嘲笑の臨界
それは月光に似ていた。己の膚から血肉、そして骨に至るまで凡てが紛い物だ。とうの昔に死んだ歴史だ。
己はどこかに立っている。どこに立っている?亡骸の上に立っている。誰の?おそらく己の。己はそれを踏み潰している。無表情で執拗に踏み潰している。踏み潰される己は沈黙している。おそらく永久に沈黙している。
高速の絶え間ない交代。己は高速の絶え間ない交代だった。秩序は崩れるのではなく蛇のように脱皮するということを己は生れる前から心得ていた。己は己一人しかいない空間で授与動詞を使いまくっていた。真に重要なことは意味や価値を超越した場所にある。己はまず凡てを等しく無価値にした。
ほんの少しでも嗤いに恐怖が含まれていればそれは嘲笑にはなり得ないよ、と呟いた。誰が誰に?己が己に。己は本当に嘲笑されたことがないのかもしれない、と絶望した。誰にも嘲笑されないということは生きていないのに等しい。己は生きたことがないことに絶望しているのか?違う、生き始めることができたところで"本当に"死ぬことはできないかもしれないことに絶望している。誰がこの悲歎を解ってくれるだろうか?
絶えず自己を複数化することでしか保てない何かがあった。護れない何かがあった。有害かつ神聖なものは存在するのか、と己は考え始めた。考えるまでもなく己のこの異常な複数化精神が凡てを證していた。
己は本当に嘲笑し始めた。
嘲笑の臨界