世界を救う勇者のパーティー ブラズエル事件 プロローグ

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 深夜、車椅子の少女は自分の部屋に入り、入り口のガス灯を灯し暗闇に白い顔を浮かび上がらせる。ボブカットの黒曜の髪と瞳はフロギストンが熱する白金から発する光を断固として吸い込み逃さない。
 彼女は周りがおぼろげに見える中で車椅子を漕ぎ、執務机に寄せた。
 引き出しからワイングラスと百年前の甘口ワインを取り出し、机の上にあるランプに火を灯して琥珀色の液体をグラスに注ぐ。
 グラスをランプにかざして貴腐ワインの波が作る虹色の輝きを眺め、少し強いすえた香りをめ一杯に吸い込むと、滑らかなその琥珀色の液体を口に入れる前にほんの少し思いを馳せる。
 さて、朝まで少し間があるし今日はどんな本を読もうかしら。
 彼女は思案した後、政府の能動的な需要喚起による社会厚生の増大に関する論文を取り寄せていたことを思い出し、業務外のレターボックスから探し出した。
 呼び出し鈴が鳴る。
「誰かな?」彼女の問いに相手が名乗る。
「ゲオルギー・イコニアノス・ラプトールです。アルマース閣下にお伺いに参りました」
 アルマースと呼ばれた少女は突然の来客を追い返そうかと一瞬考えたが、仕事ならば早く片付けるのが彼女の流儀であったし、深夜わざわざ訪ねてくるくらいであるからにはそれなりの用事であるだろうから招き入れる事にした。
「委員長、かまわない。入りなさい」
 計画経済委員長として七年、三年間に渡る大戦では戒厳司令官権限を付与されて先日の戦勝に貢献した功労者の一人、ラプトール委員長が入室してきた。五フィート半のやや低めの背格好に泣いているような目に光る爬虫類じみた光を浮かべる黒に極めて近い瞳と同色の髪は、フロギストン灯の下では空の果てを想わせる蒼を浮かべる。
 執務机の前にやってきた濃紺の詰襟の背広の彼に彼女は刺すような声を出す。
「呼んでもいないのに、随分遅くに遊びにいらっしゃるんだね、君は」
 それでも彼女は左手で椅子を勧めた。ラプトールはすぐ済みますから、と固辞する。
「先ほどの閣議で戒厳司令官権限をお返しするのを忘れておりました」
 重要なことをまるで弁当箱を忘れた学生のように軽く行ってのける。既に戦勝報告を受けて全権大使を決める閣議の席から結構な時間が経っていた。
「別に朝からでも構わないのに」
 少し憩おうかとしていた時間を阻まれた彼女は不快感を隠さない。
「第一君はね」
「計画経済委員長からも降ります。第三書記からも」
 眉を寄せ、続けて文句を言おうとしていたアルマースを遮った。
「そう」と彼女は一瞬なにを言ったのか戸惑った後で頷き直す。
「そうか......。わかった。後任の推薦はあるかね」
「書記長、あなたと勇者のパーティーに一任します。私は勇者ではありませんので、推薦は不要で
しょう」
「それも、そう」
 アルマースは戸惑いを誤魔化すように引き出しを開け、紙の束を取り出すと数字を書き込み、一枚切り取ってラプトールに差し出した。
「受け取りなさい」
「これは、小切手ですか」
「君は金儲けが下手なのはこの七年間見ていてよくわかった。少ないが餞別くらい出させてくれな
いか」
 ラプトールが額面を見る。小切手には彼の今の年俸の十倍近い金額が書き込まれていた。
「裏書をしていただけませんか」
「君は本当に嫌な男だな」
 そう言いながらも、裏面に日時と名前を書き加える。
「ほら、これなら君が公金横領で捕まることはないだろ?」
 それでも彼は渋々と言った様子で受け取る。流石にアルマースが更に不機嫌になったのを察知して謝った。
「すいません、本当に慣れてないんですよこういうの」
 そして礼を付け加えた。
「ありがとうございます」
 丁寧に頭を下げて受け取る。
 アルマースがラプトールを見知って百年、彼女には刹那にも近い時間にしても、もう会うことはないと思うともう一声かけてもいいのではないかと思ったが、
「待って」
 なんでしょうか、と頭を上げたラプトールが見たアルマースはばつが悪そうな顔をしている。もう少し明るければ照れて頬を赤らめているかも知れないのが彼にもわかる。
「お疲れ様、短い間だったがよく働いてくれた。ありがとう。とでも言おうと思ったが止めた。逡巡が口に出たな。君にはまた合うことになりそう」
「またお呼びいただけると?」
 綻ばせていた顔はもうこりごりだ、と言いたげに困惑していた。ラプトールは彼女が彼を呼び戻すなど想像もしていなかったのだろう。
「いや、君はまた自分の意志でここに来る。私は何も強制することなく、だ。そんな気がする」
「これまた不気味な予言ですね」
 彼は顔をしかめると、手元の小切手を机の上に置いた。
「なら、これはもらう義理はありませんよ」
「欲がないね」私から何かもらうのはそんなにいや? という言葉は飲み込んだ。
「非公式に現金をやり取りするのに慣れてなくて、お許し下さい。勿論年金は委員長格でいただけると信じてますから」
 ラプトールは冗談めいて言い、それじゃあさよなら。と踵を返した。
「またね」
 アルマースがかけた声にラプトールは一瞬驚いたように立ち止まると、背を向けたまま手を振って応えた。
 彼が室外に去った後で、アルマースはグラスを再び手に取る。縁がランプの光で作る虹を眺める。
「まぁ、人類とは面白いものだね。あれで勇者殺しを平然とやってのけるのだから」
 ほんとにめんどくさいひとね、と口には出さずにアルマースは心の中で付け加えた。口に出すと「あなたもね」と返ってくるような気がしたから。
 彼女はグラスに口を付け甘美なその液体を口の中で遊ばせ、ゆっくりと飲み干す。そして嫌々読書を止めると、党書記長としての仕事、党幹部の名簿の中からラプトールの次の計画経済委員長を決める仕事を始めた。

世界を救う勇者のパーティー ブラズエル事件 プロローグ

世界を救う勇者のパーティー ブラズエル事件 プロローグ

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2022-09-10

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