ワイプアウト
「いや、金庫をぶち破るのは無理だろ」
タバコの灰を灰皿に落としながら常田は言った。
「リスクがありすぎる」
私は昨日飲んだ酒がまだ身体に残っていて、半分テーブルに突っ伏しながら、外の景色を眺めていた。
タイヤのリムを転がして遊ぶ男の子と女の子が、角にある床屋の向こうに消えていく。
「最悪見つかったら殺し沙汰になる」
頭から水をかぶったみたいに、私はムックと起き上がって、それだけは駄目、と常田を見上げた。
浮腫んで目の下にクマができた私の顔は、ひどいもんだったに違いない。
実際、常田は少し顔を顰めた。
私には多額の借金があった。
慰謝料が八割を占めている。
分割で払う予定だったのだけれど、そもそも定期的な収入のない私には払うのは無理だった。
で、仕方なく暴力で解決しようと腹に決めたわけで、こうして常田と、その借金を返済する算段を決めているのだけれど、埒があかない。
何処を襲撃するか、何が一番リスクが少ないのか、あーだこーだ話している間に、日は高く登っていた。
朝8時から開いている図書館のコミュニティスペースで、酔い覚ましに無料の麦茶を啜りながら、殺しは駄目、一千万くらい有れば、等々、物騒な事を話しているけれど、隣の高校生達はスマホを横に持って歓喜の声を上げたりお互いを鼓舞し合ったりしている。
常田は、銃をどこから仕入れるか、それを仕切りに気にしている風だった。
知り合いに銃マニアがいるからそいつから買おう。
初期投資だよ、乗るか剃るかの、そう言った瞬間くらいにまた歓声があがる。
初期投資をする金すらないんだよ、と私は麦茶を啜ってから言った。
強盗と株式がごっちゃになってくる。
乗るか剃るかで強盗に踏み切り、勝てば官軍、負ければ賊軍、みたいな感じで言われると、なんだか株に投資している気分になる。
ロスカットがどうとか、スイ円がどうとか、私にはさっぱり分からない。
強盗のやり方なら何となく分かる。客のフリして中に入って、いいタイミングで懐から銃を出し、お金をくださいと言えばお金が出てくる。
株もそうかもしれないけれど、強盗も甘く見たら失敗するか。
失敗は成功の元と言うし、駄目元でなんでもやってみるか、と常田に提案したら、いやいや、失敗したら人生終わるってどっちもと冷静に返された。
株はどうかわからないが、強盗は踏み切った時点で相当なギャンブル、か。
はぁ、とため息ついてまたテーブルに突っ伏す。
やあやあ、遠きものは音に聞け、近きものは目にも見よ。
我は何とも言えぬ理不尽な言い分で慰謝料一千万を背負わされた奇妙奇天烈な人生を歩む綾小路なり。
最低条件で一千万だせばこの命尽きるまで、うんぬんかんぬん。
私は矢を避けるためのクッションみたいな綿の固まりを背負い、やっとこさ馬に乗って陣の先頭に立った、まではよかったけど、誰も聞いていない。
各々敵を倒すため刀を振り上げ、薙刀を振り回し、阿鼻叫喚、腕を切られたとか、きっちゃんが首切られたとか、死屍累々、矢が空を飛び交い、怒号が辺りにこだまする。
それは、源頼朝とか義経くらい、美しい大義名分があればみんな黙って聞くかもだが、私はただ生まれて生きているだけだ。
親の仇討ちだとか、今戦っている相手が相当な悪だとか、そういう事では一切ない。
むしろ言い分としては、私は不利でしかない。
こんな私の為に、なんでこいつらは態々死に物狂いで戦っているのか、甚だ疑問でしかない。
おろおろしているうちに、敵の大将みたいなのが前に出てくる。
相手にとって不足なし、と叫ぶ姿、全く迷いがない。俺はこうする為に生まれてきたのだと固く信じているその姿に惚れ惚れしているうちに、薙刀振り回しながら突進してきたそいつに、私はなすすべもなく、武器を奪い取られ、そのすぐ後に首が飛んだ。
「明日何食べる」
「食うにも金がかかる」
生きているのか死んでいるのかわからない二日酔いの中で、私は狂った様にのたうち回りながら、天の岩戸にでも隠れてそのまま永久にそこで暮らしてやろうかとも思ったが、岩の中に暮らすにも金はかかる。
お金の算段。
妙な言葉を長々と繋げて、大層なテーマを掲げているんじゃないか、なんて、とんでもない。
お金の算段。
綺麗事では片付けられないから、俯くしかない。
ワイプアウト