君のおはようが聞きたくて

2000字、5分で読めるお手軽な短編。

「おはよう。」

朝の言葉、一日が始まる言葉。
これは他人の受け売りになるけれど、この一言がその日を良い物にしてくれる。
そんな魔法のおまじない、それがおはよう。

私はそう言われたし、私自身そう思ってる。

これはそんな一言で始まった物語、たった一言…ただそれだけの物語。


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ーー


私は、朝が嫌いだった。
だってそれは一日の始まりだから。

私にとっての地獄の始まりでしかないから。
目を開けるたび、日差しを浴びる度、それだけで生きる気力を奪われた。

それでも、無惨にも明日はやってくる。
だから…今日も…私は重い身体をベットから起こす。

視界一面に映るのは、散乱した教材と、ゴミばかり。
我ながら、よくもここまでのゴミ屋敷にできたと思う。

そう思いながら、床下のものを蹴飛ばしながらクローゼットに向かう。
思い切りよく開けたクローゼットには、もう何ヶ月も来てない制服が入っている…

私の名前は、高坂 楓。
所謂、不登校という奴だ。

不登校になった原因は、至って単純だ。
クラスの中心にいる女子グループに目を付けられた、ただそれだけだ。

そこからどうなるかなんて想像が付くだろう。
陰湿なイジメが続いた、そして不登校となりこの有り様だ。  

良く見る不登校までのお決まりパターンを、ものの見事に通ってしまった訳だ。

それからは、毎日毎日朝が苦痛だ。
学校に行けない罪悪感、それと同時に行けばまたアレがあると言う恐怖。

そんな感情でぐちゃぐちゃになる。
ふと、外に目をやる。
外では、同じ学年と思われる子達が登校している。

「ハハッ…何やってるんだろ…私。」

出てきたのは、乾いた笑みと自虐だった。
もうほんと…自己嫌悪が募る…。

何を考えたってマイナスだ。
本当に、朝は嫌いだ…。

取り敢えず、朝食でも取ろう。
食べていれば、食べることに集中すれば…少しは忘れられるから。

朝食は、いつも部屋の前に置いてある。
いつもお母さんが起きる時間になると持ってきてくれるからだ。

両親は、私が学校に行かなくなっても厳しく責める事はしなかった。
事情を話した時に、2、3回頷いた後…

「辛い時は逃げてもいい、ただいつかは前を向きなさい。」

「前を向く時は遅くたって良い、それでもいつか前を向ければそれで良い。」

こう言って、後は特に何も言わなかった。
私にとっては、それで嬉しかった。

とういうより、その言葉が無かったら私は自殺でもしてたと思う。
それくらい、私の中でトラウマだったから、両親には感謝しかない。

心の中で、両親への感謝と申し訳なさでいっぱいになりながらドアを開ける。
いつも通り、お盆の上に置いてある朝食を机に運ぶ。

そして、ドアを閉めようとしたその時だった…。

「楓。」

私の名前を呼ぶ声が、下から聞こえた。
きっと母だろう。

階段を上がってくる音が聞こえる。
それだけで、自分の足が震えるのが分かった。 

きっと、何を言われるのかが怖いのだろう。
でも…私なんかが逃げて良いわけない。

だから、一歩…部屋の外に踏み出す。
思わず、一歩踏み出すだけでも目をつむっていた。

目を開けると同時に、ふにゅっと、ほっぺを挟まれた。

触れてきた両手はまだ冷たくて、ひんやりとする自分の頬とは裏腹に、心が暖かくなるのを感じる。

視界に映るのは、いつもと変わらない暖かい目。

私の母だ。

「うん、今日も私の娘は可愛い〜ぞ〜。」

私のほっぺを弄りながらそんな事を言う母。
一瞬で、私の緊張がほぐれていくのがわかった。

胸の辺りが、温まるのを感じる。
思われる、笑みが溢れた。

「そうそう、その顔が1番!」

久しぶりに私が笑ったからか、母は満足げだった。

「それで何だけどさ、楓に来客が来てるんだよね。」

「来客…?」

自然と首を傾げてしまう。
今の私と仲良い子なんて居ないのに…先生だろうか?

そんな事を考えていると…

「日和君って、覚えてる?」

日和…、知っている。家も隣で良く遊んだし、何よりどうでも良い話題で雑談しまくった。
所謂昔からの幼馴染みってやつだ。

でも、高校生になってからは殆ど話していない。
一体…何をしにきたのだろう?

まぁでも…あいつなら良いか…。
何となく、そんな事を思った私は…

「分かった、会うよ。」

と、答えるのだった…。


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ーー


「おー、久しぶり久しぶり〜。」

階段を降りてくると、声が聞こえた。
何だか少し低くなったけど、それでも変わらないこの優しい声は…。
幼馴染み…添田 日和だ。

「久しぶり…。」

端的にその言葉だけを返す。
にしても、こいつ身長伸びたな…。

「見た目あんまり変わってないんだな〜。」

嫌味だろうか、自分は伸びたことを見せつける嫌味だろうか。
それを主張するかの様に、私はジトったそいつを睨む。

「おーごめんごめん、そんなつもりじゃないぞ。」
 
「どーだか、あんたって相変わらず分からない奴ね。」

「そうか?普通だと思うんだけどなぁ…」

「大分変わってるわよ、確実に。」

「そんな事言ったら泣いちゃうぞ?」

「泣けば?」
 
「酷い。」

などと、そんな雑談を交わす。
何故だろう、こいつとはいくら話しても会話が止まらない。

本当に不思議な奴。
ふと、私は聞きたい事を質問した。

「てか、今日は何しにきたの?」

「ん?あ〜そうだ忘れてた。」

「お前、朝苦手になったんだって?」

「よくもまぁズケズケの痛い所を聞いてくるよねぇ。」

「ま、そうだよ…毎朝一日が始まると思って苦痛だよ。」

「そか、て事で!」

日和がそう言ったその瞬間だった。
いきなり、日和が身を乗り出し、生き生きとした顔でこっちに顔を近づけてくる。

「ちょっ…近いんだけど…何?」

すると日和は…元気な声で…

「おはよう!楓!」

と言った…。

「は?」

思わず、きょとんとしてしまう。

「さ、これで今日の朝は嫌な朝じゃなくて…」

日和はにかっと笑いながら…

「変な奴に、おはよう、って言われた朝になったな。」

高らかにそう宣言した。

「それじゃ、俺帰るわ。」

そう言って、日和が席を立つ。

すかさず私は困惑した声で日和に問い掛ける。

「ちょっ…あんたもしかしてその一言だけ言いに来たの?」

すると、そいつはきょとんとした顔で答える

「そうだけど?」

その言葉に思わず大きくため息を着く。

「呆れた…あんた、本当に変わってるわよ。」

「そいつはどうも、でもこれは個人的な意見だけどさ…」

「おはようはその一日を良い物にする…そう言うおまじないな気がするんだよ。」

「それじゃ、明日も来るから。」

それだけ行って、日和は学校に行った。


その日は…私の大きな転機になった。
これは、そんなおはようから始まった物語…。

私と日和の…おはようの物語。

そして何より…



日和がもう一度おはようを言うまでの物語。




続かない…!

君のおはようが聞きたくて

君のおはようが聞きたくて

  • 小説
  • 掌編
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2022-09-03

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