if you want

雪朔 凜翔

よく分からないと思った。どう形容していいか分からないというべきか、何故こうなっているか理解出来ないというべきか、とにかく上手く言葉には説明出来ない。
いつからか、夢を見るようになった。ただの夢だ。最初はそう思っていた。けれど、朝起きても鮮明にその夢を覚えていて、感覚が残っていた。
そして今夜は、それがより鮮明だった。夢ではなく現実であるような。
鬱蒼した森の中で全体的に暗い。けれど、一本の道があり、その周りだけ淡い光で照らされている不思議な空間だった。
後ろを振り返っても変わらない景色で、どうやら、今日は森の中にある道のど真ん中が始まりらしい。
(………どんどんリアルになっていくな、)
恐怖はあった。しかし、それと同等に知らない場所はワクワク感と解放感があった。
誰とも会うことのない景色ばかりの夢だが、彼女は気に入っていた。
現実では、人と関わって疲れることも、精神的に苦しくなることも、多々あった。だから、誰もいないが心地の良い空間は、夢の中であっても貴重な場所だったのだ。
(とりあえず、歩くか。)
自分が向いている方に歩き始める。最初は全く変わらない風景だ。そして、それが体感で数十分も続くと、割と飽きてくる。
(今日は景色が変わらないのか。)
そう思った矢先だった。
森の道が途中で大きく曲がっている。いや、曲がり道があった。このまま真っ直ぐ行って同じ風景は嫌だった。だから、選択肢は一つしかない。曲がった。
彼女は後ろを振り返らない。だから知らない。その真っ直ぐな道が黒く塗りつぶされていくのを、曲がった道が森で覆われていくのを、知らない。
少し歩くと、道が開けた。
「わぁ、」
思わず声が溢れるほど幻想的な場所だった。
夜空が見えた。星が瞬いてキラキラと輝く。地上では、大きな木が一本立っていて、その後ろには淡く光る池があり、周りは蛍のようなものが飛んでいた。
だから、そこまで暗くない。むしろ心地のいい明るさだった。
先ほどの道とは違い生命の息吹を感じる。けれど、姿形は見えない。
とりあえず、樹木を背に座ることにした。
ひんやりとしていたが、寒さを感じる程ではない。
それが気持ちよくて、気づけば、緩やかに意識を落としていた。
彼女は温かさを感じて目をあける。もふっとしたものが視界に入った。
「………え、?」
その生き物は真っ黒で、細長く、………いや、丸々としたものもいた。一番近い動物はうさぎだろう。
じんわりと温かい。彼女の体に何匹も丸まったり伸びたりして、乗っかっているというか、張り付いている。
黒くて、薄暗い景色と同化するが、こちらを見た目は丸くて可愛らしい。
可愛いうさぎを見て、ふと、その視線の先に人の足が見えた。
目を瞬かせて、視線を上に上げると少年がいた。それも美形の。将来、絶対、超絶イケメンになる綺麗な顔の少年が。
まだ歳は11、12歳くらいだろう。真っ黒な黒髪は長く後ろで三つ編みにして一つに束ねていた。服装は、彼女の知る限りで形容できる服装ではなかった。
その少年は、ツカツカと彼女の前に行くと、ずいっと顔を近づけた。
「こんな所で寝てんじゃねぇよ、ばぁか。」
子どもにしては低い声。そして、子どもにしては意地の悪い顔だった。
彼女は、その声に反応出来なかった。夢にしてはリアル、いや、それより今まで人物が出てきたことも、ましてや話しかけられたこともない。
すると、少年は不機嫌な顔が更に不機嫌になり、指で彼女の額を思いっきり弾いた。
「いだぁ!」
思わず可愛くない声がでて仰反る。その衝撃で、うさぎたちは驚いて逃げていく。
額を押さえて悶絶していると、
「喋れんじゃねぇか。無視とはいい度胸だな、おい。」
とまた話しかけられた。
「………わ、私に話しかけてたんですね、」
それ以外あり得ないと分かっているのに、混乱して出てくる言葉は見当違いな言葉だ。
呆れたため息が聞こえる。
