報いの一日

産声

薄れてしまうだろう
雲間の光と獏の餌
起こした身体は世界を記録して
欠伸一つが部屋を包んだ

かきこんだ食事
温かいスープとレンジのにおい
窓辺の観葉植物が微笑んで
朝露の滴る蛇口をひねる

「いってきます」


郵便屋さん
朝ぼらけに
揺れる町影
冷たい背景


終わらない夢を見てるみたいだ



いっぱいのはずの充電は切れそうで
何かがぷつんと弾けるような
大きな水の流れが鼓膜を震わせ
誰もいない町に足音が響く。






誰もいない町に足音が響く。






誰もいない町に。

開かれた待合室

人間一人、寂れたホーム
朝焼けの空に大きな欠伸を見せつけて
足裏に響く振動と甲高い声
熱量のない錆びれた看板

黄色い線は転々と点々を繰り返し
此岸と彼岸を分け合う国境
あれを越えたら現実を忘れられるかな

流れていく雲と飛び去るカラス
煙を吐きながらやってくる汽車に乗り
この旅は今日も始まる

船を漕ぐ

悪い夢を見ていたみたいだ
寄りかかった車窓
田園都市の営みは目蓋の先に
幸せな現実が今ここに
穏やかに
和やかに

覚えているかな
世界がまだ煩かった頃の自分
賢しい人間も無意識に受け入れ
あたかも現実のような、夢

醒めたら忘れてしまうね
一瞬にも満たないあの時代を
幸せだったあの映像を






現実に戻ると肩に知らない人
人熱と過剰な空調で心地悪いよ
トンネルを抜けたら汽笛が聞こえて
老若男女が降り立つホーム
出口は人でごった返し
僕はと言えば踵を返して向かう六番
再び閉鎖された空間に身を投じる

寝起きの鳩がハンミョウのように跳んだ

人々

眠りから覚めたら
そこは到達点 の少し前
足元も見えないほどに蹂躙された視界
溶けていく境界線
その階段を降りられたら
改札を通ってそろそろ向かうね

煩い人も笑い合う人も真顔の人も
眠い人も疲れてる人も呆けた人も

サラダボウルみたいに混ぜっ返し

もういいかい?
まっすぐ歩きたいんだ


大量生産されたペダルに足掛けて
混沌の道に身を委ねた
周囲は迷い猫の全力疾走さながらに
大通りクラクション真っ只中
交差点 踊る赤信号
住宅街に爽やかなおはようが瞬き
街の産声と蒸かしたエンジン
今日も一番乗りだよ
大講義室の椅子がしなる
解けた靴紐を結んだら
君の一日が始まった

漂流者

信じもしない神様に祈って
ありもしない才能に期待して
一夜の剣を携えて挑んだ

爽やかに吹き抜ける風
過去に戻る教科書のページ
馬鹿の一つ覚えみたいに間違いを繰り返し
来年の抱負なんて明日には忘れた

それでも毎日は過ぎていく

六月の空を仰いで
湿った紙にペンを走らせた
叶わなかった憧憬を描く
見果てた夢 情熱デクレシェンド
僕は変わってしまった

たまに遊んで たまに学んで
さまざまな人生を歩んだりして
もうすぐ終わる美しい生活
もう一度最初から、だなんて
君との記憶も消えないで

僕は思い出の漂流者
かけがえのない日々を唄うよ

この街を去る

逃げたくなるほどに綺麗な夕焼け
遠くの空が真っ赤に燃えている
忙しなく足を回して向かう駅
ドップラーで過ぎ去る車の
好きだった音楽が壊れた
深海に埋没する世界
収束に向かう一日
頬を伝う渇きと
劣等思想と
虚無感を
連れて
去る

夜盲症

夕空に暗幕が垂らされた
街灯を視界の端で流しながら
街から街へと高速移動
窓辺、反射する疲弊した顔
イヤホン越しに聞こえる笑い声
自分に向けられているはずはなく
自意識過剰の産物さ、こんな感情
マスク越しに笑い飛ばす思想、妄想。

夢見がちな子供は始発駅に置いてきた
現実を目にして泣かないように
迎えに行くから待っていてね
あと一時間、遠くで何か跳ねられた

穏やかな波が襲いくる
僕のうちはまだ先にある
案山子で溢れる
不平で満たされる
ようやく訪れた想いを運ぶ箱
憂鬱と疲労と世界破壊衝動と
人々を連れて闇へと消える





僕を連れて闇へと突き進む。

日の暮に紡ぐ

白い息が夜空に吸い込まれて
見上げた先は高い宇宙
あの一つにでもなれたら
指差した星が飛行機雲に消えた

寂寥が背中をさすっている
冷たい風が鼻を濡らす
冬のにおいは煙のにおい
オリオンは砂時計みたい

星の砂塵が落ちてゆく

この闇がすごく綺麗だから
だけどもう戻らなきゃ

暗鬱な世界に温かな光
その一筋に救われたよう
神様なんていないけれど




「おかえりなさい」




些細な一日が終わる音を立てた。

報いの一日

報いの一日

  • 自由詩
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2022-09-18

Copyrighted
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  1. 産声
  2. 開かれた待合室
  3. 船を漕ぐ
  4. 人々
  5. 漂流者
  6. この街を去る
  7. 夜盲症
  8. 日の暮に紡ぐ