天下孤独の心しか知らない闇』を斬った。言葉を失う。声すらもでない。そんな私の大きく見開かれた瞳に映しだされるのは鮮血が乱舞する斬撃。

 人間と融合した悪魔の頭をはじめ片腕、片足、内臓、肉片が礼拝堂に花華(はなばな)しく飛び散り咲く。気色悪く生々しい音を鳴らしながら。

 そして雨が降る。闇よりも圧倒的に濃い漆黒の血の暴風雨。
 
 …………………
 
 私は生きてる。
 確かに悪魔に食われていない。
 けれど……本当に生きてるのかわからない。それぐらい私が見てる現実が信じられない。けれど、ひとつだけわかる。
 今、眼の前で戦ってるのは人間じゃない。
 絶対に普通じゃない。
 けっして人間の瞳じゃない。
 あの眼は、あの剣は、あの表情はまさに…………
 
 (はりつけ)された、悪魔に食われるはずだった魔女の前で起きた突然な斬撃はたったの五秒程度に過ぎなかったかもしれない。

 少なくとも十数人はいたはず。
 だが結果的に魔女をたすけたことになる剣士が斬撃のあとに見せた反応は普通。
 まるで暇潰(ひまつぶ)しの軽い運動ぐらいにしか思ってなさそうな。黒い血の雨で濡らした平然とした顔……
 
 誰? 
 産んでくれた親の顔も知らない、友達もいなかった、まったく他者と繋がりなかった私が知るわけがない。
 この人はいったい何者なの?

「君が噂の魔女?」
 
 とても穏やかで優しい口調。悪意、邪気なんて無縁な声色。
 今さっきまで黒い血の雨を降らすほどの斬撃してた人とは思えないほど。
 閃光の如く巨大な剣を舞させていたとは思えないほど純粋な少女の発言。
 にしか聞こえなかった。

 魔女は少し震えながらも「そうです。私が魔女です」応える。

「こんな有様にしちゃった後に遅いけれど、このまま(はりつけ)にされていたい?」

「い……嫌です。お願いです。どうか解いてください!」

「じゃぁ、ひとつ条件あるんだよね〜?」と言い、ニコッと笑ってみせる。どことなく無邪気に。

 そんな巨大な剣を背負う重装備の鎧姿の少女に胸が熱くなるのがわかった魔女。の頬が自然と桃色に染まる。

「ネックレスを俺にちょうだい!」

「えっ!?」

「君の首にかけているネックレスが欲しいんだよね」

「ちょっ、ちょっと待ってください! どうゆうことですか?」

「俺がなんの理由もなく君をたすけたと思ってるの?」

「このネックレスのこと何で知ってるんですか?」と言っている最中、感応するかのように蠢きはじめる。

 それに重なるように闇夜だったはずなのに、闇と黒い血だけの礼拝堂に月光が照らされる。
 
 まるで魔女の首にかけられたネックレスが……成長しはじめたかのように。

「そのネックレスをおとなしく渡すか、この場で斬り殺されるかを選んでね」

 ……………………

「俺はね、魔女の心臓、永遠の命なんて興味ないんだよね。だけど君の首にかけられたネックレスだけはめっちゃ興味あるんだよね〜」と吐き捨てた途端、姿が消える。

 のも束の間、戸惑いを隠せない魔女の瞳。に少女の狂気が見え隠れする不敵な笑みを浮かべた顔が映された。瞬間、

 みぞおちに衝撃が襲う。容赦のない一撃。
 魔女の意識がゆっくりと飛んでゆく。
 
 完全に意識がなくなるとき聞き逃さなかった。

「絶対にネックレスを手に入れてやるからね」という言葉。に背筋がゾッとする感覚をおぼえずにいられなかった私は…………

 悪魔に食われたほうがよかったかもしれない。

 と思わずにいられなかった。のが正直な気持ちな心境。
 
 気を失った魔女を担ぎ、悪魔の血に染められた教会を去る少女。は眠たげに欠伸(あくび)をするばかり。
 
 これが少女と『生きる』ネックレスを首にかけた魔女の出会い。
 
 

第一話 白い迷宮


 はじめて私が見た光景は薄暗い白。砂埃が舞う通路。異様なまでに天井が低かったのを何となくおぼえている。何度も頭をぶつけた気がする。横幅も狭かったような。両壁に触れられたのをおぼえている。

 不確かながら私が自分の存在を感じられたのは迷宮のようなところ。

 常に不気味な冷気が流れていたような気がする。
 だが奇妙なことに「気持ち悪い」とか「寒い」など思う肌の感触はなかった。

 たぶん感情というものが確立されていなかったのだろう、あの頃は。
 身体の輪郭(りんかく)そのものが不安定だった気がする。

 だから「お腹を空く」という感覚もなかった。
 そればかりか声を出すことも知らなかった気がする。

 そんな状態で途方もない時間をかけて、淡々と薄暗く白い迷宮を歩きつづけている私にもたったひとつの手応えのある感情があった。それが胸の奥を騒めかせる恐怖。

 遠くから聴こえてくる数多の音と声が怖くてたまらなかった。
 獣が狩り獲った骨と肉を食いちぎるような。
 まるで巨大な身体を引き()るかのような。
 牙を剥きだしに唸るような。
 または何人もの人間が嘲笑うような。
 撲殺するかのような。
 断末魔の叫びみたいな声。
 なにもかも破壊尽くそうとする悪魔のような雄叫び。

 とにかく不意打ちに聴こえてくる無数の暴力的な音と声に当時、五歳だった私は不確かな身体を震わすばかり。だったような気がする。

 頬を濡らさない涙の感覚だけはかすかに知っていたような気がする。

 そんな状態のなか、出口があるのかわからない迷宮を歩いている最中の突然。
 薄暗かった白い通路に金色の光が差し込んだのは。

「眩しい!」と瞳を固く閉ざした。
 この瞬間のことは今も忘れられない。
 はじめて胸の奥にある心臓が鼓動を打ったような気がしたからだ。

 ゆっくりと瞼を開けてみたら、謎の恐怖の音と声、薄暗い白い迷宮が綺麗に消え去っていた。

 これが私のいちばん最初の記憶。

 だけど、いつから私は正体がわからない白い迷宮に歩きはじめたのか知らない。

 どんなお母さんから生まれたのか、どんなお父さんに愛されていたのかまったく記憶にない。
 そうだ、私は白い迷宮に入る前のことはまったく覚えていない。

 そもそも私は何者なのかさえもわからない。
 正直、今もハッキリとわからない。

 白い迷宮から抜けた数日後のこと。
 見知らぬ山岳地帯をほっつき歩き、みずぼらしく飢えていた裸の私を老夫婦に拾われたのは。

 本当に優しい人達だった。
 あふれんばかりの愛情を注いでくれた。
 そんな一年たらずの幸せな家族を送れたのは今でも感謝してる。

 けど人間の皮を魔の私は不幸を招くことになる。
 辛い真実だった。

 できるなら、また私のことを家族同然に接してくれた老夫婦の優しい笑顔を見たいなぁ。また一緒に食卓を囲みたいなぁ。
 もっと楽しくお喋りしたかったな。
 できるなら死ぬまでずっと一緒に住んでいたかったな。

 けど私は人間の皮を被った『魔女』 

 好きこのんで魔女の性質を選んで生まれてきたわけじゃない。私が選んだのは孤独の道。

 そう私は死ぬまでずっとひとり。孤独な人生を送ることしかできない魔女…………

 あぁ、なんで私は魔の性質を持って生まれてきちゃったのかな?



 ……………………



 興奮を隠せない煙草の吸殻。
 糞尿と嘔吐物が殴り塗られたみたいな壁の部屋。の机に散らかる空瓶からも強い刺激臭がする。

 そんな有様な机のうえに厚底ブーツを履いた足をのっけて眠る少女の顔はアホ面そのもの。
 だが丁寧にも愛刀の巨大な刃は磨かれている。

 その証拠に魔女の姿がベットに映されているのだから。

 たぶん少女が風邪をひかないように気をつかったのだろう。
 裸だった魔女に掛け布団が被せられている。
 だけではなく、季節は冬だから使い古された感がハンパじゃない毛布も重ねられている。

 二重のおかげなのか、眠っている魔女の表情も穏やかだ。

 数時間前、闇の宗教団体に捕らえられ悪魔に喰い殺されかけた魔女。と、突然ながら現れた巨大であまりにも破壊的すぎる、もはや鋼鉄の塊にしか見えない刃を(たずさ)えた少女が静かに眠る部屋。の扉が鳴らされる。

「お客様、チェックアウトお願いします〜時間すぎてますよ〜」と連呼し、何度もノックされていることに気づき、起きたのは寝癖がひどい少女。

「うっわ! ヤッベ〜!」と呟きながら、急いで身支度をする。鋼鉄の塊の刀を背負い、静かに寝息をたてている魔女を担ぎ直す。

 と、勢いよく従業員がいることをおかまいなく扉を開け放ち、「悪い! 今回は無料でよろしくね!」と吐き捨て、豪快に退室する少女の背中は余裕綽々。

 そんな身勝手きわまりない客の背中に向けられる怒声など気にとめずな様子で。ホームレス専用の宿泊施設を去る。
 食い逃げ当然、罪人当然。

 その最中、ガサツに担がれていた魔女が眼を覚ます。
「あれっ?……」と気の抜けた声を発す。
 同時に重厚な鎧を擦り鳴らしながら疾走していた少女の足が急ブレーキして底をすり減らす。
 
 ふたりが立ち止まった場所は偶然ながらも………

「おお! やっと起きやがったか、この野郎!」と嬉々とした声をあげ、肩から魔女を雑におろす。

「痛っ!」強く地面に尻餅をついたことで眼を(うるま)せる魔女の眼前に、手が置かれる。

「さぁ! 無事にこうやって助けてやったんだからお礼として首にかけているモノを渡してね!」と言い、無邪気にニコッと笑ってみせる。

 まったく悪意のない顔と声に気を引かせながらも立ちあがる。表情は緊りつめさせてゆく魔女。

「一体、あなたは何者なんですか?」

「見たまんまだよ!」

「見たまんま……?」

「そう! 見たまんま!」

「見たまんまって言われても、あなたのことわかりませんよ?」

「嘘!?」

「嘘じゃありません。本当にあなたのことわかりませんから教えてください」

「なら教えてやるよ!」と言い、結構ダサめな決めポーズを見せた少女が大声で続ける。

「俺の名はアッシュリア・ヤンネ! 主に悪名高い連中など斬殺することを生業としている男だよ!!」

 いや…………どこからどう見ても大きく胸が膨らんでますけど?
 しかも私よりも大きいですよね?

「…………私ってそんなに悪い魔女ですか。 最低限の罪しか犯してないつもりですけれど〜?」

「いや、君はたいした罪は犯してないと思うよ! ある程度の罪なら眼を(つぶ)ることにしてるから。面倒はごめんだからね。だから斬り殺さず、ネックレスをいただこうかと思って担いだわけよ!」

「十字架に(はりつけ)られていた時にも聞いたとおもうんてすが、なんで私のネックレスのこと知ってるんですか?」

「仕事柄だよ。俺みたいな連中の間では影でそれなりに有名なんだよ? 君の首にかけられた代物はね〜」

 そう言い、魔女の首にかけられた静寂な『生きるネックレス』に触りつつ通称、「殺害屋」を生業とする少女・ヤンネの金色の瞳が不敵な笑みを浮かべて輝かせる。
 と、魔女は咄嗟に「触らないでください!」と叫び、払いのける。

 けっこう本気めな感じで「チッ!」

 舌打ちを鳴らしたかと思えば強引な手段に走る。と昨晩、魔女が(はりつけ)られた礼拝堂を背景に

 まるでネックレスの中に眠る『生きる』ものが眼を覚ますかのように飛んだ。

「ゲット! 俺様、ナイスキャッチ!!」と叫び、宙に浮いた代物をガッチリっと盗ってみせた後「ニヒヒヒヒっ!」と笑ってみせられた。不覚な魔女の拳が握られる。と、

 やわらかな雪をふらす朝の空に鉄槌(てっっつい)が鳴らされ、

「痛ってぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」

 めっちゃ似合わない涙声が響き渡る。



 

第二話 失態


 陽気に明るく楽しげに演奏していた若者たちの民族音楽をかき消しちゃう。ほどの鉄槌(てっつい)が殴り鳴らされた後は正直、非常識きわまりない展開。
 になるかと思えば意外とそうでもなさそう。

 寂しげな背中が印象的な老人が食パンの耳を散りばめる。と、あちらこちらから(はと)が飛んでやってきては(くちばし)を突っつく光景が似合う切なげな雪化粧。
 に一部でしかない教会の階段の影に座る魔女の顔は少し緊張気味。の状態で受け応えする。
 その横で煙草を吸いながら、ハンバーガーを美味そうに食べる『殺害屋』を生業とする少女からの質問攻めは少し積極的すぎるかもしれない。

「ようするに、君は誰もいない白い迷宮にずっと彷徨(さまよ)い歩く前のことはまったく覚えてないってこと?」

「はい……そうです」

「というか何でそんな意味不明なところに入ったわけ? それとも……」最後の部分だけ煙草を吸うことで濁す少女。の口から吐かれる煙が雪に溶けてゆく。
 どことなく虚しく。

「わかりません。気づいた薄暗い誰もいない白い通路を歩いてました。時々聞こえてくる音と声が怖くてたまりませんでした。逃げるのに必死でした」

「何歳のとき?」

「迷宮から抜けれたのが確か五歳の頃でした」

「そもそも君が入ってた白い迷宮ってなんの為にあったのかな? なんで急に太陽の光に照らされて消えたんかな?」

「ごめんなさい。全然わかりません。彷徨い歩いている時は確かなる身体と心の感覚、感触さえも曖昧(あいまい)にしかありませんでしたから迷宮に《《入った》》ことさえも明確に言えない気がします」

「じゃぁ、迷宮に入る前の記憶なんて皆無に近い感じなの?」今度はけっこうハッキリめに言ってのける。

「はい、まったく……恥ずかしながら私を産んでくれた母親の顔も、愛してくれたはずの父親の顔も覚えてません」

 この言葉を聞いた『殺害屋』の神経を過敏にする。
 ことを知らない魔女は一方的に渡された未開封のハンバーガーを食べようとしながら胸の内を明かしてゆこうとする。

「けれど先ほど言ったように、五歳の頃に白い迷宮を抜けた、身寄りのない孤児だった私を拾ってくれた老夫婦のおかげで、ある程度の愛情を感じられる環境で生きられたのは幸運でした。なので実の親の顔を知らなくても別に気にしてませんし、今となってはどうでもいいことなんですよね。こんな私って親不孝者ですか? やっぱり悪いことですか? 変ですか? どうでしょうか?…………」

 長々と綴られてゆく昨晩、知りあったばかりな赤の他人とさほど変わらない人間の(ひが)んだ胸の内を聞かされたヤイネは、「ふ〜ん」と声をもらしながら用済みの包紙を丸めては握る。
 拳を重厚なる鎧の隙間に入れて隠す。
 悪戯に苛立つ心をバラしたくないから。

「変だ!っとは言うつもりはないよ。自分を産んでくれた母親の顔を覚えてないことも別に悪いことじゃないと思うよ〜」

「そうですか? 悪いことじゃないですか!?」

「うん、別に忘れちゃってもいいんじゃない? でもさ〜」

「なんですか?」と言いながら、小動物みたいに可愛らしくヤンネと同じ味のハンバーガーを食べる魔女の機嫌は良さそう。

「なんか引っかかるんだよねぇ」

「なにが引っかかるんですか?」

「確かに子供を産み落とすのは女で決まってるよね。だから君にもちゃんと産みの親はいるはずだよ。死んでたら話は別だけどね〜」

 急に刺々しくなったような気がする。
 なんか私、気に(さわ)ることでも言っちゃったのかな。
 でも今は、はじめて食べるハンバーガーの味を楽しみたい気分。
 口の中で噛むたびに肉汁がでてくる味。
 シャッキシャッキっと気持ち良くなる歯応えが心地いいレタス。
 とりあえず今は、人生初のハンバーガーを楽しむことに夢中になりたい。
 美味しいものを食べている時だけは何も考えずにいられるから。
 現実から逃げられるから。
 だから私を気絶させながらも悪魔から命を救ってくれた恩人の顔色を見るつもりない。
 といった感じで人生初のハンバーガーを食べ続ける。

 そんな感じなので魔女の顔から少し緊張がほぐれてゆく。のを見逃さないヤンネがさらに鎧の奥に隠した未熟でとんがった苛立ちを(つの)らせる。

「はい! そうですよね。悪魔に喰べられそうなるような魔女の私でも産んでくれたお母さんはいますよね! 実はいつか会ってみたいなっと密かに思ってるんですよね! あくまで夢みたいな話なんですけどね!」

「だけど男は違うよね?」と人を脅すような発言で魔女の夢の背中を押す。
 かと思えば、人柄が変わったかのように魔女の髪を鷲掴みにし、顎をぐいっと突然、吊りあげる。拷問するみたいに。

「痛っ! なにするんですか!?」

「さっき俺の頭を殴った仕返しだよ。それに無料(タダ)で朝飯を食らってるんだから少しぐらい我慢しなよ」

「どうしたんですか、いきなり。私なんか気に障ること言っちゃいましたか!?」

「い〜んや、君は何も悪いことは言ってないよ。むしろまともなこと言ってた思うよ。まぁ〜全然、ちゃんと聞いてなかったけどね。ぶっちゃけた話さ、君の過去なんてどうでもいいんだよね。俺はただ君の首にかけられた代物が欲しいだけなんだから。でも普通に愛され育てられてきた人からしたら同情したり褒めてくれるんじゃない? 可哀想だねぇ。健気で偉いねぇ。っと優しいうわべだけの面で言ってくれるかもね。」

「急にどうしたんですか? お願い、離して。本当に痛くなってきちゃった。唯一大切にしてきた髪が抜けちゃうから、お願いします」

 涙声になりつつあるお願いをする魔女。の顔を見たヤンネはさらに、そばかすのようなハンバーガーの食べカスがついた顎を高く吊りあげる。意地悪な笑みを浮かべながら。

「嫌だね、もう少し君の痛みに歪んだ顔を見せてほしいなぁ。本音を言っちゃうとさ、君の顔ってけっこう俺の好みなんだよね。(そそ)られるちゃうよね。 どう? 本当に君の星屑(ほしくず)が散りばめられたように輝く髪の毛を抜いてみようか?」

「や、やめてください! 嫌です、抜かないでください!」

「本当はさ君ってさ、闇に魂を売ったクソ野郎どもに痛めつけられたり、(はりつけ)されて嬉しかったんじゃないの?」

「なに言ってるんですか? さっきから変ですよ! せっかくはじめてのハンバーガーだったのに落としちゃったじゃないですか!」

「半分程度は食ったんだから問題ないよね。それよりさ、なんで心から男からも愛されてるって信じられるわけ? 自分の身体で産み落とせれる餓鬼(ガキ)なら基本的に女は愛せれるもんなんだよ。けどさ何で、父親としての愛情をくれる男が必ずいるって言いきれるのかなぁ〜」

「だって、お父さんがいなかったら赤ちゃんができないんですよね? だったら当然、こんな私にもお父さんっと呼べる人は絶対にいますよね?」

「それはどうかな〜この世界に生きる男は意外と餓鬼が生まれようが、生まれなかろうが、そんなに気にしてないみたいだよ?正直なところ男からしたら餓鬼なんて邪魔以外なんでもないんじゃないのかな〜」

 この人さっきから何を言ってるの?
 意味がわからない。
 男女の関係について考えたこともないし、一生孤独な人生だと決まっている私に何か伝えたいことでもあるのかな?
 他人事の話を聞かされてるような現実味がない耳の感触しかないんだけど。
 どう彼女の悪くさせた気分を晴らしてあげればいいのだろうか?

 と、考えている間にもヤンネの激しい言葉が綴られる。

「あのね、ハッキリ教えてあげるよ。人間の男ってのは、女の穴に硬くさせたモノをぶち込んで、ある程度の時間の間にズボズボっと出し入れして中に出せれたらいい。と考えてるのがほとんどなの! だから『私にも必ず愛してくれてるはずのお父さんがいる!』といった浅はかな期待をしちゃいけないんだよね〜わかるかな? 男の愛情ほど薄っぺらいものなんてないんだからね」

 こんな人情の欠片も感じさせない冷たい言葉を早口に(まく)したてる巨大な刃を背負う少女の瞳。の奥に宿る悲しく辛い激情を見た魔女が素直に問いかける。

「あなたにお父さんっと呼べる(ひと)がいなかったのですか?」

 この発言を聞いた途端、ヤンネの表情から余裕がなくなる。

 その証拠に「さぁ〜てね?」と平然を装うために魔女の星屑みたいに輝く髪を手放し、横に腰をおろす。

 何事もなかったかのように。
 本当にフレンドリーな態度で人が変わったかのように。
 と思った矢先のこと、

「あ〜ぁ、もったいないねぇ。せっかく買ってあげたのにさ〜」と言い、片足をあげては魔女が食べていた残り半分のハンバーガーを面白おかしく踏んでみせる。
 まるで己の感情を押し殺すかのように。

 グチャっと潰された無残なハンバーガーを見つめながら魔女は考える。

 素直に最後まで食べたかった。
 買ってくれた彼女が言ったとおり残り半分がもったいない。
 だから…………

「潰れちゃったけれどまだ食べれますよね?」と言いながら、飢えた野良犬みたいに足型の土がついた残り半分のハンバーガーを躊躇(ためら)うことなく口にしてみせる。

 まるで「あなたの靴の裏も舐めますよ?」と言わんばかりに。

 みじめな(たいら)になったパンの生地、肉、そして土を食べてみせた魔女が見せたのは「ありがとうございました。美味しかったです!」人間味を感じさせない笑顔。

 そんな魔女の手を乱暴に握り、たいした意味もないが『呼ばれるかのように』行く必要がない礼拝堂に向かった。

 荒んだ心を癒してほしいっと祈ることで失態をなかったことにしたいかのように。

 その様子を遠い影から監視してた「人間じゃないモノ」が動きだす。気配を残さず。

 復讐するために。

第三話 短編映画


 尋常じゃない速度の鼓動に心臓を破裂させる勢いにゆだねながら、
 いつか脳を焼き尽くすかもしれないほどの地獄の溶岩と化した血液が激流する身体、
 の底から噴出してくる憎悪に神経を踊らせながら、
 頭蓋骨をはじめ、獰猛(どうもう)な火花ものこることさえも許されないほどの腐敗してゆく命の披露宴、
 を飾る無色の透明な花華を彩るために剣を振るうばかりな生活。

 だったから低級の悪魔を斬殺させるなんて日常の一部に過ぎなかったこれまでの日々が終えるのも間近。

 貧乏の餓鬼(子供)が買う駄菓子の値段ぐらいしか価値がない斬撃。ということを、滲んでた血が乾きはじめている包帯を巻いた手を握る相手に伝える気持ち。

 で、昨晩と何も変わらない教会の扉を開けようとしたとき不意に、短編が頭の裏に浮かんだ。
 ものだから無意識に瞼を閉鎖(とざ)しながら開けてゆく。
 まるで時間を操れるようになったかのような感覚を手に集中させながら、死ぬまで忘れることがないだろう遠い過去の短編を見てみることにする。

 だから少しばかり手を繋ぐ魔女から一瞬だけ意識を途切らせてみる。

 すると再度、追体験するぐらいリアルな短編映画を観はじめると、

 鮮明にあの頃の記憶が走馬灯の如く(よみがえ)る。



 剣を握る前、孤児だった俺を拾った養母の命令として手術を受けさせられることになったのが確か五歳の頃だったはず。

 一時間程度の手術だった。
 と聞かされた術後、一瞬にして言葉と声を失った。

 驚いたことに太腿(ふともも)の内側にあったモノが切りとられていた。
 その代わりに穴が開けられていた。
 なんの為の穴なのか誰も教えてくれなかった。
 けれど「この穴でたくさんお金を稼いでくださいね。養育費で苦労してる私の生活を楽しくさせてちょうだいね」だけ聞かされた。

