ミスティ

 霧深い街の、夜明けに、紙のような薄っぺらい朝の光が、弱々しく射し込んでくる。
 おはよう、というあいさつをおぼえた、エヌ。
 おはよう、という言葉の意味を知りたがったのは、さいしょだけだった。精緻につくられた皮膚の、ぺろんとめくれた裏に覗ける、機械のからだは、エヌの本体であり、エヌのすべてである。月、という天体が他星の陰に隠れての満ち欠けではなく、ほんとうにすこしずつ、欠けていっている事実に気づいた、テレビのなかのえらいひとが、果たして、どれくらいのえらいひとなのかわからないまま、ぼくらは、いつのまにか、未来、などという不確定で、曖昧で、平等に存在しているかも疑わしい時空のことを、しんじなくなっていた。付随する希望というものを、透明なナイフで、無意識に傷つけて、中身を溢して、からっぽにしていた。外皮だけが打ち捨てられた。
 内臓を、やさしくかきまぜられる感覚は、ときどき、目を覚ましたあとの刹那に、おとずれる。
 エヌの、一生、熱をもたない冷たい体温が、恋しくなる。
 見栄っ張りが盛大に見栄を張ったために漫然と積み上げられただけの高層ビルが、白い澱みのなかに浮かんで、揺れる。
(秋だ)

ミスティ

ミスティ

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2022-09-23

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