Thursday morning, 7 A.M

Thursday morning, 7 A.M

Andalucía

It's like a fellow I once knew in El Paso. One day, he just took all his clothes off and jumped in a mess of cactus. I asked him that same question, "Why?"

And?

He said, "It seemed to be a good idea at the time."

The Magnificent Seven(1960)

「何時だったか、服を脱いでサボテンに飛び降りたヤツが居たんで、何でそんな事をしたのか俺も聞いた事がある」

「それで?」

「其の時は其れで良いと思ったそうだ」

荒野の七人(1960)

公園の片隅に設置されている透明な硝子で囲われた広さ六畳半の喫煙コーナーに黒柿色のフレームとレンズの嵌め込まれたレイバンのサングラスを掛け、白銅色のボルサリーノの帽子を被り、漆黒色のコートを羽織った黒曜が靴音を響かせ乍ら入ると、相変わらず人は誰も居なかった。
其れも其の筈、近年は健康志向が持て囃される時代、でもって時刻はまだ午前五時半ちょっと過ぎ。
空はまだ仄暗く、少し肌寒かった。
革手袋を付けたまゝコートのポケットに手を突っ込むと、中から先程駅前の売店で購入して来たばかりの燐寸と紫煙を取り出し、ゆったりとした手付きで紫煙を一本口に咥え、燐寸で火を点けた。
燐と紫煙の香りが喫煙コーナーの中でぐにゃぐにゃと交わり合う中、黒曜の耳には秋の涼しげな風の音色と重なり合う様に何者かの足音が聴こえた様に思えた。
黒曜は足音に耳を傾けつゝ、何時でも発砲出来る様、右肩に掛けた煉瓦色のホルダーの中の拳銃『スミス&ウェッソン・M29 6・5インチ』のグリップにそっと左手を掛けた。
足音を響かせ乍ら咥え紫煙の煙の中に薄ぼんやりと現れたのは、此の場所迄黒曜の事を尾けて来たらしい某諜報機関の子飼いの殺し屋で、ひと言、見つけた、と「挨拶」を述べるなり、両手にしっかりと握っていた澳地利〈オーストリア〉に於いて開発された自動拳銃『グロック・M17 9mm』を構え、態と外す様に弾丸を発射した。
弾丸は黒曜の右頬を掠めると、喫煙コーナー
を囲っている硝子に勢いよく罅〈ひび〉を入れた。

冥土の土産に何か喋って欲しいらしいな、殺さなかった所を見ると。

黒曜が紫煙を揉み消し乍ら言った。

『踊り子』の居場所は何処だ?。

知らねえよ、んなモン。
仮に知ってたとして喋る訳がねぇやな、アンタらみたいな信用ならん連中に。

吠えろ、負け犬。

幾らでも吠えてやるよ、御褒美をくれりゃあな。

そう言い終わるか終わらないかのタイミングで黒曜はすくっと立ち上がるなり、レスリングの選手よろしく殺し屋にタックル攻撃を与え、喫煙コーナーの外迄殺し屋の身体を吹っ飛ばした。
其の瞬間、吹っ飛ばされた衝撃で殺し屋が握っていた拳銃を手放し、自身が危険な状態から脱した事を黒曜は軽く呼吸を整え乍ら素早く確認するや否や、痛みと衝撃で立ち上がる事が出来ず、腹這いの状態になり乍らも転がった拳銃を取ろうと何とかして伸ばした殺し屋の右手の手首を漆黒色の靴を履いた右脚でガシッと踏み付けると、生兵法は大怪我のもと、昔の人はうめぇこと言ったもんだ、と皮肉を言ってから、左脚で殺し屋の右頬を砕かん勢いでグッと踏みつけた。

アンタの様な虫けら一匹、本当なら此処で撃ち殺したって構わねえんだが、一寸の虫にも五分の魂、どうせくたばるんならもっと華々しい場所を選ぶんだな、アンタの言う様な負け犬なんぞにかまけてなんかいねぇでよ。