 退院した後、すぐに居場所を与えてくれたときのことは今でもよく覚えている。
 憎々しい笑みを浮かべた養母の顔が何よりも思い出深い。

 案内されたのはベットしかない牢屋。
 
「夜遊びの部屋」と名づけられた牢屋に来てからの夜は楽しくてたまらないものとなってゆく。

 毎日、俺の身体を求めて「夜遊びの部屋」に入ってきてくれるたびに色々好きになれるものが増えていった。

 度数が強烈に高いアルコールの匂いもすぐに馴染んだ。抵抗なんてなかった。
 最初の一本は咳き込んでやめちゃったけれど煙草を吸うことも好きになれた。
 なんか大人の真似してたら自分が成長したような気分になれたのは心地よかった。
 自由な大人になれたような気分で将来に「希望」という名の花を咲かせた。

 おのれの身が置かれた現実を心のどこかで拒絶してた俺に群がる大人たちは、遊ぶ前に必ずって言いきれるほど。

「これを飲んだらもっと気持ち良くなれるよ。それにもっと可愛くなれるよ」
 
 と優しく囁きながら薬を飲まされた。
 
 はじめの頃はさすがに慣れない喉の感触に咳き込んでは口から出しちゃうこともあった。

 だから最初は無理やり強引に飲まされたのはさすがに怖かった。
 それにとても気持ち悪かった。
 大人の男の人がバケモノにしか見えなかったときもあるほど本気で怖かった。し気持ち悪かった。

 けれど味のない薬をお酒の力を借りてちゃんと自分で飲めるようになってからラクになった。気がした。
 ことにしてのかもしれない。
 むしろ楽しさが倍増してゆくのがわかった。

 薬を飲む量が増えてゆくたび、性感帯を刺激されるたび感度が急激に(たかぶ)ることを知ったからだ。

 毎日の深夜、何人もの大人の男達が脱ぎ散らかした豪華な服を見てきた。
 艶やかな狂愛の雰囲気を(かも)しだす蝋燭(ロウソク)(ともしび)の温もりを肌で感じていた。

 ちゃんと一番奥に入りきらないほど大きく硬くなったモノに犯される苦痛に顔を歪めながら「痛いよ! 誰かたすけて!」と泣き叫ぼうが、
 複数人の相手にさせられた時に喉の奥へ大量に射精されようが、
 凶悪なまでのマニアックなプレイさせられた時も媚薬の影響と開発されまくったおかげで失敗することはなくなっていった。

 途中から毎回、絶頂を迎えることができた。

 子供ながらも無意識にオシッコを漏らしてベットを汚すたび、裸の大人の男達が俺の中で二本の指をかき乱す。たびに腰を天井に突き上げて大量の潮を吹き散らかすことができたのだから。

 そんな私の穴を舐めまわす変態の大人達が、妊娠する心配なしない様子。
 で、いちばん奥の部屋にえげつないほどの無数に中出しされた時の絶頂の快楽は言葉で表現できないほど最高峰で濃厚な味だった。

 行為を終えた後は決まって「今日も可愛かったよ。また遊ぼうね」と言い、当時は男の子と変わらない髪型だった俺の頭を優しく撫でてくれたときだけは素直に大人に甘えることができたような気がする。

 今、無音で流れる自分の過去を映しだす短編映画を見ながらそう思いかえす。

 行為してる時は媚薬が効きすぎるあまり、快楽の波が激しすぎて、ほぼ意識を飛ばしていたような気がする。
「気持ち良すぎて幸せを感じる暇も、心の余裕もなかったような状態だったな〜」と振り返ると胃が気持ち悪くなってくる。

 絶対に赤ちゃんができないほどズタボロに(ひど)く痛めつけられた穴の奥が叫んでいる。

 全員、殺す。
 ひとりも残さず殺してやる。
 皆殺しにしてやる!

 まさに怨念が今、俺の胃をかき乱す。ほど鮮明に色濃く用済みとなり捨てられた穴の奥はある意味、飢えてるのかもしれない。

 その証拠として、短編映画として俺の脳内に再生されている今、気持ち悪くてたまらない。

 さっき食べたばかりのハンバーガーが胃液まじりに喉に這いあがってくるのを、ぶつけようがないほどの憎悪と怒りを静かにさせるために奥歯を鳴らす。

 下唇を血を流さない程度に噛んでみる。と、「死ぬ直前にしか走馬灯は見ない。と聞いたことあるような気がするな。もしかして死ぬ一歩手前なのか?」と疑問を抱いたときには、

 運良くも嘔吐しそうなほど凶々しく淫らなラブ・ロマンス映画が遮断された。

 唐突な短編映画を見たことによって生じた強いストレス。が、怨念が練りこまれた辛辣(しんらつ)な過去が俺の胸を締めつける。

 ことも気づかれたくないから、影の苦労を重ねた歳月の結果として、己の手で闇を斬り裂いたばかりの教会に入る。

 身も心も壊した大人達を皆殺しにするために、嘘ばかりな正義しか掲げられないこの世界を破壊し尽くす、ことができる力を秘めたネックレスを手に入れるために何でもすることを決意し覚悟した俺。

 がまず眼にしたのは闇の遺産。
 破壊の神が再生の女神を強姦する。様を惨たらしく刻まれた漆黒の十字架。

「あなたは、この闇の十字架の本当の名前をご存知ですか?」

 まるで別の人格に移り変わったかのような魔女の言葉が、気色悪いほど綺麗な蝋燭(ロウソク)の光に包まれる礼拝堂に響き渡る。

 この魔女の言葉に俊敏に反応したのは俺ではなかった。

「この十字架について語るのは厳しく禁じられてる!」と声を荒げる参拝者たちだった。
 今さっきまで、一心に一般的に好かれている神様に祈りを捧げていたのが嘘みたいな顔色。

 で、あっという間に囲まれてしまった俺と魔女。だったが怖いもの知らずな態度を示す赤紫な瞳に映されるのは、あくまでも漆黒の十字架らしい。

「私の首にかけられたネックレスが心から欲しがるならまずは、この十字架について語らないといけません」と「あと試さないといけませんね」と発言した魔女が宙に舞いはじめる。

 まるで天使みたいに、
 いや、悪魔を連想させるかのような表情を浮かべた魔女が足をつけて、
 腰を下ろしてみせたのは、
 やっぱり漆黒の十字架の頂上。

「さて、まずはあなたの覚悟を確認しなければなりませんね」

 いつのまにか、すり替わっている声で言い放つのは魔女の身体を借りた誰か……だ。

 まったく違う人格者からの挑戦状。を受け入れ、負けじと怨念が渦巻く巨大な刃と短編映画を背負った少女・アッシュリア・ヤンネも不敵な笑みを見せつける。

「好きなだけ俺を試してみろよ。どれほどの憎悪を懐き生きてきたのか嫌でもわからせてやるからよ!」

 この悲しく切ない言葉を聞いた参拝者たちの膝が崩れ落ちる。
 何もされていないのにヤンネの気迫に負けて気絶したまでのことに過ぎない。

 こうして誰も邪魔者がいなくなった礼拝堂に流れる神聖な雰囲気がおぞましく彩りなおされはじめる。

 壮絶なる人生を歩んできた少女を見下ろす、魔女の身体を借りた誰かが笑う。
 世界を壊す夢を志す少女も笑った。

 あと、巨大な刃が牙を剥く。
 分厚く鋭い稲光を輝きはじめる。

 神聖な雰囲気を斬り裂くばかりな。


 

第四話 理の歯車

 闘うことを忘れてからどれぐらい時が過ぎたのだろうか。
 どれぐらいの間『止まった歯車』に身も心も奪われていたのだろう。

 本当に時間というものは無情だなっと身体の芯まで響かせては思い知りながらも、行動に移さなかった自分ほど格好悪いものはなかったかもしれない。

 まったく動けず、破壊することだけに関心と興味を持つ者の硬くなったモノを奥に突き抜かれた状態のまんま、
 強姦という形で処女を奪われた、
 太腿の内側から吹き荒れる耳に響かない潮騒を聞きながら、
 (わたくし)はこれまでずっと耐えていた。

 なにも抵抗もせずに。

 殺気が込められた斬撃をかわすことを捨ててから、どれぐらい嘆き喚いてただろうか。

 処女でなくなる前の私は『伝説の剣神』と云われ崇められていた。
 誰にも触れさせないほどの強さを誇っていた。
 まさに鬼神の如くの黄金時代の(わたくし)がひどく懐かしい。

 できるなら無数の屍が埋め尽くす戦場で勝利の旗を掲げていた、あの頃に戻りたい。

 だが過ぎ去った時間を戻すことなんて不可能。
 というより《《できない》》って言ったほうが正しい。

 それぐらい時間という名の『(ことわり)』の歯車を狂わして巻き戻すことは罪深いことだと知っている。
 私は絶望するしかなかった。

 たとえどんな崇高なる存在まで昇りつめても絶対にしていけない。
 ことを忘れなかった。

 だけど今、こうして動いてる。
 選ばれし魔女の身体を借りることで一方的に守ることしかできない状況。が、楽しくてたまらない。

 私を破壊しようとした者の一部である(やから)の相手にする喜びを隠せなかった。

 だが何百年も動かさなかった代償は予想以上に大きい。
 筋肉、間接、反射神経、直感は見事までに(もろ)くなっていた。
 ことを嫌でも実感させられたことに「やっぱりサボるんじゃなかったなぁ」と、生身の人間みたいなことを心の中で呟かずにいられなかった。

 その証拠に、本人の許可もなく魔女の身体に憑依した『者』の横顔に一滴の汗がしたたる。
 が、紙一重の身のこなしで鋼鉄の剣風を避けまくる魔女の顔の色は静寂。

 余裕たっぷりのしなやかな動きで、かわすことしかしない、
 反撃する意志が微塵も感じられない相手の姿を追いかける形で、
 巨大な刃を振るうばかりのヤイネは苛々を募らせるばかりな様子。

 から生まれる単調なリズムとなる大振りが目立ちはじめようとした瞬間。

 魔女の身体に憑依した者から軽く握られた拳が飛んでくる。のを見逃さなかったので巨大な刃を盾にして受け止める。

 鈍い打撃音が緊迫した神聖な雰囲気を穏やかに戻す。

「あんた人間じゃないよね?」

 攻撃の意志を鎮めてみせたヤイネの表情から伝わるのは苛立ち。と、傷なき敗北感。を見てとった魔女の身体に憑依した者が姿勢を整える。

 また漆黒の十字架の頂上にもどる。

 絶対的な敗北感を噛み締めながらも、得体のしれない恐怖を感じながらも、変な親近感をおぼえずにいられない。ことを表現するかのような物静かな口調と声を発する。

「なんでなのかわからない。が、どこかで、あんたと会ったことがあるような気がする。俺の刃から伝わる感触はずっと前から知ってるような気がする。一度、人間の限界なんて無縁だと言わんばかりな身のこなしをする奴と会ったら忘れるわけがないのに。いったい、あんたは何者なんだ?」

 このヤイネの言葉を聞いた、魔女の身体に憑依した者が優しくほほ笑み、礼儀正しく腰をおろして、ゆっくりと水々しく潤う唇を動かしはじめる。

「はい。あなたの言うとおり私は人間じゃないことに気づいたのは正しい直感ですね。だけど、あなたとは今はじめてお会いしました。でもあながち、あなた感じてる『懐かしい』は否定する必要はありませんよ。だけど今は私の正体を明かすつもりはありません。あくまであなたの技量と、あなたがこの娘の首にかけられたネックレスを欲しがる意志を知りたいだけなのですから」

「俺がネックレスを欲しがる意志だと?」

「なぜ欲しがるんですか?」

「欲しがる意志なんて決まってるじゃないか。俺を弄ぶ悪に満ちたこの世界を壊すためさ。それ以外なんてない!」

「そんなに感情を剥きだしにして声を荒げるほど、この世界が憎くてたまらないんですか?」

「あぁ! 頭がおかしくなりそうなほど憎くてたまらねぇよ! ちょっとでもはやく、この俺が生きる世界を破壊し尽くして、すべてを無にしたいんだよ!!」

「そうですか……そんなにこの世界を壊したいなら教えてあげます。このネックレスに宿る存在のことを」

 そう言い終えると、ふんわりっと身体を震わせるほどの憎悪と怒りを曝けだす少女の前に降りる。
 赤紫の瞳を神々しく煌めかせながら。
 ネックレスを手のひらにのせながら。
 まるで神様が祝福するかのように。
 自然と無意識に身がまえるヤンネ。

「あなたは、このものに宿る存在(もの)を知ってますか?」

「詳しくは知らない。知ってるのは、そのネックレスの力を使えば世界を滅ぼすことができるってことだけだ」

「はい、あなたの言うとおりです。これを使えば変えることができます。生きる者を絶滅させることができます。暗黒の闇で覆い尽くすことなど容易くできます。だけど、その力の源であるあなたの子の名を、正体は知らないようですね」

「ちょ……ちょっと待て、今、なんて言った!?」

「もう一度だけ伝えましょう。この娘の首にかけられたネックレス。いや…………『終焉の子宮』に宿る命はアッシュリア・ヤンネ、あなたの子です」

 時間の流れを忘れるほど耳を疑った。
 目の前に立つ者が言った言葉の意味がわからない。
 何も考えられないぐらい頭が白く染まってゆく。

 あまりにも信じられない突然な謎の者からの告白を受けた少女の手にあった、巨大な刃がずれ落ちる。
 不気味なまでにしつこい音となり大理石の床を鳴らす。
 その音が残響のように刺激する。

 自分の意思とは関係なく性転換手術を受けさせられた、少年から少女の身体にさせられた、男なのか女なのかさえもわからない心身ともに『中性』になったアッシュリア・ヤンネの耳に繰りかえし響き渡る。

      
      俺の子だと?

第五話 根源


「で…‥デタラメを言ってんじゃねぇぞ! 俺はそんな嘘、作り話なんか信じねぇぞ!!」

 完全にとり乱したヤイネから心の余裕なんてなかった。
 (つば)を吐き散らすほど大声をあげ、静かになったばかりな神聖な雰囲気を再び荒す。

 (いきどお)りに近い激情まかせな腕振りはひ弱。ということを静かに(つや)光る大理石の床に落ちたままの巨大な刃が物語る。
 のを見逃さなかった魔女の身体に憑依した者が膝を曲げる。
 まるで赤ちゃんを抱きあげるかのような手で持ち主に渡そうとしながら。
 変えられない真実を厳しく言い放つ。

「たとえ、あなたが信じようが、信じないかなんて関係なく。この選ばれし魔女……いや……正しく言うなら違いますね。この『生贄(いけにえ)』の首にかけられた『終焉の子宮』に宿る命はあなたの子なのですから」

「さっきからなに言ってるのかわかんねぇよ! 頭おかしいんじゃないか、てめぇ! なんで元々男の身体として生まれた俺が、俺の意志なんて関係なく去勢手術させられ、女になりきれない中性という気色の悪い人間にされた、この身体からどうやって餓鬼(ガキ)をつくれるってんだ!? バカにするのも大概にしやがれってんだ!!」

 本当は「男」という性別への未練、
 あまりにも過酷すぎた「夜遊びの部屋」に監禁されていた頃の経験を「楽しかった」という薄っぺらい戯言で誤魔化しているが、

 本当は心の底から大泣きしたいぐらい「辛かったんだ!」と叫びたい。
 憎悪と絶望の悲しみを発散させたい。
 を必死に堪えて生きてきたんだ。

 ことを訴えるかのように、厳しくも裏表のない慈愛を込められ渡された巨大な刃を背負う少女……いや……少年?…………それとも。

 性別の壁なんて関係がない、もはや人間だと言い切れるのかさえもわからない、無数の大人の男達に弄ばれ白く(よご)された中性(バケモノ)になったヤイネの顔を歪めるのは悲しみと葛藤が複雑に練り込まれた輪郭がない()

「私はまったく貴方(あなた)をバカにしてるつもりはありません。けっして嘘を言ってるわけでもありません。私はあくまで真実を貴方に教えにやってきたんです。本当は貴方の意志を確認する為でもなく、剣術の腕前を図りにきたわけじゃありません。私がいちばん貴方に伝えたいのは、これから話すことなのですから」

 と言った仮の姿としてあるが、縛りつけられていた『(ことわり)の歯車』から抜けでた者は三度、漆黒の十字架の頂上に戻り、ゆっくりとボロギレの毛布を被るだけの姿の魔女の身体に憑依したままの状態で神々しく(そび)える女神。

「今から私が発言する言葉をしっかりと胸に、心に焼きつけてください。そして絶対に、この娘に言わないでください。貴方の心のみにとどめてください。誰にも口にしてはなりませんよ?」

「うるせぇ! つまらない御託(ごたく)はいらねぇんだよ! こっちはあんたの顔をぶん殴りたくてたまらない衝動を抑えることに必死なんだからよ。さっさと言いたいことほざいて、とっとと…………唯一、心を許せれるかもしれない…………友になるかもしれない女の身体から出ていきやがれってんだ!!」

「私の顔を殴りたいって言葉は聞き捨てなりませんね。
 つまらない見栄を張るのはよしなさい。
 よけいに貴方が(みじ)めになるだけですからね。
 本当は貴方が殴りたいのは何も抵抗することができなかった無力の過去の自分(貴方)でしょ? 
 だから私の仮の顔を殴ったとしても辛いだけ。
 その証拠にこれまで殺害屋として罪人、悪人、妖、悪魔などその華奢な身体で背負う『龍骨斬(りゅうこつざん)』で斬り裂き、血の雨を降らしても貴方の心を晴らすことは一度もなかったはず。
 さぁ、そんな捨てられた子犬みたいに鳴き喚くことをやめなさい。
 今は私の言う真実を信じなさい。と押しつけるつもりはありません。
 が、いつか絶対に『終焉の子宮』に宿る命は貴方の子だということを認めて受け入れないといけないときがきます。必ずね。
 だから今のうちに心の準備をしておきなさい」

「なんの心の準備だ?」

男女(性別)の壁を奪われることを宿命づけた存在こそが貴方の魂の根源(みなもと)であり、父でもある。ことをいつか知る未来がおとずれます。その時のために心を整えてはもっと剣の腕を磨きなさい。龍骨斬の刃に恥じぬ強さを手に入れなさい。そして終焉と新たなる再生のどちらかを選べれるまで成長しなさい」

「さっきから、あんたが言ってることまったく意味がわかんなぁんだけど?」

 身体が震えるほどの怒りさえも鎮火させるぐらい、魔女の身体に憑依した者の発言がまったく理解できないヤイネの声はいつもと変わらない音量になる。

 まるで何を言っても無駄だと諦めついたかのように。

「じゃぁ、貴方の魂の根源である、アッシュリア・ヤンネの父ともいえる、『伝説の剣神』と崇められるほどの強さを誇り傭兵の(かしら)として龍骨斬を振るっていた私が直接、告げてやろう」

 さっきまで神々しいまでに穏やかな顔を浮かべてたのが嘘みたいに恐ろしいまでの感情的な顔を晒してみせた女神が、限界近くまで足を振りあげては、断絶させるほどの勢いで漆黒の十字架を踏み鳴らし、

 何百年もの間に溜めてきた復讐心を剥きだしにさせた声を荒げさせる。

「この闇の十字架に刻まれた破壊の神の分霊が貴方の正体だよ! つまり私の策略と手によって『夜遊びの部屋』に()いたってわけだ!!」

 再生の女神としての尊厳と誇りを捨てたかのような狂愛に満ちた(あざけ)笑いが衝撃波となり礼拝堂に響き渡らせる。

 のを敏感に痛々しく、反応した本来の魂が『《《私の身体から出ていって》》!』腹から声をだして訴えはじめる。

 ふたたび砂埃が舞う薄暗い白い迷宮を彷徨いはじめた選ばれし生贄が。


 

第六話 赤紫の鏡


 本当にいきなり突然の移り変わりだった。
 一瞬にして意識が別の次元へ、誰かの意思で飛ばされたかのような錯覚を感じたときには、言葉を失わずにはいられなかった。

 おもわず膝を崩しそうになるほど眼を疑った。
 それほど絶句の状態になるぐらい現実味がなかった。
 けれどすぐにでも、嫌でも実感させられた。
 
 また戻ってきてしまったということを…………

「わからない。なんで? なんでまた私はここにいるの!?」と何度も疑問に思いながら薄暗い白い迷宮を走る。
 足をもつれさせては、薄透明な膝を傷つけながらも逃げる。

 今にも泣きだしそうな顔を浮かべた魔女、いや、選ばれし生贄(いけにえ)を追う赤紫。
 ひどく曖昧に鏡で写し()られたかのような泥々(バケモノ)。は砂埃が(つの)る地面を這いずるように毒々しい泥々(バケモノ)には眼球と唇がある。

 怯え逃げ惑う生贄の姿が面白おかしくてたまらないって言わんばかりに眼を爛々とさせている。(みにく)く唇を動かしては『お母さ〜ん、待ってよ』という発言を、意地わるく(わら)いながら追いかけまわす赤紫の泥々(バケモノ)は楽しくてたまらない様子。

 どれほど走ったのかわからない。
 どれほど混乱と困惑が練りこまれた恐怖に身体を突き動かされたのかわからない。

 けれど怖くてたまらない自分の姿に偽造(バケモノ)から逃げ彷徨(さまよ)い続けている最中。
「えっ!?」と声をあげずにいられないほどの愕然(がくぜん)を痛感することとなる。

 逃げ道を(はば)む壁が魔女の前に現れたからだ。

 身体の輪郭そのものが不安定で存在自体があいまいだった頃には壁なんてなかった。
 横壁しかなかったはずの白い迷宮。だったはず。なのに急な行き止まり。を非情なまでの到着地点に立たされた魔女は思いきって振り返る。

 頼りにならない勇気をふりしぼって、自分のことを『お母さん』と呼んで不気味に楽しむ赤紫の泥々(バケモノ)と対峙する決意を示す発言をする。

『終焉の子宮』が首にかけられてないことも気づかずに。

「た……楽しい? 私を追いかけることがそんなに楽しい!?」

『うん、楽しいよ。だってお母さんと鬼ごっこしてるんだから楽しいに決まってるよ!』

 対峙した瞬間、『やっと振り向いてくれたね……』と示すかのように眼球をゆがませる。

 あまりにも幼い卑しい笑顔を見せながら。

「いったいなんなの? なんなのよ、あんたは!?」

 おそろしいほど急速に身体が冷えてゆく感触をかんじながら、身体を震わせながら、魔女が声を荒げる。

『ボクはお母さんの負の感情から生まれたんだよ。いきなり突然、身勝手な再生の女神に身体をのっとられたことで生じた、精神的なストレスが具現化したのがボクさ』

「…………どうゆうこと?」

『言葉どおりだよ。あのね、ここはね、お母さんが自分で無意識につくった(ところ)なの。簡単に言っちゃえばお母さんの心に凄む迷宮()なんだよ?』

「えっ?」

 赤紫の泥々(バケモノ)が発言する内容の意味がまったくわからないため、唖然と立ち尽くすことしかできない魔女。はどうすることもできないほど精神的にも追い詰められてゆく。

 その証拠に、さらに声を荒げて反射的に「そんなことありえない!」って言いかえす。
 と、まるで蜘蛛みたいに四つんばいの状態で地面に這うばかりだったのが、すくっと二本足で立ってみせる赤紫の魔女(自分)

 ゆっくりと腰を抜かしそうなほど追い詰められるばかりな魔女との距離を縮めながら。

『だからね、お母さん。お母さんの負の感情から生まれたボクのことを受け入れてね』

「い、嫌だ! あんたみたいなバケモノが言うことなんて信じない! だから近づかないで。私の心を(もてあそば)ないで!!」
 と言い終えた時には完全に泣き散らす魔女。に触れられるほど距離を縮めた、選ばれし生贄の負の感情から生じる。ことで当の本人の精神安定を影で務めていた赤紫の泥々(バケモノ)

『ボクを受け入れてくれないなら、どうしたらいいのかな?』

「やめて! それ以上、私に近づかないで! さっさと消えてよ! 何度も言わさないで! なんで私があんたみたいなバケモノを受け入れないっといけないの!? 確かにいきなり突然、意識が途絶えては再び、こんなところに戻されて怖くてたまらなかったけれど、ちょっとはどうしようもない負の感情を抱いた。けれど絶対に私が今、立っているのは自分の心が生みだした泥々(バケモノ)じゃない! それに私の心はこんな白い迷宮(ところ)じゃない! お願いだから消えてよ!!」
 そう葛藤の涙を弾けとばしながら叫んだ途端だった。

