晩年の寝台

  1

 わが青年期とは晩年で、僕はさまざまを諦めてきたのだ、
 悩ましい淋しさ、ひき離す諦念が、まるでわが青春であったのだ、

 幾重にも織り込まれた衣 ゆびで剥がすがように、
 糸を逐一注視して 解いては棄て、連続されえない解れの連続、

 ──えられなかった遠くの光は、なんと綺麗であったこと!
 やがて残ったのは、呻きにも似た光を毀す一欠片、

 透明に燦る水晶で、真白の花畑を仄かに反映している、
 月照れば ほんのりと薫るようにして、青みを翳と投げもする。

  2

 僕は寝台にそれを置いてみて、引き剥がされた切情のままに
 かの憧れの香気を曳くパルファンを そっと光と落してもみる、

 「わたし」が音楽に喚び起される──「わたしは、歌いたい」
 僕はこの本心がなによりもいとしく、はや かわゆらしく想う、

 水晶の映すものは なべてひとびとの深奥に林立する風景である、
 僕はそう信じている、つまり、信じたいほどその風景を愛していて、

 愛してしまうほどに信じていて、「愛」と「信仰」はシノニムだと、
 この言説をも僕愛し信じて、この情愛 剥がされた魂の結びつきの欲?


  3

 僕、さまざまを抛り、瑕つき、淋しさにいたむ諦念の全身を、
 その声と香気の満ちるふっくらとした寝台に どっと横臥そう、

 水音墜落するように昇る詩を歌おう、されば光の降るを俟とう、
 たとい犬死した魂をも褒めてくださる、月の光の降るを俟とう、

晩年の寝台

晩年の寝台

  • 自由詩
  • 掌編
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2022-08-09

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