こころのうち
ある大きな森の中に、一人の女の子が住んでいました。女の子は体のつくりがみんなと違うので、森の動物たちにいじめられていました。
石を投げつけられたり、ごはんを奪われたり、たたかれたり、文句を言われたり。女の子は悲しくて仕方がありませんでした。
「どうしてみんなわたしをいじめるんだろう。からだなんてみんなちがうのに」
いつものように嫌がらせを受け、森の奥にある大きな湖の前で女の子が泣いていると、湖の底から羽の生えた小さな小さな妖精が現れました。
「 彼らには他人を思いやる気持ちなんてないのよ。この森にいる限りあなたはこのままいじめられるわ」
妖精はひゅんひゅんと空に円を描いて飛び回ったあと、女の子の涙を指で拭います。
「悲しいのが嫌なら、そのこころを取り去ってしまいましょうか」
女の子は迷いました。確かに悲しいのは嫌でした。でも、自分の感情がなくなってしまうことはもっと悲しいことだと思いました。
女の子が黙っていると、妖精は悪魔のような笑みを浮かべて女の子に囁きかけます。
「こころがなくなれば、あなたはもう悲しくないのよ」
しばらく悩んで、女の子は決めました。
泣くのは嫌だから。つらいのは嫌だから。
「こんなきもちになるくらいなら、いらない」
するとその言葉を待っていたかのように、妖精は嬉しそうに一周宙を飛んで回りました。
「じゃあ、あなたのこころをいただくわ」
静かに頷いた女の子の胸の真ん中に、妖精が手を当てると、女の子の胸元が光り始めました。
妖精の手がゆっくりと女の子から離れていくと、大きな光のかたまりが小さな手につられて体から引きずり出されていきます。
「ばいばい、お嬢さん」
光のかたまりが完全に女の子から離れると、女の子は立ったまま動かなくなりました。開かれたままの瞳には、光が宿っていません。こころがなくなって抜けがらになってしまったのです。
「このこころは使わせてもらうね」
妖精は手のひらより大きな光のかたまりをお手玉のようにもてあそぶと、湖に投げ入れました。
すると、湖全体が光を放ち始めました。湖がこころを持ったのです。
「みんな、きらい」
女の子のこころを手に入れた湖は、かつての自分を苦しめた動物たちを恨んでいました。
湖はその水を溢れさせ、森に襲いかかりました。荒れ狂う水流で森の動物たちは流され、溺れていきます。
「たすけて!」「くるしい……」「だれか!」
動物たちは助けを求めて泣き叫びます。しかし助けることのできる者もいなければ、水が止まることもありませんでした。
もともと湖がいた場所では、抜けがらとなった女の子が沈んでいます。その耳に、動物たちの悲痛な叫びが届きました。
その瞬間。こころがなくなってしまっていたはずの女の子の胸に、微かな光が灯りました。
「もうやめて!」
女の子のこころから漏れ出た悲鳴のような声が森じゅうに響き渡ると、暴れ続けていた水が動きを止めました。
そして、水たちは森の地面にぽっかりと空いた穴へと入っていき、湖に戻ってしまいました。湖の中心から光の玉が浮き上がってきて、ふわりふわりと宙を漂いながら女の子の胸に吸い込まれていきました。
そして、女の子の瞳に光が戻ったのです。
女の子は何が起きたのか自分ではわかっていませんでした。妖精にこころを奪われたところから今までの記憶がないからです。しかし、動物たちは女の子が暴走する水を鎮めたのだと知っていました。女の子のこころの叫びは動物たちに聞こえていたのです。
「ありがとう」「いじめてごめんね」「きみのおかげでたすかったよ」
森の動物たちは女の子へ口々にお礼を伝え、今までの行いについて謝りました。女の子はどうして動物たちが心を入れ替えたのかわかりませんでしたが、みんなと仲良くできるのならそれで十分だと思いました。
それからというもの、女の子と森の動物たちは仲良く楽しく暮らしました。
こころのうち