 輪郭がゆるんでゆく鼻と魔女の鼻の先が、触れんばかりの距離まで縮めてきた赤紫の泥々(バケモノ)が単なる(ドロ)の状態と変わってみせたのは。

 次の瞬間からだった。抵抗する間を与えない勢いで『お母さん』と呼ぶ魔女の耳と口、鼻の穴から侵入しはじめる。

『お母さん、ボクと一緒に負の感情を、ストレスを思う存分に発散しようね』と(ささや)きながら、魔女の、選ばれし生贄のお腹に寄生する。無許可に宿る。

 同時に再び、途絶えそうな意識の欠片で、翻弄されるばかりな孤独の魂の叫びが山彦(やまびこ)みたいに響く。

 《《私の身体から出ていって!》》 

 この言葉が響く頃にはもう…………私の意識は闇に(おお)われていた。

 身体の感覚、声さえもだせない完全なる『無』の闇に飲み込まれた魔女は…………


 

第七話 社交ダンス


「人をバカにするのも大概(たいがい)にしやがれ!!」

 弱い子犬みたいに叫んでは拒絶する。
 虚しく空を切るばかりな虚勢を張る手。が身勝手な復讐を成し遂げようと受け継がせて背負わせたのは、鋼鉄の(かたまり)よりも重圧な宿命が義務つけられた(いにしえ)から伝わる()

 遥か古の時代。まだ人間で傭兵(ろうへい)をしていた頃に実際、圧倒的な軍勢を相手に振るい、いくたびの戦場において勝利の旗を掲げてきた再生の女神が所持してた刃。
 の出番はなそうな雰囲気が礼拝堂に流れる。 

 かすかながら悲しげな子守唄が聞こえてくるかのように。

 本性を剥きだしにさせた再生の女神が発した真実(ことば)にとり乱すヤイネ。
 はまるで…………

 (いか)りの顔を無様に(さら)す泣く子供。

「殴りたいか? (わたくし)を殴りたいのですか? そんな余裕の欠片もない憤怒の顔で怒るほど私の言葉が信じられないですか?」と言う、

 白い迷宮よりも底深い、深層心理の闇に(おちい)った魔女に憑依したままの状態を継続させる再生の女神が笑う。

 そんな醜悪(しゅうあく)な復讐心を(たか)ぶらせては(いや)しく(わら)う再生の女神を見た途端、冷静さを失ったヤイネが暴走しはじめる。

「てめぇ!!」

 喉を張り裂けんばかりに殺意が込められた怒声をあげては、
 人間の限界なんて超えた俊敏な動きを魅せ、余裕を見え隠れさせる再生の女神に襲いかかる。

 激しい怒りと葛藤を込めた拳を震わせながら。

「そんなに私が言うことを頭でわからないなら身体に理解させないといけませんね」

 そう言い放つ同時に、またもや紙一重にヤイネのありったけの力を振り絞った拳をかわしては懐に入った。瞬間、無防備な性別の壁を奪われた人間のお腹に羞恥をさらす神の拳が繰りだされる。

 内臓を潰すほど奥深くめり込む拳はまさに非道。再生の女神としての誇りなど一時的に捨てた笑顔が表現する芸術はまさに狂気。

「あらあら、みっともないですね。さっきまでは人間の限界なんて超えられないぐらい貧弱だったくせに、私が真実を教えてあげた途端にこれですか。意外とやればできるんですねぇ」

「でも退屈なのは変わらないですけどね」とつけ足されながら、不意打ちが襲う。
 容赦のない一撃が貧弱の骨を鈍く鳴らす。

 尋常じゃない強打を受けた「貧弱」呼ばわりされた「凄腕の殺害屋」で名を売ってる少女の口から、血が混じった胃液を噴出する。

 が、すぐに(えぐ)られた内臓の痛みに耐えながらも、苦痛に顔を歪めさせながらも次の拳を、如何(いか)にも快感を感じてる笑みを浮かべた再生の女神に振り抜く。
 が、また最低限の身のこなしでかわされてしまう。

 けど、殴られた内臓の痛みを忘れるためにも、信じたくない、味気がない真実を否定するために大振りの蹴りをみせる。

 が、やっぱり簡単にかわされてしまう。

「そんなに私の顔を殴りたいなら、そんなに真実を否定したいなら踊りなさい。私がお相手してあげることを光栄におもいなさい」

「黙れ!」と言いながら、何度も拳と蹴りを繰りだしては空を切らすヤイネ。の顔を中心に身体全身を拷問するかのように痛め続けながら、

 (いきどお)りと狂気の組みあわせて踊る社交ダンス。の音楽となるのが更なる裏の真実。

 やんわりとした口調は変わらず。

「この際、貴方(あなた)を痛ぶり遊びながら教えてあげましょうかね。

 貴方(あなた)が四歳の頃だったかしら。
 まだ普通の幸せに満ちた家族。
 貧しくても笑顔を絶やさない両親に愛されてた貴方(あなた)の笑顔は本当に可愛かったのをよくおぼえてますよ。
 本当にあの頃の貴方(あなた)は幸せだったはず。
 だって、たとえ貧乏で満足にお腹を満たすことができなくても身を削っても働く父親。
 と、自分の食事を減らしても子供の成長させたい母親の手をずっと握ってたんですから。
 嘘偽りのない誠の愛情をそそがれてたのだから。
 けど、私からしたら退屈意外なんでもなかった。

 だから貴方(あなた)の住む村に火をつけたの。
 今の貴方(あなた)にとっては虫ケラ当然な盗賊に襲わせたのよ。
 貴方(あなた)のことを愛する人間を全員まとめて燃やさせたの。
 かけがえのない絆もろとも。

 必死に抵抗する両親から貴方を盗賊にとりあげてみせたのよ。
 そのおかげで見れたでしょ? 
 一部分だけど人間の極悪な一面を。
 村人の血で磨かれた凶器と。
 無差別に全てを燃え尽くす松明(たいまつ)を握る盗賊の腕のなかで見たでしょ? 

 恐ろしく燃えさかる炎によって焼かれる村の光景。
 無情なまでの殺伐(さつばつ)とした声を発しながら村人を殺す盗賊の(みにくい)顔。
 絶叫をあげながら斬り殺される村人の姿。
 そして貴方(あなた)の名前を叫びながら殺された母親の血と涙で彩られた死の顔。
 貴方(あなた)の壁になったことで真っ二つに斬り裂かれ、散りばめられた父親の内臓。
 さぞかし絶景だったんでしょうね、きっと。

 私の(いき)の計らいで(あやつ)り動かした盗賊の温もりはまた違う意味で暖かったでしょ? 
 さぞかし背筋が凍るほど冷酷だったんでしょうね。

 まぁ、あえて聞かないわ。
 私も知ってるだろうし、それに興味ないからね。

 私の計らいで住む家、村と愛する両親を失った貴方は孤独になった。
 ひとりぼっちになった貴方(あなた)(さら)った盗賊を誘導させたのも私なんですよ。
 人間としての良心を失いつつも、偽善者ぶることが上手な養母に売り払わせたのも私が導いたのよ。

 もちろん貴方(あなた)から男女という性別を奪うためにね。

 去勢させた貴方(あなた)が遊んでた『夜遊びの部屋』は毎日のように見てたわ。
 日々を重ねるたびに貴方が美しく変わってゆく様子を見てた時は本当に至福だったのよ。
 何度、感動して泣いたことか。

 けれど貴方(あなた)が夜遊びの道具として用済みになった後のことはあえて導くことはしなかったのよ。
 理由は簡単よ。
 貴方(あなた)の人生すべてを面倒見るほど私は暇ではないし、優しくはないですからね。

 だけど、さすがに豪遊するほどの闇の金を稼いだ養母を撲殺させたときは驚いたわ。
 大人の慰めの道具(おもちゃ)としてしか扱われない子供だけを収容する孤児院から脱出した貴方(あなた)の行動力にはびっくりさせられたわ。
 同時に残念だったわ。

 貴方(あなた)が悲痛に歪んだ快楽(グロテスク)に溺れる君の(喘ぎ)が聞けないなら見守っても意味ないからね。

 さぁ、ほらっ。一発ぐらい憎くてしかたがないはずの、貴方(あなた)の両親を殺した張本人の顔を殴ってみなさいな。格好悪く自分の人生を狂わせた(再生の女神)と踊りたくないならね」

 長々と昔話を聞かせるかのように、神聖な場所にあんまりにも似合わないほど憎々しい神の声と本音。を聞かされながらも色々な角度から拳を繰りだしてたヤイネの吐息は完全に途切れている。だけではない。

 本格的にではないが、顔をはじめ身体全身、怒りで我を失ったヤイネを確実に殴り蹴られては痛めつけられているのが現実。

「さて、そろそろ踊るのをやめましょうか。貴方(あなた)を殴っては蹴るのも疲れますからね」と穏やかな口調で言い放った再生の女神が最後の一撃を披露する。

 と、まるで(はりつけ)にされるかのように、無言を貫く漆黒の十字架に無様に叩きつけられたヤイネが吐血する。

 その血を浴びたことが魔女の身体で好き放題に遊んでは踊る狂気が鎮まるキッカケとなる。

「私はなにもしてませんよ?」と言わんばかりに。

 まるで部外者を演じるかのような神妙な顔に戻った再生の女神が唇を少しばかりの間を閉ざす。瞳をゆっくり閉ざす。

 まるで再び自ら封じられる漆黒の十字架に帰るように。

 すると、破壊の神の分霊であり、皮肉ながらも所持者を『終焉の覇王』に導く伝説が凄む『闇の剣・龍骨斬』の継承者となった殺害屋、いや…………選ばれし生贄(魔女)を守護する宿命を背負う少女アッシュリア・ヤンネの前で股を大きくひろげる。


 まるで赤ちゃんを出産するかのように。

 閉ざした瞳を白く(にご)らせて。



 

第八話 破水


 なんで私のお腹がこんなことになってるの…………

 今すぐにでも出産しちゃいそうなぐらい膨らんだ自分のお腹を見つめる裸の生贄(少女)。の様子が明らかにおかしい。

 血の気が失せた真っ青な頬。驚愕な表情。が物語るのは何の証拠もない直感。

「私の身体に入ってきた赤紫の泥々(バケモノ)のがお腹に宿ったんだ。負の感情、ストレスから生じた赤ちゃんとして……」

 どうすることも抵抗する間もなかったことで赤ちゃんを(はら)ませてしまった魔女。
 が立つのは屍の孤高。
 人間の頭蓋骨をはじめ他の骨々。
 妖怪、悪魔のような形態が散漫(ごうまん)曖昧(あいまい)骨々(記憶)の無言の怨念が募り積みあがる白骨()天辺(頂上)
 を見下ろす漆黒の神々しい空。
 を覆い隠す花華(はなばな)
 から漂う血と肉が腐ったかのような芳香(ほうこう)が。
 望まない妊娠をした魔女の顔を苦々しく歪ませる。
 むせるほど強烈な悪臭に涙が(にじ)む赤紫の瞳。

 だけではなく穴のある太腿の内側を濡らすように。
 潮となり愛液となり、曼珠沙華(マンジュシャゲ)、またの名を彼岸花。から滴る(羞恥心)が魔女の身体を震えさせる。
 寒いからではない。
 むしろ肌にしつこく粘る生暖かい、静かながらも激しく淡々と降りそそぐ酸っぱい赤黒い雨。

 なのに震えるにはまた違う理由があるからだ。

 妖艶(ようえん)なまでに美しく不気味に輝く紅赤(べにあか)色の太陽を背に現れた存在から感じる緊張感。を恐ろしく偉そうに身をまとう雰囲気。と無情なまでに威圧的な眼。

 すべてが黙って腕を組み、自分を見おろす存在から伝わるものが恐怖となり魔女の身体を小刻みに震わせていた。

 融合し、共存しあったかのような身体。
 鋼のような骨だけで羽撃く右の翼。
 なにもかも許す慈悲深い愛に満ちた白銀の柔らかな左の翼。
 真っ平らな胸。に乳首がない。
 股間に女の裸で硬くなるモノがない。
 子供を産む為の穴もない。
 もちろん脇毛も体毛なんて生えてない。
 陰毛なんてあるわけがない。
 肌を透き通って見えるはずの内臓、臓器すべてがない。

 完全なる輪郭だけの崇高なる()(かた)として、『終焉の子宮』を失くした、望まない妊娠をさせられ不安でしかたがない様子の魔女を見おろす巨大な姿はまさに、

 神でも悪魔でもなかった。

 神と悪の奥に凄む無神(人間の源)が口火を切る。
 恐怖におじけつくばかりな魔女に語りかける存在(無神)

『そんなに恐ろしいか?』

「あなたはいったい…………」途中で言葉を詰まらせる魔女。
 の大きなお腹に突然、痛みがはしる。

「痛っ!」

 赤紫の泥々(バケモノ)だった赤ちゃんが蹴破った。
 ことを感じとった頬に溜めていた雫が流れおちる。
 頭ではわからない。

 けれど女の本能が強引に教える。

 破水したのだ。という残額な喜びを。
 
 ということを理解した途端から浅く強く、長く短くなってゆく痛みに悶え苦しみだす魔女の顔は見れたものじゃない。
 
 それほど激しく悶え苦しむものだから表現しようがない。

 そんな異常な姿で、どうしようもない不安で怖くてたまらない。感情を露わにさせた途端、膝を崩してしまう。

 お腹に触れながら、

「痛ぃ………なんで私がお母さんになっちやったの?」

 誰に聞いても意味がない発言を繰り返しながら、闇の孤高に崩れる。

 ぽろっ、ぽろっ、と鈴鳴りに魔女の雫がこぼれる。のを知りながらも、あえて無視する形で無神(人間の源)が喋りだす。

 が、魔女にとってどうでもいいことだった。

「…………」痛ぃ。とにかく痛くてたまらない。怖い。

 怖くてたまらない。逃げたい。
 私の身体がどうなってもいいから、頭がおかしくなってもいいから逃げたい。
 赤ちゃんなんていらない。
 赤紫の泥々(バケモノ)の赤ちゃんなんていらない。
 絶対に産んだらダメだ。

 それだけはわかる。
 本当に産んじゃったら大変なことになる。
 私が生きる世界が壊されちゃう気がするから。

 ことを何故かわかってる魔女は、(あぶら)の汗で顔を濡らさせては。
 定期的にやってくる異常なまでの勢いで、間の詰めかたをする疑問しかない陣痛の痛みに耐えながらも。

 なんとか力まないように。
 叫ばないようにするのに必死な状態。
 どうにかしても生まれさせたくないから。

 だけど、非常ながら無神(人間の源)の冷酷な唇は動き続ける。
 命令しはじめる。

『前置きは無しだ。大事なことだけを伝えることにする。
 その前に(おれ)のことを少しばかり教えておこう。
 (おれ)はお前の父である。
 母は(おれ)が抱いてやった再生の女神。
 名は教える必要ないはずだ。
 あと少しすれば自然と嫌でも知ることになるのだから(おれ)が教える必要ないだろう?

 さて、様々な多種多様な悪がひしめきあい暗く狂ってしまった現世を変えるため、革命を起こすため、これからお前に宿命に基づいて働いてもらう。

 だから(おれ)の言葉を心して聞け。
 人道を反する魔女、選ばれし生贄(俺の娘)のお前を昨晩、
 (おれ)と妻の交わる姿を刻んだ十字架に(はりつけ)に導いたのは誰でもない、
 偶然ながらもお前が住んでいた「赤紫の森」に近くにある、
 この片田舎の礼拝堂に拐わせたのは(おれ)(いき)の計らいのおかげ。

 選ばれし守護者の登場によって、
 低俗な悪魔の召喚を邪魔させた展開に導いたのも(おれ)だ。
 ようするに(おれ)がお前の深層心理のいちばん奥底に凄み『神の()』に来させるため全て陰ながら仕組んだってわけだ。

 もちろんお前を悪戯に妊娠させるためだけじゃない。
 だから今から(おれ)が言う言葉をちゃんと聞け。 
 いいか? 

 お腹に宿る赤ちゃんを産むことで現世に戻ったら、すぐにでも探しては手に入れろ。
 お前以外の二人の選ばれし魔女から奪え。
 そして最後に手に入れたら
【再生の子宮】
【破壊の子宮】
 そしてお前が持つ【終焉の子宮】
 神の手によって創りだされた三つのネックレスをひとつにさせろ。

 そして残りの二人の選ばれし魔女、生贄を自分の身体の中に宿せ。
 ほかの選ばれし守護者の二人はどうしようがお前が決めればいい。好きにしろ。

 だが三つの『闇のネックレス』だけは必ず融合させろ。
 そのあと、また(おれ)がいる『神の懐』へ帰ってこい。

 そしたら好きにさせてやる。
『三種の闇の神器』を集めた褒美としてお前に現世の行く末、末路を決めさせてやる。
 よく選ばれし守護者と話し合い、どうするかを決めてこい。

 終焉させるのもありだ。新たなる時代をつくる為の『革命の終焉』を(もたら)す。のどっちかを選ぶのはお前たち次第だ。

 だから、ちゃんと剛腕で(おれ)の妻が所持してた龍骨斬(りゅうこつざん)を振るうことしか脳がないおバカな守護者と絆を深めてくるんだな。

 お前にとってかけがえのない思い出になるだろうからな…………』

 他にも色々ひとりで勝手に喋る無神(人間の源)の声が消えてゆく、ほどの激痛を耐えに耐えてきたが、限界を迎えてしまう絶叫の顔を浮かべる。

 同時に、魔女の眼が白く(にご)りはじめる。
 まるで白い迷宮のように。
 薄く暗く染まるばかりな妊婦(お母さん)の瞳。はどうなのだろうか。

 …………………我慢できない。
 もう無理。痛すぎてどうにかなりそう。

 本当に頭がおかしくなりそう。
 もうすぐそこまできてるよ。
 生まれちゃう。
 本当に産んじゃうよ。
 生ぬるい水が流れてるのわかるよ。
 血が出てるのがわかるよ。
 痛ぃ。
 どうすることもできないほどの痛み。
 なんて無理。
 耐えれるわけがない。
 もう我慢の限界。
 と思ったときには、


「生まれるよ! 生まれちゃうよ!! お願いだから私を『お母さん』にしないで!!」と、あふれんばかりな涙声で叫んでた。

 同時に、魔女の太腿の内側にある穴が(いや)しく生々しく大きく開く。と完全に開封(ひら)かれる。
 卑しく生々しい水の音を鳴らしながら。

 その後すぐ、人生はじめての『心の負・闇から生まれた化身(子供)』を出産する魔女の意識が途絶える。

 瞬間、

 耳を(つんざ)くほど凄まじく(おぞ)ましいほどの獣みたいな産声が、

 漆黒の十字架に叩きつけられ(はりつけ)にされた状態のヤイネの前で(とどろ)く。

 神聖な雰囲気をぶち壊し、羊水(望まない母なる愛)が込められた産声を響かせては、また礼拝堂に戦慄を張り巡らせる。

 蜘蛛の糸みたいに。
 逃げ道を塞ぐみたいに。


 こ…………こんなのアリか!?

 (まばた)きするのを忘れるぐらい自分の眼を疑う現実に、さすがに言葉を失くす凄腕の殺害屋・ヤイネの表情を染めるのは、身の毛がよだつほどの緊迫感。

 再生の女神に身体を盗られてた魔女の太腿の内側にある穴から『狂愛の心獣』が醜く、(くれない)に染まった羊水を花華(はなばな)しく噴射させながら咲きはじめる。

 じっくりと時間をかけて。

第九話 飽き性な鳥


 ずる賢く偽善者(善人)を装いながらも強欲のまま、俺から性別の壁を奪った養母。を殺した感触は今でもはっきりおぼえている。

 それまで経験したことがない興奮が背筋に(ほとば)しり、感動した心が(いま)の俺の原点になっているはず。
 斬り殺すことにしか生きる価値を見いだせない自分を創りだした源。

 何人もの大人の男を(とりこ)にさせた穴で感じる快楽。も、やっぱり捨てがたいほど気持ちがいいんだよね。でも男と(おぼ)れる繋がるとは違う爽快な快楽。
 この時がはじめて人を殺した瞬間だった。

 苦しくて辛くてたまらなかった人生が変わったような気がした。
 何度も「死ね!」と叫び、殴り殺した。
 殴るたび、血飛沫があがるものだから余計に胸が高鳴るんだから困った話だ。
 けど飽きるのもはやかった。

 ある程度、気が済んだあとすぐに去った。
 人里から隔離された孤児院を。
 俺を弄び苦しめた鳥籠を。

 まるで群青色の空に飛び立つ鳥のような気分だった。実際のところはわからない。
 が、それぐらい勢いがある出発だった。

 そんな感じの俺だから生きる力、気力が失せてるような顔ぶれの子供など見ず。
 中途半端な同情めいたことしても意味がないってわかってたから。
 あえてみないことで知る必要がない未来もあるはずだとおもったからだ。

 そんなこんなで殺した血がついた凶器(希望)を握りながら。
 (しつけ)という名を借りて、孤児に暴力を振るい遊んでた大人が愛用してた棍棒を武器にして。
 殺人という遊びの味を噛みしめ、自由を手にした開放感を身に染み込ませた鳥になった俺が羽撃(はばた)った。が、

 現実という名の鳥籠に囚われるのもあっという間だった。
 孤児の鳥が飛んでゆく大空は厳しいだけだった。
 まさに己の無力さに恨めしくなる肌触りの風が吹き荒れてたのだから。

 下等な悪魔にちょっかいだされては何回も死にかけた。
 正直な所「死んでもいいかな」と思う反面、不恰好に「生きたい」という情が芽生えるものだから人間って大変だなっと染みじみ思いしらされる。

 楽しいと辛いことがあるから「生きる意味」があるんだなっと本能的に知ったような気がする。喜怒哀楽を経験するからこそ「生きる意味」があるんだなっと偉そうに思う最近この頃。

 我ながら哲学者きどりか? ってなる。

 はじめて手に入れた「自分の身を守る」ための凶器で抵抗した。
 今ふりかえると不器用な姿を(さら)したかなっと我ながら笑いそうになる。
 かっこ悪くてもいいから本音は「生きたかった」のかもしれない。

 そんな様子で運がいい時は雑魚当然な悪魔を殴り殺しては食った。
 はじめて自分の手で勝ちとった味は血生臭いだけの虚しいものだった。でも耐えれた。
 孤児院にいる頃からまともな食事を与えられてなかったから悪魔の肉を食べても吐くことはなかった。が、けっして美味いっとは言えない臭い味だったこともおぼえてる。

 ちなみに今は、それなりの稼ぎがあるから人並みのものは食べれてる。
 その分、はじめて人を殺した時の刺激が薄れてゆくことに飽き性な「心」が奥にあった。意味もなく穴が空いてゆくような気がした。

 その穴を埋めれるのは新鮮な刺激の味と快楽。
 でも自分の足、悪魔の黒い血で染められた翼を働かせて生きてたら、新しい刺激は少なくなるばかりだった。
 それがなによりも俺を退屈にさせてゆくばかりなのが本当に頭を抱えさせる。

 だから『夜遊びの部屋』で知った酒とタバコの味で穴埋めすることにしてる。
 それがやり過ぎた結果として二日酔いになって吐きまくる日がたまにある。

 とにかく低級な悪魔の味に早くも飽きはじめてた頃に大きな街に着いた俺に眼をつけたのが殺害屋だった。
 突然な声がけだったから驚いたけど、素直に「自分に気を向けてくれる他者がいるんだな」と嬉しく微笑んではずだ。

 土と悪魔の黒い血で汚れた孤児の姿をした俺。の眼を見た殺害屋のオッサンから言われた言葉はある意味、的を得ていたのかましれない。
 本当に眼をギラつかせてたからね。
 どこから不意打ち、襲われるか分からないからずっと神経を張り巡らせてたからね。

