複雑な彼

浅野浩二

ある日のことである。
僕は図書館で小説を書いていた。
図書館は午後5時で閉まる。
僕は大抵、閉館時間の午後5時まで図書館にいる。
図書館では午後4時30分に「図書館はあと、30分で閉館になります。貸し出しの方は、お急ぎ下さい」という館内放送が流れる。
それでも僕はねばる。
体調のいい時は30分でもかなり書ける時も多いからである。
今日もそうだった。
開館時間の午前9時から図書館に来て午前5時まで小説を書いた。
体調が良かったので、かなりの分量、書けた。
午後4時50分つまり閉館10分前になった。
「本日は、あと10分で閉館になります。ご利用ありがとうございました。また明日のご来館をお待ちしております。忘れ物のないようお帰り下さい」という館内放送が「蛍の光、窓の雪」のメロディーとともに流れた。
なので僕はカバンを持って図書館を出た。
そして自転車でアパートに帰った。
図書館はアパートに近く自転車で5分の距離である。
アパートの戸を開けると玄関にグリーンの大きな封筒があった。
奈良県立医科大学医学部医学科同窓会と書かれてある。
1年に1回くらい奈良県立医科大学から同窓会報が送られてくるのである。
それに「厳橿」という定期刊行誌が同封されている。
教授就任の挨拶文とか、××教室ではどんな研究をしているとか、○○教室紹介、だとかだが、そんなことは僕にはどうでもいいことだった。
なので、ろくに読まず、すぐにゴミ箱に捨てていた。
奈良県立医科大学は一応、僕の母校、出身校、ではあるが僕は母校愛というものが全くない。
大学受験の時は僕の第一志望は県内の横浜市立大学医学部だった。
しかし最終選考で落ちてしまった。
奈良県立医科大学は滑り止めだった。
大学受験は浪人して、がむしゃらに勉強しても成績はたいして上がるものではない。
なので僕は仕方なく奈良県立医科大学、に入学した。
大学生活は苦しかった。
それは僕は過敏性腸症候群に悩まされていたからである。
こんな半病人のような状態ではとても大学生活など出来ないと思っていた。
過敏性腸症候群が発症せず健康だったら全く問題はないのだが。
しかし親がせっかく受かったんだから入学して勉強して卒業しろ、と、うるさく言った。
なので僕は奈良県立医科大学に入学した。
医学部なんて実習が多く実習の班分けは、あいうえお順に決められて、実習は全員出席するからほとんど小学校と変わりない。
僕はこの実習が苦手だった。
僕は子供の頃から、というより、生まれつき人と協力して何かをやることが苦手だった。
ましてや過敏性腸症候群のため腹がいつも痛く、要領が極めて悪いので、グループ実習では、いつも人に迷惑をかけてしまっていた。
四年の冬に過敏性腸症候群が悪化して僕は休学した。
しかし大谷純という心療内科の良い先生と出会えて僕はとても力づけられた。
そして僕は復学した。そして一年下のクラスに入った。そして大学を卒業して医師国家試験にも通った。
僕は、奈良県立医科大学には嫌な思い出しかなく、また関東で育ってきた僕には、どうしても関西になじむことは出来なかった。
なので大学を卒業すると、すぐにUターンして関東の千葉県にある下総精神医療センターという研修指定病院に就職した。
それ以来、母校には一度も行っていない。
同級生とも一度も会っていない。
僕は玄関に落ちている奈良県立医科大学医学部医学科同窓会の封筒を拾って封を開けてみた。
すると同窓会の案内状が封筒の中に入っていた。
それには、こう書かれてあった。
「みなさん、ご多忙のことと思いますが、この度、第×回の入学生の同窓会を行いたいと考えております。どうか、ふるって、ご参加ください。場所はミナミのロイヤルホテルで夜5時から開催したいと思っております。幹事=青木誠」
同窓会は僕が卒業したクラスの同窓会ではなく僕が入学した時のクラスの同窓会だった。
同窓会は普通、卒業時のクラスで行われるものだが、どういう理由かは知らないが、入学時の同窓生なら留年していても構わない、と書かれてあった。
なので僕も四年の冬までは一緒のクラスだったので僕にも参加資格がある。
僕は上野恵津子さんが出席するのかどうか、知りたく思った。
それで。
僕は同窓会の幹事の青木君に問い合わせてみたくなった。
しかし自分で電話すると声から僕が誰だかバレてしまう可能性がある。
なので妹の綾子に電話して頼むことにした。
僕は妹に電話をかけた。
「もしもし。綾子。ちょっと頼みがあるんだ。聞いてくれないかい?」
「何。お兄ちゃん。頼みって?」
「簡単なことなんだけどね。×月×日に、奈良県立医科大学、第×回生の、同窓会があるんだ。それに上野恵津子という人が出席するかどうか、幹事に聞いて欲しいんだ」
そう言って僕は幹事の青木君の携帯番号を言った。
「・・・・どうして、わざわざ、そんなことを私に言うの。自分で電話すればいいじゃない?」
妹は訝しがった。
「僕が電話すると声でわかっちゃうからね。それがちょっと恥ずかしくてね」
「わかったわ」
そう言って妹は電話を切った。
しばしして妹から電話がかかってきた。
「お兄ちゃん。上野恵津子という人は同窓会に出席するらしいわよ。幹事の人に、あなたは誰ですかと聞かれたので、すぐ切っちゃったけれど」
「そうか。ありがとう」
そう言って僕は電話を切った。
(上野恵津子さんが来るのか)
僕は封筒に同封されていた同窓会の出席可否の返信はがきの「出席」の方に丸をして投函した。
僕は同窓会の日が来るのが待ち遠しくなった。
数日して同窓会の日になった。
僕は東海道新幹線で大阪に行った。
同窓会は大阪のミナミのロイヤルホテルの宴会場だった。
もうほとんど、みんな来ていた。
同窓会は立食パーティー形式だった。
卒業以来、大学にも関西にも一度も行ったことがなかった。
なので入学時のクラスメートに会うのは久しぶりだった。
個人的な付き合いの友達は一人も出来なかったが、学校の実習では嫌でも、あいうえお順に、5、6人のグループごとに班分けされるので、友達ではないが実習で話をして会話できるようになった同級生は何人もいた。
「やあ。久しぶり」
「卒業以来××年だな」
「お前、体形、学校の時と変わってないな」
などと割と親しかった男子生徒(今ではもう立派な一人前の医師である)たちが話しかけてきた。
「ちょっと事情があってね。僕は週2回の水泳と、筋トレとランニングをしているんだ。健康のためにね」
あはは、と笑って僕は適当な返事をした。
「それより君たちの方がうらやましいよ。君たちは、ほとんど全員、卒業後、奈良医大のどこかの医局に入って手取り足取り指導医から医療の知識や技術を教えてもらって全員一人前の医者になっているだろう。クリニックを開業している人もいる。うらやましい限りだよ」
「お前は卒業後どうしたの?」
「もちろん僕だって研修指定病院に入ったよ。千葉県の下総精神医療センターさ」
「それは卒業生名簿で見て知ってたよ。お前だって研修を受けたじゃないか?」
「まあ。そうだけどね。あそこは研修医を教育して育てようなんて、感覚は全くないからね。ほったらかしだよ。だから医者の実力なんて、ろくに身につかなかったよ」
とは言いつつも僕は結構、下総精神医療センターで医師の基本的なことは身についた。
「どうして関東のどこかの医学部の医局に入らなかったの?お前は横浜市立大学医学部に入りたかったんでしょ。どうして横浜市立大学医学部の何科かの医局に入らなかったの?」
「僕も出来ることなら横浜市大の医局に入りたかったよ。でもやっぱり他大学の人が別の大学の医局に入ると、どうしても余所者って感じになっちゃうからね。なにせ6年間もまさしく同じ釜の飯を食った友達関係だからね。君たちみたいにどこへ行っても、すぐその環境に慣れる人なら別だろうけどね」
