沼のはじまり
沼の、シリアルナンバー・ワンのひとは、始祖。沼のものたちの。
ちいさな舟をこいで、水面に映る月を揺らして、あしたになったら、このからだのほとんどが、水分だったこともわすれて、人工知能の機械的物体に切りつけられる。純然たる生命としての自尊心。この沼では、うまれるものも、なくなるものも等しく、シリアルナンバー・ワンのひとは、すべてを慈しみ、愛して、でも、セブンも、ナインも、まんぞくしていない。じぶんだけを愛して、と乞うている。あのこの右手の甲の、球体のなかの、蝶。冬のさむい朝に、それを撫でるのが好きだった。つめたい、透明な標本箱。いきていたはずの、いまはもう、いきていないものの、温度。月が雲にかくれて、くらやみがおとずれたら、彼らは、あたらしい生命体をうみだすための行為にいそしむ。エイトが言う、深い森の空気みたいな濃密な声で、うっとりしたようすで。ワンは、みんなの、おとうさんであり、おかあさんであり、つまりは、神さまであるのだと。ちいさな舟をこぎながら、わたしは、真夜中に沈んでいたいなと思う。漠然と。
沼のはじまり