SS56 残りは
瞼を開くと、天井の蛍光灯に照らされていた。
「頂いた給料の新たな旅立ちを祝して、乾杯~!」
なぜか音頭をとっていたのは課長だった。
それを横目に俺は歓送迎会の会場を走り回り、ワイングラスを片手に談笑する彼を見付けた。
「諭吉さん、行かないで下さい。あなたがいないと困るんだ」
「何言ってるんだ、今更。お別れの前に君には色々と諭したつもりだぞ」
「それは分かっているんですが……」
何とか翻意してもらおうと言葉を繋ぐ間もなく突き飛ばされた。自分と同じ境遇であろう複数のスーツ姿が必至の形相で割り込んで来たのだ。
よろめいて思わず肩を借りた人物の顔を仰ぎ見て、探していたもう一人だと気付く。
「ああ、夏目」
「何だ、お前。またここに来てたのか」口調は明らかに呆れ気味だ。
「お前まで俺を見捨てるつもりなのか?」
「見捨てる? 人聞きが悪いな。これまでも随分無理を聞いてやったじゃないか。今回は自分で何とか頑張りな」
にべもなく背中を見せた薄情に憤りながらも足元に縋り付いたが、振り解かれて姿を消した。 何て事だ。
給料日の翌日だというのに、俺を支えてくれる人はいなくなった。
あまりの絶望感に打ちひしがれ、尻餅をついた所で視界が暗転した。
夢か……。
瞼を開くと、天井の蛍光灯に照らされていた。
身体を起そうとして手をつくと、ジャリっと金属の擦れる音。
そうだった。
紙幣は消え去って、残りは500円玉が3枚のみだった。
SS56 残りは