高野そくらの選句集 1999

はじめに

 この年、グランパにとっては波乱万丈の年であったようだ。それが身
から出た錆なのか、自分が蒔いた種なのか、最初は見当もつかなかった
ようだが、やがて新任部長による単独行動によるものであることが判明、
その窮状を救ったのが、グランパが放った一句であったというのだから
選句も慎重に行った。


【第一幕】 波乱に満ちた 1999年

166   去年今年妻と握手と子供たち

            毎年の恒例行事として、除夜の鐘をテレビで
            家族ともども拝聴、時計の秒針が零時を差す
            と皆で代わる代わる握手をして、挨拶するの
            だという
           (この時点で波乱万丈など考えてもいない)

167   賑わいて砂塵舞い上がる初詣
168   破魔矢良く売れて人の列延々と
169   紫煙浴び健康祈る年初め

            初詣は家内の実家(葛飾区)に年始の挨拶に
            行ったついでに、映画寅さんで有名な帝釈天
            での初詣であったという

170   一月や閑なること計三昧
171   正月も仲良きことを心掛け
172   新年を祝い吟醸生酒呑む
173   元旦や愛宕神社で御札受け
174   淑気境内に漂いて清々
175   初鶏に代り寺院の鐘が鳴る
176   初声をあげし飼い犬意気盛ん
177   初東風やハンドル僅か取られけり

            地元の愛宕神社での年始参りも怠りなく
            交通安全のお札をいただき入間愛宕神社
            を頭から入間愛と読んだという

178   宇宙から観る地球に焚火煙る
179   新年や神秘の地球青々と
180   宇宙からアラビアのロレンスを追う

            宇宙からの望遠レンズで地球上の焚火を
            ウォッチング出来る時代になったという
            グランパの感動が伝わってきます

181   初日の出二千年陽に熱く燃え

            来年は2000年、新たなミレニアムと
            いう千年紀に向けて商業ベースが動き始
            めており、トンガ・キリバス・NZなど
            が先陣をきって動き始めたとグランパの
            興奮も感じられます
           (結構、感動屋でもありますね)

182   飼い犬を追う女房や雪の中
183   雪掻きや膝まで潜る大仕事
184   鍋物の湯気と並んで孫の顔

            この年は凄い大雪で雪に慣れていない都市部
            の人たちには大変だった様です

185   初テニス汗ばむほどに陽だまれり
186   餅パワーにはスマッシュも弾け飛ぶ
187   初花は一番花を奥寄りに

            新年のテニスクラブでの初打ち、フロントの
            生け花が印象深かった様です

188   五十路越え晩学青年に句春
189   お汁粉に鏡餅入れゴツゴツと
190   風強く大枝も揺れ寒さ増す

            そろそろ寒さ本番に向けて、インフルエンザ
            対策など晩学青年は冬の俳句に挑戦といった
            ところで気合は十分な様だ

191   夜寒するなか飼い犬同志吠える
192   飼い犬に添い寝させ冬の留守番
193   飼い犬や膝に顎載せ蜜柑待つ

            飼い犬と一緒に暮らし始めて5年となるので
            ある程度の意思疎通は出来るが、犬同士の声
            となると判読できないという

194   八度五分インフルエンザ妻寝込む
195   寒の水フル回転させ製氷機

            寝込んでいる妻の傍に飼い犬が張り付いての
            看病姿に感動したという

196   初護摩やマイク通して境内に
197   初便り出版社から雑誌届く
198   初刷りの自分の記事に目を通し
199   年初め従妹同士の背比べ
200   初写真パスポート向けすまし顔
201   包丁始小松菜を切る家内
202   福寿草植木市にて売られをり
203   春衣着て団子屋の店若女将
204   書初めは新調した万年筆で
205   初買は妻の誕生祝いから
206   初稽古コーチも固いご挨拶
207   新年会お互いに髪白くなり
208   福鍋や蟹喰ふあいだ皆寡黙
209   五日朝ビデオで社長の話聴く
210   六日は本部長講話引き締まる
211   出初式警備の人の晴舞台
212   学校始め短パンに驚愕する
213   寒の水五臓六腑が求めをり

            この頃からグランパは15秒間の即興で作句
            する速詠みに挑戦、選句が難しい印象でした
            が拾えるレベルのものをいただきました

214   成人の着物を羽織る母娘連れ
215   休日に救われ妻の風邪看護

            ご存じのない方でも着物姿での母娘の笑顔は
            嬉しいですよね(一方でグランパは看病も)

216   信楽で香を焚く冬一茶読む
217   お汁粉や妻風邪治り小正月
218   雪国からの魚市場大繁盛
219   寒空に千両万両の植木市
220   原稿のチェックを終えて寒のお茶