「お前の眼は人間のものじゃねぇ。まるで『死神』の瞳だ」だった。

 この時はオッサンの言ってる意味なんてわからなかったけれど今は納得できる発言だ。
 何人もの悪魔を殴り殺したことで真っ黒になった棍棒を握る俺のことを何故か気に入った殺害屋に拾われることになったのが十五歳の頃だった。

 この展開は予想もしてなかった。
 けれど迷いはなかった。
 まるで父親に甘えるかのようにオッサンに近づいた。慎重な足で歩み寄った。
 ことが俺の職業、生きる道を決定づけた。

 無意識に十五歳の俺は「お願いします。仲間にしてください!」と頭を下げては「俺に剣を教えてください。強くなりたいんです。ひとりで生きてゆくために誰よりも強くなりたいんです!」と頼んだ。
 土下座までした。
 あの時、見た地面のこともよく覚えてる。
 小さな虫が死んでたからだ。
 その虫を見て「こいつは俺だな」とおもった。意味なんてない。なんとなくそうおもったまでのこと。
 必死以外何でもなかった。

 とりあえず生きる術、無意識に成長してゆく心と身体を養える力が欲しかったのだ。

 すると意外ながら殺害屋は黒く汚れた孤児の俺を「あぁ、いいぜ」と言っては受け仲間に加えてくれた。
 もちろん無料ではない。だったが俺は何でもする覚悟だった。

 捨てるものなんてなかったのだから。
 得ることしか考えてなかったからだ。

 剣を教えてもらう代わりに身の回りの世話をはじめ、下働き、仕事の手伝いは当然にやった。
 本題の交換条件は想像できた。
 ぶっちゃけた話、この交換条件は俺にとって楽なものはなかった。

 簡単に言っちゃえば夜の相手だ。
 数人のむさ苦しい男だけで編成された荒っぽい殺害屋だから自然と欲が高まるのが普通。

 自然に昼間は厳しく実戦に近い感じで剣を習った。
 生傷だらけの清々しい汗で顔を濡らしながら、自分の剣の腕があがる喜びを感じながら、理屈ぬきで身体で他者を殺める術を覚えさせた。
 そして夜は服を脱いだ。
 殺害屋の男たちを喜ばせた。
 大いに楽しんだ。

 ひとりで悪魔を斬る日々の間、『夜遊びの部屋』の快楽が恋しい気持ちがあったから、夜が待ち遠しい欲情はあった。

 孤児院を去る前から子宮は壊れてたから妊娠する心配はなかった。
 赤ちゃんができたときは自分でお腹を強く激しく叩けば良いだけの話。
 低級の悪魔とさほど変わらない大人の男たちが俺にしたように。

 人情深い殺害屋のおかげで『夜遊びの部屋』とは違う雰囲気、種類の筋肉の(かたまり)みたいな男の前戯、硬くなったモノを味わうことができた。

 だが殺害屋の野郎どもは実に下手糞(ヘタクソ)だった。
『夜遊びの部屋』という名の牢獄にやってくる(けだもの)のほうが激しかったし全てが強めだった。

 本当にうんざりするほど殺害屋との遊び退屈でつまらないものだった。
 飽き性の俺にとっては苦痛な時間とも言えることかもしれない。

 でも俺にとって好都合な交換条件に過ぎないから苦と言うのは失礼かもしれない。
 それなりに穴の奥も退屈しのぎができたから不満を漏らすのはお門違いかもしれない。

 太陽が地上を照らす時は汗をかく。
 何度も倒され傷だらけになりながらも剣の腕を磨く。
 本当に爽やかな時間だった。
 ある意味、黒い血と酒が混ざりあった香りが運んでくれる青春だったのかもしれない。

 外から見たら(いじ)められてるようにしか見えない稽古に努め。
 夜には酒を飲んでは本能のまま、欲を発散させる汗臭い男の相手をする。
 この繰り返すばかりな青春時代に飽きるのもはやかった気がする。

 だから仕事で憂さ晴らしをした。
 未熟ながらも斬りまくった。悪人をはじめ、妖怪と悪魔の黒い血の雨を絆創膏にして心の穴を応急処置した。

 そんな歳月を過ごしてる最中、俺が十八歳を迎えた頃に実感したのだった。
 気づき閃いたのだ。
「自分で退屈しのぎする方法を見つけに行こう」っと思う野心が芽生えた。
 純粋に「強くなりたい!」という情熱を込めた汗と性欲の(精液)(けが)した俺が強くなったっていうことを。

 もう一人で生きてゆけることを確信した俺は感謝の意を込めて何の礼も言わず去ることにした。
 感謝の気持ちを表現することに抵抗があった。
 恥ずかしかったのかもしれないし、またちがう気持ちがあったのかもしれない。

 だから無言で昼間は師弟関係で夜は遊び相手だけながらも、親睦を深めた仲間の輪から抜けた。
 殺しはしなかった。

 酒臭い精子を子宮と顔にあびせられる青春の夜を過ごしているとき、よく思い考えたことがある。
『夜遊びの部屋』にやってきた醜悪(おとこ)どもの姿と途切れとぎれに重なる仲間を斬り殺そうっと。

 口に含んだ硬くなったモノを何度、噛み切ってやろうかっと密かに思ってた。が、やっぱり酒を飲み、遊んでは騒ぎ、笑顔を交わした仲間に不意打ちを食らわすことはできなかった。殺すことだけはできなかった。

「人情」というものに負けたのだろう。

 殺害屋ながら恥じるべきことなのかもしれない。
 迷い躊躇(ためら)いつつ、用を済ませるフリをして何も言い残さず背を向けた俺。
 それから一人の殺害屋として一年ほど過ごしてきた。

 ひとりの日々は仲間といる時よりもずっと暇なものだった。
 とにかく毎晩、ひとりで穴の奥に指を突っ込んでは激しく出し入れをさせた。汁を弾けさせた。
 けど虚しい夜が過ぎるだけだった。夜虫が鳴くばかりな肌寒い夜が続いた。

 だから仕事に集中することで気を紛らわせた。心の穴を塞ごうとした。
 高額な報酬金を目当てな依頼を受けまくった。斬りまくっては金を稼いだ。

 すると自然ながら、俺の名が世間に売れてゆくのは不思議でならなかった。
 影では変なあだ名がつけられてるみたいだが知らない。
 どうでもいいことだから知る気もない。
 だが、「凄腕」と言われるのは殺害屋として素直に誇らしいものがあった。

 悪名高い罪人をはじめ、低級から中級までの悪魔、妖怪を斬り殺しまくる血の雨が降る日々。を過ごしてるときのことだ。

 仕事の途中に立ち寄った街がある。その日が運命の分かれ道。であり宿命の未来がはじまり告げたときなのかもしれない。

 いかにも悪質そうな怪しい雰囲気が漂っていた武器屋に入ったのだった。
 そのときに偶然ながらも見つけたのが龍骨斬(りゅうこつざん)
「偶然」という言葉が似合う刃出会いだった。がと思えば、呼ばれたのかもしれない刃に。

 ガラクタ当然な値段で売られてた龍骨斬
 は埃まみれだった。が、奇妙に艶光ってたのは今振り返ると俺が背負う刃には何かしらの『命』が凄んでるのかもしれない。

 無愛想で陰な態度の武器屋の主に激安価額の理由を聞いてみた。すると、

「大きすぎるんだよ。見ての通り普通の人間には扱えないほどデカすぎるのさ。だから誰も買おうとしねぇ。それに、その刃はヤベェんだよ。よくは知らんが悪化(おっか)ない(いわ)く因縁があるらしいぞ」

 と、客に対する態度、接し方じゃない口振りで教えられた。のはムカついた。
 一瞬「斬り殺そうか?」とおもった。が、金にならない殺人に体力を使う気ならなかった。そこまで俺は飢えてないし安くない。だから無視する形で何気なく触れては握ってみた。

 はじめて触れたときに確信した。
『俺はコイツに呼ばれた』のだと。

 そんな心境のなか、意外と見た目よりもそんなに重さを感じない手触りだったので力を入れてみた。
 暗く重い店の空気を斬ってみたかった。
 想像超えるほど鋭い風斬り音に興奮が俺の心の穴を(あざけ)るように、バカにするかのように埋めてしまった。

 無意識に「コイツは凄ぇぞ……」と呟かずにいられなかった。

 聞き逃さなかったことを快くおもったのか、態度を一変させた店の主が「おぉ! 気に入ったなら安値でいいから買っててくれよ!!」と思わず声をあげずにいられない驚きを見せた。
 金儲け主義な悪人の顔を突きつけて。

 俺は自分の背と変わらない巨大な『龍の(うろこ)が連なり艶光る刃』に見惚れた。
 あんまりにも軽かったからだ。
 美しかったからだ。
 鋼鉄の塊にしか見えないのに紙当然な軽さ。これには驚くしかなかった。
 現実的な話をすると稽古で使用してた剣とさほど変わらない重さにしか感じられなかったからだ。

 そんな不思議でどこが運命的な縁を感じさせられた巨大な龍の刃を背負うことを決めた。ことがキッカケになったのかもしれない。

 捨てた仲間、俺個人で関わりのある連中が時々口にしてた風の噂『この世界を終焉に導く魔女が存在する』に興味が湧いた。
 すかさず衝動てきに仕事をを休止させた。
 まるで誰かに誘導され、操られるかのように。

 その誰かはわかった。
 今、眼の前にいる魔女に憑依してた再生の女神の仕業。
 そう俺は神の手のひらで踊らされてたってことになる。

 再生の女神の域の計らいでやって来たのが昨夜の礼拝堂。

 (はりつけ)にされた選ばれし魔女の前に現れたヤイネが見る光景はまさに神々しいまでの闇の光景。

 裸の魔女の大きく裂けんばかりに開封()けられた穴から、(みにく)く水々しい音を鳴らしながら咲き誇り、産まれてくる赤紫の化身(バケモノ)

 全身の血管が浮きでるほどの筋肉質な身体。分厚い胸板と剛腕。
 いかにも殺傷性が高そうに鋭く光る爪。
 首に触れんばかりな唇を突き抜けた刀のような牙。をずぶ濡れにさせる血のまじった羊水の香りが礼拝堂に蔓延する。

 鼻の奥が腐り果てそうなほど強烈な酸っぱい悪臭。をいちばん間近で嗅ぐことになった殺害屋のアッシュリア・ヤイネ、『選ばれし龍の守護者』は信じられない思いだった。

 充分なほど身の危険を肌でかんじる。
 背筋を凍らせるほど敏感に。

 この時「噂で聞いてたことは本当だったのか!」と心のなかで叫び、納得せずにはいられなかった。

 同時に、眼の前にいる魔女こそが正真正銘の『選ばれし龍の魔女』だということを確信した。
 そして絶対的な恐怖を噛みしめながらも決意するのだった。
 この魔女を絶対に俺のものにすることを。



 寂しい。寂しいよ…………寂しくてたまらない


 白く(にご)らせた瞳から(なみだ)があふれる。
 人間の血が()となり頬を紅く染める。完全に産まれでた我が子・心霊獣(しんれいじゅう)と繋がったまま、艶やかな(負の心)を魔女が発するのはまぎれもなく……本音。なのかもしれない。

 耳を(つんざ)いては鼓膜を破るほどの重厚な産声をあげる心霊獣の頭のうえに(またが)る、いや、(へそ)()を繋げたまま、白眼で血の涙を流す魔女の唇ではない。
 殺戮的なまでの牙を剥きだしにさせる魔女の負の心が具現化した獣が豪快に口火を切る。

 その言葉があまりにも意外すぎる言霊(本音)

『寂しい……寂しいよ…………寂しくてたまらない』

 漆黒の十字架に埋め込まれたままなヤイナに、血と肉に飢えた爪が襲いかかる。
 無情なまでの禍々しい光をちらつかせながら。

「やばい!」

 大真面目な顔で身の危険を感じとったヤイネはすかさず脱出し、素早く突然、魔女の子宮から産まれた子供(心霊獣)の横顔に飛び、挨拶がわりの蹴りを喰らわす。
 先手必勝の如く。

 自分よりも数倍は大きいだろう巨体の心霊獣を大理石の地面に倒してみせた。ら、あたまりまえながら大理石の礼拝堂に亀裂が生じる。

 白眼で血の涙を流すばかりな魔女もろとも。
 心霊獣が唸る。
 攻撃の意志を(たかぶ)らせるかのように。

「珍獣みたいなくせにして俺から先手を奪おうなんて百年はぇんだよ!!」

 武者震いのような笑みを浮かべたヤイネが再び、『選ばれし龍の守護者』の証である龍骨斬を握り、攻撃する意志を見せつける。
 戦闘の態勢を整える。
 どんな攻撃されても、かわして、応戦できる姿勢をみせる。

 その間にも、『寂しい……寂しいよ…………寂しくてたまらない』と倒れた状態の心霊獣が…………魔女の本音の代弁者として口にしてることに気にかけずに。

「さぁ! さっさと立ちやがれってんだ!」

第十話 悪寒

 凶々しく醜悪(しゅうあく)で毒々しい唸り声をあげつつも、沈黙を守る子供(心霊獣)の頭上に(そび)えたつ、
 母の眉間のうえに浮きでては、出現するのは選ばれし生贄(魔女)の血の印。

 まるで母と子の絆・『生命線』を示すかのような魔の十字架の刻印。

 そして愛液のような血が混じった羊水が心霊獣(裏の魔女)の身体をさらに色濃く染めてゆく。
 恐ろしく生々しく泥々(どろどろ)に。

 眼に見えない緊張と緊迫した蜘蛛の糸が、悪魔を崇拝する神聖な空間に隙間なく張り巡らされた戦場。にさせてから数分が経つ。

 再生の女神に殴られ蹴られていた時とは違う異様な静けさが漂う雰囲気。が支配する赤紫の礼拝堂。

 それに似合う一方的な展開を迎えている(いま)。に変な気の焦りを感じてるのはなぜだ?
 攻撃してる俺が何故、勝負をはやく決めたがる必要があるんだ?

 一瞬ばかり鮮明に響き渡る巨大な刃。と、「珍獣」呼ばわりされた頑丈そうに怪しく(きら)めく爪と牙がぶつかりあい、生じる稲光の火花は呆気なく散るばかり。
 一本調子の剣の風が吹き荒れるだけ。
 
 そんな調子だから剣の風が吹き荒れることがない。
 
 大好きでしかたがない血と肉が荒れ狂う嵐が起きる気配がしない。
 
 退屈な攻撃を繰りだすばかりなヤンネ。は異様に勝負を焦るばかりだった。

 まるで…………
 忍び足で近づいてくる恐怖から逃げるかのように。

 激しく(こす)れるばかりな白銀の(うろこ)が艶光る龍の刃の音。

 飛びでんばかりに露出(ろしゅつ)させた、悍ましく血走る白眼から紅い涙を流す魔女を頭に(またがら)せたまま、
 (へそ)()を首の後ろに繋げたまま、
 龍骨斬(りゅうこつざん)の攻撃を受けるばかりな赤紫の心霊獣の唸り声。

 どちらとも歯切れの悪い色。
 が、不気味に染みこんで近づくのは龍の守護者・アッシュリア・ヤンネの未熟な心。

 赤紫の珍獣を産む前に現れた再生の女神のときからずっとそうだ。
 同業者から『死龍の殺害屋』ともて(はや)されはじめたばかりな俺の腕、剣をじっくりと時間をかけて観察するかのように測られてるような気がしてならない不安と焦り。
 ヤイネの胸に宿る(うごめ)く謎。
 
 嫌な違和感を抱かずにいられなかった。

 ほんとうに自分の腕を見定められ、測られ、見下されているような気がしたからだ。

 予想外だ。
 まったくもって手応えがない。
 魔の存在(モノ)と戦ってる気がしない。
 これじゃぁ、酒と汗が臭くてたまらない修行の日々、鍛錬の道を駆け抜けてきた性春(青春)の稽古。をしてた時と変わらないじゃないか。
 だが、なんだこの感覚は。
 はやく終わらせたい。
 一刻もはやく決着をつけたい。
 朝飯前ぐらい程度で終わらせたい。
 妙な寒気がする。
 見えない恐怖のような悪寒が身体の芯まで冷やす。
 いったい、どうゆうことだ?
 でかい図体(からだ)してるくせに、俺ばかり攻めてるのはどうゆうことなんだ?
 安値で買った鎧もろとも俺の身体など簡単に切り裂き、喰いちぎってもあかしくない爪と牙をもってるくせに。
 なんで何もしない?
 なんで反撃の意思を見せない?
 なんで俺に攻撃しようとしない?
 もしかしてなめられてるのか?
 それとも俺の剣を受けることしかできない単純な化物(バカ)なだけか?
 もしかして俺の敵ではないのか?
 不気味だ。
 なんとも言えない不安が俺の胸をじんわりっと締めつける。
 まるで首を絞められ窒息(ちっそく)死させられるかのような気分だ。
 わからない。
 まったくもってわからない。
 いったい心霊獣(コイツ)は何を考えてるんだ!?

 なんとも表現しがたい不安を込めた悪寒で震える剣風を吹き荒らすだけの間。

 自分の負の心を具現化された子供(心霊獣)を産み落としてしまった、魔女はまた白い迷宮に座り込んでいた。
 いや、厳密に言えばちがう。

 知らないうちに、薄暗い通路に座り込んでた私の大きく開封(ひら)いた穴から、大量の血が溢れでるもんだから迷宮そのものが赤紫に泥々(どろどろ)しく染まってゆくのだった。

 その光景を見るばかりな私の表の心を惑わし(もてあそ)ぶのは(本性)の私。

 誰にも見せたこともない、
 言ったこともない本性を(さら)魔女(自分)の血を涙にして顔を濡らす裏の私が今、
 昨夜、(はりつけ)にした漆黒の十字架の前で剣を振るうヤイネを困惑させてるのは、まぎれもなく嘘偽りのない自分自身の姿()

「とても観れたものではない醜いのが本当の私の姿なんだ」と、嫌でも気づかされた私がいる心情(世界)は赤紫に染め尽くされていた。
 
「もう赤紫の世界(自分の心)から出れない」と思い至った頃には、薄らと聞こえる我が子の声を聞きながら。
 血の涙を流して泣き崩れるしかできない私がいた。

 お(でこ)に変な印を浮かばせて制御が効かない感情まかせに遠吠えをあげずにいられなかった。

『お願い…………たすけて。
 お願いだから誰かたすけて。
 もう嫌だ。
 なにもかもが嫌だ。
 なんで私がこんな目に遭わなくちゃいけないの?
 なんか私が悪いことしたって言うの?
 なんで私はこんなところにいるの?
 なんで息して生きてるの?
 なんで(はりつけ)なんかされなくちゃいけないの?
 なんで普通に生きることを許してくれないの?
 なんで私は生きてるの?
 なんで?
 なんでなの?
 お願いだから教えてよ!?
 誰でもいいから私に存在価値を与えてよ!
 辛い。辛くてたまらない。
 いっそのこと死にたい。
 このまま赤紫()の世界に溶け込んで死んでしまいたい。
 孤独でしか生きてゆけないなら死んじゃったほうが救われるはずだから。
 誰が私を救ってくれるの?
 わからない。
 でも死んだほうが幸せだよね。
 だって誰もまともに私と接してくれないのだから。
 誰も私と繋がりを持ってくれないのだから。
 誰も私のことを認めてくれないから。
 誰とも友達になれないから。
 誰からも誰に対しても、
 愛されて愛することかできないなら、
 このまま赤紫になりたい。
 魂もろとも心を売り渡したい
 だから誰に売り渡せばいいか教えてよ』


「さっきから隙だらけなんだよ!」

 得体の知れない不安を(ぬぐ)いとるように、苛立ちを発散させるかのように吠えた矢先のこと。

 これまでの手応えがなかったのが嘘だったのを証明するかのような、
 鋭く太い稲光が赤紫の礼拝堂に(ほとばし)った。
 瞬間、防御することしか脳がなかった心霊獣から吠えたぎる絶叫があがる。

「本当に鼓膜を破れるんじゃないか?」と心配になるほど盛大なものだった。が、やっとこさ溜め込んできた鬱憤(ストレス)みたいな感情の炎を消火させれた。
 ことを身体で感じたものだから晴れたような顔で肩に魔の血を滴らせた龍骨斬を(かつ)ぎ、「とっとと、てめぇの頭に(また)がる女を返しな!」と声を荒げずにいられない背中。

 に、先程よりも大きな亀裂を生じさせては倒れる、選ばれし魔女の子供の斬り裂かれた腕が悪魔が踊る天井へ豪快に刎ね飛ぶ。
 ものだから、心霊獣の血の雨が礼拝堂に降りはじめる。

 まるで、これから起きる本当の「暴風雨(斬撃)」という祭囃子(うたげ)を祝福するかのような血飛沫の雨が彩りはじめる。のを頭と肩、空振りばかりさせられてた龍骨斬を更に色濃く染めてゆく。


『ふふふっ、その程度の強さなら軽く(ひね)り喰い殺してやるぞ…………』

 さっきまで唸りながら防御するばかりで無抵抗なはずの心霊獣がついに。
 生みの親である母の、魔女の血の涙で(けが)された唇を借りて喋り、魔の存在として本性を見せはじめる。
 同時に血が噴きでる腕の傷口など気に留めず、立ち上がってみせたかと思えば。

 今までとくらべられないほどの素早い足捌(うご)きで、背後(うしろ)から……
『ぐははっ、さぁ、お遊びは終わりだ!』と声を荒げさせながら余裕ぶった敵を襲う。

 気の緩みから生まれた隙だらけな二十歳の若い殺害屋(少女)の背中に、本領発揮された心霊獣の爪が太く鋭く食い込む。と、自然とふっ飛ばされては壁に叩きつけられる結末が前哨戦の幕を下げることとなる。

 またもや血の混じった胃液を吐かずにいられないほどの不意打ちな衝撃に顔を歪めさせ、苦悶にさせ、(ひび)割れた大理石の地面に無様に倒れるヤイネのことなど眼にせず。

 ありったけの生々しい唾液(ヨダレ)を滴らせた牙で(かじ)りつき、魔女の負の心から誕生した心霊獣が食べはじめる。

 選ばれし魔女と、殺害屋のヤイネの人生を好きなだけ誘導しては遊んだ破壊の()が再生の女神()を強姦する()を刻んだ闇の遺産(記憶)

 凄まじい歯応えのある音を不気味に鳴らす勢いで、
 力強く顎を使っては天井に吊るされた漆黒の十字架を粉々に噛み砕き食べ尽くした心霊獣の身体に変化が起きる。

 三メートル程度の身長だったのが、『無神(人間の源)に群がる悪魔と天使』が描かれた天井を貫かんばかりまで伸び、体重も数十倍に倍増され、巨大化してみせた。

 誠に恐ろしく刺激的な狂愛の血と剣風の嵐が起こりそうになることを知らしめるかのように。

 そんな眼を疑う程度の驚きじゃない、
 心の底から信じられない光景を身体を射抜くほどの激痛に苦しみながら、
 ヤンネの口許はすでに赤く濡れている。

 そんな殺害屋の足もとに、散る龍骨斬を眼に映した巨大な魔女の心霊獣(子供)が高らかに(わら)い吐き捨てる本性(ことば)がある。

『喰ってやるぞ! 骨の欠片も残さず全部を食い尽くしてやるぞ!!』

 牙をギラつかせる心霊獣の(とどろ)きを聞かされながらも、不敵な笑みを浮かべるヤイネがいた。
 心の底から芽生えるものを抑えるために。

 不覚にも手放してしまった愛刀・龍骨斬を握りしめた後、
 はっきり「やっぱ勝負はこうでなくっちゃな!」と強がりな虚勢()を張ったヤイネは、口許を拭うことも忘れ。

 巨大化した心霊獣との距離を縮めるために全力で疾走する。

 背筋を中心に全身へ行き渡る恐怖と悪寒から意識を絶ち切るために。
 気が狂ったかのような雄叫びを吐き散らしながら。

『さぁ、お前の肉と骨。そして、その揺れまくった大きく膨らんだ美味そうな胸を喰わせろ!!』と吠えた巨大なる心霊獣が口を大きく広げてみせ、高く飛びあがっては玉砕覚悟を感じさせるほど(いのしし)のように突撃してくる真剣な形相を魅せるヤイネに、応戦の意をみせて迎えることとなる。

