私の頭の中

※これは小説ではありません

アーティストはみな、その人の表し方や言葉で聴いている人への想いみたいなのは一緒だと、私の好きな曲たちを聴いていて思った。
アーティストからしたら私たちのことなんて顔も知らない、どんな人なのかもわからない存在だと思うのに、どの曲を聴いても”一緒に生きよう”と言われているように感じた。
それは音楽を作っている人たち自身も病んでどうしようもなくなる時があって、そう思うのは自分のいる環境がとかじゃなくて、この時代に生きていれば誰しもそう考えることがあるくらい、この世界はひどく残酷なんだと
それでもなんとかどうにか一緒に同じ時代を生き抜いていかないかという想いを音楽を通して伝えてくれているんじないかと自分は解釈した。
音楽は心の内側のしにたい気持ちには、どうしても届かないんだけど、最後の砦にはならないことの方が多いけど、それでも私の生きていくための理由になって好きなアーティストの新曲が出たからとかライブがあるからとか、私の中で未来の楽しみの大半が音楽だから、そういう意味でわたしは音楽にたくさん救われてきた。
そんな救世主に私もなりたい。誰かを救うことで自分も救われたい
私はいつだってそんな邪なことばかり考えている。それを自覚しているだけでも成長したと思いたい。恋に関しても不安がないわけじゃない。
周りが恋して胸をときめかせていることに、不安でいっぱいになることがある。
好きな人がいないからなのか、友達の恋が実って離れていってしまうんじゃないかという不安が心の半分をしめている気がする。
友達には、上手くいって欲しいって思っているけど、なんとなく実るんじゃないかなって思っているけど、多分そうなったらものすごく寂しい。
なんか自分の代わりは友達にはいるんだろうなって思えてきて泣きたくなる日がある。
よく感化されやすいねと言われることがある。
今ふと疑問が生まれた。感化されて抱いた感情や言葉って偽りなのか
元々あった自分の中のものが感化されたことによって、現れたんだと思いたい。そうだったらいいな。プラスの感情もマイナスの感情も影響されるから、決していいことばかりじゃないし、むしろしんどくてしんどくてこの感情をなくしたいと思うこともある。
そんな状況になっても私は、感化された自分の内面を愛しているんだと思う。
いくら自分を嫌いになろうが、最後は自分を好きでいるように、愛してしまうように、人間はできているんじゃないかと思う。

私の頭の中

私の頭の中

  • 自由詩
  • 掌編
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2022-08-25

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