「なるほどな」
「僕も今では、たとえ嫌でも卒後は奈良医大の医局に残って二年間の研修をしておけばよかったと後になって、つくづく後悔しているんだ」
これはポリクリ(臨床実習)の時に見たことなのだが、卒業後はみな、どこかの医局に入る。整形外科医になろうと思う人は整形外科の医局に入る。眼科医になろうと思う人は眼科の医局に入る。しかし医局の方でも融通を利かせてくれて麻酔科も身につけておきたいと思っている人は麻酔科の研修もさせてくれる。
医学の知識や技術を身につけるには、どうしても大学病院の医局に入るしか他に方法がないのである。
特に、外科系の眼科手術や消化器系の開腹手術、救急医療の対応など、本を読んで身につけることなど不可能である。内科なら本を読んで独学で身につけることが出来るものも無いではないが。
「お前、精神保健指定医の資格は取ったの?」
内科クリニックを開業している菊本が僕に聞いた。
「取ってないよ」
「それより君は内科クリニックを開業しているだろ。君のクリニックのホームページ見たよ。一カ月くらい君のクリニックで研修か見学させてもらえない?」
「ははは。別にいいよ」
こんなことで、結構、賑やかな会話が行われた。
そろそろ同窓会も終わりの時間になった。
「じゃあ本日の同窓会は、これで終わりにしたいと思います。この後、二次会をしますので出席したい人は残って下さい」
と幹事の青木が言った。
大体、男は、みな残った。
みな、もっと飲んで、はしゃぎたいんだろう。
女子は概ね二次会には参加せず帰る人がほとんどだった。
上野さんも帰ろうとした。
僕は急いで上野恵津子さんの所に行った。
そして彼女に話しかけた。
「上野さん。よろしかったら少しお話しませんか?」
「えっ」
彼女は驚いて僕を見た。
彼女に限らず僕は在学中は女子とは誰とも話すことが出来なかった。
過敏性腸症候群のためクラスに馴染めず友達もほとんどいなかった。
特に女子とは話すことは全く出来なかった。
なので、いきなり僕に、お話ししませんか、などと言われて彼女は動揺している様子だった。
まあ無理もないが。
「何かこれから用があるのですか?」
僕は彼女に聞いた。
「い、いえ。別に用はありません」
「では、少し話しませんか?」
「え、ええ」
「では、近くの喫茶店で少しお話しませんか?」
「え、ええ」
こうして僕と彼女は、二人で一緒にロイヤルホテルを出た。
そして、近くの喫茶店に入った。
ウェイトレスが注文を聞きに来た。
僕がアイスティーを注文したので、彼女も僕と同じアイスティーを注文した。
彼女は戸惑っている様子だったので僕の方から彼女に話しかけた。
「上野さんが僕に好意を持っていてくれたことは、わかっていました。僕だって人間ですから相手の態度から、あなたが僕に好意をもってくれていることは十分過ぎるほど、わかっていました」
「・・・・・・・」
彼女は赤面して黙っていた。
「僕は、あなたを嫌ってなんかいませんでした」
「・・・・・・」
「あなたが、要領が悪くて友達もいない一人ぼっちの僕をかわいそうに思ってくれたことに対しては心の中では本当に嬉しかったでした」
「そうだったんですか。それを聞くと私も嬉しいです。浅野さんは何も言わないので私のことを嫌っているのかな、とか、他に好きな人がいるのかな、なんて悩んでいました」
「僕があなたと話したいと言った理由は、まさに、そのことなんです。在学中に、あなたを、悩ませたことを謝りたくて。そして僕の思いを話したくて」
彼女は僕が急にお喋りになったことに戸惑っている様子だった。
なので僕は続けて話した。
「僕は、あなたの僕に対する好意は心から感謝していました」
「そうですか。それを聞くと嬉しいです」
「ただ在学中にあなたの好意を受け入れてしまうと、あなたは僕に過去問題のコピーまでくれるだろうと思っていました」
「え、ええ。私も浅野さんが一人ぼっちで可哀想なので、ぜひとも、コピーをあげたいと思っていました」
「思った通りですね。僕はそれが嫌だったんです」
彼女は訳が分からないといった顔で目を丸くして僕を見た。
「一体どうしてですか?私には、その気持ちは、さっぱりわかりません」
「もちろん僕だって過去問題のコピーは咽喉から手が出るほど欲しかったんです。だって過去問題のコピーがなくては単位をとることが出来ませんからね。進級することも卒業することも出来ませんからね」
「じゃあ、どうして過去問題のコピーが欲しいのに、それを受け取るのが嫌だったなんて思ってたんですか。コピーが欲しいのにコピーを受け取りたくないなんて、私にはその理由が全くわかりません。その理由を教えてください」
「理由ですか・・・何ていうのかなあ。それは僕の誇りからなんです」
「誇りって、どういう誇りなんですか?」
「大人の人間関係の基本は、give&takeですよね」
「え、ええ。そうですね」
「僕にだって男の誇りはあるんです。女に憐れまれて、おっと失礼、女の同情を有難くうけとってコピーまでタダでもらうなんて乞食です。僕が、あなたからコピーをもらう代償に何か、それに相応しい何かのモノをあなたに、あげられることが出来たなら僕もあなたからコピーを喜んでもらうことが出来たでしょう。しかし僕には、あなたにあげられる物なんて何も持っていなかったんです。だから僕は女の憐れみや同情を有難く受けとることなんて死んでも出来なかったんです。そんなことをするくらいなら単位が取れなくて卒業できなくなる方がマシだったんです。卒業できなくて野垂れ死ぬことになっても、その方が僕にはマシだったんです」
「・・・・・・浅野さんがそんなことを思っていたなんて知りませんでした」
彼女は驚きの目で僕を見た。
「それと僕が女の生徒と話が出来なかった理由は他にもあるんです」
「何ですか。それは?」
「卒業して何年も経った今だから何でも言えますが。僕は女の人と親しくしている所を他の人に見られたくなかったんです」
「どうしてですか?」
「恥ずかしいからです。アイツは女とデレデレするヤツだと思われるのが嫌で・・・」
「浅野さんは硬派なんですね」
「それは違います。むしろ全く逆です。僕は未だに甘えん坊で女の優しさに飢えています。僕ほどナンパで軟弱な男はいないと思っています。僕は異常なくらいエロチックな女の写真集をたくさん持っています。そして写真の女を何時間も見て妄想にふけっています。そして僕もファッションヘルスとかの風俗店には結構行きました。それで女性と二人きりになると僕はいくらでも女性と話が出来ます。もちろん僕にはそんなに話題が豊富なわけではないんですが、僕はこの世のあらゆる事に興味を持っているので、そして、どんな人にも興味を持っているので、いい聞き役になれるんです。嫌々、聞いているのじゃなく本当に何にでも興味を持っているんです」
「そうだったんですか。意外です。浅野さんて勉強熱心で女には興味がない人なのかな、と思っていました。クラスの女子の誰とも話さなかったので・・・・」
「それは、今も言いましたが僕は大勢の集団の中にいる時には女性と話せないんです」
「そうでしたか」
「集団の中にいる時には他人の目があるからです。きれいな女性と話しているとアイツはナンパで女とデレデレするヤツだと見なされるのが死ぬほど怖かったんです。きれいな女性と話すと顔が赤面してしまうので、それを隠して平静を装うのに必死だったんです。女と話しているのを人に見られてアイツはナンパなヤツだと噂されるのがこわくて・・・」
「浅野さんが、そんな複雑なことを考えていたなんて知りませんでした。高い理想や信念を持っているんですね」
「性格がややこしいだけですよ」
僕は彼女をそう言ってなぐさめた。