「あ?ここに口聞ける奴が、てめぇ以外にいんのか?」
ドスのきいた声だ。おおよそ子どもが出す声音ではない。というか、声だけなら、小学生とは思えない。それに口が悪すぎる。
「すみません、」
「で、なんでこんな場所に入ってきてんだよ。」
「何でと言われても、」
「あ?」
怖い。普通に怖い。声がめちゃくちゃ低い。それほどまで怒っている理由も分からない。
混乱したままでいると、少年は視線を合わせるように座った。
そして、雑に彼女の頭を撫でる。
「早く帰れ。」
キョトンとした。その顔にまた眉間にしわを寄せる。
「ノロマにも程があるだろ。バカなのか?本物の?」
「ひどい、」
「てめぇの帰る場所を想像しろ。」
「え?」
「早く。」
怒らせると怖いので、頭の中で自分の部屋を想像する。
「もっと鮮明に。」
そう言われて、とりあえず、今日寝たベットを思い出すと、ぐにゃりと歪む感覚があった。少し酔いそうな感覚で、思わず顔を顰める。目を瞑っているから分からないが、何となく少年が笑った気がして、また頭を撫でられた。
「もう来んなよ。」
その声と共に、彼女は自分の部屋で目を覚ました。けれど、またその日の夜には、あの森に来ていた。
ある程度、景色は変わるはずなのに、今回は全く変わらない。そして、また恐ろしく機嫌の悪い………少年ではなく青年がいた。
(わぁ、やっぱりイケメンじゃん。)
などと思いながら、ぼーっと立っていると、頭を小突かれた。かなり痛い。
「てめぇはぁ、性懲りもなく!」
「いたい、」
「うるせぇ、来んなって言っただろうが!」
「で、でも、」
どうして、此処にいるのか分からないのだ。夢を見ないようにするには、どうしたらいいのかわからない。
落ち込んでいるのが分かったのだろう。深い深い、本当に深いため息をついて、どかっと隣に座った。
「え?」
「黙って寝ろ。」
彼女は結局、毎夜この場所にきた。最初は嫌な顔をされたが、回数を重ねると、何も言わなくなった。そして、彼女が居る時は必ずいて。
「ここに住んでるの?」
疑問に思って聞けば、
「そう見えるてめぇの頭は花畑か?」
と相変わらずの鋭さで嫌味が返ってくる。
「………そう?」
笑えば、今日は中学生くらいの姿をした彼は、心底嫌そうな顔をした。
「笑ってんじゃねぇよ、マゾが。頭沸いてんのか。」
普通なら心が砕けそうな言葉が飛び出しているのに、何故か嫌な気持ちもしなかったし傷つかなかった。
(なんか、そう言いながら、優しいんだよなぁ、)
ここに住んでるわけじゃないなら、彼女が居る時は居るようにしているという事だし、なんだかんだ言いながら隣に座って話を聞いてくれる。彼女が話している時は嫌味なんて言わないし、相槌を打つだけだ。ただ、此処の事や彼の事を聞くと、途端に口が悪くなり、長々と居座ると本当に不機嫌な顔をして、強制的に目覚めさせようとする。
(でも、この夢の知り合いが、心の拠り所になっている、)
仕事はきつい。それに、会社での人間関係があまり上手くいっていなかった。もちろん、相手だけでなく、人に上手く言葉を伝えられない自分が悪いことは承知している。何とか改善したいが、何度も失敗しているのだ。
何より、相談したくても、友達も結婚したり家族がいたりする。忙しい合間に自分の愚痴を聞かせたくなかった。
ふいにグシャッと頭を撫でられて、目を瞬かせる。先ほどまで中学生だった彼が、今度は大人になっていた。
ぎゅうと抱き寄せられて、バチッと頭の中でノイズが走る。
『抱え込むより先に俺に言えばいい。』
誰かの声だ。でも、誰の声か分からない。
抱き寄せられた体温を知っている気がして。
『………………お前がいないと、飯の作り甲斐がないだろ。』
その人の涙が見えて、顔を歪める。
簡単に泣く人じゃない事を知っている。口が悪くて、態度もデカくて、でも優しくて、何故か困った時や落ち込んだ時に、いつも隣にいてくれる人。
