エロティックな関係

エロティックな関係

本作品を以下の俳優及び監督に捧げる。
・Jean-Louis Trintignant(11 December 1930 – 17 June 2022)
・Jean-Paul Charles Belmondo(9 April 1933 – 6 September 2021)
・Jean-Luc Godard(3 December 1930 – 13 September 2022)
・François Roland Truffaut( 6 February 1932 – 21 October 1984)

黒曜と名乗る青年がモクレンと名乗る人物に出逢ったのは、街の小さなピアノバー『アラビアン・ナイト』の片隅に於いて黒曜がヴァン・モリソンの『キャラバン』を弾き語ろうと楽譜集と称した紺色のファイルをペラペラと捲っていた時の事だった。
何処からともなくドアチャイムを奏で乍ら現れたモクレンは、何を呑むか、と言う女性バーテンダーとの会話もそこそこに黒曜の側迄やって来ると、見かけない顔だな、どっから来た、と黒曜に質問をした。
額にポツポツと浮かび上がった汗を白色のハンカチでゆっくりと黒縁の眼鏡を掛けた状態で拭った黒曜は、自身の眼線を眼の前の楽譜へ向けたまゝの状態でポッとひと言、そうさな、西の海から、と答え、ゴツゴツとした手からは意外な程丁寧な手付きで小さく畳んだハンカチをジーンズの左ポケットの中へと収め乍ら、そう言うアンタは、とモクレンに質問をすると、モクレンは実に淡々と且つサッパリとした口調で、此のバーの向かいにある五階建てのアパートの一番上の部屋から、と答え、別の女性のバーテンダーが銀色に輝くお盆に運んで来たモヒートが注がれたばかりのグラスを右手にギュッと握った。

ご大層な身分らしいな。

黒曜が言った。

分かるか。

グラス越しに黒曜を観乍らモクレンは静かに言った。

此れでも客商売やってんだ、人を見る眼位はあるさ、其れなりにな。

そう言ったのち、ふぅ、とひと呼吸入れたかと思うと、黒曜は鍵盤にゆったりと両手を置き、『キャラバン』のイントロを軽やかに弾いてから朗々と歌い始めた。
黒曜は教会から百メートルと離れていない場所に建てられた猫の額程の広さの小さな庭のある家で生まれ育った事もあってか、やれゴスペルだやれソウル・ミュージックだと言ったジャンルに対して小さい頃から親しみがあり、愛着を持っていて、且つ其れ等のジャンルの楽曲をこうして弾き語る事を誇りに思っている節があった。
そんな事を知ってか知らずか、カウンター席に腰掛け、黒曜の歌聲と演奏に耳を傾けていたモクレンは、黒曜が弾き語りを終えるや否や、モヒートを一気に飲み干し、やるじゃないか、と言う様な拍手を黒曜に送った。

お客様、歌は好きかい。

黒曜が言った。

嫌いじゃないが、人前で口遊むのはな。

黒曜が其の言葉を聞き乍ら周囲を軽く見渡すと、モクレンの他にきちんとした身のこなしの紳士淑女が五、六人程椅子に腰掛け、各々グラス片手に談笑していた。

彼等の為に歌うって言うのは如何だ、人助けと思って。

なんて理屈だ。

総ては仕事の後の美味い酒の為ってコトよ。

黒革の椅子から立ち上がった黒曜はモクレンの手を握ると、隅から持って来たデュエット用の黄褐色の丸椅子にモクレンを座らせ、どんな曲が良い、とモクレンに質問を投げた。
其の質問に対しモクレンは、折角バーに居るんだ、クラプトンの曲を歌おう、と答え、スラリと伸びた脚をブラブラとさせてみせた。

そんじゃ此の曲は如何かね。

そう言って黒曜が弾き始めたのは、『チェンジ・ザ・ワールド』だった。
会話に夢中だった筈の紳士淑女達の視線が黒曜とモクレンに注がれる中、モクレンは黒曜とアイコンタクトを交わすと、嘗てダンス留学と称し、亜米利加へと赴いた日々の事を思い出し乍ら歌詞を紡ぎ始め、軈てデュエットらしく、まるで戀人同士の様に互いの聲を重ね合わせた。
其の間僅か五分か六分程の出来事だったのだが、高揚感のせいもあったのだろう、モクレンには十分も二十分も時間が経っている様に思えた。
そしてこゝろの奥底で何かが勢いよく弾け飛んだ様にも感じた。