「それと僕は大学に入学した時から、つらい過敏性腸症候群に悩まさていて入学した時から、いつかは休学することになることは、わかりきっていました。なので入学した時に、すでに下のクラスに落ちることも確信していました。なので、それが惨めだったので、なおさら女と話すことは出来ませんでした」
「そうだったんですか。浅野さんが、そんなことで悩まれているなんて知りませんでした」
「劣等感が強いんです。生徒には留年して下のクラスに落ちても劣等感を感じない人もいますよね。しかし僕は劣等感が強いので、それにはどうしても耐えられなかったんです」
「浅野さんってすごくデリケートなんですね」
「神経質の度が過ぎているだけです」
「私たちとは何か違う感性なんですね。浅野さんって」
「ええ。そうですね。だから、こうやって無事、医学部を卒業して医師国家試験にも通り、あなた達と対等な立ち場になれた今なら劣等感がなくなりましたから、こうやって、あなたと普通に話すことが出来るんです」
「浅野さんのホームページやブログ拝見しましたけれど浅野さんの書く小説、面白いですね。よく書き続けられますね」
「それは。僕は大学を出て医者になりましたけど、やっぱり人とは付き合えないからです。僕の安住の地は小説を書くことの中にしかないんです」
「浅野さんは、いつから小説を書き始めたのですか?」
「大学3年の時です。僕が医学部に入った理由は。僕は幼少の頃から喘息で、その後、神経質な性格のため過敏性腸症候群が発症してしまいました。それに悩まされ続けて多くの医者にかかりました。しかし医者にペコペコ頭を下げるのが嫌だったから、自分が医者になってやろうと思ったんです。だから医者になってバリバリ働こうとは思ってもいませんでした。それで医学部の3年の時に、小説家になろうと、ある時パッと天啓が下ったんです。それまで僕はどうしても自分は何のために生きているんだろうということがわかりませんでした」
「浅野さんって、なにか、すごく物事を深く考え込む人なんですね。私は自分が何のために生きてるのか、なんてこと考えたことありません。奈良医大に入れる学力があったから、そして医者は苦しんでいる病人の病気を治すという立派な仕事だからという理由だけで何も考えずに奈良医大を受験しましまた。そして卒業後は大学の医局に入って、教授の意向で大学の関連病院に勤務して博士号と専門医を獲りました。それが当たりの前のことだと疑ったこともありません」
僕は黙っていた。
なので彼女は続けて言った。
「ところで浅野さんは卒後、医者として、どういう人生を送ってきたんですか?」
「僕は卒後、千葉県の下総精神医療センターに入りました。出来れば横浜市立大学医学部に入りたかったんですが、やっぱり、集団に属するのはこわく、しかも僕は他大学からの入局者となりますから余所者です。集団に属するのが嫌いな僕には、その決断は出来ませんでした。卒後も僕の生きがいは小説を書くことだけだったので、どうやったら医者の仕事をやりながら小説を書く時間を持てるか、ということを考えて楽な精神科を選びました。2年の研修後いくつかの精神病院に就職しましたが精神保健指定医の資格は取れませんでした。やっぱり今思うと面倒見のいい母校の奈良医大で研修すべきだったと後悔しています。精神保健指定医の資格がないと精神病院には就職できませんから」
「それで精神科の後は何をされたんですか?」
「コンタクト眼科をアルバイトでやりました。それで、コンタクト眼科の院長もやりました。しかし日本眼科学会が、眼科専門医でない医師にコンタクト眼科をやることを批判していたのでコンタクト眼科も出来なくなりました。それで次は、これまた楽と言われている人工透析の仕事をするようになりました。やってみたら、これが本当に楽で、こんなことなら最初から腎臓内科をやっておけばよかったと後悔しました。でも楽な仕事ばかりを選んできたので小説を書く時間は持てました」
「そうですか。それで浅野さんは別の科に変える時、誰に教えてもらったんですか?」
「教えてくれる人なんていませんよ。自分で医学書を何冊も買って独学しました。あとは実際に診療していく経験で覚えていきました」
「浅野さんは小説を書くのが好きで医学の勉強は好きじゃないとホームページに書いてありましたが医学の勉強するの嫌じゃありませんでしたか?」
「それは、もちろん別の科に転科する時には、ああ、嫌いな医学の勉強をしなくちゃならないな。イヤだなと思います。小説だけ書いていたいなと思います。でも僕は、もちろん、たいした医者じゃないですけど患者に迷惑だけはかけちゃいけないと思うので。医学書を買って読んで勉強しましたが、勉強しだすと理屈がわかって面白くなってしまうんです。僕は何事にもハマってしまうんです」
「そうですね。浅野さんは、学生時代も勉強熱心でしたからね。てっきり浅野さんは真面目で勉強熱心な人なんだと思っていました。将来は医者になって精一杯、世のために尽くそうと思って医学部に入ってきたんだと思っていました」
僕はアイスティーを一口飲んだ。
「ところで浅野さんは今は立派な医者になって私と対等な立場になれたから劣等感はなくなっているんですよね」
彼女の目つきが真剣になった。
「ええ。だから、こうして、あなたと話すことが出来るんです」
「じゃあ私と付き合ってくれないでしょうか?」
「・・・それはちょっと待って下さい」
「どうしてですか?」
僕はすぐには答えられなかった。
「それは母校が同じだからです。僕は4年で休学するまで4年間、実習など一緒にやりましたよね。そうすると、あなたとは近親相姦的な関係のような感覚になるからです。これが別の医学部を出た女医となら付き合うことも出来るんですが・・・」
医学部はどこの大学でも定員100人程度である。
そして実習が多い。教養課程では2年の時、生物学、化学、物理学の実習があり、3年からの基礎医学では、解剖実習、生理学、生化学、病理学、細菌学、薬理学、などの実習があった。どの実習でも4人から6人くらいが一グループとなって一緒にやる。
グループは苗字のあいうえお順に決められる。僕は浅野で彼女は上野だっから僕から麻原彰晃という男子生徒を一人おいて二番目だった。そのため実習では彼女と一緒になってやることが多かった。
医学部に入ってくる女は高校時代、勉強、勉強、の連続で運動神経のニブい女が多いのだが彼女は違った。
教養課程の2年の時の体育の授業では、テニス、サッカー、バスケット、のどれかをやらなければならなかった。
僕はテニスを選んだ。そして彼女もテニスを選んだ。
そのテニスの授業は男と女は別れてやった。
ある時、女子のテニスを見たら上野恵津子さんがボールを打つ瞬間が一瞬見えた。
「上手い」と僕は感心した。ラケットのスイートスポットで、きれいにボールを捉えている。
彼女は基礎医学の3年になった時、片足を骨折してギプスをはめて学校に来ていた。
2年が終わった後の春休みにスキーに行って骨折したらしい。
彼女のスキーの技術はどの程度なのかは知らない。
しかし初心者は無理をしないから、転ぶことはあっても骨折することは少ない。
しかし彼女は、かなり滑れてスピードを出し過ぎて骨折したように僕には想像された。
教養課程の時の夏の体育の授業は水泳だった。
男子は皆、泳いだが女子は全員見学にまわった。
女子は水着姿を男子に見られるのが恥ずかしいからである。
それでも1年の時はプールサイドに来て見学はしていた。
しかし2年になると女子は全員、水泳の授業は欠席した。
2年の時の体育の水泳の授業では、男子と女子を別にして、男子が先に泳いで次に女子が泳ぐことになった。
女子は2年の時は全員欠席した。