『最強の□□□□だね、』
ノイズがかかって分からない。でも、その人は嬉しそうに笑った。
『いつでも引っ張り上げてやるよ。何処にいてもな。』
ガバッと彼から離れる。今まで、そんな事なかった。だから途端に怖くなって。
けれど、彼は優しく笑った。
「思い出したか?」
分からない。
分からない筈なのに、世界が空間があやふやで曖昧になっていく。
「なにが、」
「…………此処から追い出そうとしても出て行きやがらねーから、隣にいてやる事にしたんだよ。」
そのニヤリと笑う顔に見覚えがあって、涙が溢れ落ちた。
知らない人のはずなのに、夢の中の住人なのに、それでも安心するから。それがとても懐かしくて、温かくて、早く目が覚めることを願った。
ふわりと体が浮く感覚がした。だから、慌てて、彼の手を握ると、唇が重なった。
ポカンとした彼女に、楽しそうに笑って彼は意地悪な顔をした。
「早く帰ってこいよ。」
それを最後に声は顔は見えなくなって、意識が途絶えた。
頬を撫でる風を感じて、ゆっくりと目を開けた。ぼーっとしていたが、段々と焦点が合ってくる。
ピッピッと無機質な機械音が聞こえ、ツンと薬品の匂いがした。そして、真っ白な天井が見えた。体は重くて動かないが、首と視線くらいは動かせそうで、働かない頭で、ゆっくりと顔を横に向けると、ドサっと荷物が落ちる音がする。
そして、バタバタと駆け寄ってきたのは、もう数年は会っていない母の顔だった。
涙を浮かべた母は、彼女を抱き寄せると嗚咽を漏らした。
「よかっ、……もう、目がさめ、な……いか、と、」
ボロボロと泣く母を見ることしか出来なかった。
三日ほどして状況を理解した。いや、思い出した。
(そうか、私は、)
会社で人間関係が上手く行かず、嫌がらせを受けていた彼女は、耐えられず自殺を図った。それもお腹に包丁を刺すという常軌を逸脱した方法で死のうとした。
それを見つけたのが、その日の夕飯を持ってきてくれた隣人だった。普段ならすぐに出てくる彼女が出てこない事を不審に思い、アパートの一階に住んでいる大家に連絡して、鍵を開けてもらったら、最悪な状況だった。
けれど、それでも生きているのは、隣人の早い判断と的確な処置のおかげらしい。
それでも、命を取り留めても三ヶ月も目を覚まさずにいた。
(………隣人………、)
隣人は、口が悪いが優しい人だ。夢の中の彼と同じ。
三ヶ月も寝たきりだった体は、三日や四日ほどで動くはずもなく、少しだけ動かせるようになった手を見ていると、扉の方から声が聞こえた。
「よぉ、寝坊助。手間かけさせやがって。」
それは、その声は、隣人の声で、夢の知人の声だった。そして、その声は、いつも通り口が悪くて、でも優しさを含んだ声音だった。
だから、目から涙が溢れ落ちる。
「…………さいきょー、のりんじん、」
クシャクシャになって笑えば、彼は目を瞬かせた後、優しげに笑った。そして、涙を落とす。そんな姿は見たことがない。
優しく、でも強く、頭を撫でられた。
「二度とすんなよ。」
その言葉だけで、どれだけ彼を心配させたのか分かって、声を上げて泣けば、彼は抱きしめてくれた。
そうして、リハビリをして動けるようになった頃、彼女は疑問だった事を聞いた。
「なんで、夢の中にいたの?」
「最強だからな。」

理由は教えてくれなかった。

if you want

すっごく久しぶりの更新です。
ある本を読んでて、つい書ききってしまいました。
夢の中での空想は色んな世界があります。
皆さんは、どのような夢を見られますか?

if you want

毎夜、夢を見る。でも、本当は、

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2022-08-03

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