食欲
虫を生かす、透明な球体を埋め込まれたひとは、えらばれたひと。白いかべの、白いゆかの、白いシーツの、ちいさな海で、あのひとは、あたらしいあのひとにうまれかわり、一匹の虫と共存し、夜の町を、あるくことをゆるされる。
わたしは、とにかくもう、むしゃくしゃするほど、いま、ドーナッツが食べたくて。いま!たべたい!という欲求を、ひたかくしたまま、部屋の窓から、夜の町をいきかう、えらばれたひとたちをながめる。一階のリビングから、ときどき、わっ、という歓声がきこえて、おとうさんが、きっと、野球をみていて、おかあさんは、おそらく、キッチンで、ジャムをつくっている。ぶどうのジャム。かすかにただよう、あまずっぱい香り。でも、ドーナッツじゃない!
あのひとが送ってくる、メールに、添付されている写真の、景色は、まるで、いままさに、産声をあげたばかりの、まあたらしいものにみえる。知っている場所のはずなのに、知らないところのようで、その微妙な差違に、すこしだけ、酔う。
食欲