            奥さんの風邪も治って魚市場に向けて運転手
            養生には旨い魚介類が一番と考えた様です

221   朝あかね冬の校舎を包み込み
222   願わくば寒さ和らぐ一雨を

            寒さが大の苦手のグランパにしては作句数は
            多かったのですが選句数は限られましたね


【無常観】浅学三題として

(昨日)
223   世の常に習ひ従う二度の冬
224   はらわたのにえる思ひに寒の水
(今日)
225   暖かき天の恵みに春近し
226   どこかしこ風邪ひきの居るもらってと
(明日)
227   冬に翁のとりあえぬ(即興)一句見付けたり
228   俳句は人に非ざる句と知る冬

【パラダイムシフト】
〇 グランパとしては珍しく勤め人としての嵯峨を負うて難しい年代に
入って来たとして、新任部長の登場で、針の筵の様な環境に座らされた
ものの無常観によって乗り切ろうと俳句を詠んだ

〇 しかし親友が俳句のファンで「はらわたのにえる思ひに寒の水」を
読んで仰天、たまたま人事担当であったことから、上層部にもこの状況
が伝わることになり、想定外の事態にすぐ手が打たれた

〇 即刻、職場の異常な執務環境は改善され、半年後には、新職務への
取り組みが用意されて、グランパの意欲的な活躍が再開されたという
(詳報は「ヒトとして生れて(第5巻)」万田竜人著に紹介されている)

【後日談】
〇 俳句の投稿仲間から「はらわたのにえる思ひに寒の水」は俳諧味の
ある良い句だという感想が寄せられたという
(後にも先にもグランパにとって訴えるものがあったのは本句だけだと)


229   角松が冬七年ぶりの復帰版
230   寒戻り油断大敵喉の毬
231   栗を西方の木と尊ぶ僧あり
 
            一瞬、門松の間違いかと思ったが、角松敏生
            が七年ぶりに復帰アルバムを出したという話
            だった。若い奴らへ逆チャレンジをするとい
            う発想は見習いたいという

232   冬の吉日赤ちゃん筆に触れり
233   インフルエンザ百七十八クラス閉じ
234   大寒を過ぎ友の句が特選に
            理髪店で赤ちゃん筆に触れる機会を得て穂先
            の柔らかな感触に感動したとのこと

235   白ワインコルク抜く音景気良く
236   ビフテキを焼く冬ニンニク臭飛ぶ
237   蕗のとう竹の子と煮て冬の旬
238   牡蠣鍋にうどんを敷いて餅も入れ
239   春隣チョコの売り場が用意され

            食べ物の句が多くなってきてグランパもこの
            頃から元気を取り戻してきた印象ですね

240   おのれ知る五十路を超える寒の数
241   今の世に何を吠えても息白く
242   飼い犬や寒に丸まり狐穴風
243   葛飾で柚子を貰いて砂糖漬け
244   親父狩り聞いて木刀寒稽古
245   道隔て越して来る人寒見舞い
246   建築場ドラム缶の火で暖を取る

            一茶が五十歳の時の句を踏まえて詠んで見た
            様ですが爺さん風な印象は拭えませんね

247   初場所や大一番でものいいが
248   みぞれ止み飼い犬を引き競歩せり
249   飼い犬も吐く息白く皆同じ

            お兄ちゃんを優勝させたかった思いは、相撲
            ファンとして、同じ気持ちだったようですね

250   冬の雲鉛色して幾重にも
251   雲を押し開け冬の朝日眩しく
252   冬ざれて飛行場の芝褐色
253   雪に出であられ後晴れて誕生日
254   春近し妻からバッグプレゼント
255   娘からセーター届くバースデー

            グランパが生まれて初めて母親と共に産院か
            ら我が家に向かった日は大雪であったという。
            暖かく晴れた57歳の誕生日はプレゼントと
            共に、家族からの愛に包まれた様だ

256   冬に奥の細道の書で旅をする
257   冬想うあらためて一茶の温もり
258   冬の月飼い犬抱え脚あらふ

            芭蕉や一茶の作品には、いつの時代にも共有
            出来る不変の描写があって、惹かれるのだが、
            一方で月を鑑賞した後に飼い犬の脚洗いなど
            は必ず付いてくるが、時に作句のヒラメキが
            降りて来るのは、その様な時だという

259   冬雲の縁に茜の朝日かな
260   西方の遠客来たり懐かしく

            中国で日本語の先生として活躍している前任
            の部長が訪問されるというので、懇親の場を
            用意して楽しい時間を過ごさせていただいた
            のだという、この後、職場の雰囲気が親しみ
            やすい場となり、いまだにどのような魔法を
            かけていったのか不思議なのだという

(続 く)

高野そくらの選句集 1999

高野そくらの選句集 1999

  • 韻文詩
  • 短編
  • ファンタジー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2022-09-01

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