()(てぇ)てめぇを斬る!!」

『お願いだから私の(こと)を殺して!!』

 まさに対照的な叫びが赤紫の礼拝堂に響き渡る。が、どうじに響く二人の言霊は、心霊獣が(あざけ)笑う大きな声でかき消される。

 が「俺は絶対に斬り殺す!」と叫びながら、無我夢中に突撃する。

 後先なんて考えずに…………が斬り咲き拓く道はどんなものか。



 

第十一話 瘡蓋

    
 

 噛み砕かれたはずの漆黒の十字架が浮遊する。
 奇怪な雰囲気を(かも)しだしながら。

『あははははっ……こうして我が娘に会えて嬉しいわ。心の底から()れそうよ』

 誰? この人。

 泥々(どろどろ)に染められた赤紫の迷宮に高笑いがこだまする。
 最大級の喜びを爆発させる母親。の足下で崩れる娘は泣き止んでいた。
 涙さえも乾いてしまうほどの絶望感に、心を喰われた魔女の(うつろ)な瞳と顔。を怨念のような母性の愛で歪ませ(うるわ)せる瞳と…………

『これでわかったでしょ? 望まない妊娠をさせられて子供を産む苦しみと痛みを。
 存分に味わいなさいな。さぁ…………』

 そう言った娘と同様、裸の母親が無言の反応しかみせない娘に突きつける。

『好きなだけ母に甘えなさい。舐めなさい』と薄らと笑いながら。

 この人、いったい誰なのだろうか?
 わからない。
 でも、懐かしい。気がする。

『ほら………舐めなさいよ』と言い、娘である魔女の顔に足の裏をぶつける。が、
「我が娘」と影を感じさせる声で呼ばれる魔女は唇を動かそうとしない。

 まったく母親の言葉など聞こえてない様子を貫く。ばかりな忌わしい娘の態度に目尻に力を入れた母親が『おとなしく舐めねぇか!』と叫び。

 乾ききった血の瘡蓋(かさぶた)で染まる娘の頬をひっぱ叩く。
 けど心はとっくに死んでしまったかのような無反応に対して。さらに目尻、眉間の(しわ)を寄せては力を強めさせ、抜け(がら)当然な娘の顔を拳で殴る。蹴る。を何度も繰りだす。
 怨念の母性で彩られた愛の暴力で虐待する。

 と、やっと無の表情な娘が唇を開きはじめる。

「お母さん?……」

 何百年ぶりに聞く娘の声を聞いた母親が優しく笑う。

(わたくし)が産んでから、貴女(あなた)はあんまり成長しなかったのね。残念だわ。
 なんで成長しなかったのかしら? 
 そっか、貴女(あなた)は私が産み落としてからすぐに自分の(迷宮)(こも)っちゃったものね。
 無意識につくりだした()に入っちゃったものね。
 まるで『選ばれし魔女(生贄)』としての宿命から逃げるかのように呆然と歩いてるだけだったものね。
 貴女(あなた)の心の世界でもあり、私の懐とも言えるかもしれない白い迷宮(ここ)に。
 あっ、そっか。
 今はめでたい貴女(あなた)の穴から流れる魔女の血で汚れちゃってるから赤紫の迷宮よね。
 どうだった?
 はじめて子供を産み()とした気分は?』

「痛かった…………痛くてたまらなかった。怖かった。とにかく怖かった」

 死ぬ寸前の心で(すが)りつくみたいに甘えた声でおとなしく応える娘。の外見は十代の少女だが、実は『何百年も生きてる』魔女の顔は幼い。娘の顔の前に、黄金の髪と同じ色の陰毛をかき分けて。

『あぁ、いいわ、その顔。絶望に満ちた無の貴女(あなた)の顔を、その血の涙を流す赤ちゃんみたいな瞳を見てたら興奮してきたわ。
 さぁ、舐めなさい』

 吐息を桃色に染める再生の女神が指でひろげてみせる。
 不敵な笑みを浮かべながら。
 破壊の神に壊された穴の内側を見せつける。

 あぁ…………私はこの穴から生まれてからすぐ、逃げるためにすぐ白い迷宮に足を踏み込ませたんだ。
 薄暗い通路(迷宮)を歩くことを決めたのはあくまで自分だ。
 お父様が怖くてたまらなかったから何百年も歩きつづけてたんだ。
 そうなんだ。
 だから確かな存在感も薄れさせることで、白い迷宮に踏み込む前の『恐怖』を忘れさせることができたんだ。
 あぁ、そうゆうことか。
 だからずっと一人なんだ。
 とても優しかった老夫婦に囲まれてても心はひとりぼっちだった。
 表の顔でいくら人と関係を持つことができてもずっと孤独を感じ生きてきた。
 けど、今になってよくわかった。
 つまり私は肉親の母から産まれでた人間じゃないんだね。
 選ばれし魔女として『生贄(魔女)』として人外の者、

 何百年も前に『神の子』として生まれてきたんだね。

 はっきりしない意識のなかで自分の素性、白い迷宮に入る前の記憶の断片(キーワード)を思いだしながら、冷酷なる再生の女神の愛に告げられたように。

 母親の穴の(なか)に血で濡れた舌を入れる。ぎこちなく唸らせる。
 下手糞(ヘタクソ)ながらも出し入れをする。

『あぁ…………気持ちいいわ。貴女(あなた)に舐めてもらえる時がくるなんて思ってなかったわ』と言いながら、肩を瞬発的に弾ませ、腰をくねらせては震わせたり、さらに色濃く桃色の吐息をもらす母。の穴を舐める娘の表情は変わらない。

 が、感情的だった再生の女神の顔が妖艶(ようえん)に溶ける。
 甘酸っぱい香りがする神の愛液が娘の口許を濡らす。
 瘡蓋(かさぶた)を剥がしてゆく。

 気持ち悪い。
 美味しくない。
 不味いよ。
 気持ち悪くてたまらないよ。

 あまりにも美味で神々しい愛液を舐めさせられ、母の(みだ)らな(あやつ)り人形にさせられてる娘が咳き込む。のが『チッ、昇天(イク)までちゃんと舐めなさいよ!』と声を荒げた母親が触れる。

 星屑(ほしくず)のように美しく気高く輝く娘の髪を鷲掴みにし、さらに激しく強引に舐めさせる。頃になると隅々まで行き渡るほどの神の愛液(快楽)が鳴る。

 と、母親の口から発せられるのは言葉ではなく。自虐と復讐的な愛と憎悪が宿る「女」の喘ぎ。

 今にも砕けそうな腰を激しく震わせる母親が『昇天(イク)………イッちゃう!!』と叫んだ。

 再生の女神の穴の奥から吹き荒れる虐待(歪んだ母性)()
 その母親の()を浴びる茫然とした娘。

 自分勝手な親の意志で、恨みごと、策略に翻弄されるがまま無抵抗の魔女『神の子』の無情な瞳に映る兆し。が光るのは、

 孤独の魂のどん底を埋めつくさんとする迷宮()

「てめぇは黙ってろ!!」

 この勇ましいまでの狂愛が鳴らす声が、完全に赤紫の闇によって心が魂が(おお)い潰そうとする闇を斬り(斬・さ)く花

 嘘いつわりなく愛してくれる言葉の花が魔女の胸に響きはじめる。
 同時に赤紫の闇を一変に斬り裂かれた世界は、望まない妊娠をして産んだ我が子の血の雨が降る、

 明るく(きら)めくひと筋の剣風の光。

「これからは俺が孤独(ひとり)にしねぇから帰ってこい!!」

 そうだ…………私はこの声にちょっとだけ希望を抱いたんだ。

 どんな未来に導いてくれるのかわからないけれど、
 かすかな『希望』を抱いたんだ。


 


 

第十二話 確信

 背筋も凍らせるほど圧倒的な恐怖をかき消すかのように吠えながら突撃する『死龍の殺害屋』の顔はまさに鬼の形相。

 (いさぎよ)く死を選び命を燃やし散らす。みたいな勇ましくはないが、まちがいなく特攻精神で、漆黒の十字架を喰らい巨大化してみせた心霊獣に疾走し挑んだ。

 ものの『ぐははっ、巨大化し、さらに強力な力を得た我を(あなど)るな!』と(あざけ)ながら、勇猛果敢に足元まで近づきやってきたヤイネを殴り飛ばそうと残された片腕を振り抜こうとする。瞬間がおもわぬ隙を生じさせることとなる。

「脇腹がガラ空きだぜ!」と汗をちらし叫び、龍骨斬を美しく振り抜く。が、『そのセリフ、そっくりそのまま貴様にかえすぞ!』たやすく小馬鹿にする口調で言ってのけた心霊獣があっさりと簡単に足を弾ませ飛んではよけてみせる。

「マジか!?」と思わず弱音を漏らさずにいられない様子のヤイネ。の横から不意打ちなまでの鋭く凶々しい殺意の光が襲う。

 が、「デカい図体のくせに早いじゃねぇか!」と余裕な虚勢の顔を浮かべながら反射的にかわしてみせる。
 (ひど)く斬り裂かれた背中から血を流しながら。
 いきなり突然な大量の出血によって生じた目眩に耐えながら。
 それを示すかのような、致命傷に近い襲撃を喰らったヤイネの顔を濡らす汗はハンパではない。

 死龍の殺害屋と崇められはじめてから初のことだった。
 これほど危機迫る真剣勝負は。
 その緊張感が殺害屋としての本能、いや、斬撃の嵐をこよなく愛するヤイネの心を沸騰させる。ことを明らめにするかのように、再生の女神を相手に空を斬り裂くばかりな虚しい交わりの時よりも。
 くらべられないほど研ぎ澄まされた斬撃の稲光を迸らせては、同等の攻撃力を魅せる心霊獣。の頭のうえに咲き続ける魔女。の剥きだしな白い瞳から流れる血の涙が訴える。

 じっくりと動かされる唇から『寂しい……寂しい……寂しい……寂しい』と壊れた時計のように何度も繰り返し囁かれている。

 のを一瞬、ほんの一瞬だけだが聞いたヤイネが「えっ?」とした顔を浮かべた途端。

『どうした? 血を流しすぎて身体がうまく動かないのか!?』と吠えた子供(心霊獣)(たわ)むれるかのような力しか発揮してない、見る限りに殺傷力が高そうな爪が再び襲う。

 またもや不意を突かれ「しまった!」と発した時には遅かった。

「ぐはっ…………!!」

 先程よりも激しく深く(えぐ)られたヤイネの胸から大量の血飛沫が飛び散り。ながら、また逃げ道を塞ぐ蜘蛛の糸が張り巡らされた赤紫の礼拝堂の壁に衝突し、失神ものの吐血してみせるのだった。

 大きく眼を見開かせながら、「コイツ、ハンパじゃねぇほど強ぇ……やべぇな」と心の中で確信せずにいられながら。

 もはや平らではなくなった大理石の地面に龍骨斬の先端を突き刺しては、「これぐらいで死んでたまるかよ!!」と吐血まじりな意地を吐き、致命傷だらけな瀕死の状態に近い身体を整えさせては突進する。

 確かに俺は聞いたぞ。アイツの言葉を。
 あのケタはずれな強さを誇る心霊獣(バケモノ)の頭に(またが)るアイツの口から発したのは間違いなく、
「寂しい……寂しい……寂しい……寂しい」だった。
 俺は知ってる。
 アイツが口にする「寂しい」を。
 やっぱり(はりつけ)にされ、悪魔に喰われそうになってたアイツを眼にした時から肌で感じてたことは間違ってはいなかったんだ。
 見たこともない心霊獣(バケモノ)を産んだ血の涙を流すアイツと俺は同じ『孤独』を(いだ)きながら生きてきたことを。
 そうだ。
 単純に俺は世界を滅ぼす力が欲しいだけじゃなかったんだ。
 ずっと心のどこかで求めていたんだ。
 おなじ孤独を懐く者との出会いを。
 俺と同じ負の心を持つ選ばれし魔女と頭の片隅で思ってたんだ。
 アイツと友達になってみたいだと。
 俺の孤独()とアイツの孤独()が重なれば絶対に何か救われるような気がしたからだ。
 なにかが新しいものが芽生えるはずだと思った。
 だから俺はアイツのことをたすけようと必死になってるんだ! 

 そう理解したヤイネは、これまで披露したことがないほどの俊敏な脚力、剛腕な剣捌(さば)き、音速に近く躍動する身体()で一瞬にして数メートルもあった心霊獣との距離を縮めてみせては懐に入る。と、人が変わったかのように、

「てめぇなんか最初から俺の敵じゃねぇんだよ!」

 内蔵さえも斬り裂かんばかりに深く刻まれた背中のお腹の傷の痛みなど気に留めることさえも忘れた。ような吹っ切れた顔を見せたヤイネが死龍の一閃を煌めかせた。瞬間、あまりにも唐突な一斬を無抵抗に喰らった心霊獣の胸から即死に近い赤紫の血飛沫を噴射させる。

 のを浴びることもなく、今度こそ絶命をさせたかのような断末魔の叫びに耳を傾けることもなく、激痛に悶え苦しむ心霊獣の片腕に飛び移る。

 一直線にひたすら『寂しい』と血の涙を流し孤独の『寂しい心』を(さら)けだし泣く魔女のもとへ走る。
 水馬(アメンボ)のように赤紫の血の水面を蹴り弾かさせながら。

 その間にも、見る影もなく崩壊した歪な大理石に崩れそうになる心霊獣が最後の抵抗をする。
 頭まで駆けのぼらんとする、ゆるぎようがない確信を得た顔つきのヤイネを払おうと残された片腕を振ろうとする。が遅かった。

「てめぇは黙ってろ!!」と叫び、まるで眼中にない態度で部外者を退けるかのように。

 血の涙を流すばかりな魔女の前にたどり着いた孤独(殺害屋)が振りかざした龍骨斬が、瀕死の頭蓋骨もろとも貫き刺しては黙らせるからだ。

 絶命を証明するかのような心霊獣の噴水する赤紫の血の雨を身体全身で浴びるヤイネ、死龍の殺害屋の表情が勝敗を決めた。が、まだ生命感を失った胎児(死体)と繋がったままな選ばれし生贄(魔女)の口から俺とおなじ色の『寂しい』が発せられる。

 のを聞いたヤイネは龍神斬を突き刺したまま、
 意識を飛ばす母親(魔女)心霊獣(子供)を繋げる(へそ)()を口に含ませて声を荒げる。

「俺のもとへ帰ってこい!」と。
 これまで見せたことがない真剣な声と顔で獰猛に噛み(ちぎ)ってみせながら。
 
 ちぎられた臍の緒が生命感なく消える。

 同時に突き立てた愛刀を引き抜いたヤイネが傷口の奥、微動だにしない血生臭い死体となった心霊獣の内部に潜入する。
 直感的に「この内部(なか)に本当の魔女がいるはずだ」と身体が突きうごされるがままに。

「これからは俺が孤独(ひとり)にしねぇから帰ってこい!!」

 素直な心から発しながら、入った赤紫の迷宮にいる奴を眼に映したヤイネが、
 赤紫に滴り塗りたぐられた刃の矛先を再生の女神へ絞り、

「そいつから離れやがれ!!」と怒声をあげ、猛進する。

 そんなヤイネの姿を無の表情で見た魔女の顔が変わりはじめる。
 漆黒の十字架を背にしながら。

 まるで生まれ変わるかのように明るく笑ってみせる。

       ヤイネ?

第十三話 浄化の雫 序章 完結

 もはや赤紫の血と肉の(かたまり)と成り果てたものの。
 絶望と孤独しか知らなかった()から希望の()みを咲かしはじめる魔女。
 昇天(イク)寸前を邪魔されたことで、本気の殺意を(あら)わにする狂気で『小僧! 娘との再会の邪魔をするんじゃないわよ!!』と叫び散らし迎え撃つ姿勢をみせる本性を剥きだしにさせた母親(女神)
 そして娘を虐待し大人の玩具(オモチャ)して快楽に身を委ねていた、ついさっき一方的に痛めつけられた恨みを晴らそうとする意味を込めた怒りの顔で、

「そいつから離れやがれってんだ!」と怒声をあげながら突撃するヤイネ。がいる赤紫の泥々(どろどろ)に塗りだくられた迷宮に浮遊する漆黒の十字架の輪郭が歪みはじめる。

 まるで心霊獣(しんれいじゅう)が赤紫の血の海に沈んだことで存在価値を失ったかのように。

 それに気づくことない赤紫の血の瘡蓋(かさぶた)だらけな。無の状態に近かった魔女の唇が開かれる。
 完全に心と魂を闇に(ほうむ)ることを拒絶し、新しい人生を歩みはじめることを証明するかのように囁かな声をあげる。

「ヤイネ……お願い、たすけて……お願い、もうひとりぼっちにさせないで」

 明るい未来の道を踏みはじめたことを示すような、娘の発言を聞いた母が腹いせに『うるさい!』と感情的な声を張り頬をひっぱ叩く。

 のを見逃さなかった『大切な存在』になるかもしれない魔女の前にいる、本性を剥きだしにさせた眼を怪しく光らせた再生の女神は向け、「てめぇ!」怒声をあげながら一撃で串刺しにする勢いで突撃する。

 が、神聖な雰囲気だった礼拝堂の時と同様に、

『その程度の剣で(わたくし)に傷つけようなんて無理な話なのよ』

 余裕を匂わせる笑みをみせて紙一重にかわそうとする怒りを露わにする再生の女神。

 だったが今度ばかりはちがった。

 心霊獣と壮絶な死闘したことから、制御できない感情によって突き動かされる、人間の限界を超えたヤイネの剣風が再生の女神の不敵な頬にかすり傷を負わせる。

 その光景を見た魔女が膝を立てる。

「ありがとう! たすけに来てくれてありがとう!」と、(あか)くない純粋な涙を流してみせる『選ばれし生贄』が希望の光を発するヤイネに走り寄る。

 それほどの喜びと期待を向けられた手で、
 肩に抱きつかれたヤイネは自分でも驚くほどの慈愛に満ちた笑みを浮かべる。

 愛おしく優しく星屑(ほしくず)のように輝く魔女の黒髪、頭に手を添え「無事でよかったな」安堵の吐息をもらす『死龍の殺害屋』を前にして。
 思いもよらない傷を負わされたことに驚きを隠せない様子ながら不敵な笑みを崩さず、
 お返しの拳を不意打ちしてきた背中と胸を(えぐ)り裂かれた大傷を負った中性的な顔を再び、めり込ませ殴り飛ばす。

 つもりだったが、「何度もおなじ手を食らうかよ!」と似たような不敵な笑みを見せつけたヤイネ。が、溜めていた鬱憤(うっぷん)を晴らすかのように、

「女神だからなんだが知らねえが殴らせてもらうぜ!」と清々しい声をあげ、はじめてとなる反撃を成功させるのだった。
 またもや不覚にも人間ごときの一撃を喰らわされた虐待を楽しみ、快楽に溺れるばかりな母だったが余裕の顔を維持させたまま。

『やはり戦場を駆け巡っていた私が背負い振るっていた龍骨斬(伝説の剣)を受け継いた貴様の力は侮れないわね』と口にした矢先、

 赤紫に彩る元凶となる漆黒の十字架のそばに飛び去る。

『でも……まだまだ私の敵じゃないのは変わらないわね』と奥深い闇と意味深を香らせながら、
 存在があやふやな状態で不気味に浮遊する(いにしえ)から伝わる闇の遺産に触れた。瞬間、

『だけど、ちかいうちに宿命として、貴様の前に現れる「死神の秘宝」を手に入れたら面白いことになるかしらね』と謎の発言を残し、心霊獣に噛み砕かれたはずの漆黒の十字架とともに姿を(くら)ます。
 ことに感応するかのように綺麗さっぱり赤紫の泥々(どろどろ)が清められてゆく。

 選ばれし魔女の心情風景(深層心理)である白い迷宮、それと望まない妊娠で産み()とされた心霊獣の死体もろとも、
 すべてが神の悪戯、幻の出来事だったかのように消え失せる。
 もちろん赤紫の血の雨を浴びた殺害屋の姿も何事もなかったかのように乾く。
 ヤイネの肩にすがりつく魔女の顔を赤黒く染めていた血の瘡蓋(かさぶた)も消え失せる。

 異様なまでの緊迫した緊張感の糸を張り巡らせてた蜘蛛もいなくなる。
 次なる剣風が吹き荒れる場を楽しみにしながら。

 まるで夢だったかのように全てが元に戻った礼拝堂。に漂う神聖な雰囲気に溶けこむ観光客、参拝者の隅に眼にしながら、
 生まれ変わったかのような人間らしい表情をみせつつも(むご)い傷を負ったヤイネの肩を運びながら。

 教会特有の長椅子、チャペルチェアに無駄な刺激を与えないように腰をおろしては、

「ごめんなさい! 本当に私のためにごめんなさい!!」と言い、何度も涙声で謝る魔女。
 を見て心を穏やかにさせながらも何故か背中と胸の大傷だけは消えることがなかったことを証明する苦痛の顔をみせるヤイネが勝ち誇るかのように笑ってみせる。

「こんなのかすり傷程度だから気にすんな! 君も大丈夫か? そんなに頬を殴られたかのように腫らして痛くないのかい?」

 そんな勇ましくカッコいい、知り合ってばかりなのにもう何ヶ月も一緒にいたかのような感覚をおぼえる親近感、親密をかんじずにいられないような、
 心を許した表情をみせた魔女が迷いながらも囁くのだった。

「私と……友達になってもらえませんか?」

 固く瞳を閉ざし、少々ながら唾液(ツバ)を弾かさせながら、心細くさせる感情を拭いとるかのように心からの声、一心の願いを発した。

 もう孤独、ひとりぼっちになりたくないから。

 魔女の健気な顔と言葉に不意にも心を一瞬ばかり高鳴らさずにいられなかった。
 そんなヤイネが気持ちがいいほど晴ればれしい声で応えるのだった。

「なに言ってんだよ。俺と君はもう友達なんだぜ!」
 粉雪がふる常に寂しげな風情を漂わせる季節に不似合いなほど明るい笑顔をみせる。

 二回も、自分のことを命を削ってまでたすけてくれた殺害屋、アッシュリア・ヤイネの言葉を聞いた魔女の瞳が潤う。
 嬉しくてたまらない涙が頬を濡らす。

「ありがとうございます!」

 抑えられない喜びの感情を爆発させた魔女が抱きつく。

 頬を指でなぞりながら「俺ながらなに恥ずかしいこと言っちゃってるんだか」と言い、使いものにならなくなった鎧を着た姿で照れるヤイネの懐に入り泣いた。

 ずっと何百年にもおよぶ孤独の悲しみ、辛さ、恐怖、自分を苦しめ(けが)した感情と心を清めさせるかのように大きな声をあげて泣いた。
 通常に戻った礼拝堂にやってきた観光客、参拝者が「えっ!?」となり足を止めるほどに。
 はげしく(とおと)く涙する魔女に四方八方から視線が集まる。

 が、自分の胸を深く抉った心霊獣の爪痕に沁みる痛みに困惑しながらも大粒の涙を、
 浄化の(しずく)を流す裸の魔女の身体を強く抱きしめ、何度も言い聞かす言葉があった。

「これからは俺が君のそばにいるから安心しな」

 耳の奥まで響く、浄化の涙と声の狭間から聴こえてくる、とても強く、そして身の毛がよだつほど(おぞ)ましい剣風の嵐を吹き荒らす者の優しい言葉をしっかりと胸に刻みながら。

 気が済むまで泣き続ける魔女。が泣きやむのは数十分後のことだった。

 やっとこさ泣き止んだ『選ばれし生贄』が眼にするのは(まばた)きすること忘れるほどの大傷。を見ては驚きながらも、すかさず自信満々な顔で「私に治療させてください!」と言いながら、ヤイネの胸に抉り刻まれた爪痕に手を添え、瞼を閉ざす魔女。の手の輪郭が淡く優しく光りはじめる。
 聞きとれないほどの小声で呪文を唱えだす。