ブラボー。

うっとりとした表情を浮かべていた紳士淑女達からの拍手が鳴り響く中、黒曜は、先程自身の汗を拭いた白色のハンカチとは又別な亜麻色のハンカチでモクレンの額に浮かんだ汗をゆっくり拭うと、そんな風に労いの言葉を掛けた。

こんなに緊張したのは本当に久し振りだ。

呼吸を軽く整え乍ら、モクレンが呟いた。

此の後時間は?。

今夜の仕事はもう此れでお終いか?。

煉瓦色したアンティーク調の壁掛け時計の時計の針は、もうそろそろ午前零時を指そうとしていた。

好きな時間に現れて好きな時間に帰る、其れが俺の流儀でね。

そう言い乍ら黒曜はステージの脇にポツンと置かれた栗色の帽子掛けに掛けられていた玄色〈げんいろ〉のソフト帽を手に取り、先程楽譜集を入れたばかりの濡羽色のトートバッグの中から取り出した朱色の手鏡の鏡面を覗き込み乍ら、ソフト帽をしっかりと被り、今一度手鏡をトートバッグの中へと収めた。

藝術家の言う事は良く分からん。

モクレンが呆れ顔でそう述べると、お客様だって似たり寄ったりだと思うがね、と黒曜は返し、奢りと称してモクレンが呑んだモヒートの支払いを済ませてから、モクレンの手を握った状態でバーの外へと出た。
空調が効いていた場所から出てきた事もあってか、蒸し暑さを含んだ夜の風は互いの身体に身に染みた。

どっか行くアテはあるのか?。

ひと気の感じられない石畳で出来た道を靴音を響かせつゝ歩き乍ら、モクレンが言った。

仮に無かったとしたら、連れて行ってくれんのかね、どっかへ。

ウチにでも来るか?。
と言って何の歓待も出来ないが。

今日初めて逢ったばかりで失礼な口を利いて申し訳ないんだが、生まれて此の方、皿一つ洗った事が無さそうだな、見たところ。

何なら靴紐一つ結んだ事もないが。

おやまぁ。
で、家は何処だって言ったかしらん。

アレだ。

モクレンが右手の人差し指で指を差した場所に黒曜が視線をひょいと向けると、其処には先程モクレンが語っていた通りの五階建てのアパートから放たれる常夜灯の光が煌々と輝いていた。

此れが俺の新居か、悪かねぇな。

黒曜はそう言って横断歩道を渡り始めた。

早起きと料理は得意な方か?。

モクレンが言った。

一応。

じゃあ明日朝食を作れ。
其れがお前の主夫としての初仕事だ。

あいよ、ご主人様。

見るからに真新しい雰囲気のエレベーターに乗り込み五階へと辿り着くや否や、長い様で短い造りの廊下を右の方へとツカツカと進むと、此処だ、と言って一番隅の部屋の前でモクレンは其の脚を止めた。
そして黒のボトムスの右ポケットの中からごそごそと鍵を取り出し、扉を開け乍ら、ようこそ、と気怠い聲で案内の言葉を黒曜に述べた。

此の部屋でのルールは?。

伊太利亜製の革靴を脱ぐと同時に被っていた帽子を脱ぎ乍ら、黒曜が呟いた。

私の言う事は絶対、ただそれだけ。

随分とシンプルだな。

ごちゃごちゃした所で滅入るだけだ。

うむ、一理ある。

其れに見たところお前は総身に知恵が回っている様だから、細かな指示だの説明だのは必要あるまい。

大男総身に知恵が回りかね、と言う評価は避けられた様で何より。

琥珀色の明かりを頼りにマリー・ローランサン、マルク・シャガール、ギュスターヴ・クールベのレプリカが飾られた廊下を歩いたのちに辿り着いたリビングには、白練色の絨毯の上に色とりどりの植物があしらわれたテーブルクロスの敷かれた硝子卓〈ガラステーブル〉と漆黒色の椅子が置かれており、壁際に設置された嵯峨鼠〈さがねず〉色が特徴的なアンティーク調の戸棚の中には、きっと物持ちの両親が親心を利かせて買い与えたのであろう大小の皿、グラス、ティーカップと言った類いの食器類が綺麗に並べられていた。
そして反対側の壁にはコレクターから譲り受けたのか、はたまたお洒落なデザインに惹かれただけなのか、ジャン=リュック・ゴダール監督作品『勝手に逃げろ/人生』、ルネ・クレマン監督作品『パリは霧にぬれて』、クロード・ルルーシュ及びフランソワ・レシャンバック監督作品『白い恋人たち』、アラン・レネ監督作品『薔薇のスタビスキー』、アンジェイ・ズラウスキー監督作品『私生活のない女』、ジョゼ・ジョヴァンニ監督作品『生き残った者の掟』と言った仏蘭西映画のポスターが其々黄褐色の額に入れられて飾ってあった。