黒曜は腹這いの状態の殺し屋の襟首をぐいと掴み、屈辱的な行為に息も絶え絶えの殺し屋の顔をグッと睨み付けると、其処へ容赦なく左脚でミドルキックをかまし、殺し屋の意識を吹っ飛ばした。
そして此の乱闘騒ぎですっぽり脱げてしまっったボルサリーノが風で吹っ飛ばされてしまわぬ様回収すると、何事も無かった様に其の場を立ち去り、駅の方向へと歩き始めた。
スマートフォンの電子決済で切符の支払いを済ませたのち、駅のホームに立つと、数分もしないうちに電車がやって来た。
降りる人も疎らなら、乗り込む人も疎らで席を確保する事は容易だった。
アナウンスと共に電車が動き出すと、眼を射る様に冷たさを含んだ朝陽が人の疎らな電車の中に射し込んで来た。
黒曜は口の侘しさを紛らわせようとコートの左の内ポケットの中から葡萄味のガムを取り出すと同時に、ブルートゥース・イヤホンを起動させ、ガムを口に含む傍ら音楽アプリからデヴィッド・サンボーンの『ソウル・セレナーデ』を選曲し、凡そ三十分後に電車が目的の駅へと辿り着く迄、スマートフォンの中にダウンロードしてある村上龍の短篇集『悲しき熱帯』を読み進めた。
目的の駅はひと気の少ない山間部にあり、黒曜が降りる以外に人は誰も降りなかった。
山から吹く風がホームに散っている色とりどりの落ち葉を線路の方へ、ざわざわ、ざわざわ、と言う音を立て乍ら落としていく中、すっかり味の薄れた葡萄味のガムを包み紙の中へ吐き棄てると、側に設置されていた塵箱の中へ其れを放り込み、まだ火の点いていない紫煙を口に咥えた状態で靴音を響かせ乍らまるっきりひと気の感じられない所謂無人の駅舎を抜けたのち、燐寸で紫煙に火を点けると駅から徒歩二十分程の場所にある自身の住む家へと歩き始めた。
其の家は嘗て此の土地に住んでいた大學教授が建設したとされており、故あって売りに出されていた所を数年前に黒曜が同じく故あって購入をした家で、デザインこそ何処にでもありそうな家だが其れなりの敷地を有していた。
竹箒〈たけぼうき〉で落ち葉を掃除をする使用人達に挨拶をする傍ら舗装の為されていない坂道をずんずんと登っていくと、門の前へと辿り着いた。
門の前には何処で如何雇って来たのか体型のがっしりとしたスーツ姿の男二人が屋敷の門番として立っており、彼等に対しても、ご苦労様、とひと言掛けてから門をくぐった。

おかえりなさいませ。

門をくぐったばかりの黒曜へそんな風に聲を掛けて来たのは、使用人達を束ねている執事だった。

彼奴は?。

まだご就寝中です。

なら朝食の時間はもう少し後だな。

心得ております。
お風呂にでもお入りになられますか、「運動」為されて来た御様子ですが。

そうだな、汗を掻く程の事はしていないが身綺麗にしておいた方がいいだろう。

左様で御座いますか、では又後ほど。

朝の仕事をこなさねばならぬ執事と別れたのち、黒曜は建物の中へと入るや否や、前述の通り身体を身綺麗にする為に其の足でバスルームへと向かった。
脱衣場で文字通りの素っ裸になり、バスルームの扉を開けると、疲れた身体を癒やさんとばかりに二十五分の時間をかけて熱いシャワーを浴び、煤けた身体を清めた。
其れから使用人達が用意をした部屋着に着替え身なりをきちんと整えると、二階の寝室へと向かった。
音を立てぬ様寝室の扉を開け、キングサイズのベッドに近寄ると、綺麗だとか美しいだとか言った言葉では表現しきれないと同時に何とも無垢な人物の寝顔が其処にはあった。

相変わらず罪のねぇ顔だこって。

頭の中に於いてそんな事を考え乍ら左手の掌で良く整えられた髪の毛をそっと撫でてやると、罪のない顔をした人物の両眼が薄ぼんやりと開いて、如何にも寝起きの人間の聲らしい物憂げな聲色でブエノス・ディアス〈おはよう〉と黒曜に言った。
黒曜は髪の毛に手をやったまゝ、同じ様にブエノス・ディアス、と朝の挨拶をした。
罪のない顔をした人物はモクレンと言った。
コードネームは「踊り子」。
コードネームがある事からも判る通り、生まれて物心ついた頃から裏の世界の住人として生きて来て、且つつい数ヶ月前迄某国の組織の幹部の一人として「人を顎で使う」生活を送っていた。
が、其の組織の長が天寿を全うした事を切っ掛けに長い間組織が厳重に管理をしていた秘匿情報を巡って乱戦が巻き起こり、あっちの国こっちの国と逃げ回っていた所を、組織の一員では無かったものの、組織の長である人物から秘匿情報にアクセスする権限を与えられていたが為に乱戦に巻き込まれていた黒曜と出逢い、今に至ると言う訳である。

ご精勤だな、朝っぱらから。

モクレンが言った。

仕方ねぇだろ、其れが商売なんだからよ。

黒曜は寄りかかって来たモクレンの身体を受け止めつゝ鈍色〈にびいろ〉の壁に掛けられた黒柿色の壁掛け時計の文字盤へと眼をやり乍ら、モクレンの寝起きの頭を刺激しない様態と囁く様な聲でそう言った。

ほっぽり出せないのか、其の仕事。

莫迦言え、ほっぽり出してみろ、おめぇの命が危ねぇじゃねぇか。

スリルを味わいたいんだがな、一度っきりの人生。

おっかねぇ連中に追い回されて死にそうになっていた癖にスリルもへったくれもあるかってんだ。

朝っぱらから説教は止せ、身体に毒だ。

其れに腹が減るってか。

分かっているのなら宜しい。

寝間着姿のモクレンはニタリと微笑い、ペットの頭でも撫でてやろうと言わんばかりにお湯でしっかりと綺麗にしてドライヤーで乾かしたばかりの黒曜の頭をポンポンと撫でた。
そして猫が主人の纏っている香りを嗅ぐ様に鼻をスンスンさせると、此の香り、懐かしい香りだな、と呟いた。

