受難の人魚

水面に漂ふ泡の真白な髪の網目の/中に、人魚の美少女の、稚い腹を/貪欲にも、溺れさせようとするのか
           ──ステファヌ・マラルメ「無題」

 1
受難に跳んだ 人魚の美女が、
きんと 硝子めいて硬い水面で、
白い腹 弓なりにしなりうねらせて、
真白の月影さながら 浮び沈みし揺らめいている、
 
  ──賤しきわたし、それ悲しむのを肉から歓ぶ。

受難に溺れる 人魚の美女が、
燦爛と 死を照らし誘う水面で、
濡れそぼる藍の髪 ぬらぬらと燦り垂らし、
陰の暗みへ昇り沈みし 鱗に緊縛された()波うたせる。

  ──賤しきわたし、その不幸をわが悦楽とする。

受難に沈む 人魚の美女が、
ぞっと 青灰の虚空と剥かれた水面で、
苦痛に歪み ecstasyとも酷似した貌、
水底の深みの湿りへ堕ちて 苦痛と苦痛に結ばれる、

  ──賤しきわたし、共苦の震えに音楽を聴く。

 2
私は「(わたし)」が後ろめたい、
「わたし」へ後ずさるがために、
わたしは「我」を解体する、
果して 「我」でない「わたし」はいずこにありや?

──骨を水晶へ、
──皮を銀へ、
──眸を硝子へ、
──巡る血は天蓋へ昇らんとする青き焔へ。…

  ──「おねがい、おねがいだから
     私を人形にしてほしい、
     "我"を使用し嬲って抜殻(から)にし放逐してほしい」
    「それは不可能でございます」

 *

受難に浸る 人魚の美女が、
真実のいたみで 美をみすえ、
唯一の韻踏み、死際の舞踏と善くうごく、
倫理の鱗に縛られた 断末魔の身振は舞踏である。

  ──賤しきわたし 助けもしない、
    何故って不幸撰ぶは romanticだ、
    片恋のひと模す 少年に似て、
    淋しいお歌を歌いながら 嘗て、わたし水面へ跳躍した。

受難の人魚

受難の人魚

  • 自由詩
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 青春
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2022-09-22

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