酒は?。

トートバッグをテーブルの下に置いた黒曜が言った。

ウヰスキーがある。
ハイボールが好きなんだ。

分かった。

物憂げな手つきで黒曜が冷蔵庫の扉を開けて中を覗くと、大方家政婦が買い出しから整理整頓迄こなしている様子の冷蔵庫の中に、未開封のウヰスキーの瓶が一本入っているのを見つけた。
扉を開けた際使った右手を其のまゝ冷蔵庫の中へと突っ込み、ひんやりとした空気が身体と右手に纏わりつくのを感じ乍ら瓶をゆっくりと握り、パタンと冷蔵庫の扉を閉めるや否や、此れに注いでくれ、とモクレンが戸棚から出したハイボールグラスで先ずはモクレンが呑む為のハイボールを慣れた手付きで作り始めた。

此の部屋で誰かとアルコールを嗜んだ事は?。

黒曜が言った。

ない。

椅子にゆったりと腰掛けたモクレンがそう答えると、黒曜は安心したと言わんばかりの表情を浮かべ乍ら、結構、と言った。

お前はしょっちゅうありそうだな、こう言うシチュエーションと言うか、場面と言うか。

モクレンは椅子に腰掛けたまゝの状態で夕闇に染まる浜辺の様に中の液体がキラキラと光り輝くハイボールグラスを黒曜の右手から受け取り乍ら、揶揄う様な口調で言った。

無いと言えば嘘にゃなるが、大概はレストランで食事をしてはいさようならってのが関の山。

どうせひと夜のお楽しみなんだ、甘い言葉を囁けば良かっただろうに、嘘でも良いから。

官能小説を執筆なさっている先生のアドバイスみてぇな事を言うじゃねぇか。

自身が呑む為のハイボールを作り終え、のっそりと椅子に腰掛け乍ら黒曜が皮肉っぽい口調で呟いた。

其の物ズバリ官能小説の作家だが。

そりゃ失礼。

兎にも角にも乾杯だ。

そうだな、折角の氷が溶けちまう。

何に乾杯する?。

二人の新生活に。

そうだな、二人の新生活に。

グラスを軽くぶつけると、お互い喉が渇いていた事もあってか、ハイボールを勢いよく身体の中へと流し込んだ。

さっき官能小説の話になったが、如何言う経緯で其の道へ?。

ハイボールが半分程減ったグラス片手に黒曜が言った。

そもそものキッカケは十歳の夏、夏休みの絵日記の頁を埋めるべく、買い与えられたばかりの自転車に乗って、近所の美術館へと足を運んだ際に、水浴をする裸婦の絵を見た事から始まった。
今になって思えば其れが性への目覚めだったのだろう。
そんなマセた経験のお陰か、ハイスクールを卒業する頃には大概の淫らな言葉の意味を知っていたし、激しいダンスを夢中になって踊った後の火照ったカラダを冷ます為の自慰の方法にしたって、ちゃんと知っていた。
まぁ、早い話が趣味趣向が高じて仕事になったって事だ。
お前だって似たようなモノだろ?。

俺の場合は能が無かっただけの話だ。
ピアノを弾く位しかな。

椅子から立ち上がった黒曜は、カランコロンと言う下駄の音色にも似た音を響かせ乍ら空になったばかりのモクレンと自身のグラスに氷を入れつゝ、言い慣れた台詞だと言わんばかりにケロッとした表情で言った。

生まれはどんな土地だ?。

年がら年中かんかん照りの土地さ。
前が海、後ろが山、港は昔乍らの漁師と港湾労働者でごった返していて、荒くれ者の巣窟だった。
山に行きゃ、猫の額程の土地を先祖代々守って来た連中達の強い繋がりがあり、町は町で流れ者も含めた商人達が居て、物心ついた頃にはもう息苦しくって仕方ねぇって言う印象を何時も抱いていたモンよ。
そんな中、唯一息苦しさを感じなかったのは自分ンとこの部屋を除きゃ、教会、ピアノ教室、図書館、映画館、此の四つだ。