ありゃ確か一週間ばかり前の話だったな。
故あってお前が生まれ育った国で商売やっているって言う貿易商人と某所で会った際、お一つ御土産にどうぞ、お気に召しますかどうか分かりませんがってロハで貰ったのが此の香水って訳よ。

黒曜は記憶の糸を手繰る様に眼鏡のレンズ越しに軽く眼を細めると、モクレンの背中を優しく撫で乍ら纏っている香りの曰くを淡々とした口調で語った。
其れに対してモクレンも、黒曜同様に淡々とした口調で、乳母と家庭教師を兼ねていた女性が何時も此の香水を纏っていたっけな、其の女性も今じゃ何処で如何生活している事やら、と今以上に自由で難しい事は何も考えないでも良かった頃の郷愁〈ノスタルジー〉を噛み締めた。
そして黒曜に対して、お喋りをしたから、喉が渇いた、と告げた。
黒曜は抱き寄せていたモクレンの身体をソフトな手つきで離し、華奢だが『踊り子』と言うコードネームの通り、舞踏で身体を鍛えて来た人間だけに思った以上に頑丈な再びベッドに横たわらせると、水で良いか、と質問をし、モクレンが気怠げな聲で、うん、と答えたので、獅子が餌を取りに行く様に腰掛けていたベッドからのっそのっそと立ち上がるなり、寝室の中に設置されたトランクケース程の大きさの冷蔵庫の中から銀色の蓋が付いた水差しを、欧羅巴は和蘭から取り寄せた胡桃色が特徴的なアンティーク調の戸棚の中から同じく和蘭製の装飾ドラムグラスを取り出して、先々週新しく替えたばかりの真っ白な窓帷〈カーテン〉の隙間からキラキラと差し込む陽射しの光を浴びているモノトーン調のテーブル掛が掛けられた硝子卓〈ガラステーブル〉へとそっと置き、氷を二つ、三つ放り込んだのち、装飾ドラムグラスへ水を注いだ。
聴こえてくる音と言えば二人の呼吸音を除けば窓に当たる風の音位なモノで、装飾ドラムグラスに水が注がれるドボドボと言う音は二人の耳にはっきりと聴こえた。
其れ程部屋の中はおろか、屋敷一帯が何とも言えぬ静寂に包まれていた。

ほい。

グラシアス〈ありがとう〉

何処か退屈そうな猫の様に寝転がっていたモクレンは、起き上がって右手で装飾ドラムグラスを受け取ると、ごくごく、と音を立て乍ら眠りを貪っている間にすっかり渇いた喉をしっかりと冷えた水で潤した。

寝ないでいいのか?。

ドレッサーの前で口紅〈リップ〉を塗るが如く、空いた左手の人差し指で柔らかな唇をそっと撫でて水滴を拭ったモクレンが黒曜にそう質問を投げると、紺鼠のブリーチ・チェアに腰掛け、咥え紫煙に燐寸で火を点け、美濃焼の半マス灰皿に燐寸の燃え殻をポンっと放り込み、空調の風に煽られ天井に登って消えていく薄ぼんやりとした記憶の様な紫色の煙をじっと見つめ乍ら、ポツンとひと言、寝てもいいのか、と質問を質問で返した。

神経が過敏になり過ぎると後が祟る。
だから今は眠った方が良い。

モクレンは先程の気怠げな聲色とは打って変わって、真剣な口調で黒曜に忠告をした。

分かった。

苦味の感じる紫煙の味をしっかりと味わい乍らそう返事をした黒曜は、左手の親指と人差し指で摘んだ紫煙を灰皿の上でグリグリと揉み消すと、ヨタヨタとした歩き方でベッドへとやって来るなり、モクレンの耳元で、接吻〈キス〉しようぜ、と言った。

此の色暈〈ぼ〉けが。

モクレンは黒曜にそんな言葉の刃〈ナイフ〉を容赦なく投げ付けると、口付けの甘さに溺れて死んでしまえと言わんばかりに深く黒曜の唇に口付け、お遊びは此処迄だ、と黒曜をベッドに寝かせようとすると、一連のやり取りで緊張の糸がすっかり解れた黒曜が背後から抱き着いて来たので、色暈けの次は寝惚けかね、とボヤき乍ら、退かす事はせず、そっとしておく事にした。〈終〉

Thursday morning, 7 A.M

Thursday morning, 7 A.M

時々、バイオレンス。 時々、ラブ。 そんな背中を預け預けられな世界線の黒モク。 題名はサイモンとガーファンクルの楽曲『水曜の朝、午前三時』へのオマージュ。 ※ 本作品は『ブラックスター -Theater Starless-』の二次創作物になります。

  • 小説
  • 短編
  • 恋愛
  • アクション
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2022-09-25

Derivative work
二次創作物であり、原作に関わる一切の権利は原作権利者が所有します。

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