 そんな人が変わったかのような魔女に圧倒されるがまま、
「えっ?」と間抜(まぬ)けな声をあげずにいられなかった孤独から抜けでた殺害屋を染めるのは素っ頓狂な顔色。

 そんな感じで、やっとながら穏やかな時間が流れはじめた礼拝堂を照らすのは、雪がやんだ黄昏時の夕陽。

 茜色をした癒しの光が新たなる人生の道を歩みはじめる『選ばれし魔女』と死神の眼を凄ませた『死龍の殺害屋』を慈悲深く抱きしめる。

 まるで、これから起きる喜怒哀楽に満ちた狂愛の剣風が吹き荒れる未来を祝福するかのように。


   序章  完

第十四話 黄昏の唾液

「凄ぇ……な」気の抜けたように言い、おったまげるヤイネの胸と背中にあった大傷がない。ことに感心せずにいられなかった。
 なぜなら何事もなかったように綺麗に消えてしまったのだから。

 ささやかな友情めいた感情を抱きはじめることに心のどこかで気づき、恥ずかしがりながらも、
 幻の如く消え去った『赤紫の魔女』の股の穴から産まれでた心霊獣(しんれいじゅう)の爪で斬り裂かれたことで壊された鎧を脱ぎ。

 また裸になってしまった『選ばれし生贄(魔女)』に向け、

「まったく君は裸になるのが好きだな。裸族なのか?」
 照れる心を隠すみたいな声で言ってのけながら被せるものがあった。用済みの鎧だ。

 緊張から生まれる戸惑いを見せながらも「あ……ありがとうございます」そう言ったことで、やっと自分が裸だったことにあらためて気づいた感じで可愛らしく、忙しなく豊満な胸、薄桃色に咲かす乳首を腕で隠す魔女を見つつ、

「もう壊れちったから、とりあえず俺の着ときな」まだ慣れない笑みを浮かべては、
 
 眼をうたがうほど鎧に隠されてた上品な花柄の刺繍が縫われたドレス姿となって、
 腰まで生える赤髪をなびかせながら、

 やや強引に着させる、
 手が思いだせる。

 頭の裏で昨夜の出来事、再生の女神に好き勝手に殴られ蹴られた痛み、今だに信じられないことに魔女の股の穴から咲き産まれた心霊獣との死闘を無意識に振り返りながら。

 ちなみにまだ顔を合わせてから一日すら経っていない。

 単純な計算で半日ぐらいかもしれない。だが、目の前にいる魔女と会ったのは数ヶ月、いや、数年前のような気がする。のは俺だけだろうか?
 自分ながら笑ってしまうほど()すぎる一日だったな。

 ひとまず心を和ませれる黄昏の夕陽に照らされる、神聖な礼拝堂の長椅子に座るヤイネの口から重ためな疲労を感じさせる吐息がこぼれる。
 
 そんな心穏やかな『命の恩人であり、はじめての友達」を見た。魔女があらたまりながらも緊張の色を染めた声と顔で今、自分がした行いを説明しはじめる。

「いまさらですけど私は魔女です。もちろん普通ではありません。私は赤紫の森から(さら)われてきた選ばれし魔女です。その証拠に今、勝手ながら治療をさせていただきました。今にも死んじゃいそうなほどたくさん血を流してたものだから怖くて心配しちゃったから。でも、いきなり触るなんて失礼でしたよね?」

「そこらへんの一般人に溶け込んでは素性を隠す魔女たちも、君みたいに呪文を唱えて治療することはできるのかい?」と言いながら、

 最初から平和だったと誤魔化すように綺麗にさっぱり消え去った爪痕、
 赤紫の瞳を真剣にさせる魔女よりも大きく膨らまされた忌々しい胸に触れるヤイネの顔が物語るのは、

「治療というよりも再生に近い感じだな。ここまでのことができるとはおもわなかったな」という感じの感想だった。

 同時に、まるで好きで膨らまされたんじゃない乳房を見下し睨むかのように見つめながら。いまだに自分の過去に対して恨みつらみを滲み噛み締めるかのような茶色の瞳の奥に凄むものは簡単に癒されるものではなさそうだ。

「はい、一般人と変わらない魔力しか持ち合わせてない魔女にはできないはずです。たぶん私みたいな色濃く魔女の血を身体に流してない普通の魔女には到底、命を落とすぐらい(ひど)い傷を治せれないはずです」

 これまで感じたことがない気恥ずかしい肌ざわりに心を寄せながら、自分の命をたすけて守ってくれた鎧に触れながら先行きの不安を見え隠れさせる魔女。を黙って見るヤイネの顔にはまだ再生の女神に好き放題ボコられた浅い傷と痣がある。ことに

「あっ! 顔の傷もちゃんと治療させていただきますね!」と言ったかと思えば驚いたことに。

 夕陽に照らされることで美しく艶光る唇の奥から舌を見せ『死龍の殺害屋』の顔を舐めようとする。
 のに咄嗟に反応しカッコ悪く身を除けさせるヤイネが高い声を上げる。

「な、何しようっとしてんだよ!」

 そう言い、さすがに突然な変わりぶりに、さすがに頬は不覚にも桃色に染まらせずにいられなかったようだ。が、運良くも黄昏の色と重なるため、いきなり突然、間近まで迫ってきた魔女に気付かずに済んだ。ことが裏目となる。

「何って治療に決まってるじゃないですか」と色っぽく囁きながら…………

 無駄な抵抗を見せるヤイネの顔、浅い傷と(あざ)を許可なく舐めはじめる。

 赤紫の瞳を妖艶なまでの光らせながら。

 神聖な雰囲気をぶち壊すような、神と悪魔に喧嘩を売るかのような顔を浮かべながら。

 そんな魔女の顔に酔いしれないわけがない。

「ちょっ……待て! 待っててば!」
 無駄な抵抗にすぎない発言が誘うのは、復讐心を潜ませた刺客。

「な、なにやってんだよ。どうしたんだってよ!?」
 されるがままながらも、心のどこかで官能的に感じずにいられないように肩をビクンッとさせる。

 首筋から背筋にかけてゾクゾクっとさせずにいられない感覚と、エロチックな唾液(ツバ)で塗りたぐり濡らされる味を感じるがままなヤイネ。の吐息も自然と性格が移り変わったかのような姿の赤紫の魔女が吐く息とおなじ色に染まる。

 これが毒々しく煌びやかで美しい性別の壁などあるわけがない「愛」が芽生えはじめてる瞬間。なのかもしれない。

 しばらくの間、まるで誓いのキスするかのように魔女の唾液(ツバ)で治療された後、ヤイネの口から発せられる言葉は「いきなり突然なんなんだよ?」意外と普通なものだった。

 この時にはもう傷と痣なんて消え失せていた。
 まるで夢でも見ていたかのような錯覚をおぼえさせるかのように。

「えへへっ、ごめんね。いっぱい魔力を使っちゃうと疲れちゃうから許してくださいね。死んじゃいそうなほどの怪我なら特別な治癒の呪文で治してあげたい。けれど軽い怪我なら舐めるだけで充分だからね。世間でよく言われるじゃない。怪我なんて舐めてたら治るって………だから舐めてあげたんだよ?」と言い、ニコッと笑ってみせる。恋する乙女(少女)のように。意味深な心を見え隠れさせながら。

 その笑顔に不覚ながらも恐ろしくも心を奪われそうになるのを認めんばかりに視線をそらし、戸惑いをおぼえながらも

「まぁ、死にかけだったのは変わらないから正直たすかったよ。でも、いきなり人の顔を舐めるのは良くないぞ。俺だから許せれるけれど普通ならドン引きされるぜ? まぁ、俺以外の奴にしないことを約束するなら、これから俺の傷を治してくれたらありがたいけどな」言い、無理やり話題を変える。

 確かに芽生えはじめてしまった、これまで抱いたことがない淡い心を否定するかのように。

「あくまで俺は君のことを世界を滅ぼすために利用するだけのつもりだった。けれど、なんか拍子抜けっというか考え思いもしなかったよ。こんな気持ちにさせられるなんて……とりあえず君とこれから一緒にいられることに楽しみになってきたことだけは言っとくよ…………」

 最後まで言うのはさすがに躊躇(ためら)う顔を見せるヤイネ。をきょっとんっとした顔で見た魔女が少々イタズラめいた笑みを浮かべては「私もこれからあなたと一緒にいられるの楽しみだよ?」と言う。と、ヤイネは染まった桃色を消すように頬を指でなぞりながら、「ふ〜ん」とした感じで視線を逸らす。

「ほんとうだよ。あっ、そうだ! これから一緒にいられる友達なんだからヤイネちゃんって呼んでもいいかな?」と言い、はしゃぐ魔女は本当に楽しんでるようだ。

「まぁ、好きに呼んでくれていいよ。でも、さすがに『ちゃん』づけはヤバくね? 絶対に俺に似合わないからさ」そう言うが、無邪気な笑みと言葉を弾けさせる魔女は「ちゃんづけ」をやめる気はなさそうな雰囲気。

 なので、強引に雑談のネタみたいに話の内容をすり変えてみせる魔女は元気いっぱい。

 清らかな川の流れのように、ひとり勝手に遊ぶ生き人形のように。

 再生の女神に身体をのっとられてたときに出会い知った、
 自分の父だと名乗る神でも悪魔でもない無神(人間の源)から聞かされたこと、
 神々の分霊とも言える『選ばれし魔女と生贄』を探さないといけないことを説明した。
 ひとりで勝手にペラペラっと。

 そして『三つの闇の神器』を集めないといけない使命があることも伝える。と最後にオマケ的な感じで自分の生まれ故郷も含まれる三つの『呪われた森』に行かなければいけない。ということを淡々としながらもリズミカルに楽しげに、これから自分が背負う宿命の話を相槌(あいづち)ばかりするだけのヤイネに言い聞かせた。

 母親である再生の女神に身体をのっとられていた時の経験、白い迷宮のこと、凶々しい彼岸花(マンジュシャゲ)ランダムに咲き乱れる世界にいたときに破水したときの痛みを語りながら。もう二度と経験したことがない痛みに怒りを込めながら。

 とりあえず圧倒されるがままにひとりで突っ走るばかりな魔女の話を聞き終えたヤイネが口にするのは「で、これから君と俺はどうするんだ? 早口で(まく)したてる君が言うとおりに『三つの闇の神器』とやらを探しに行くのか?」発言は冷静だった。

 気を引かせた汗を(したた)らせながらも。

「はい……できたら一緒に、この首にかけられた『終焉の子宮』以外のネックレス、『再生の子宮』と『破壊の子宮』を私と一緒に探しに行ってくれたら凄く嬉しいんですけど……」最後につけ足された、この言葉だけはもとに戻ったかのように控えめに、遠慮がちに言う魔女。に、

「う〜ん、どうするべきなのだろうか? 俺も仕事があるからなぁ」と顎に指を添えてみせるヤイネ。そうだ、殺害屋としての仕事の都合もあるから悩むところ。

 そんな顔を見せるヤイネに向けて「もちろん無理は言いません。私ひとりでも大丈夫ですから!…………でも正直、ヤイネちゃんと一緒にいられたら嬉しいかな」

 コロコロっとテンションを変える魔女の本音を聞いたヤイネは意外とあっさりしてた。
 それを示すかのようにたいして考えもせず、

「いいよ。俺の仕事につきあってくれるなら一緒に意味不明な謎の三つの神器を持つ残りの二人の魔女を探すことに協力するよ。だって、そのあと二つの闇の神器がなければ、君の首にかけられた気色悪いネックレスの力は発揮されないんだろう? だったら探しだして手にするしかないよな」と言っては、

 ずっと気になっていたことというか一番最初に聞いておくべきだったことを尋ねる。

「なぁ、君の名前をまだ聞いてなか…………!?」

 最後まで言い終える直前。
 おもわぬ乱入者に声をかけられる。

 薄汚い下心を覗かせた表情、声で。卑しい笑みを見せながら。

「きみたち、可愛いね。僕らと遊ばない?」

 二人の背後に忍び現れたのは、教会の前で演奏してた若者たち。の瞳の奥に潜むものはまぎれもなく…………復讐の意向と策略。

 この時おもわず悪い直感を働かさずにいられなかった死龍の殺害屋による魅惑の演劇が開演する。

 ニヤリっと影で笑みを浮かべながらもバレないように、赤紫の血で濡れた龍骨斬を背負う姿に真逆なほど愛らしく

「えぇ? 私みたいなブスの女の子でも遊んでくれるんですか!?」と言い、あざとくウインクしてみせた。瞬間からすでに肩に民族楽器を担いだ若者二人の心をがっしりと掴む。

 慣れ親しんだ閃きによる「この男どもに裸の魔女に着させる服を買わせよう!」という悪巧みを実行しはじめる。

 唖然とするほど移り変わったヤイネの横顔を見たことに対して、さすがに眼を「…………」にさせずにはいられない様子で(まばた)きするばかり。だった魔女に向けられる若者たちの視線は普通の下心ではなく、

 闇に魂を売った者しか発せられない眼光。が導かんとするのは…………

 いったいなんなのだろうか?

第十五話 謎の声

    来た  れ

「うん? なんだ今のは?」

 かすかながらも確実に聞こえた謎の声に反応し顔色を一瞬ばかり変えるものの。

「まぁ、いいや」たいして気に留めず、

 生気を感じさせない(やから)が歩くばかりな殺風景に荒れ果てた田舎の街道を歩く殺害屋。の両脇には完璧に騙され誘惑された若者ふたり。

 肩に民族楽器が収められた鞄を担ぎ、黒い血の嵐を吹き荒らすほどのおっかない一面も知らず、か弱き乙女を演じてはカモフラージュするヤイネを口説こうとするばかり。

 なもんだから、命の恩人であり友達の背中に金魚の糞のように歩く魔女からすると、尊敬の念を込め何も言えない様子。

 散々『夜遊びな部屋』をはじめ、剣術と生きる知恵を与えてくれた野蛮な殺害屋の遊び相手を勤しんだ経験からアッシュリア・ヤンネは男心を弱い部分を充分なほど理解していた。

 どう接すれば男が喜ぶのか、怒らせたり、悲しませたりできるのか骨の髄まで知っていた。
 そこらへんにいる女よりも口説き文句を知ってるし騙して(もてあそ)ぶ手段を心得ていた。
 だから性欲が盛んな歳頃の男をたぶらかすことなど容易いこと。

 レベルの高い女性、いや、男性? それとも中性(バケモノ)を相手に我がものにしようとする若者ふたりの鼻っといったら見事にだらしなく膨らんでいる始末。

 そんな見知らぬナンパ男の顔をはじめて見た無言の魔女の感想はたった一言。

「なんで薄汚い顔なんだろう」だった。

「たとえ自分のために服を買わせようとする優しさからにしても、素性も知らない不恰好な男の前を歩く友達な背中なんて見たくない」と言わんばかりに俯きついて歩くばかり。

 な感じでふしだらなナンパ男のオススメでやって来たのは古着屋。

 薄暗く照らされた屋内に足を踏みいれる出入り口の前に『万引きはお断り! 魔女は出禁!!』と殴り描かれた看板が吊されてた。
 その文字を頭をかしげては不思議そうにする魔女。を「まぁ、バレなければいいだけのことだな」と目論む尻目に、迷いなく怪しげな(しわ)が目立つ老人が営む店舗に入る。

「俺たちが後ろにいる子の服を買ってあげるよ!」
 気前のいいことを軽々と言ってのけるナンパ男どもを財布に
「せっかくなんだから好きなの選びな」
 図々しい態度で背中にピッタリとついて歩きながら
「ほぇー!」と明るくも感心する声をあげてる魔女に伝え。ようとした時だった。

 安値の民族衣装を扱ってる様子の無愛想な顔で椅子に腰かけていた店の主が杖つきながら「もしや、その娘は魔女じゃないのかい!?」鋭く問いかけてきたのは。

 いきなり「いらっしゃい!」という挨拶を抜きに、唐突に荒々しく声をかけられるばかりか失礼ながらも指まで刺された。
 ことで一瞬にして楽しげだった魔女の顔を無駄に硬らせる。
 のに対して、か弱き乙女を演じてたはずのヤイネが急変する。

 明らかに威嚇(いかく)のような感情的な顔しては、まるで性力の(かたまり)みたいな寄生虫のように(まと)わりつくナンパ男どものこと忘れた態度で、

「いきなり何なんだよ! 喧嘩うってるんか!?」

 店の主と同様に声を荒げるヤイネ。
 の背に身を隠す魔女。

「おい、何を考えてやがるんだ!? お前たち若造は何度も(わし)の店に来てるはずだから知っておるじゃろうが!! (わし)の敷地、店に魔女が入ることは許さん!っと書いておるじゃろうが!!」

 お客を相手に威張り散らす矛先は魔女をつれて歩く殺害屋の罠にまんまとハマったナンパ男ども。
 だったが、いかにも軽々しくだらしなく肩まで生え伸ばされた髪を指でかきながら、

「なに言ってるんスか? この子たちは全然、魔女とか違うっスよ!」と言い、悪びれる気配もなく笑ってみせる。

 ことが少しは効果があった流れで、怒りで震えてたの主の肩を落ちつかせつつも。
「本当か?」と疑うことを忘れないまま、勝手に喋りだす。
 日頃から溜め込んできたストレスを発散するかのように。

(わし)はな、この世で『魔女』という腹ただしい生きもんがいちばん嫌ぇなんだよ! 

 どいつもこいつも犬の糞みたいな貧乏人の奴らばかりでコソコソっと儂の店に勝手に入っては平気な顔で万引きしやがるんじゃがらな!! 

 そのおかげで売り上げはガタ落ちどころか、ゆっくりながら神様、女神を崇拝する大なり小なりの金持ち貴族の連中が金融、情勢を左右し動かすばかりか。

 この世界の国王さえも神様を崇めるのをやめて悪魔崇拝に移り変わってる噂が広がる、この『アルベリアル国』にいる魔女はまともな奴なんていやしねぇ! 

 新興宗教の連中も同じだ。
 闇に魂を売っては悪魔を好きなだけ召喚させては無法地帯と変わらないぐらいに荒らすんだからな!

 とにかくアルベリアル大陸の北の地方にある何の特徴もない田舎に隠れ住む魔女もみんなクソッたれじゃゃ!!…………」

 この後も説教じみた老人の解釈から生まれた暴言を黙って聞かされることとなる魔女の気持ちはたまったもんじゃなかった。
 が、ヤイネは最初から聞く耳を持たず耳の穴に指を入れては呑気に欠伸(あくび)するばかり。
 なものだがら合間に「(わし)の話を聞いておるのか!?」と怒鳴られていた。

 が、「聞いてますから好きに続けてくださいな〜」と平然と言ってのけながら。
 長々と小我の勝手な説教の隙間を縫うように聞こえてくる謎の声に違和感を覚えずにいられないほうが気になっていた。

     来た  れ 

 あえて確認はしていないが、おそらく自分にしか聞こえてないだろう、確信がある不穏な影を匂わせる声に意識を向けずにいられない死龍の殺害屋。

 だったが「さっきから何なんだ?」と思えばなにも聞こえてこなくなる。

 のが余計に不思議で気持ち悪い感情を芽生えさせられるヤイネの顔は複雑だった。

 けれど、そんなこと気に留めるわけもなく古着屋の主の強引で乱暴な調教は続く。が、苛立ちを隠しながら自分から折れる形で、

「はいはい、わかりましたよ。とっとと俺の背中にくっついてる女が着る服を買って出るから落ちつきなって」と言い、(ツバ)を弾け飛ばすばかりだった老人を適当に(なだ)めてみせた。のがよかったらしく、

 言葉など選ばず好きにほざいたことでストレス発散できたことが効果的だったらしく。

「本当に物騒きわまりない粗暴が悪そうなお前さんの後ろにいる女が魔女ではないんなら、好きな服を買ってゆけ! とりあえず何も買わない冷やかしはお断りだよ!!」と吐き捨てて。

 もとの椅子に腰をかけようとした店の主の背景の壁にかけられてた服を見た魔女が無意識に近い感じで「その服だけなんでガラス張りなんですか?」と聞く。

「これか?」

 毛嫌うような目つきで一着だけ特別扱いされた、店の雰囲気と真逆の品性が高そうな雰囲気を漂わせる華やかな黒い服を見ながら訝しげに応える店の主の機嫌はいかにも(にこ)やか。

「この服は売れねぇぞ? (わし)のお気に入りの一着で飾ってるんじゃ! それに、この服は普通じゃないんだよ…………だから飾るだけにしてあるのじゃ」

「そうなんですか? どうりでその服だけ綺麗にお手入れされてるわけですね。ほかは埃だらけなのに」

 そう言う魔女が物語るのは一目惚れ。の赤紫の瞳で見つめるガラス張りに飾られた非売品の服にすっかり心を奪われてるよう。

 そんな魔女の反応に応えるかのようにヤイネが「オヤジ、その服を売ってくれよ。あり金ぜんぶ使ってもいいからさ」と言い、惚れぼれさせる魔女を喜ばせたく言った。が、もちろんながら、

 またもや「売れるわけなかろうが!!」声を荒げる始末。だったがヤイネの公開できないお色気テクニックを使っては、鼻から血をあふれさせては、気絶寸前のような顔を晒してはなんとか時間をかけた結果。
 驚くことに無料で譲ってもらうことに成功した。

(わし)の宝物だったんだから大切に着るんじゃぞ!」と鼻血を拭きながら泣き言を口走らせながら、魔女の手に渡す。

 と、感動で踊る声をあげた魔女は試着室に直行することもなく、股間を硬くさせては手でシコシコするナンパ野郎どもに見られながらも、
 着せてもらったヤイネの壊れた鎧を脱ぎ、独特な個性的なデザインされた黒い服を着てみせる。

「おぉ、似合ってるじゃん!」露出させた胸を仕舞いながらヤイネが満足げに褒める。

 すると本当に嬉しそうに、くるんっと身体を一回転させてはしゃぐ魔女は金を払った若者など気にとめず、
 一肌ぬいでくれたヤイネの肩に手を乗せ、ぴょんぴょんっと飛び跳ねて喜びを爆発させる姿に照れ隠しの笑みをこぼさずにいられない龍骨斬を背負う殺害屋。

 その勢いで、「この調子で私達の食事につれてってよ!」店の主みたいに鼻血をたらすナンパ野郎どもに命令し、
 お世話?になった古着屋を去った後。

 行くこととなる場所が魔女にとって衝撃以外なんでもない光景と出会うこととなる。

 なぜなら、まさに死龍の殺害屋の忌々しい過去『夜遊びの部屋』と重なる大人専用のお店。

 ……………………

 唖然とする魔女の前で繰りひろげられる出来事はまさに、

 堕ちぶれた拷問と酒池肉林のような世界以外なんでもないのだから。

第十六話 闇堕ち

 声がでないほど、耳を(ふさ)ぎたくなるほど、唖然とするばかりな魔女の赤紫の瞳に映されるのは。
 まさに地獄絵図なのかもしれない。
 もしくはある意味、いちばん人間の本性により近い醜悪な光景なのかもしれない。

 なぜなら鼻が曲がるほど強烈な酒の香り、煙草の煙、あふれんばかりな我慢汁の匂いが嬉々と充満し蔓延(まんえん)する、妖艶な照明が彩る大人の空間。をお祭り騒ぎするのは美しいモダンなダンスミュージック。

 まさに神と悪魔が共存しつつあるアルベリアル国の裏の顔とも言えるかもしれない、過保護なまでの恥晒しな世界なのだから。

 数多の客席に囲まれた舞台のうえで、
 天界から堕ちぶれたような、
 引き(ちぎ)られた翼など未練なんぞ残さない様子で魅惑の衣装を着る()ちぶれども。の顔は喜びを発散させるばかり。

 冷徹なダンスポールに手足を絡め、恨めしそうな瞳をギラつかせながら踊るのはそれなりに歳を重ねた天使。

 そんな人間で例えると熟女の天使を中心に、ある程度の経験を積んだ大人の天使が身につけるのは透明な羽衣。
 何人もの男に揉まれ成長した豊満な胸はもちろんのこと、乱れた陰毛だらけな太腿の内側も丸見えにしては悪戯な商売繁盛に貢献するお色気たっぷりな舞を披露する。
 しつつ、冷やかし程度のお金をまき散らす客の前ではちゃんと横一線に開脚してはご開帳する。ばかりか、お金を上乗せすれば(ささ)やかな尿を漏らしてみせる。

 そんな有様な舞台の天使の横眼に映るのは、お酒を運ぶのは幼女の姿。
 兎の耳に寄せた髪飾りをして拷問服を着せられた人間の幼女の大半は、貧乏な家の親から身売りされてきた気の毒な娘たち。には表情なんてあるわけがない。

 堕ちぶれた者達を影で操り商売をするのは闇社会に身を投じた者だということは説明する必要ないはず。

 とにかく基本的にお金を積めば何でも許される風俗に訪れる客も荒み堕ちぶれてる始末だ。

 堕ちぶれた風俗嬢があくまで表向きだけの接待はもちろんながら、積まれた金額相応の性的なサービスも行われていた。

 酒と金、欲望に酔いしれ硬くさせたお客の股間を手でしこるのは常識。
 口に含んで舐めるのは当然。
 避妊具ありなら本番もできちゃう。
 ぐらい適当な暗黒の風俗。

 それほど生々しく甘々な惨たらしい『類は類を呼ぶ』の言葉がぴったりな世界。
 に溶けこむ形で隅の客席に座る死龍の殺害屋はめっちゃ機嫌が良さそう。

 それを証明するかのように二、三本の酒瓶を空にしてたからだ。
 元々からお酒はめっぽう強いのか平然とした顔で両脇に座り、今日で一日赤字決定のナンパ男の二人のお喋り相手する。

 だったのが、どこの村、街でも絶対にある堕ちぶれた天使と人間の身売りの幼女、または未亡人の女性を悪質な給料で働かせる風俗店の雰囲気に心を許したかのように。

 テンションをあげた肩まで生え伸びる赤髪を振り乱してみせるヤイネの口から

「せっかく(おご)ってもらったお礼として、あんたらの硬くなったモノを舐めてあげるわよ!」
 みたいな爆弾発言が飛びだす。

 この言葉をキッカケになったのが魔女の意識を現実に強引ながらも引き戻す効果となったのは良かったのだろうか?