しかし、ただ一人、上野恵津子さんだけが白いワンピースの水着を来て体育の先生が来るのを待っていた。
ワンピースの水着が体にピッタリとフィットして体のプロポーションがはっきりと見えた。
盛り上がった恥部の輪郭もはっきりと見えた。
その光景を見た時、僕は思わず、「うっ」と生唾を飲み込んでしまった。
思わず勃起してしまった。
なんてセクシーなんだ、なんて度胸があるんだと思った。
彼女はたぶん泳げるのだろう。どのくらい上手く泳げるのか、それは知らない。
彼女は「先生。早く来ないかなー。水泳の授業、受けたいのに」と待っている様子だった。
彼女は度胸があるのではなく男に水着姿を見られることなど何とも思っていないのだ。
こういう女性の子供の頃の様子は容易に想像できる。
活発で女の子はもちろん男の子とも照れることなく平気で話し、遊ぶ。
男の子と野っ原を追いかけっこし鉄棒をし、じっとしていることが出来ず、悩むことがなくどんな運動でも積極的にやる。そのため運動神経が良くなって、どんな運動でも上達が早くなる。学校に入ると根は真面目で何事にも積極的なので友達と一緒に勉強もするから学力も上がっていく。
なので自分に自信を持ってしまい、自分が正しい、という絶対の考えをもってしまう。
他の生徒が悪いことをしていると堂々と注意する。
いわゆる「しっかりした子」になる。
良いことずくめの性格のようにも見えるが男にとっては、ちょっと、こういう我の強すぎる子は付き合いづらいのである。
男にとっては、女の子はもっと、おとなしく、恥ずかしがったり気が小さかったりする方が付き合いやすいのである。
腕力においても性格においても運動神経においても男の方が勝っていて、か弱い女の子を守ってやりたい、というような女の子の方が男は付き合いたくなるのである。
彼女に欠けているのは「かわいらしさ」である。
男は、大人でも子供でも、かわいらしい女の子と付き合いたいのである。
女があんまり、しっかりしていると男は女の尻に敷かれてしまう。
女の尻に敷かれることを喜ぶマゾの男も、この世にいないわけではないが、それは極めて例外的な少数である。
なので彼女は、どんな男の子とでも友達にはなれるが恋仲にはなれないのである。
何事にもためらうことがないから好きな男の子が出来ると「付き合って」と直ぐに言う。
男の子はちょっと考えてから「うん。友達ならいいよ」とは言うが、友達以上の関係には「それはちょっと待って」と言われる。
なので彼氏は出来ないのである。
彼女は彼氏が出来ないことに、さびしさを感じながら「私のどこが悪いのかしら?」と自分の事はどうしてもわからないのである。
「浅野さん。もし私でよろしかったら結婚してもらえないでしょうか?今では浅野さんも一人前の医者になって私と対等の立場になったのですから」
彼女は思い切ったことを言った。
「ダメでしょうか?」
「・・・・・」
僕は返答に窮した。
「私、神奈川県に引っ越します。神奈川県で働ける病院を探します。料理や家事、掃除もします。どうでしょうか?」
彼女は僕の目を直視して身を乗り出すようにして聞いた。
僕は困った。
僕は医学部を卒業して医者になれたとはいえ僕の視床下部と小腸、大腸は壊れていて毎日が「不眠」と「便秘」との戦いなのである。
その僕の病気(過敏性腸症候群)は治らない。
夜1時に睡眠薬を飲むが眠れず24時間営業のマクドナルドに行って朝の5時くらいまでねばって体を疲れさせ、それによって寝るという普通の人間では想像もつかない生活をしている。
そして健康を維持するため週2回、一回に5時間は水泳をする。
それと筋トレとランニングもする。
しかし胃腸が悪くて食欲というものが起こらない。
そして夏は猛暑、冬は極寒、春、秋、は気温の日内変動で自律神経が乱れ、一年の半分以上は何も出来ない。
わずかに元気が出た時は唯一の生きがいである小説創作に時間を当てている。
しかも小説は図書館でないと書けない。
小説創作と、ささやかな結婚生活の幸福と、どっちの方が僕にとって大事かといえば当然、小説創作の方である。
しかし彼女は結婚生活という、ささやかな幸せを求めている。
僕のために料理を作りたいだろうし、休みの日には名所旧跡を一緒に散歩したり、たわいもない会話をしたいだろう。子供も産みたいだろう。
彼女の求める幸せとはそういうものだろう。
しかし僕にとっては、たわいもない会話は時間の無駄に過ぎない。
休日は全ての時間を小説創作に当てたいし、散歩なんて貴重な人生において時間の浪費にしか過ぎない。
僕は結婚とは女を幸せにすることだという信念を持っている。
なので僕はとても彼女を幸せにすることは出来ない。
なので僕は彼女と結婚することは出来ない。
しかし僕は女を悲しませることが出来ない。
僕はそんなことを考えて黙っていた。
「やっぱり我の強い女ってダメなんですね」
彼女がボソリとさびしそうに呟いた。
彼女も自分が彼氏をつくれない理由はわかっているのだ。
「上野さん。今まで彼氏と付き合ったこと、ないのですか?」
「ええ」
「一度も?」
「ええ」
「失礼ですが、もしかしてまだ処女ですか?」
「え、ええ」
彼女は顔を赤らめて言った。
「上野さんは運動神経が良かったですね。どんなスポーツが好きですか?出来ますか?」
「ほとんどのスポーツは出来ます」
彼女は臆することなく堂々と言った。
「大学卒業後もスポーツはしていましたか?」
「いえ。卒業後は毎日、勤務医の仕事が忙しくなってあまりしていません。でも休日には時々テニス部のOGとして在校生とテニスをしています」
「高校の時は部活は何部でしたか?」
「テニス部です」
「どうりで。2年の体育の時、上野さんがテニスをするのを一瞬見ましたが、ラケットのスイートスポットにきれいに当てていて、かなりの腕だと思っていました」
「浅野さんだって水泳や空手が出来るじゃないですか。浅野さんも運動神経がいいんじゃないですか?」
医学部では女子の間では、お喋りネットワークがインターネットより、さらには5Gより素早く伝わるから彼女が僕が空手が出来ることを知っているのである。
「いや。僕は運動神経それほど良くはないですよ。子供の頃は喘息でハードな運動はほとんど出来ませんでしたから。空手を身につけるのにも、かなり苦労しました。元気そのもので、どんなスポーツでも、どんどん上手くなれた、あなたとは正反対です」
「そうなんですか?」
「僕は卒後、水泳や筋トレ、ランニングは健康を維持するためにやっていますが、テニススクールも何年かやってテニスをやっていました。もちろんテニスも足腰を鍛え心肺機能を高める健康の向上のためです」
「そうですか。でも浅野さんは何事にも努力家ですからテニスはかなり上手くなったでしょう?」
「ま、まあ。コーチとのラリーは続けられます。いくらでも」
時計を見ると、10時だった。
「上野さん。明日、テニスをしませんか?あなたの家の近くにテニススクールはありますか?」
「ええ。あります」
「では、あしたコートを借りてテニスをしませんか?」
「ええ。浅野さんとテニス出来るなんて嬉しいです」
「勉強は頭で覚えますから時間が経つと忘れてしまいますが。スポーツの技術のように体で覚えたものは忘れるということがありません。ですから上野さんは今でもテニス出来ますよね。それに時々OGとしてテニス部に出ていたというくらいですからね」
「・・・え、ええ。まあ一応」
彼女は恥ずかしそうに言った。
「それでは今日はもう遅いですから、これくらいで終わりにしましょう」
「ええ」
「上野さん。よろしかったら携帯電話の電話番号とメールアドレスを教えて貰えないでしょうか?」
「はい」
彼女はカバンから紙切れを取り出して、それに携帯電話の電話番号とメールアドレスを書いて僕に渡してくれた。