両親は何をしてお前を喰わせていたんだ?。

グラスを受け取り乍らモクレンが言った。

郵便配達。
死んだ爺様曰く、町に郵便局ってモノが出来て以来、代々郵便配達の仕事をして来たんだと。

大方人に頭を下げて如何の斯うのって言うのが割に合わないと感じたんだろ、お前が其の仕事に就かなかった理由は。

そう言う事にしておいてくれ。

はみ出し者だな、お互いに。

気が合うと良いんだが、其れを理由に。

なんとかなるさ。

なんとかなる、か。
いい台詞だな。
いや、此の場合表現と称した方が正しいか。

黒曜はニヤリと微笑うと、端正なモクレンの横顔を肴にと言わんばかりにグラスに口を付け、喉を潤した。

そう言えば、冷蔵庫の中に林檎があったな。
こう酒ばかり呑んで居ても芸があるめぇ、皮剥くから食べようぜ。

あゝ、分かった。
果物包丁〈ナイフ〉は台所〈キッチン〉の下の戸棚の中にある。

冷蔵庫の中から女性の唇の様に真っ赤な林檎を二個取り出したのち、モクレンの言葉に従って煉瓦色の扉を開けると、其処には確かに果物包丁があった。

包丁捌きは誰から?。

モクレンが言った。

おばば様から。

誰だそりゃ。

他所から来る人間相手に、タロット占いで飯を喰っていた婆さんの事さ。
婆さんって言っても、四十の歳を三つばかり越した人だったがな。
習いてぇ、と頼んだら、教えてくれたよ、怪訝な顔してな。

見返りは?。

見返り?。
あゝ、授業料の事か。
授業料は紫煙一箱と近所の酒屋に売っていた葡萄酒〈ワイン〉。
本来なら未成年に紫煙だの酒だのを売るなんざ御法度も良い所なんだが、おばば様の使いでやって来たって店主に言ったら、売ってくれたぜ。
その代わり、そりゃご大層な御身分で、って皮肉を言われたがな、釣り銭貰う時に。

あっはっは。
苦労しているんだな、見かけによらず。

苦労か如何かは別にして、何とも言えん想い出よ。
今でも不意に思い出す位には。

そう言い乍ら黒曜は、皮を剥き終え、且つ刻み終えたばかりの林檎を青藍色の小皿に果物を食べる際に使用する小さな寸法〈サイズ〉の肉叉〈フォーク〉と共に添えると、先に食べていてもいいぞ、とモクレンに聲を掛けたが、モクレンは、記念の食事だ、どうせなら一緒に喰った方がいい、と言って、もう一つの林檎、即ち黒曜が食す分の林檎の皮剥きが終わる迄自身の分の林檎には口を付けない素振りを見せた。

殊勝だな。

皮をスルスルと剥き乍ら、黒曜が言った。

歩み寄るのは基本のキ、ただそれだけの話。

ごもっとも、ごもっとも。

さっき紫煙の話が出たが、吸うのか?。

あゝ、まぁ。

生憎と灰皿が無いんだ、明日にでも買い揃えると良い。

一緒に来てくれよ、どうせなら。

デートの申し込みか、そりゃ。

ストレート過ぎたか?。

ちとな。

器用じゃないんだ、人間が。

気にするな、其の辺りに関してはおあいこだからな。

人の事が言えた義理じゃねぇ、って事かい?。

あゝ。

黒曜はモクレンの何とも言えぬトーンの答えを受け取ったのち、モクレンの小皿同様、肉叉と林檎が添えられた小皿を両手に持って椅子に腰掛けた。
そしてひと言、お待たせ致しました、と言葉を添えると、では、先ずひと口、と言うや否や、勇敢な羅馬〈ローマ〉の戦士が敵を倒すがごとく、リンゴにグサリと肉叉を刺し、モクレンの前へと差し出した。
モクレンは黙って阿弗利加の河馬の様に大きな口を開けると、其れをむしゃむしゃと頬張った。
そしてハイボールと一緒に呑み込むと、空っぽになったグラス片手に、人間の作りが案外初心〈うぶ〉なんだな、こんな事をしたがる所を見ると、と言い乍らフッと微笑を浮かべた。