「心は風俗店(ここ)にあらず」的な様子、力がなかった魔女の瞳に光が戻る。

 ときには、すでに二本の硬くなったナンパ野郎どもの股間を眼の前に好奇心を香らせる笑みを浮かべた、龍骨斬を背負ったままのヤイネが無言の瞳で。

 呆けていた魔女に「よく見ておきな! これが私たち人間の本当の顔なのさ。いつか君もこうなる運命かもね?」言う。

 と、同じ目の色で最後に伝えるのは、

「できるなら君には、こんな薄汚く腐敗した世界に入るような女にはなってほしくないんだけどね〜」といった雰囲気でオマケ的に伝えようとする時には、

「ごめんなさい!…………」

 いかにも吐き気を(もよお)した言葉だけ置き、魔女は(みにく)い大人の世界から逃げ去っていく。背中を見送ったヤイネはまるで本性を見せるかのようにニヤリっと笑っては意味深な口調で、

「あのさ、ここではさすがに恥ずかしいか別の場所に移動しない?」あっけらかんと言いだす。

 と、男の直感で理解したナンパ野郎どもはすぐにズボンを履き直しては。
 不敵な笑みを見え隠れするヤイネに連れられて行くのはトイレだ。

 真っ先に躊躇(ためら)う様子もなく個室に入った三人の扉が閉まった途端。

 ヤイネの手が激しく豪快に壁を鳴らしてみせる。

「ねぇ、君たちってさ。ただ可愛い私を見てナンパしてきたんじゃないよね? なに企んでるの?」

 あきらかに真剣な顔で、さほど極道の人間と変わらない怖い声と口調。

 それども一切、素性を見せようとしないナンパ野郎どもを脅し問い詰めはじめる。
 いや、暴行?

 その頃、本当に吐きそうなほど胃の奥から込み上げてくるのを手で(おお)い、トイレに駆け込んだつもりだったはずがたどり着いたのは意外な場所。に来てしまった魔女の顔がさらに青ざめる。

 怪しげな雰囲気を(かも)しだす裸電球が灯る厨房。の天井から吊るされるのは牛肉、豚肉は普通として。
 あと希少価値として扱われてるはずの人肉、内臓。
 そして悪の心を持つ者なら誰もが食欲をそそる悪魔、妖怪の肉の板。
 おまけに表向きの生活の厨房にないだろう拷問器具のような調理器具。

 まさに暗黒の厨房。の有様を見た途端……

 赤黒い人間の悪魔、妖怪の血の痕跡が残るシンクに吐いちゃう魔女。の顔は苦悶に歪むばかり。

 派手に飛び散らされた、消化しきれてなかったのか。
 はじめて他者から、心を許しはじめてる人から食べさせてくれた「ハンバーガー」を交えた胃液。から匂いも強烈だったものだから、

 吐くことさえもできないほど涙眼となる魔女は絶望を感じたかのように頭を抱えようとした。そのときだった。

 不意に頭上から
「お(ばぁ)ちゃん、お願いたすけて! 僕をここから出して!!」
 血みどろに腐敗し尽くされた調理場にあまりにも不似合いなほど純粋な声が聞こえてきたのは。

 反射的に「えっ?」

 気の抜けるほど軽くはないが確かな声をもらしては、顔をあげた魔女が眼にしたのは本当に意外な存在だった。

 なんと驚いたことに、木箱みたいな牢獄に閉じ込められた清やかな存在。

 鳳蝶(アゲハ蝶)みたいな色鮮やかな薄透明な羽を生やす白銀の肌と背中。水色の髪。尖った耳。
 口許を拭う魔女の潤んだ瞳に映されたのはまさしく妖精。

「なんで君みたいな妖精ちゃんがこんなところに捕まってるの? っというか、私はまだまだピチピチな十六歳(だったけ?)の女の子なんだから『お婆ちゃん』ってめっちゃくちゃ失礼だよ?」

「わかったよ。お婆ちゃんと言ったのは謝るからお願いだから、この(かご)から出してよ。このままだと豚の鼻をした料理人に殺されちゃうよ!」

 まったく魔女から言われたことに聞く耳を持たない様子で、綺麗な羽を筆頭に愛らしくジタバタしてみる妖精を見たことで。

 少しだけ心が和んだ気がする魔女がなめらかに口を開く。

「いいよ! もう二度と私のこと『お婆ちゃん』って呼ばない約束できるなら助けてあげるよ! 君の名前を聞いてもいい?」

 ニコッと無邪気になって何も深く「深くこの店のことは考えないでおこう……」心のうちで決めるように笑ってみせた魔女の膝が乗り、踏み台となるのが吐き散らかしたばっかりなシンク。

 だったはずが、横槍的な邪魔な来訪者が扉を不気味に鳴らす。と、咄嗟の判断から妖精が吊るされた側にある物陰に身を急いで潜めさせることとなる。
 展開を予想もしてなかった魔女の顔は驚きの連続。

 まさに豚の鳴き声そのものだった。

 まるで糞尿まみれな地面を歩くような鈍く薄気味悪いを靴跡を鳴らしながら、
 緊張と恐怖に身を震わせる魔女のそばにやってきたの者はあまりにも巨漢。

 豚とさほど変わらない奥深そうな鼻の穴から「ブヒー、ブヒー」と鳴らし、血泥まみれな調理服を着た大男の料理人。の姿を物陰から見た魔女はおもわず悲鳴をあげそうになる。

 あまりにも恐ろしすぎる姿だからだ。
 なぜなら片手に握られた出刃包丁にエゲついものが何個も串刺しにされているのだから。

 声にもならない悲鳴を必死に口を両手で隠しては、ひたすらに身を潜めることに専念する魔女が次に見たのはもっと(おぞま)しいものだった。

 なんとあろうことか。およそ体重300キロは超えてるんじゃないかってほどの恐ろしい醜態(図体)(さら)す料理人が串刺しにする人間の脳味噌を豪快に血肉を弾かさせながら食べはじめたからだ。

 本当に悲鳴をあげそうになる魔女。は硬く瞼を閉ざし、何事もなく見過ごそうと妖精のことなど気にかけることなく暗黒の調理場から去ろうとした。瞬間、
 私は他者を恨むことを知った。

 心の底から殺意が芽生えるほどの、私に救いを求める妖精の声が響いたのだから。
 怪しい裸電球を揺らしてしまうほどに。

 眼が「………………………」となり、

 ひそひそっと扉を開けて去ろうとした魔女。の猫みたいに曲がった背中を視線を向けながら、

「誰だ?……ブヒっ」

 豚の鼻息を吹かせながら振り向いた豚のバケモノ、人肉を食う闇の料理人の視野にとらえられそうになる。瞬前、魔女は本気を発揮させることとなる。

 すごい俊足で再び、同じ物陰に身を隠す。のではなく。先程よりも妖精と距離が空いたシンクの下に隠れることができた。

 おかげで何とか命拾いした魔女の横顔に背筋が凍るほど冷たい汗がたくさん滴り落ちる。

「誰かおるのか……ブヒっブヒっ……まぁ、気のせいか?」といった自然体の言葉を残して、また暗黒の調理場を去る豚の料理人(バケモノ)の気配が完全になくなった矢先のこと。

 息を殺しながらもう凄い鬼の形相をした魔女が一直線に、無神経に声を上げた妖精に

「あんたなに考えてるのよ! 私を殺す気なの!?」

 格好悪くも本当に涙をこぼしそうながら、静かな怒声を浴びせずにいられなかったほど怖かったらしい。

 そんな魔女を見ても妖精の調子は変わらず無神経にもほどがある大声で

「いいからお婆ちゃん、ここから僕を出してよ! このままだと本当に僕が料理されて食べられちゃうよ!!」と叫ぶもんだから当然なことに、歯切れよく扉が開け放たれる展開を迎える。

「誰かおるのか!? ブヒッブヒッ、この神聖な調理場に無駄に足を踏み入れた奴は俺様の手で料理してやるぞぉ〜ブヒっブヒッ…………」と(ささや)きながら、

 先程よりも鈍く鋭い靴音を鳴らしながら再び登場するものの、暗黒の調理場に魔女の姿はどこにもない。

 なぜなら次は精霊がいる側の等身大なほどのゴミ箱に身を隠したからだ。

 ただ運が良かっただけの逃避行を成功させた魔女は鼻を(つね)りながらも、一安心の吐息を漏らさずにいられない心境。のまま、またまた豚の料理人がいなくなった暗黒の調理場に姿を現しては、

「あんたね、いい加減にしてよ! 私まで殺されちゃったらどうするのよ!!」とさっきよりも真剣な怒りを込めた瞳で訴える。

 と、さすがに精霊も緊迫した状況を把握した様子で「とにかく僕を連れて、こんなところから出て逃げようよ!」いかにも見かけどおりに泣きはじめた妖精。を閉じ込める木の牢屋の扉に指をかけてみたら、また運が良くも鍵がかけられていなかった。

 そのおかげで何事もなく一応、「ありがとう、お婆ちゃん!」と泣いて喜ぶ妖精を脱出させることに成功した魔女は、

「だから『お婆ちゃん』だけはやめて!!!」といった決まり文句になりつつある言葉を呟きながら。

 非現実すぎる暗黒の調理場を去り、人生はじめての友達になってくれた殺害屋、アッシュリア・ヤイネがいるはずの客席に戻ろうとした。とき気づいてしまうのだった。

 覗き見の鏡越しから視線を感じた。

 説明することもない命の危険を感じずにいられない悪寒が身体全身にほとばしる視線。の正体はご想像どおり豚の料理人の睨み。

 ゆっくりと暗黒の調理場の出入口である扉が開けられてゆく。
 自然に背筋を伸ばさずにいられない魔女。の肩にちゃっかり厚かましく座っちゃってる妖精もさすがに身を震わさずにいられない恐怖を感じてる様子。

 そんな気まずくてたまらない魔女と妖精を黙って見おろす、豚の料理人の鼻の奥から噴射されるのは、

「悪い子は俺様が料理してやる〜ブヒュー!」

 以外なんでもなかった。

「…………」

「…………」

 なにも言えない魔女と妖精の前に立ちはだかる豚の料理人が握る、バカでかい出刃包丁が振り上げられ、デカい図体に不似合いなほど俊敏に振り下ろされてしまう。

 ぎゃわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ…………

 この魔女と妖精のみっともない絶叫があがるの同時に、豚の料理人の背後まで迫っていたのは。

 不敵な笑みを浮かべた龍骨斬による一閃。

「なに勝手にほっつき歩いてんだよ!?」

 普段と変わらないヤイネの勝ち誇った言葉が言い終える頃にはすでに、
 豚の料理人の背中に即死の斬り傷が刻まれていた。

 糞尿臭い豚特有の泥々とした血が飛び散り、魔女と新しい仲間になった(?)妖精に一瞬ばかりな平和を訪れさせる、ひとまずの結末。

「さぁ、魔女っ()ちゃん、行くよ!」

「ほへ……どこへですか?」

「決まってるだろ!! 俺と君をナンパしてきた野郎どものアジトだよ!!」と言っては、ボコボコに殴り飛ばしたのであろうナンパ男を両手で握り担いでは血生、糞尿臭い場の雰囲気に合わない爽やかな笑顔をみせるヤイネ。の背中について行く形で、

 暗黒の風俗店を去る魔女と妖精の顔を染めるのはまた違う緊張感。

「さぁ昨晩、君を悪魔の生贄にしようとした(クソ)ったれの団体を皆殺しに行くぞ!!」

 この言葉が田舎の村の住宅地を歩くヤイネ。の背中を追う魔女と妖精の後ろ姿を照らすのは薄ぼやけた太陽から変わった、
 また今宵も血の雨の嵐が吹き荒れるのを待ち遠しいかのような月の明かり。

 もうすっかり夜だ
 無意識に昨晩のこと
 (はりつけ)にされたことを思いだしちゃう。

「あの〜、晴れて自由の身になった僕はこれからどうすればいいの?」

 自分から「たすけてくれ!」と頼みながらも、あたりまえなことだが不安がる妖精。を横眼に、すでに疲れ果てた様子で淡々とした口調で「とりあえず私の肩にのっときなよ?」言うだけだった。

 この魔女の言葉にうなづくことしかしなかった妖精は鳳蝶(アゲハ蝶)のような翼を羽撃(はばた)かせることはしなかった。

 とにかく妖精は不安がるばかり。

 みたいな感じで辿り着いたのが昨夜の因縁の元凶となる闇の宗教団体が凄むアジトの前。にやってきた三人、いや、四人は顔を合わせては何の言葉も交わしたりせず。

 ヤイネを先頭に「さて、後処理するとしますかね〜」と勝手に一人で張り切って潜入しはじめる。

 薄らと聞こえる謎の声。

       来た  れ

 を意識の片隅で聞きながら。

第十七話 忌々しい食欲


 

 相変わらず俺にしか聞こえてないだろう謎の声は途切れさせるっという気配りを知らないらしい。

      来た  れ

 とにかくウザったいから白状させる理由で、アリ金全部を使わせては破産させてやったまでのこと。けれど、

      来た  れ

 が、途切れないのは正直なところ困り果てるしかないためストレスは募らせるばかりだったものだから…………

 つい、魔女っ()ちゃんにあんなキツいことを言ってしまった感じなんだな、これがさ。

 ナンパという愛がない浅はかな行為が招いたことを痛感させられた挙句。
 タコ殴りにコテンパンにされた若者たちの肩からずれ落ちる楽器の音色は虚しいものだった。

 と表現するかのように、

 虫の息の状態だった女たらしの寄生虫(ナンパ)どもがやっとこさ自由の身になれる時がおとずれる。
 のは結構はやかった? 
 それとも遅かった? 
 どちらにしろ解放された途端。

「道案内ご苦労さん!」とあっけらかんとした言い方で、

 ただの「ごとき」で(ひど)く顔をボコボコに()らされたナンパ野郎どもは大切なはずの楽器など見もせず気にかけず。

『お前らなんか喰われて死んじまえぇ!!』

 といったお決まりの逃げ台詞(セリフ)、負け犬当然な遠吠えを曇天の夜に情けなくひびかせる。のを不安がることしか知らない妖精を肩に座らせた魔女と、
 汚くウザったい(ハエ)を払うかのように手を動かすヤイネの足元から去る(やから)は実にカッコいい姿を(さら)す尻尾の(あわ)れといったら。

 とにかくヤイネから飛びでる開口一番の「さて、行きますとしますか!」言葉を合図に。

 外灯にさえも見放されたかのような寂しい影のなかに埋められた、古風な黄色みかがった石造りの一軒家。にしか見えない闇のアジトの玄関扉をノック無しで開けようと握る。が、誰もが想像するとおりに開けることはできなかった。

 と思いきや…………

 まるで頭を抱えるばかりな新しい友(?)を肩に座らせる魔女をつれて歩くヤイネが握って引いては押そうとする。間もなく。

 あくまで自然と耳障りで気味が悪い錆びついた音を鳴らしながら、
 昨夜、魔女を(はりつけ)にさせた『闇の宗教団体の残党が潜む』と、ナンパ野郎どもに聞いたアジトの扉が自ずから開かれる。
 様子を喉を鳴らして見てた魔女が無意識に、

「本当に入るの?……なんか嫌な予感しかしないんだけど…………」

 問いかけるのは怖いもの知らずな子供みたいなヤイネの後ろ姿。

 だったが、あえて聞こえなかったような図太い態度で、
 礼儀知らずに闇の宗教団体がいるはずのアジトの一軒家の敷地に潜入することとなる。

 が、意外にもいがいなことに、期待はずれにもほどがある空間が無礼な殺害屋と、
 いちおう頭を軽く下げて入る魔女を迎え入れることとなる。
 のが何のヘンなところがない、
 それこそ普通すぎて気持ち悪いぐらい穏やかな雰囲気を漂わせる常識的な生活環境。に面を食らいながらも警戒心は忘れず、ヤイネを先頭に、

 明るい家族風景を想像させられるような誰もいない居間と台所をはじめ風呂場、トイレ、物置部屋。とにかく、あくまで視界に映るぶんだけ探り確認する。

 ヤイネの背中を見つめる魔女の(ひとみ)の奥に宿るのは哀愁の欠片。
 まさに過去の思い出に浸る眼の光で、
 推理探偵ぐらいではないものの、
 それなりに真剣な顔で探るヤイネの姿に過去の映像を重ねることで。

 不穏な気配が支配する現実を忘れることができた魔女の顔は本当に幼かった。
 まさに赤ちゃんみたいな素直にボーッとする顔と頬。

 私の命をたすけてくれた、
 他人のお金とはいえ、ひと肌を脱いで買ってくれた服を着せてくれた殺害屋(ヤイネ)
 後ろ姿がまるで……

 (ばぁーば)に見え想えてくるよ。

 いつも人として人情があふれんばかりに、
 真面(まとも)にお喋りができず、
 スプーン、フォークなどの食器さえもちゃんと持てなかった五歳の頃の私に向け、
 深い優しさが込められていた(しゃが)れた声と口調で、

「…………ちゃん、おいで?」とか

「…………ちゃん、山菜を採りに一緒に山へ行こうか」など、

「…………ちゃん、お食事しようね」優しく言い、育ててくれた(ばぁーば)

 本当に心から私のことを愛してくれた最愛の(ばぁーば)

 たった数年の間だけだったけれど、
 (ばぁーば)と過ごした日々、年だけはしっかりとおぼえてる。し、鮮明に今も映画みたいにはっきりと思いだしては見なおすことができる。
 本当は見返したくない映像(過去)なのに。

 ぜったいに無理なのに忘れたくてたまらない過去に振り返ってしまう自分から逃げたい。が、一度はじまった血塗られた短編映画(回想)を止めることはできない。
 無情に流れるだけだ。

 苦労が多かったはずの生活に負けず、
 いつも(しわ)だらけな笑顔を絶やさなかった(ばぁーば)のことが幼かった私は大好きだった。

 拾われたばかりの頃はできなかったけれど、
 無償しかなかった愛の言霊(囁き)によって、
 頑なだった心がほどけた私を抱きしめてくれた(ばぁーば)の温もり。もちゃんとおぼえてるよ。

 できるなら完全ではないけれど、
 まだ孤独感を(ぬぐ)うことができない私を抱きしめてほしいっとおもった。
 そう思えたのが嬉しかった。

 ふつうに考えたら昨夜、悪魔の胃袋に収まっててもおかしくなかったはず。
 だから素直に気絶させるかたちでも、
 命をたすけてくれたヤイネに心を許しはじめてるのが(いま)の私だ。

 抱きしめてもいいかな? 

 険しく(とんが)る山々に逮捕された谷底の村に住んでたときみたいに今、
 (ばぁーば)の姿を重ねてヤイネに抱きついてもいいかな? 
 ダメかな? 

 あははっ、やっぱりダメだよね。
 だって知り合ったばかりなのだから。

 と思いながら、少しいい加減になってきてるヤイネ探偵の背中を見つめてると、自然と次に思い浮かんだのが(じぃーじ)の顔。

 いつも生真面目な仏頂面をしては薪割(まきわ)りなど、
 美味しい牛乳(ミルク)を毎朝しぼらせてくれた牛のお世話を中心に、
 羊、豚のお世話をしながらも、

 村八分とうぜんな扱いを受けながらも決して弱音を吐かないでくれたね。

『闇の子』と刃みたいに、
 たくさんの指で刺されては、
 数人ばかりしかいなかった村の人から忌み嫌われてた私に八つ当たりなどせず。

 自分にしか見えない、聞こえない妖精とお喋りするような気持ち悪かったはずの私を拒絶することなく、
 無骨ながら不器用ながらも優しく愛情を感じさせてくれた(じぃーじ)
 が、たまに頭を撫でてくれた(しわ)だらけでも力強かった手のぬくもり。
 もちゃんとおぼえてるよ。

 できるならまた(じぃーじ)の手のぬくもりを感じたい。

 許されるなら、また心の底から大好きだった(ばぁーば)(じぃーじ)に挟まれて歩きたい。
 三人で手をつないで歩きたい。

 ふたりのわざとらしくない(本当)の愛に満ちた顔を見たい。
 (ばぁーば)のぬくもりを感じたい。
 (じぃーじ)のぬくもりを感じたい。

 でも無理だよね。
 ぜったいに無理な話だよ。
 だって死んじゃったからふたりとも。

 いや違うね。
 殺されちゃったんだよね。
 本性を(あら)わにした…………私にね。

 あぁ、お腹が空いてきちゃったな。
 食べたいなぁ
 飲みたいよ、ほんとうに 

 なにを食べたいの私は?
 なにが飲みたいって思いはじめちゃってるの私は!?

 今はこんな忌々しい食欲に気をつかう暇なんてないはずだよね!