「ありがとうございます」
僕はカバンから携帯電話を取り出して、それを登録した。
僕はすぐに上野さんのメールアドレスにテストメールを送ってみた。
彼女の携帯電話がピピピッと鳴った。
「では、さようなら。明日、お会いしましょう」
「さようなら。浅野さん」
僕はレシートをもって立ち上がった。
上野さんも立ち上がった。
そしてレジに行って勘定を払って喫茶店を出た。
「さようなら。浅野さん」
「さようなら。上野さん」
こうして僕は上野さんと別れた。
僕は近くのビジネスホテルに泊まった。
その日はよく眠れた。
もちろん常用の睡眠薬、デパス、セルシン、ロヒプノール、ベンザリンを飲んで。
睡眠薬を飲んでも眠れないのに眠れたのは不思議だが、かなり話したため疲れたからだろう。
なぜ僕が彼女にテニスをやりませんか、と誘ったかというと、それが一番いいと思ったからである。
翌日、目が覚めたのは午前9時だった。
ホテルの1階に降りると宿泊客がホテルの朝食を食べていた。
僕はトーストと牛乳を少し飲むだけにとどめた。
部屋に戻ってしばらくすると、ピピピッと携帯電話の着信音が鳴った。
開けてみると上野さんからのメールだった。
それには、こう書かれてあった。
「浅野浩二様。昨日は有難うございました。××テニススクールに問い合わせたら今日はいつでもコートは空いていて使えるそうです。何時にしますか?上野恵津子」
そしてメールには××テニススクールのホームページのリンクがあった。
××テニススクールは彼女の家の近くで、このホテルからも近かった。
「上野恵津子様。では午後1時にお会いしませんか。浅野浩二」
僕はこう書いてメールを送信した。
するとすぐに、
「浅野浩二様。わかりました。午後1時に行きます。上野恵津子」
と彼女からの返信メールが来た。
僕はベッドにゴロンと寝た。
そして10時のチェックアウトにホテルを出た。
そして駅前のデパートに入った。
そして3階のスポーツ用品売り場に行ってadidasの上下そろいのジャージを買った。
安い運動靴も買った。
しかしラケットは買わなかった。
テニススクールでコートを借りてテニスをする時は、どこのテニススクールでもラケットはレンタルしてくれるからだ。
僕はスマートフォンの地図アプリを出して上野さんの言ったテニススクールの場所を調べた。
そして電車に乗ってテニススクールのある最寄りの駅で降りた。
テニススクールは駅から歩いて10分ほどで着いた。
テニススクールの駐車場には赤いスポーツカーが止まっていた。
上野さんの車だろう。
テニススクールに入ると上野恵津子さんがラケットを持って座っていた。
彼女は白いテニスウェアに短めの白いスカートを履いていた。
「あっ。浅野さん。こんにちは。来てくれて有難うございます」
彼女は僕を見つけると笑顔で挨拶した。
「こんにちは。上野さん」
僕も挨拶を返した。
「待ちましたか?」
「いえ。10分ほど前に着いたばかりです」
本当は、もっと早く来て待ったかもしれないが、僕に気を使って過少申告しているのじゃないかと僕は疑った。
しかし、まあ、そんなことはどうでもいいやと思った。
「じゃあ、さっそく始めましょう」
「ええ」
僕はテニススクールの更衣室に行った。
そして、さっきデパートで買ったadidasのジャージに着替えた。
そして僕はテニススクールの人に言ってラケットを貸してもらった。
そして屋外のレンタルコートに出た。
「そのジャージどうしたんですか?」
上野さんが聞いた。
「デパートのスポーツ用品売り場で今日、買いました」
「そうですか。わざわざ私のために有難うございます」
「そんなことはいいです。じゃあ、さっそく始めましょう」
「ええ」
僕と彼女はテニスコートに入った。
「浅野さん。何をしますか?」
彼女が聞いた。
「ラリーをしませんか。僕ラリーが好きなんで」
「わかりました。ではラリーをしましょう」
僕と彼女は、それぞれベースラインに立った。
「じゃあ行きますよー」
そう言って上野さんはボールを打った。
ボールは僕の方のコートに入った。
僕はワンバウンドしたボールを打ち返した。
彼女は、きれいなフォームでそれを打ち返した。
卒後、医師の仕事が忙しくなって、あまりテニスはしなくなった、と言っていたが、彼女の腕前は衰えていなかった。
彼女は僕の実力がどのくらいなのかを知るために最初は緩めのボールを打っていたが、僕がどんな球でも打ち返せるのを確認すると、だんだん、ドライブ回転のかかった速いボールを打ってきた。
僕もドライブ回転のかかった速い球を打つようになった。
彼女は僕がバックハンドは、もしかしたら苦手なのかもしれないと思っていたのだろう。
彼女は僕のフォア側にしか打ってこなかった。
それで僕はバックハンドでも打てることを示すために彼女が僕の正面に打ったボールをバックハンドに構えてバックハンドで打ち返した。
僕のバックハンドは片手打ちである。
片手打ちのバックハンドはクローズドスタンスでなくてはならない。
なぜなら片手打ちのバックハンドは腰の回転で打つからである。
僕はドライブ回転のかかった速い球を彼女のバック側に返した。
すると彼女は両手打ちのバックハンドで打ち返してきた。
予想した通りだった。
現代のテニスプレーヤーのほとんどはバックハンドは両手打ちである。
それは両手打ちのバックハンドはオープンスタンスで打てるからである。
試合ではフォアもバックもオープンスタンスの方が早く元の位置に戻れる。
両手打ちのバックハンドは腰の回転力ではなく後ろの手で押し出す力で打つ。
しかし僕はバックハンドは片手打ちだった。
それは片手打ちの方が格好いいからである。
そして腰の回転を使って強力な球を打てるからである。
僕はテニスでは試合をしたいとは思っていない。
試合をして勝ったの負けたのなんて、くだらないと思っているからである。
僕はラリーを気持ちよく続けていれば、それだけでいいのである。
しかし世の人間は、僕には何故だかさっぱりわからないのだが、異様なほど試合をしたがり、そして試合で勝つことが好きなのである。
20分くらい僕は彼女とラリーを続けた。
どっちも一度もミスすることはなかった。
「上野さん。一休みしませんか?」
僕は聞いた。
「ええ」
僕は彼女の打ってきた球を打ち返さずに手でとってラリーを中止した。
「ええ」
そして僕と彼女はコート内にあるベンチに腰掛けた。
「いやー。上野さん。上手いですね」
「浅野さんも」
彼女は少し赤面して言った。
「浅野さん。咽喉渇いていませんか?」
「ええ」
「じゃあ、私、テニススクールの建物の中にある自動販売機で飲み物、買ってきます。浅野さんは何を飲みたいですか?」
「自動販売機には何がありますか?」
「ポカリスエットとオレンジジュースとアップルジュースがあります」
「じゃあ、ポカリスエットをお願いします」
「わかりました」
彼女は小走りにテニススクールの建物に向かって走り出した。
そして、すぐに彼女はペットボトルを二本、持って戻ってきた。
そしてベンチに座った。
「はい。浅野さん」
そう言って彼女は僕にポカリスエットのペットボトルを一本、渡してくれた。
彼女もポカリスエットだった。
「ありがとう」
僕は彼女にお礼を言ってポカリスエットのキャップをはずしゴクゴクと飲んだ。
久しぶりに運動して汗をかいたのでポカリスエットは最高に美味かった。
彼女もポカリスエットのキャップをはずしてポカリスエットを飲んだ。
「上野さん。上手いですね。おっと。スポーツ万能で、高校時代からテニスをしていた上野さんに上手いですね、なんて言うのは失礼ですね」
「いえ。浅野さんも上手いですね」
「上野さんは、高校の時テニス部の部活で、どのくらいまでいきましたか?」