滅多にない機会だ、慾望に忠実になるのは当たり前の事だろうて。

甘酸っぱい林檎の味が口の中に広がるのを感じ乍らこんな風な会話をつらつらと交わしたのち、恩義に報いると言わんばかりに黒曜は淡々と片付けを行った。
作業を終える頃には時刻はもう夜の零時を過ぎていた。

如何する、此れから?。

黒曜はそうモクレンに問うたのち、水滴を拭き終えたばかりの両手を使い、使用済みのペーパータオルをくしゃくしゃに丸めると、塵箱の中へと其れを放り込んだ。

愚問だな。

窓の外の夜景を見乍らモクレンが言った。

時刻は真夜中、一つの部屋に良い年齢の人間が二人。
まさかこんな時間から哲学的な会話を交わす訳もないだろ。

シャワーを浴びさせてくれねぇか、何となく埃っぽいんだ、身体全体が。

分かった、さっさと済ませろよ。

あいよ。

其れから二十分間、黒曜は大きな鏡の嵌め込まれた浴室で隅から隅迄身体を身綺麗にすると、最低限のエチケットだと言わんばかりに上半身裸に下半身にみ空色のタオルを巻き付けた状態と言う格好で、モクレンの身体のサイズに合わせたキングサイズのベッドが置かれたラタンのテーブル洋燈〈ランプ〉の琥珀色の灯りが薄らと漏れる寝室の扉をコンコンとノックした。
扉を開けると、何処で如何手に入れたのやら
焚き始めたばかりらしいお香の香りが鼻腔を擽ると同時に、産まれた時の姿、即ち何も纏っていない真っ裸な状態でベッドの上で片膝を立てたモクレンの姿が黒曜の眼に映った。

凝った舞台装置だな。

腰に巻いているタオルの結び目をゆるゆると解き乍ら、黒曜が呟いた。
先程念入りに洗ったばかりの男性器は既に硬くなっており、刺激的且つ良い意味でグロテスクな雰囲気を醸し出していた。

お嫌いか?。

モクレンは挑発的な口調で且つ微笑を浮かべ乍ら言った。

まさか。
大仰な位が丁度良い。

豹〈ひょう〉が草原を這う様にベッドにするりと近づいた黒曜は、華奢ではあるものの生命力を感じさせるモクレンの肉体を抱き寄せると、薄闇の中に光り輝く宝石を彷彿とさせるモクレンの瞳を見つめ乍ら情熱的な口づけをした。
其の口づけは段々と深くなり、蔦と蔦とが絡み合うが如く赤々とした色彩の互いの舌が絡み合う際に聴こえるぐちゃぐちゃ、ねちゃねちゃと言う淫靡な音色が寝室の中に響くと同時に愛し合う者達の鼓膜を震わせた。

ここ、触れるぞ・・・っ。

其の言葉の通り、黒曜は両指を使ってモクレンの乳房へと触れると、先程の刺激ですっかり膨らんだ様子のモクレンの乳首に対して時につねったり、時に転がしたり、時に擦ったりと言った風な行為に及んだ。
自分で触れる事はあっても、他人には一度たりとも触れさせた事の無い場所への刺激と快楽に対してモクレンは、思わず身体を震わせ且つ聲を漏らした。
軈て黒曜は火照りを帯び始めたモクレンの身体をそっとベッドへ寝かせ、喉が渇いたと言わんばかりに態と大きな音を響かせ乍らモクレンの乳首を吸い、指使いを一層激しくさせた。
そうこうしているうちに、偶にはお前も気持ち良くなりたいだろう、とモクレンが言ったかと思うと、黒曜の身体を寝転がせた後、一連の行為ですっかり棒の様に硬くなった黒曜のソレを手で扱き始め、頃合いを見計らった様に匂いを嗅いだ後、ぱくりと口に咥えた。
黒曜とて其れなりの年齢の男性、口淫〈フェラチオ〉をされる事自体は旅先で知り合った所謂「サセコ」の村娘相手に十九で童貞を棄てて以来、幾度となく経験して来たが、お澄まし顔の人間が淫らな姿を晒していると思うと今度ばかりは今迄の様にはいかず、唇から聲が幾度となく漏れ、勢いよくモクレンの手の中で溜まっていた精液〈ザーメン〉を吐き出した時にはもうすっかり身体も聲も震え切っていた。