 もう二度と思いだす気がなかった、白い迷宮から抜けでたばかりな孤児の私を育ててくれた老夫婦。のことを数秒の間、

 どうしようもないほど辛くてたまらなかったはずなのに、
 (あらが)うことができなかった欲と痛恨だけ(のこ)した、
 忌々しい過去に意識を引っ張られてた魔女。が頭の片隅で考えてたのはあまりにも素っ気ない味の更に(さかのぼ)断片(過去)のこと。

 白い迷宮に入る前のこと。
 神の子としての『選ばれし生贄(魔女)』の宿命づけられた、これからのことについて。の味つけは、なんか最悪だった。

 そんな感情の薄らとぼんやりした曖昧な感覚で思い描く魔女の横顔。を見逃さなかった妖精が

「どうしたの? そんな寂しそうな顔をして」声をかけることとなる。ことをキッカケに、

 怪しすぎるほどよく偽造(ぎぞう)された家族風景のなかにいることを理解した魔女。が、強引ながらも無駄に(なつ)かしむ哀愁を捨てるかのように。

 肩に座り心配してくれる妖精に「ところで君の名前を聞いてなかったよね?」変に明るい声で問いかける。と、

「僕の名前はねパフルだよ。【再生の子宮】という気持ち悪い闇のネックレスを首にかけた『青紫の魔女』が暮らす森の近くにあった村に住んでたんだよ!」

 やっと自分に意識を向けてくれたことに嬉しさをアピールするみたいに教えられた魔女の返答はまさに早口言葉だった。

「えっ? パフルは【再生の子宮】のネックレスのこと知ってるの?」

 すると「当然、知ってるに決まってるじゃないか!」と胸を張って見せては自慢げに続ける、鳳蝶(アゲハ蝶)ような羽を畳んでみせる妖精・パフル。が住んでたのは『赤紫の魔女』とあんまり変わらない環境のようだ。

「そりゃぁ、あんな部落差別された身分の低い人間が集まった陰湿で、太陽の光さえも(さえぎ)りがちな薄暗い谷底の村に住んでたら誰もが知ってるよ。
 近くにある『青紫の森』のことなんて。
 まぁ、実際に僕は青紫の(あそこ)に足を踏み込ませなかったけどね。
 入る必要性もなかったから。
 だから僕がこんな赤紫の森が近くにある山の麓の田舎に来るなんて思いもしなかったよ〜」

 この長ったるい自己紹介を黙って聞いてた魔女が思ったのは、

「私が住んでた赤紫の森だけではないんだね。【再生の子宮】のネックレスを持ってるはずの魔女が暮らしてるっと微かに聞いた覚えがある『青紫の森』も山に囲まれた谷底にあるんだねぇ」みたいな呑気(のんき)なものだった。

 ちなみに、このパプルという名の妖精の言葉が聞こえるのは魔女だけ。
 いつのまにか少し距離が空いてるからではなく。
 魔女の肩に座るだけの妖精の存在《《そのもの》》に気づいてないヤイネからしたら、
「なんだ、ひとり言か?」と思うだけで。
 たいして気に留めずな雰囲気しかみせない。

 そんな様子でひとりで頑張ってくれてるヤイネのよそに、
 人懐っこく明るくフレンドリーに喋る妖精・パプルの言葉を耳を傾けることに。

 で、頭に置いときたくない忌々しく血生臭くて敵わない《《過去》》から意識を切り離すことに専念してるようだ。

 そんな哀れな魔女を龍骨斬(りゅうこつざん)とともに背負いながら。
 隅からすみまで探索し尽くし終えたことを告げる発言がヤイネの苛立ちまじりな唇から飛びでる、

「なんだよ、ほんとうに誰もいねぇじゃねぇかよ!?」

 この言葉をちゃんと聞いてなかった魔女の反応も薄く、

「あっ……そうだね。誰もいないみたいだね」と言い、なぜか泣きそうになってる顔を消すことに気をつかってる様子。を見ることもないヤイネの背後から、

 さほど古くない忘れたい過去に意識を奪われたことに無責任に悲しむ魔女の後ろから鳴る音があった。

 まさに数分前に聞いたばかりの玄関扉が開けられるときの軋む音。

 不意を突かれた死龍の殺害屋と魔女は反射的に、まるで一瞬にして心を奪われたかのように。遠ざかっていた玄関まで行く。と、

 壊れきったかのような(しゃが)れ声が言葉が。
 闇の宗教団体が使用してた痕跡は確かにある家に(ささや)かれた途端。

 まさしく鉄の壁が空から落下してきたかのような分厚く何重もかさなる音が魔女と妖精・パプル、
 そして瞬時に戦闘の意思を示すような顔をする死神の眼を光らせはじめる殺害屋アッシュリア・ヤイネの耳を(つんざ)き、
 網に引っかかった虫の如く、

 玄関扉はあたりまえとして全部の窓が塞がれることで成功した罠に(ハマ)った三人を閉じこめてしまう新しい展開を迎える。

 ことを卑しくも(いびつ)にゆがませた(ひとみ)を妖しく(きら)めかす確認した黒尽くめのマントで身を隠す姿。の口から吐かれる吐息を嗅いだヤイネ。だけではなく、魔女とパプルを交え、三人同時に顔をけわしく(しか)めさせる。

 が、薄い影の奥から見え隠れさせる(みにく)い顔をした老婆(?)はまるで機械人形みたいに、
 ある一定の方向に骨と皮だけの指を差し、
 まったくもって寒気するほど凍えた怖い声で。

『ついておいで〜』とだけ言い。

 ひっそりと告げる黒尽くめの老婆が顔を(しか)めたまま、
 三人を連れてゆく場所は四方の壁を埋め尽くす本棚しかない、絨毯さえもひかれてない書斎。

 黙って案内されてきた三人は綺麗に横に並んでみせる。
 まるで、これから起きることを事前に把握してたかのように。

『死ぬ覚悟はできておるかい〜? ヒャハハハハ!』

 まじめな話、本当に背筋が凍るほど生気を感じさせない問いかけに対して身震いするのは魔女とパプルだけ。

 真ん中に仁王立ちするヤイネは腰に片手を添えながらもだらしなく、はっきりとした口ぶりで、

「てめぇは人間じゃねぇよな? まったく貴様(キサマ)から人間の汗、体臭がしねぇ。いったい誰だ、てめぇは?」

 あくまで声だけは変わらずなまま。
 険しい顔で。一冊も収められてない本棚に触れる(みにく)い老婆に厳しく問いただそうとする。

 が、あくまで老婆の「姿」を偽造(よそお)う謎の人物は反応を示さず。

『さぁ、地獄への入口を開けるよ〜』と言ってのけるばかりだった。瞬間から、

 ゆっくりと時間をかけるかとおもえば素早く一面の壁を隠してた本棚が消え去る。のを見逃さなかった魔女と妖精・パプルの表情は恐れから強張るばかり。
 だがヤイネだけはちがう。

「また血の雨の嵐を吹き荒らすことができるかもよ?」といったように武者震いをするばかりだ。

 そんな無言でありながらも心は繋がりつつある三人に向けて(正確に言えば二人と一匹?)最後に、

『ヒャハハハハ〜』と笑うばかりな(みにく)い老婆の背景(バック)に現れたのは薄気味悪くてたまらない暗闇。

 一切の(ともしび)の明かりさえも侵入することを許さない気配しかない地下への入口。

 とにかく正体がわからない怪しすぎる入口を前にして、魔女と妖精・パプルが眼を合わせては嫌な予感を抱かずにいられない笑みをこぼす。

 魔女と妖精の横顔に嫌な冷たい汗がしたたる。

 そんな二人、いや、魔女しかいない様子を横眼でチラッと見たヤイネが、

「魔女っ()ちゃん、昨晩に続いて今宵も荒れそうな気がするんだけど。どうする?」といった軽い感じで、あえて聞く必要がない発言をする。

 が、嫌な悪寒から襲ってくる鳥肌で身体を可愛らしく、
 震わせる妖精のパプルが星屑に輝く髪のなか、頭のなかに勝手に隠れ入っても気にしない様子の一点張りな魔女の返答はないようだ。

 と、同時に感応するかのように…………

 地下へと通じる『闇の階段』まで案内した黒尽くめの姿をした老婆の役目が終わる。と、何事もなかったかのように膝から崩れ、足先から輪郭を失い、消え失せた。

 ほんとうに何事もなかったかのような幻だったかのように。

 それを表現するかのように、黒いマントの内部(なか)に落ちては床を(はかな)く不気味に鳴らしたのは『呪符』が貼られた傀儡(人形)

「こんなもので案内させられるって俺たちも()められたもんだな」と言っては、

 残り半分のハンバーガーのときみたいに容赦なく、用済みとなった傀儡(人形)を踏みつけながら。

 さっきからずっと金魚の糞みたいにくっつき歩くだけの魔女に向け、緊張をほぐすかのような口調で、

「いつまでも、そんなビビった顔をしてついてくるんじゃねぇよ! シャッキっとしなよ!」といった厳しい言葉をぶつける。が、意味がある声かけなのかはわからない。

 あくまで今の状態の話だ。

 迷うことも躊躇(ちゅうちょ)することもなく、地下深くまで潜ることとなる『闇の階段』に足を踏み入れる。

 その証拠に、靴底の音が奇妙なまでに美しく鮮明に暗闇にひびきわたる。が、すぐに手慣れた感じで懐から蝋燭(ロウソク)とマッチ棒をだして火を灯した死龍の殺害屋。
 ことで、何とか前だけは照らすことができたおかけで魔女に
「行くしかないよね?」という勇気を与え灯させる。

 もちろんビビりまくりの妖精を頭に隠しながら踏み鳴らす階段、魔女の足音も美しく暗闇に美しく怪しく鳴りひびかせる。
 
 まことながら不気味にね。


 本当の意味で、これから終わるまで敵対することとなる『闇の宗教団体・ダークサンクチュアリ』が凄んでるはずの迷宮に潜入しはじめる。と、

 何処(どこ)から? 
 奥から? 
 それとも近くから? 
 はっきりとわからない。が、
 たしかに私はしっかりと聞いてしまうのだった。

 地響きを予想させるような重苦しい声を。
 爪が擦れる魔獣のような音を。

 この時すでに魔女の赤紫の瞳が潤いはじめてるのは説明する必要ないはず。

「ヤイネ、今の聞こえた? なにあの音?……声?」

「さぁね。ハッキリとはわからないけれど絶対に人間じゃないね。今の唸るような声は…………こんな灯りなど一切無縁だった迷宮は珍しいからな。
 まぁとりあえず、まともな連中が来る場所じゃねぇのは確かだな」

「そうだよね…………」としか言えないまま、

『白い迷宮(私の迷う心)』を連想させる迷宮に繋がる階段を降りはじめると。

 また自然と何処からか、
 獣が唸るような低く重低音の鳴き声が魔女の耳に響き渡らせては悪戯に怯えさせるばかり。

 なのも意外とあっさりとはやく終わるのかもしれない。


 だって、魔獣(ヤツ)はすぐそこまで迫ってきてる…………ようだからね


 ちなみにまだ私の頭に隠れてる妖精くんに気づかれてはいない。
 私が『選ばれし生贄』であり赤紫の魔女だということを。
 何故ってヤイネが買ってくれた(本当は違う)服で隠せれてるからね。

 知らないうちながらも確かに脈々と鼓動を打ちはじめてるからね。

 だから私は何となくだけど妖精くんに生きるネックレス
【終焉の子宮】を見られないように最善の注意を払うつもりだ。

第十八話 見えない赤黒い闇


 相当なまでの段数をかさねて降りてきたのであろう。

「いざ、『これからが本番だ!』っていうのにもうヘバってるのか!?」

 およそ自分の体重よりも重たいに決まってる重厚な龍の刃を背負いながらも、
 汗の一滴もたらすことなく赤髪を美しくなびかせる断片を照らすことがゆるされた場所は、

 まさに『迷宮(ダンジョン)』という名に相応しいぐらい複雑怪奇なところだ。

 まるで生きる人間の体内を想像させられるような、血管のなかを歩いてるような気分をさせられる血まみれの闇の回廊。にしか見えないほどデコボコな石造りの壁と天井を照らす明かりは、
 もちろん先頭を歩くヤイネが持つ残りわずかな燈しか明かりがない。

 だからこそ、何処(どこ)から吹いてくる隙間(すきま)風にゆらめくたびに蝋燭(ロウソク)の緋色の(ひかり)が、寒気するような雰囲気つくりに役に立っている。

 が、たとえ好きじゃなくても、嫌な肌触りの緋色の明かり無しでは絶対に前に歩けるわけがない。

 闇の迷宮ほど恐ろしいものはない。
 そう本能的に魔女はわかってたからだ。

 遠くから、近いのかさえもイマイチはっきりしないところから聞こえてくる魔獣の声に怯えながら、ヤイネの背にただついて行くだけの魔女の顔はもう恐怖一色。

 なんで私がこんな薄気味悪い、
 まるで赤紫の泥々(バケモノ・負の私の心)が教えてくれた私の心に凄む『白い迷宮』とよく似させたかのような、
 闇の世界を歩かされてるような気がしてならないよ。

 生まれてからざっとこうだ。
 ちなみに私は好きでもないのに、
 彷徨(さまよ)ったり、
 無駄に歩くことなんて好きじゃない。

 だからこんな闇しかない、身の毛がよだつような恐怖を()きたてさせられては無意味に、
 悪戯(イタズラ)に肩を弾ませたりするのは、
 震わせたりするような迷宮(ダンジョン)なんて大っ嫌い。
 ぜったいに好きなんならない。
 絶対に無理だ。

 だからちょっとでも早く。
 一秒もはやく、こんな怪しすぎる迷宮から出たい。

 できるなら生まれる前から母親である『再生の女神』の意志で定められた『選ばられし生贄』としての宿命を投げだす勢いで逃げだしたい。

 だから一度だけ、四角に歩きまわされることになった闇の階段を降りてるとき。

 武者震いするばかりなヤイネに向け、

「やっぱり帰りません? わざわざ私のことを喰おうっとした人達の住処(アジト)に足を運ばなくても……」と言った。

 が、すっかり背負う剣を振るうことに対してニヤニヤっと笑ってた
『死龍の殺害屋』と呼ばれる、
 上品な服装が意外とよく似合う体系と凛々しい顔つきをした彼女は当然ながら聞く耳をもたない。

 なので私の問いかけなんて無駄に響きわたり反響するだけ。

 ことに気づいたときに思い至ったのが

「あぁ〜、この人は損得で剣を振るったり、お金のためだとかあんまり気にしてないんだろうな。ただ単純に血の雨を降らす剣で敵を斬り裂き殺すことが好きなんだなぁ」

 だった。

 ある意味、確信を得た私は口を閉ざし、
 (あきらめ)めと不安の意味を込めた吐息を漏らしながらも、

 なんだかんだっと勝手に言い行動しようとも、
 影で色々な感情と思いを胸に抱きつつも、

「昨晩の(はりつけ)から今までずっと私のことを身体を張って守ってくれたりしてるもんね」と悟り、よけいな文句に近い問いかけをするのをやめた。

 ことは正解だったのかな? 
 それとも間違いなのかな?
 わからない。

 わからないからこそ、

 意気揚々と勇ましく赤黒い血塗られた回廊(ダンジョン)を歩くヤイネの背中を見てたはずの視線が無意識にそらすばかりしてた。


 天井を見ようが、左右の壁に視線を流し、幅の狭い地面を向けても何もないのに。
 私はまるで、この先の未来を案じてくれるような道標的なものを探さずにいられなかった。

 とにかく魔女は落ちつくこと知らず、
 不安そうに心細そうに眼をキョロキョロさせるばかりを繰り返す魔女。の顔が表現するのはひたすらに

「怖いよ……怖くてたまらないよ!」だけ。

 そんな迷子になった幼いこどもみたいに、 大袈裟(おおげさ)にひどく怯えている魔女の様子にやっと。

 気づいたヤイネが蝋燭(ロウソク)を赤黒い石造りの地面にいったん置いては。
 素早く身体の方向を変えてみせる。
 ことを確認した魔女の視線がやっと一点に集中しはじめる。

 かと思えば、すぐに

「あのさ、さっきから魔女っ()ちゃん。
 (おび)えすぎたぜ? 
 色々とよけいなこと考えすぎてないか? 
 そんな難しそうな顔で涙を溜められても私は足を止めないよ? 
 一度、売られたかのような喧嘩? 
 かもしくは後始末?  
 とにかく一歩前に足を踏み込ませたら前に進むしかないんだよ! 
 わかる!?」

 わざとらしく励ますかのように、明るい声で散漫(さんまん)になるばかりだった魔女の耳の裏を。
 両拳でぐりぐりっとさせるヤイネは新しくできた相方、または友とも呼べる、それか恋人候補?とも言える(のか?)

「魔女っ()ちゃん」呼ばわりする少女を勇気づける余裕を見せる。

 前から背後からなのかさえも鮮明(ハッキリ)しない暗闇に身を潜みながらも確実に自分達に近づいてる。ことを肌で感じさせる魔獣の不気味な気配など気にとめない態度で。


 もちろんながらこの時も当然…………

      来た れ

 という謎の声が途切れるわけがない。
 そればかりか、

   オレのもとへ   来た れ

 地上にいた時よりもハッキリと鮮明に聴きとれるようになった謎の声に苛立ちさえも抱くことを捨てて、まったくもって無視。を決め込んだヤイネにとって最早(もはや)どうでもいい雑音(ノイズ)でしかなかった。

 けれど、謎の声の主のほうは、
 怪しすぎる雰囲気を踏み躙るように赤黒い『闇の宗教団体・ダークサンクチュアリ』の一部でしかない住処(アジト)で涙目で良いように遊ばれてる。

 黒髪美人の魔女の頭に隠れた妖精、パプルはたまったもんじゃなかった。と思いきや、

 グラグラっと左右前後に小さな薄透明な水色の身体、鳳蝶(アゲハ蝶)みたいな羽を揺らされるものの。

 当の本人は両手を万華鏡みたいに輝く夜空と重なるような、
 星屑のように(つや)光る魔女の髪の内部に見惚れるばかりな様子。

 だったのが、何がキッカケになったのか知らないが。
 ヤイネが魔女を相手に遊ぶのをやめた数秒後、

 いきなり「プハッ!」水中から出るときみたいな声をあげては。
 顔だけ魔女の髪から抜けさせた妖精が、
 痛そうながらも、
 少しは心の緊張が解かされたことで、
 軽くほほ笑む程度までリラックスできるようになった魔女に向けて唐突に。

「そういえば僕の名前を教えたけれど、僕の命の恩人であるお婆ちゃんの名前は聞いてなかったよね?」

 て、感じで無神経さが漂わせる口調と声で尋ねる。

(どことなく、いや………たぶん悪意はあるような発言だったようにしか聞こえなかったよね?)

 頃になるとヤイネがまた蝋燭(ロウソク)を手に歩きだしている。

 なので、それに応じるようにできた距離を縮めながら包み隠さず。
 本当のことを魔女は晴れやかな顔と声で
 言ってのけた言葉が次の内容。

「私ね、これまで十六年も生きてきたけれど人間としての名前はもってないの。(みにく)い訳ありの魔女に生まれちゃった私なんか名前を授けてくれる人なんていなかったから。
 だから私には『自分の名前』というものがないの。
 まぁ、それぐらいまでの人との距離を縮めようともしなかった私が悪いんだけどね」

 そう言いながら再び、さっきとは違う意味深なむずかしい顔を見せる。
 魔女の淡々としながらも孤独ならではの悲しみが伝わる発言を黙って聞き、見てた妖精パプルが何かを思いつき、閃いたかのように歯切れ良く言ったのが、

「なら僕がお婆ちゃんに名前をつけてやろうか?」だった。が、

 魔女は名前のことよりも、やっぱり『お婆ちゃん』呼ばわされることに気を障るらしく…………

 自分の髪の中に隠れた妖精ちゃんを身うごきとれないように硬く握り閉じ込め、おなじ目線まで持ってこさせては。

 今度ばかりはリアルな殺気が込められた瞳をギラつかせる魔女がキッパリと、

「あんたみたいな無礼な妖精に名前をもらうほど私も落魄(おちぶ)れてないよ!」

 と言ってのけては、また自分髪のなかに投げ捨て……ようとしたとき。だった。

「いったい、さっきから誰と楽しくお喋りしてるの?」

 おもわず無意識に喉を鳴らしそうになるほど、
 真剣な顔をしたヤイネに、
 蝋燭(ロウソク)を落とさせては、

 緋色(ひいろ)の燈を消しちゃうほどの勢いで…………

 壁を静かに鳴らされ、捕まえられた魔女の表情は暗すぎて詳しくうかがえない。ちゃんと見えない状態が変な沈黙へ(いざな)う。

 それほど、何気に血生臭い香りがする赤黒い迷宮は暗黒だということを証明されたことになる。

 漆黒の闇に近いぐらいの状況のなか。

 ふしぎながら「壁ドン」された魔女はさすがにこの時ばかりは、
 どんどん、ゆっくりながら確実に近づいてきてるはずの魔獣の水々強い唸り声、
 足の爪が地面を(こす)る音などまったく聞こえてないって言わんばかりに………

 薄くぼんやりと龍骨斬を背負い歩く殺害屋の眼でも見てとれるほど幼さが残る魔女の顔……が桃色に熟成されはじめる合図となる。

 この瞬間。
 ヤイネが「さりげなく」をする。

 すると膝をくの字にさせながらお尻を下げてゆく、魔女の両脇を掴んだヤイネはさらにまた、

 桃色から紅くなってゆく頬にもう一度だけ「さりげなく」をした。矢先のこと……

 ほんの二、三秒程度の暗闇の百合的なロマンをぶち壊すほどの魔獣による雄叫びが二人、

 そしてオマケ扱いされてしまった妖精の耳を劈くさせては。
 一瞬にして現実に引き戻されるのだった。

 その証拠ながら、また足元に転がっていた蝋燭(ロウソク)に火を灯させながら、
 身の危険を感じはじめることで生じる本気の警戒心を()せる顔つきをしたヤイネ。と、

 肩を狭めてはまた震えさせようとする魔女。の星屑みたいに艶光る黒髪の内部に帰ることができなかった妖精。

 この二人と一匹?の前に現れたのがまさしく…………

 攻撃力が半端じゃなさそうな牙と爪を誇る三つの頭を誇示する赤黒い魔獣(ケルベロス)そのものだった。

「やっとこさだな。貴様か。さっきから煩く唸ってたのは……」と言い切る前にはもう、叫ぶことも忘れるほど驚愕する魔女。

 に相反するようにみっともなく

「ばっ、バケモノだぁぁぁぁ…………」叫んでは一目散に。また魔女の艶やかな髪の中に飛び込んでみせた妖精・パプルちゃん。

 の前から龍骨斬を背負い歩いてたヤイネの姿はすでに消え失せていた。

 何故なら、はやくも一頭の眉間に容赦(ようしゃ)なく龍の(うろこ)の如くの刃の先端が突き刺されているからだ。

 同時に、刺された眉間の隙間から、
 激しい噴射音とともに二度目となる魔性な血の飛沫が吹き荒れることで、

 二度目となる黒い血の嵐が吹き荒れる前哨戦がはじまった。ことを無情にも。

 望んでなんかいやしない魔女に教え黙らせるには充分なほど効果があった。

「さぁて、嵐だぞ! 今宵も血の嵐を巻き起こしてやるぜ!!」と言い、

 狂愛的なまでの闘争本能に火をつけたヤイネが、仕留めたばかりの一頭目の首を見事に骨ごと絶ち斬り咲かせては。

 さらに闇の迷宮(ダンジョン)を赤黒く染めなおすつもりのようだ。

 そんなヤイネの姿をはじめて見るわけでもないのに。

 まるで昨夜(過去)に戻るかのように壁にもたれかかり、息を殺しては、

 (おぞま)しすぎる斬撃の一部始終………

 にならない結果がひっそりと待つ前哨戦を見守ることしかできなかった。

 もちろん魔女の髪の中に隠れた妖精ちゃんは口から泡を吐き、気絶しそうになるほど頭をクラクラさせてる始末。


 そんな感じの二日目の夜を彩る前哨戦がはじまりを告げた。ことを直観的に認知した今宵の黒幕たちもひと仕事を終えた様子。

 何故、そんなことがわかるのかってあえて聞きますか?

 ほら、証拠に悪魔召喚するための魔法陣を発動させる準備が行われていではありませんか。

 この聖なる闇の中心において支持をする者こそが『三つの闇の神器』のひとつを所持することが許された三大勢力のひとりである者に間違いはないはず…………

 それを証明するかのように、

 黒幕の中の黒幕(ボス)の瞳が紫に妖々しく不気味に(きら)めかせてみせるのだから

終焉の剣風

終焉の剣風

狂愛の剣風が荒れ狂う黒い血の雨が癒す花華 過激で常識を覆す闇の神話

  • 小説
  • 長編
  • ファンタジー
  • 冒険
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2022-09-28

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  1. 序章 第零話 磔
  2. 第一話 白い迷宮
  3. 第二話 失態
  4. 第三話 短編映画
  5. 第四話 理の歯車
  6. 第五話 根源
  7. 第六話 赤紫の鏡
  8. 第七話 社交ダンス
  9. 第八話 破水
  10. 第九話 飽き性な鳥
  11. 第十話 悪寒
  12. 第十一話 瘡蓋
  13. 第十二話 確信
  14. 第十三話 浄化の雫 序章 完結
  15. 第十四話 黄昏の唾液
  16. 第十五話 謎の声
  17. 第十六話 闇堕ち
  18. 第十七話 忌々しい食欲
  19. 第十八話 見えない赤黒い闇