あとは滅ぶだけ

 膿む。かなしみだけを濾過して、残滓が腐っていくあいだに、崩れかけた教室の、ひしゃげた机の山のふもとで、しんでいるみたいにねむっている、ノアが、わたしの声を忘れる頃。この世界から、愛というものが蒸発し、ひとびとの心から、やさしさが失われ、人工物に支配された街で、主に苛立ちと、憎しみで構成された、肉のかたまりと成り果てたものたちが、きょうも、いいねがほしいあまりに写真映えする被写体を、欲望のままに侵していく。わたしたちの、ノアは、いまはただ、静かに息をして、つかれたからだを休めている。七年前の真夜中に、腹のなかに棲まうバケモノと交わり、あたらしい命を宿して、わたしのまえからいなくなってしまった、あのこのことをときどき、思い出して、わたしは、脚が一本ない椅子に座り、はやく、すべてがおわりますようにと、ぼんやりと祈っている。

あとは滅ぶだけ

あとは滅ぶだけ

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2022-09-18

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