「・・・・一応、一回だけ国体で優勝したことがあります」
「国体で優勝ですか。すごいですね」
「いえ。一回だけです。強い人が試合の数日前に膝の靭帯を損傷して出場できなくなったためラッキーで優勝しただけです」
「ホントかなー?」
「ホントです。信じて下さい」
「ははは。じゃあ信じておきます」
「でも、浅野さんの片手打ちバックハンドは強いショットですね。私、片手打ちのバックハンドは出来ません」
「バックハンドは、片手打ちと両手打ちでは、根本的に原理が違います。片手打ちバックハンドは腰の回転の力で打ちます。だからクローズドスタンスでしか打てないのです。しかし両手打ちバックハンドは腰の回転力ではなくフォアと同じように後ろの手で押し出す力で打ちますからね」
「浅野さん、って難しい理屈を知っているんですね。私、スポーツの理論書なんて読まないので知りませんでした」
「運動神経のいい人はスポーツの理論書なんて読まなくても練習していればドンドン上手くなっていきますよ」
図星だったのだろう。
彼女は恥ずかしそうな顔をして黙っていた。
「それと上野さんが両手打ちバックハンドをするのは、もう一つの理由があると僕は思っています」
「何ですか。そのもう一つの理由って?」
上野さんが聞いた。
「上野さんは試合をするのが好きでしょう。試合で勝つにはバックハンドはオープンスタンスでも打てる両手打ちの方が圧倒的に有利だからです」
「・・・・え、ええ。ところで浅野さんは試合はしないんですか?」
「僕はグラウンドストロークのラリーをしていれば、気持ちよくて、それだけでいいんです。他人と戦って勝ったの負けたのなんてこと僕には全然、興味がないです」
「そうなんですか」
「上野さん。試合をしませんか?」
「えっ。いいんですか。浅野さんは試合があまり好きなんじゃないですか?」
「ははは。確かに僕は試合よりラリーの方が好きですけど試合が完全に嫌いってこともないですよ」
「そうですか」
じゃあ試合をしましょう、と僕は誘って僕と上野さんは、コートに入った。
「浅野さん。サービスからしますか、レシーブからしますか?」
彼女が聞いた。
「一応、試合ですからフィッチをして決めましょう」
「はい」
僕はラケットヘッドをコートにつけた。
「フィッチ?」
僕は聞いた。
「スムース」
上野さんが言った。
「じゃあ、僕はラフです」
僕はラケットのグリップを力強く回した。
ラケットはクルクルと独楽のように回りパタンとコートに倒れた。
ラケットを拾い上げてみるとラフだった。
僕が当たったので僕がサービスをするかレシーブをするか決める権理がある。
「じゃあ僕はレシーブを選びます。上野さんがサービスで試合をお願いします」
「わかりました」
そう言って僕と彼女は、お互いベースラインに立った。
上野さんが青空の中にボールをトスアップして手首のスナップを利かせてサーブを打った。
ボールは僕の方のサービスコートに入った。
ボールは僕のフォア側の打ちやすい所に来た。
スピードもそれなりに速かった。
僕はそれを楽々返した。
予想通りだなと僕は思った。
彼女とラリーをして、彼女は相当な実力があるという手ごたえは感じていた。
彼女は、勝ったの負けただのの試合が好きだろうから、もっとセンターギリギリを狙った速いサーブも打てるだろう。
しかし、そういうことをすると勝気で男勝りな女と見られるのを怖れて手加減したのだろう。
しかし彼女も僕とのラリーで僕のテニスの技術レベルを知っているから僕が打ち返せる速さをちゃんと考えている。
片八百長とは相手にバレないようにやるものだ。
僕がレシーブで打ち返した球を上野さんはフォアハンドで打ち返した。
こうして試合ではあるがラリーが続いた。
彼女としては、もっと僕が打ちにくい所へ打ちたいだろうが、それは我慢しているのだ。
時々、彼女はドロップショットも打った。
しかし、それも意地悪なドロップショットではなく僕が走って行って取れそうな所に彼女は打った。
僕がラリーが好きなのでラリーを途切れさせないようにするためだ。
彼女の技術なら僕に勝つことは容易に出来るはずである。
なにせ彼女は高校の時、国体優勝の実力なのだから。
こうして最初のゲームは僕が勝った。
次に僕のサービスの番になった。
僕はラリーで上野さんの実力を知っているし彼女はどんなに速いサーブを打っても、とれることは確信していたので思い切りサービスを打った。
もちろん彼女は楽々とレシーブで返した。
しかし僕がサーバーになっても、やはり彼女は僕がラリーが好きだということに気を使ってラリーをつなげる試合をした。
彼女は時々、ネット、や、オーバーすることもあった。
しかしそれも僕に花をもたせるための、わざとのミスであることはわかった。
こうして僕は彼女と4ゲームした。
全部、僕が勝った。
「上野さん。そろそろ終わりにしませんか?」
僕は彼女に声をかけた。
「はい」
こうして僕と彼女は、またベンチに隣り合わせに座った。
「いやー。浅野さん。強いですね。やはり男の人には敵いませんわ」
彼女は照れくさそうに言った。
「上野さん。楽しかったです。ありがとう」
僕は自然を装って礼だけ言った。
彼女が本気で戦ったら僕が負けるのは明らかだ。
なんせ彼女は国体優勝なのだから。
しかし彼女は男勝りの勝気な女ではなく、しとやかな、か弱い女を演じたいので僕は「上野さん。手加減したでしょう」などと野暮なことは言わなかった。
「浅野さん。私の家、近いんです。チーズケーキ焼いて、たくさんあるんです。よろしかったら食べていってもらえませんか?」
彼女が言った。
「ええ。じゃあ、お言葉に甘えて、ご馳走になります」
「あ、有難うございます」
彼女の真の目的がチーズケーキでないことくらいわかる。
彼女は僕との付き合いで、どの程度まで許容してくれるのか、ということに探りを入れているのだ。
他の男だったら彼女は元気よく「私、チーズケーキ作ったの。食べてってよ」と言うだろう。
しかし僕がややこしい複雑な性格なので彼女は僕に対しては対応が慎重になっているのである。
僕も彼女に対して計算があった。
「じゃあ貸しラケットをスクールに返してきます」
そう言って僕は貸しラケットを持ってテニススクールのテラスハウスに行った。
そして僕はフロントに、「ラケットを有難うございました」と言ってラケットを返した。
僕は着替えずadidasのジャージのままテラスハウスを出た。
彼女は駐車場にとめてある赤いスポーツカーの助手席のドアを開けて待っていた。
「どうぞお乗り下さい」
彼女は丁寧な口調で言った。
「はい」
僕は助手席に乗り込んだ。
僕が彼女の車の助手席に乗り込むと彼女は助手席のドアを閉めた。
そして彼女は急いで反対側に回って運転席に乗り込んだ
僕はシートベルトをしめた。
彼女もシートベルトをしめた。
彼女はエンジンを駆けた。
ブロロロロ。
エンジン音が勢いよく鳴った。
彼女はハンドルを切ってアクセルペダルを踏み込んだ。
車が動き出した。
僕は黙っていた。
車は閑散とした郊外の中を走った。
20分くらい走った。
もうすぐ彼女のアパートだなと思った。
「浅野さん」
彼女は運転しながら僕に話しかけた。
「はい。何ですか?」
「あ、あの。浅野さん、じゃなくて、浅野君と呼んでもいいでしょうか?」
彼女は大学時代に果たせなかった想いを果たすことが出来て嬉しく、僕とより親密になりたいと思っているのだろう。
「ええ。いいですよ」
僕はあっさり答えた。
「ありがとう。浅野君」
彼女はさっそく僕を君呼びした。
数分、右折したり左折したして車は閑散とした郊外を走った。
やがて車は、ある集合住宅の前で止まった。
「ここです。ここが私のアパートです」
