サンセットダットサン
しばらく、実家に帰ってないんです、と和田は私に言った。
私は和田を黙って見上げた。彼が吸っているタバコは、パーラメント。階段に座っている私の目線からは、人差し指と中指に挟まった燃えかけのタバコが、よく見えた。別に見たくもなかったが。
「そ、そうなんだ」
私は隣に座った和田に、若干早く帰ってほしいなぁとおもいながらそう返した。
「実家、帰った方がいいですかね」
下の方にある河川敷の公園には、役目を終えた動かない消防車が停まっていた。
ボンネットに蓋がないダットサンみたいな消防車の運転席には、いつも小学生が乗っている。
いつもの3人組。
ぽっちゃりした子と、メガネかけた子、いつも帽子をかぶってる子。
3人で敬礼し合って消防車に乗り込み、パワステの死んだ硬いハンドルを握ってキィキィ言いながらアクセルを踏み込んでいる。
外の出っぱりに捕まった子が思い切り車体を揺らしてそれっぽさを演出している。
ワイスピがどうとかフェラーリがどうとか言っている横で、和田はタバコの灰を落としてから、耳の後ろ辺りを掻き始めた。
「親がどうしても実家に帰って墓参りをしろというんです、墓参りなんかしたって、死んだ人が助けてくれるわけでもなし、線香あげたって煙がでるだけ、そんなことの為にわざわざ新幹線代出すのも馬鹿らしいなと思って」
墓参りがどうこうのとこまではなんとなく聞こえたが、その後の下りが全く聞き取れなかった私は、ワンカップの大関をチビチビと啜りながら、うん、と呟いた。
会話が終わった。和田は黙々と煙を吐き出し、3人組は相変わらず死んだダットサンの車体を揺らしながら叫んでいる。
河で魚が跳ねる。
しんしんと長生きのセミが鳴く。
私は病院からの帰り道だった。
昨日死にそうになっている蛇の夢を見たと言ったら、先生に軽く無視され、大丈夫そうですねぇと平然と言われ、診察はそのまま終了した。滞在時間、三十数秒。そんなもののために半日ばかり無駄にした。
薬の量を減らしてほしいと言ったら駄目ですと言われて、私が判断しますからとコンピューターおばあちゃんみたいに言われ、不貞腐れて帰りのコンビニでワンカップを買い、公園前の階段に座っていたら、和田が話しかけてきた、と言った感じ。
私は和田の素性を一切知らない。
この間出会い系で出会って一回チョメチョメしたあとに、顔馴染みになった。
またヤりたいだけだろうな、男なんてみんなそんなもんじゃないか。
ヤりたいだけ、恋愛なんて、その延長線みたいなものじゃないか。
男と女の友情やら恋愛感情やら、美しい言葉で着飾ったところで、本質は縄文時代と何も変わらない。
私は別にどうでもいい。金も貰えるし。ただ、コイツの、回りくどい言い回しが気に入らない。ヤりたいならヤりたいと正直に言えばいいじゃないか。
所詮私は、私の両親と兄、くらいしか人と思っていない。
そんな奴がどうしようがどうなろうが、はっきり言って、どうでもいいのだ。
さっきの医者の対応やら、酒の勢いやらでイライラしていた私は、つい、
「お前もう帰れ」
と、ホヤホヤした頭で言ってしまった。
ふと、我に帰って、和田の方を初めて見ると、憑き物が落ちたように明るい顔になって、
「やっぱりそうですよね、流石姐さん、頼りになるなぁ」
と、感謝された。
ポカンとしていると、3人組が駆け寄ってきて、タバコのポイ捨ていけないんだーと叫びながら走り去っていった。
一瞬固まって、和田が血相変えて走り出したとき、私は走らなくなったダットサンを見下ろしながら、ワンカップの空瓶を思い切り川に向かって投げ捨てた。
サンセットダットサン