終演の幕が下りるまで [第2話]

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第2話『少年は世界を救うことを強いられました』



 夕焼けの(だいだい)で満ちる空に、ぼんやりとした、それでいて煌々(こうこう)とした月が浮かんでいた。

 少女は見つけた。
 いずれこの世界を救うであろう少年を。
 その少年は、白のカッターシャツに濃い黒のネクタイ、灰色の長ズボンという格好だった。
 どうやら学生のようだ。
 初めて出会う自身以外の能力者に、彼女は(おそ)れと同時に喜びを感じる。
 蒸されるような暑さも忘れるほどに。
 かれこれ五時間近く真夏の陽光の下で立ち続けていたので、ローブの中は汗だくである。
 そんなことを意識しているうちに、その男子生徒は彼女の前を素知らぬ顔で通り過ぎていった。
 彼を見失わないよう、慌てて少女も跡を追う。
 すると少年はどんどん歩く速度を上げていく。
 少女も振り切られまいと足早になる。
 汗を吸ったローブが、歩調に揺れるたび彼女の身体に重くのしかかる。
 あまりの暑さと疲労のため、視界が(かす)む。
 前方を行く少年以外は、蜃気楼(しんきろう)の生んだ幻影のように見える。
(やっと……見つけたんだから……見失うわけにはいかない!)
 足を動かすことに必死になり、もはや周囲に気を配る余裕などない。
 当然、行く先の信号が赤であることにも。
 少年の背中が不意に急停止し、反応が遅れた少女は彼とぶつかりそうになる。
 直後、彼女より頭一つ高い少年が振り向き、お互いの目が合う。
(わっ)
 少女は思わず心の中で驚き、咄嗟(とっさ)に顔を伏せる。
 少年が(いぶか)しげに彼女を見つめる。
 彼から何か話し掛けてくる様子はない。
 少女は決心して切り出した。
「あなたは、能力者……ですね?」
 言ってから、先に息を整えるべきだった、とやや後悔する。
 返事を待つが、少年は未だ言葉を発する気配がない。
 少女は深呼吸をひとつして、再び口を開く。
「お願いです、この世界を救ってください!」



「へ……? 世界を……救う……? 俺が?」
 陽也(てるや)は何のことだかさっぱりだった。
 初対面でそんなことを言われるとは、やはり怪しい宗教団体か? とますます疑念を抱く。
 陽也は関わらないのが吉だと考え、
「あ、自分結構です」
 適当に拒否する。
「確認しますが、あなたは神と対話する能力をお持ちですよね?」
 目の前に立つローブの少女は、陽也の言葉を見事にスルーして、依然(いぜん)として冷静沈着に言った。
 陽也は心の中で、「この子絶対宗教団体の関係者だ」と確信した。
 いそいそと回れ右して、青になった横断歩道へ踏み出そうとした。
その陽也の左手を、少女が掴む。
「言っておきますけど、私は宗教団体とかそういうのじゃないです。私もあなたと同じ、能力者です」
 ムッとしたような、年相応の声色で陽也の背中に言い放った。
 どうやら今まで無理して大人びた声を作っていたようだ。
 そんな些細(ささい)な変化には気が付かなかった陽也は、『能力者』という単語を聞きぴたりと立ち止まった。
 そして少女を背にしたまま考えだす。
(能力者? 俺と同じ? 待てよ……俺の能力は『著者』とか言う奴の声が聞こえるだけだけど、もしこの子の能力が殺傷できるような能力なら、下手すると殺されるんじゃ……)
 自分以外に能力者が存在していることには驚かない。
 これは、私こと著者と毎日のように対話していたために、異常性への慣れが生まれていることが起因しているだろう。
 陽也は慎重に少女の方へ向き直り、これ見よがしにきょろきょろと周りの様子を見回してから言った。
「えっと……この大通りだとその格好は人目に付くから、近くの公園で話さな……話しませんか?」
「うーん……そうですね。一般人に聞かれると面倒な内容もありますし」
 陽也は急に話の展開が重くなったことにうんざりしながら、その少女を連れて大通りから伸びる一本の路地に入った。