人の子だな、お互いに。

モクレンはそう言って笑みを浮かべると、数枚のティッシュペーパーで右手にべっとりと纏わりついた精液を拭き取り、塵箱の中へと其れを放り込んだ。
そして黒曜のこゝろの奥底を刺激しようと言わんばかりに、態とらしく口に避妊具〈コンドーム〉を咥える姿を晒してから、優しくしてくれよ、分かっているだろうが、と言って黒曜の男性器に避妊具を被せ、濡れに濡れた股間をガバリと自分から開いてのけた。
黒曜は生唾をごくりと呑み込んだのち、黙りこくったまゝゆっくりと男性器をモクレンの女性器に挿入した。
其れから凡そ一時間と三十分。
前から背後〈うしろ〉から理性をかなぐり棄てた黒曜とモクレンがお互いの身体を貪り尽くしたが為に、寝室の中には淫らにも程があるであろうと良い意味で呆れかえりたくなる香りが漂いきっていた。
塵箱の中に使用済みのティッシュペーパーと避妊具が散乱する中、自身とまぐわいにまぐわった挙げ句の果てに汗みどろになったモクレンの肢体を同じく汗みどろの黒曜は、悪い事をしたな、莫迦みたいに盛って、と懺悔めいた言葉をまだほんのりと紅いモクレンの耳元で囁き乍ら深藍色のタオルでゆっくりと拭いた。
そんな黒曜の態度に対してモクレンは眼を瞑った状態で、気にするな、其々したい事をしただけに過ぎん、と返事をし、がっちりとした黒曜の肉体に寄りかかった状態で、シャワーに連れてけ、そして身体を洗え、と黒曜に命令をした。

あいよ。

黒曜は二つ返事で命令を承諾すると、お姫様抱っこをしてモクレンを浴室へと連れて行った。
興奮していたと同時に薄明かりの下ではハッキリと見えなかったモクレンの姿にほんの一瞬だけうっとりとしつゝも、此れは飽く迄も仕事、と理性を働かせると、快楽の海を遊泳し、すっかり疲れ切ったモクレンの身体を頭髪は勿論の事、文字通り隅から隅迄洗ったのち、其の間にお湯を溜溜めていた浴槽の中へモクレンを入れてから自分の身体を洗い始めた。

此れから如何する?。

黒曜が気を利かせて冷蔵庫から持って来たミネラルウォーターの入ったペットボトル片手に、湯船に浸かり其の長く美しい脚を思いっきり伸ばしたモクレンが言った。

そうさな、先ずはキーボードを買う事にするぜ、腕が鈍るのは癪なんでね。

ピアノを買ってやっても良いぞ、弾く為の部屋付きで。

もうちょっと時間が経ったら要求する事にすらぁ、そう言う御願い事は。

其の言葉、契約成立って言う事で良いか?。

其方さん風に言えばそうなるな。

黒曜はそう返事をすると、シャワーヘッドから出て来る熱いお湯で身体中に纏わりついたボディーソープの泡を勢いよく落とし、深呼吸と同時に大きく背伸びをした。
そしてミネラルウォーターで喉を潤したばかりのモクレンの顔をじっと見つめ乍ら、さあて、努力しねぇとな、良い亭主になれる様によ、と言って、じゃぽんと湯船の中へと入った。

百数えたら出るぞ。

モクレンが言った。

子供かよ。

言ったろ、此の家で一番偉いのは私だと。

はいはい、そうでしたね。

堪んないぜ、と言わんばかりに黒曜は苦笑いを浮かべると、モクレンの左手をぎゅっと握った。
其れに対してモクレンは黒曜の手を握り返し乍ら、嫌いじゃないぞ、お前の手、と黒曜の手を評したのち、本当に一、二、と数を数え始めた。
黒曜はモクレンの柔らかな聲色に耳を傾け乍ら、明日作らねばならぬ朝食のメニューを考える事にした。〈終〉

エロティックな関係

エロティックな関係

映画、文學、ロック、そしてSEX。 詰め込めるモノは全部詰め込んだオトナの為のお伽噺。 題名は同名のビートたけし、内田裕也、宮沢りえ主演、若松孝二監督作品より引用。 ※本作品は『ブラックスター -Theater Starless-』の二次創作物になります。 ※女体化、肌色、性的要素あり。

  • 小説
  • 短編
  • 恋愛
  • 成人向け
  • 強い性的表現
更新日
登録日
2022-09-20

Derivative work
二次創作物であり、原作に関わる一切の権利は原作権利者が所有します。

Derivative work