彼女が言った。
集合住宅の前には、その住宅に住んでいる人のための駐車場があった。
彼女は、その駐車場の中の一つの彼女のスペースに車を止めた。
そして彼女はサイドブレーキをかけて車から出た。
僕も車から出た。
「浅野君。どうぞお入り下さい」
彼女は「上野恵津子」と書かれた表札のある戸を開けた。
「お邪魔します」
僕は彼女の部屋に入った。
2LDKで、さすがに女の部屋だけあって部屋の中は、きれいに整頓されていた。
男やもめに蛆がわき女やもめに花が咲く、と言うが、やもめでなくても男一人暮らしに蛆がわき女一人暮らしに花が咲く、ものである。
「浅野君。どうぞ、お座り下さい」
僕は彼女に促されて6畳の部屋の座卓の前に腰を降ろした。
彼女はすぐにキッチンに行った。そしてお盆を持ってすぐに戻ってきた。
それを座卓の上に置いた。
お盆には彼女が作ったチーズケーキとオレンジジュースが載っていた。
彼女は僕と向かい合わせに座った。
そして丸いチーズケーキを2/3と1/3に切って、2/3の方を皿に載せて僕の前に置いた。
彼女は1/3の方を皿にのせて自分の前に置いた。
「あ、あの。浅野君。どうぞ、お召し上がり下さい」
彼女は恥ずかしそうに言った。
「ありがとう。上野さん」
頂きます、と言って僕はチーズケーキを食べ出した。
「うん。すごく美味しいです。さすが女性だけあってお菓子を作るのが上手いですね」
僕は彼女の作ってくれたチーズケーキの味を噛みしめながら出来るだけ時間をかけて、咀嚼してから飲み込んだ。
「そう言って頂けると嬉しいです」
そう言って彼女も自分の作ったチーズケーキを食べ出した。
「上野さんは食事は自炊しているんでしょ?」
「え、ええ」
「僕は自炊なんか全くしませんし出来ません。食事はコンビニ弁当を買うか外食です。料理、自分で作るの面倒くさいですから」
「一人暮らしの男の人では、そういう人、結構多いと思います」
彼女の発言は本心ではなく僕に気を使って僕を擁護するための社交辞令の発言であることは容易に察することが出来た。
僕は彼女の作ったチーズケーキを時間をかけて咀嚼しながら食べた。
「あ、浅野君。嬉しいです」
彼女は顔を赤らめながら言った。
「何がですか?」
「一人で、チーズケーキやお菓子を作っても、それを自分で食べる、というのは、さびしいんです。美味しいと言って食べて下さる人がいると、この上なく嬉しいんです」
僕はさもありなんと思った。
一人暮らし、ということを考えると、男の一人暮らしは、さびしくないが、女の一人暮らしは、さびしいものであることは容易に察することが出来る。
「女医って結婚できない仕事だったんですね。高校の時はそんなことは知りませんでした。高校の時の友達はみんな結婚しているっていうのに。結婚していないのは私一人だけです。医者の仕事はやりがいがありますが仕事が終わって誰もいないアパートに一人さびしく帰って来て一人で食事するのって、こんなにもさびしいものだとは知りませんでした」
彼女はうつむいて独り言のようにボソッとつぶやいた。
学生時代は暗い表情など一度もしたことのない彼女が憔悴しきっていた。
しかし彼女は精神が強く立ち直りが早いので、少しの後、パッと顔を上げた。
「浅野君。何か他に召し上がりますか?昨日、食材を色々と、たくさん買い込んでおいたので何か召し上がりたいものがあれば、お作り致します」
彼女が聞いた。
「いえ。いいです」
僕は立ち上がって彼女の前に立った。
僕は彼女が僕にして欲しいと思っているけれど、それを自分の口からは言えない事をしようと思った。
「上野さん。立って下さい」
「はい」
彼女は立ち上がった。
僕は彼女の背後に回った。
僕は彼女の背中に僕の体をピタリとくっつけた。
彼女の体がピクッと震えた。
僕は彼女の背後から彼女を抱きしめた。
「あっ。浅野君。ありがとう。幸せです」
僕のadidasのジャージの股間の部分がテントを張ってきた。
僕は彼女の体をクルリと回し、僕の方に向けた。
そして、彼女をギュッと抱きしめた。
しばし僕は黙って彼女を抱きしめていたが、
「好きです。上野さん」
と声をかけた。
「ありがとう。浅野君。幸せです」
と彼女は、即、言った。
僕としては彼女とは距離をとった関係でいたかったので、そのセリフは言いたくなかったのだが彼女はそのセリフを求めているので彼女のために言ったのである。
さすがに「愛してるよ」とまでは言えなかった。
愛してもいないのに、愛している、なんてセリフはどうしても使いたくなかった。
彼女をその気にさせてしまうかもしれないからだ。
彼女を過度に期待させてしまうかもしれないからだ。
彼女を一度だけ抱いてやろう、というのが僕に出来る許容範囲だった。
僕は彼女をつかんだままベッドの方へ足を運んだ。
そして、そっと彼女をベッドの上に乗せた。
僕もそのままベッドに乗って、そして彼女の体の上に乗って、彼女を優しく抱きしめた。
僕はadidasのジャージの上着だけ脱いでズボンは脱がなかった。
僕はランニングシャツにジャージのズボンという格好である。
僕は彼女とセックスするつもりはない。
しかし僕に好意を持ってくれている彼女の願望はかなえてやりたいのである。
それが僕に出来る許容範囲の限度だった。
「幸せ。浅野君。浅野君に抱いてもらえるなんて夢のようだわ」
彼女はうわずった恍惚とした口調で言った。
僕は黙って彼女を抱きしめていた。
しばしの時間が経った。
「上野さん。今度は僕が下になります」
そう言って僕は彼女と入れ替わるように僕が下になり彼女を僕の体の上に乗せた。
そして僕の体の上に乗っている彼女を抱きしめた。
男上位だと女が重く感じるのではないかと思ったからだ。
僕は女上位の方が女は疲れないだろうと思ったのだ。
僕は彼女の背中に手を回して彼女をガッシリと抱きしめた。
彼女の全体重が僕の体にかかり僕と彼女は完全に密着した。
「幸せ。浅野君」
彼女はうわずった声で言った。
「僕も上野さんが好きです」
と言って彼女を抱きしめた。
あまり何回も「好きです」というと言う気にはなれなかった。し、言ってはならないと思った。
しばし、こうして黙って彼女を抱いてやることで僕は彼女の願望をかなえてやりたかったのである。
どのくらいの時間だろう。
僕は黙って彼女を抱きしめ続けた。
それが彼女が最高に喜ぶことだろうからと思ったからである。
「幸せだわ。浅野君。嬉しい」
彼女は、うわずった声で何度も、その言葉を繰り返した。
もう、そろそろ、いいだろうと思って僕は彼女から離れた。
そして僕はまた彼女の体を仰向けにした。
昨日、彼女が言ったように彼女は僕と結婚したいとまで思っている。
彼女は、おそらく間違いなく僕と結婚して僕のために食事を作り一緒に食事して、休日は名所見物をして夜は僕に抱かれたいと思っているのだろう。
そして子供を産んで、ささやかな幸福な家庭生活を送りたいと思っているのだろう。
また。
結婚できなくても僕と恋人として付き合いたいと思っているのだろう。
しかし僕にはそれは出来ない。
なので僕は彼女の願望を僕の許容範囲で、かなえてやれることまでしてあげようと思った。
女は好きな男には抱いて欲しいのだ。
なので。
僕は上野さんの着ている白いテニスウェアを脱がせた。
上野さんの豊満な乳房を包んでいる白いブラジャーが露わになった。
次に僕は彼女のスカートも降ろした。
彼女は白いブラジャーと白いパンティーだけの下着姿になった。
上野さんは子供の頃からスポーツをしてきたので贅肉のない引き締まった均整のとれた美しい体だった。
恥肉を収めたパンティーの恥丘の部分がモッコリと盛り上がっていた。
僕はブラジャーとパンティーだけという下着姿の上野さんの体を抱いた。