 陽也の住むこの街は、街の中央を分断するように大通りが走り、それに沿い店舗(てんぽ)やオフィスが立ち並ぶ。
 そして大通りから枝のように伸びる路地に入ると、閑静な住宅街になっている。
 公園が位置するのも、住宅街のある区画である。
 住居に挟まれた細道を歩くこと数分、二人はベンチと広場があるだけの小さな公園に着いた。
 ちなみにここは、陽也が前もって立ち入れるかどうか確認済みである。
 日が沈んだ後ということもあってか、二人の他には誰もいない。
「まずは自己紹介が必要ですよね。私は白山月梨(しらやまあかり)と言います」
 少女がベンチに座ってから話しだすと同時に、ローブのフードを脱いだ。
 ストレートの肩下まである黒髪、顔は中学生と思えるような清らかさと幼さ。濃いブラウンの瞳は、眩しいほどに輝いている。
「あぁ、俺……もとい、僕は黒谷陽也と言いま――」
「で、早速本題なんですが、」
 月梨は陽也が言い終えるか終えないか微妙なタイミングで話を切り出す。
(……この子……俺の話聞く気無いんじゃ?)
 陽也は一抹の不安を覚える。
「あなたは神様と会話する特殊能力をお持ちですよね?」
 普通に聞けば怪しい勧誘にしか聞こえない月梨の台詞に噴き出しそうになるが、彼女の機嫌を損ねると何されるか分からないので陽也は必死に堪えた。
 あまりに確信に満ちた物言いをするので、陽也は鎌を掛けることにした。
「実は僕、能力者じゃないんです」
「あ、私に鎌掛けても無駄ですよ?」
「いや、鎌掛けてるとかじゃなくて本当に……」
「もう……まどろっこしいですね」
 月梨は肩を(すく)めてから溜め息をついた。
「分かりました。先に私の特殊能力を明かした方がいいかもしれませんね」
 月梨は陽也を勢いよくビシッと指差す。
「私は、相手の心の中での発言を聞き取ることができるんです」
「え!?」
「だからあなたが鎌を掛けようと思案したことも、必死に笑いを堪えていたこともわかってるんですよ」
 しかめっ面を作ったまま月梨は陽也に向けた手を下ろした。
「それほどの能力なら、何か発動条件があるんじゃ?」
 真っ先に発動条件を聞くあたりが彼らしいと言えば彼らしいのか……
 聞かれた月梨は(ほほ)を掻き、陽也に顔を近付ける。
 急に近寄られた陽也はギクリとし、顔が少し紅潮(こうちょう)する。
「発動条件と言えるのか分からないんですけど、相手の顔を見ている間しか聞き取ることができなくて、」
尚且(なおか)つ私自身も顔を見られている間、相手に心の声を聞かれてしまうんです)
 彼女の言葉の後半が、テレパシーのように陽也の頭に流れ込んできた。
「へぇ……あ、だからそのフードを被ってるのか」
「はい、そうです」
 今度はテレパシーではなく、口を開いてにこやかに言った。
「さて、じゃあ今度こそ話してもらいますよ? あなたの不自然な独り言は聞いていたんですから」
 そう言われて、陽也は大通りでの『準』独り言も彼女に聞かれていたことを考えると、恥ずかしくなる。
「あぁ、えっと、神……と言うか、著者って奴と会話する能力はたしかに持ってるよ。基本的に向こうからの一方通行だけどな」
 と愚痴(ぐち)っぽく言う。
「今も聞こえてるんですか?」
「それが、発動条件が冷静であることだから、今みたいな非日常イベントの最中では……」
 話しながら、大通りでの出来事を著者との会話から順々に思い返していた陽也は、すっかり忘れていたことを思い出した。
 陽也に関わる重要なことを。
「そうだ。俺が世界を救うって、一体どういうことだ!?」

 住宅街は宵闇(よいやみ)に包まれ、昇る満月が照り輝いていた。

終演の幕が下りるまで [第2話]

終演の幕が下りるまで [第2話]

一組の少年少女と、なぜか作者が入り混じる、不可思議な冒険譚。

  • 小説
  • 掌編
  • 冒険
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2012-12-23

Copyrighted
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