暗転

まだそんなくだらないことに囚われているのか、と声がした。まだそんなつまらないことに(こだわ)っているのか。

ああ、じきにお前も(おれ)のようになるよ、と声に出さずに応えた。精々(せいぜい)嗤っているがいいさ。

(かげ)りを(とら)えたのはいつだったろう。それは己に捕えられる前からそこに在り、冷然としてそこに在り、(かたく)なとしてそこに在った。

それは次第に勢力を増していった。勢力は増すことはあっても、減じられることはなかった。

減じられるのは己の記憶か。記憶、苦痛、正気、これらが同義であることが判らない人間を己は相手にしない。

記憶は偽りであればあるほど好ましい。(もっと)も、翳りは記憶の虚実(きょじつ)を問題にしない。

生き延びる為にお前は偽れるか、と声がした。お前は生きたことがあるのか。

暗転(ブラックアウト)、それは翳りが空を覆い尽くすのか、己が眼を閉じているだけなのか。

将又(はたまた)、それらは同義なのか。

暗転

暗転

  • 自由詩
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2022-08-22

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