そして首筋や体のあちこちを撫でたり触ったり揉んだりした。
その度に上野さんは、
「ああっ。感じちゃう。浅野君。気持ちいい」
と切ない喘ぎ声を出した。
僕は上野さんの、口にキスをした。
そっと唇をつけるだけにしてディープキスはしなかった。
付き合う気もないのに、あまり彼女を喜ばせ過ぎて別れた後、彼女にさびしい思いをさせたくなかったからだ。
僕は下着姿の上野さんの体を撫でたり触ったり揉んだりキスしたりした。
その度に上野さんは、
「ああっ。幸せ。憧れの浅野君に、こんなに愛撫してもらえるなんて」
と酩酊した口調で言った。
僕は上野さんのフロントホックのブラジャーのホックをはずした。
ブラジャーはプチンと勢いよく収縮して上野さんの豊満な乳房が露わになった。
僕は上野さんの豊満な乳房を優しく揉んだ。
「ああっ。感じちゃう。気持ちいい。浅野君」
上野さんは、うわずった声で言った。
僕は上野さんの乳首を、つまんだり、コリコリさせたり、口の中に含んだりした。
「ああっ。いいわっ。感じちゃう」
上野さんは眉毛を寄せてハアハア喘ぎながら言った。
上野さんの円柱の乳首が勃起して大きくなってきた。
僕は上野さんのパンティーの上から女の恥部の部分を触ったり恥肉の部分をつまんだりした。
「ああっ。いいわっ。感じちゃう」
パンティーの上から彼女の恥部を触っていると、愛液がにじみ出てきてパンティーに染みが出来てきた。
その染みの面積が、どんどん大きくなっていった。
僕は彼女のパンティーのゴム縁をつかんで下げていって足から抜きとった。
これで彼女は一糸まとわぬ全裸になった。
彼女のアソコの毛は、きれいに剃られていてた。
なのでアソコの割れ目がクッキリ見えた。
アソコの割れ目はピッチリと閉じられていたが白濁した愛液が溢れ出ていた。
僕は上野さんの濡れたアソコを触ったり揉んだりした。
「ああっ。いいわっ。浅野君。感じちゃう」
彼女は、うわずった声でハアハア息を荒くしながら言った。
しかし。
僕は彼女のアソコの穴にまでは指を入れなかった。
あまり彼女を喜ばせ過ぎて別れた後、彼女にさびしい思いをさせたくなかったからだ。
どのくらいの時間かはわからないが、かなりの時間、僕は全裸の彼女を精一杯ペッティングした。
「ああー。イクー」
そう言って彼女は全身を痙攣させた。
しばし上野さんは全身をガクガクさせていたが、だんだん、落ち着いてきた。
そしてグッタリと動かなくなってしまった。
僕はティッシュペーパーで彼女のアソコに溢れ出ている愛液をふいてやった。
僕は床に散らかっている、彼女の下着や服を拾い集めて彼女に渡した。
それが、もうこれでペッティングは終わりという僕の意志表示だった。
彼女もそれを察して、
「ありがとう。浅野君」
と言ってベッドから起き上がってパンティーを履いた。そしてブラジャーを着けた。そしてスカートを履いてブラウスを着た。
彼女は、ありがとう、と言ったが僕は何も言えなかった。
どういたしまして、と言ったら僕が彼女を好きでもないのに嫌々、仕方なく抱いてあげた、ということになって彼女の心を傷つけてしまう。
僕も楽しかったよと言ったらウソになる。
そう言ったら、もしかしたら彼女に僕が彼女に気がある、という誤解や期待をまねきかねない。
僕は彼女が僕に求めている行為をしてあげただけである。
そもそも僕は彼女に限らず女とセックスしても女を喜ばすことしか考えられないので、セックスは一時的な享楽にしか過ぎない。
小説を完成させた時の喜びに比べたら、セックスの快感なんて僕にとっては虚しいものでしかないのである。
しかし一時的で刹那的な快楽であってもセックスは小説を書くことに比べたら各段に落ちるが、それなりに快感ではあった。
彼女は僕の思いを察してか、
「浅野君。ありがとう。私の長年の願望をかなえてくださって」
と申し訳なさそうに言った。
「いや。僕も楽しかったです。ありがとう。上野さん」
僕も言った。
「いいんです。浅野君。無理に言ってくれなくても。浅野君は、小説を書くことが全てで浅野君は優しいから私の願望をかなえてくれた、ということは、わかっています」
彼女は僕の心を全て見抜いている。
「浅野君。今日、神奈川に帰るんでしょ?」
「は、はい」
「私、浅野君にしつこく付き合いを求めないから安心して下さい」
この発言には参った。
彼女を可哀想に思った。
彼女は僕の思いを全て察している。
「浅野君は今回だけで私と別れたいと思っているんでしょ。それは安心して。私、浅野君にしつこく電話やメールをかけたり送ったりしませんし、また会って下さいなんて、無理強いしませんから」
この発言には参った。
彼女は僕の思いを全て察しているからだ。
僕は大阪と神奈川という距離の隔たりが彼女と会わないですむ、ということを計算していたのだ。
彼女だって医者の仕事で毎日、忙しい。
しかし携帯での電話やメールのやり取りは、僕はしたくなかった。
それを、どう、やんわり断るかに僕は迷っていたのだ。
しかし彼女が僕の思いを完全に察してくれていたので、それは有難かったが、しかし彼女がちょっと可哀想に思えてきた。
僕は「女を悲しませてはいけない」というダンディズムの信念を持っていた。
それで僕はこう言った。
「上野さん。1年に二回までなら、これからも、お会いしたいと思います。その時はまた、テニスをしましょう」
僕はそう言った。
「浅野君。ありがとう。そう言って下さると本当に嬉しいです。一年に二回までの約束は必ず守ります。もちろん私の方が浅野君の住んでいる神奈川県に新幹線で行きます。小説執筆に忙しかったり会いたくなかったら遠慮なく断って下さい」
上野さんが言った。
「ありがとう。会った時はまたテニスしませんか?あるいは、お寺や神社などの観光名所めぐりでもいいです。上野さんが好きなことを言って下さい」
「浅野君。ありがとう。でも、もしよろしかったら、また私を抱いて頂けないでしょうか?私を愛してくれなくても構いません。私が性欲処理の役割になるのなら、私はそれで十分、嬉しいです」
「ありがとう。上野さん。あなたにも、いつかきっと、息の合った、いい人が見つかると思います」
僕はそう言って彼女を慰めた。
「上野さん。そろそろこれで僕はおいとまします」
そう言って僕は立ち上がった。
「浅野君。今日これから新幹線で神奈川に帰るんでしょ」
「ええ。そうです」
「じゃあ、新大阪駅まで車で送らせて頂けませんか?」
「ありがとう。お願いします」
こうして僕は新大阪駅まで彼女の車で送ってもらった。
新大阪駅が見えてきた。
彼女は改札口まで見送ります、と言ったが、僕は、わざわざそこまでしてくれなくてもいいです、上野さんはこのまま帰って下さい、と言って彼女を制した。
「今日は本当にどうも有難うございました」
彼女は深々と頭を下げた。
「いえ。僕も楽しかったです」
僕は東海道新幹線に乗って藤沢のアパートに帰った。
アパートに着くとベッドにゴロンと横になった。
今日あったことは、そのまま、書けば、それなりに小説になりそうだと思い僕は机に向かって座りパソコンのワードで同窓会の知らせが来た時から書き始めた。
さて僕と上野さんの関係はこれからどうなることか?


2022年6月29日(水)擱筆

複雑な彼

複雑な彼

  • 小説
  • 短編
  • 青春
  • 恋愛
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2022-09-12

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

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