2022年琴里お誕生日記念
これからもずっと
とある年の八月二日。天宮市に住む五河士道は、寝支度を整え自室に向かう所であった。
ドアノブに手を掛けた時、琴里に呼び止められた。
「おにーちゃん、おやすみだぞー」
白いリボンで髪を結んだ妹が目を擦りながら声を発した。
「ああ、おやすみ」
妹の頭を撫でてから、士道はベッドに体を横たえて、やがて夢の世界に落ちていった。
翌朝、八月三日。
「ああ――そういえば、今日は琴里の誕生日だったか……」
寝起き一番、士道の頭の中にはその事が頭に浮かぶ。今日は妹・琴里の十六回目のお誕生日の日なのである。後でプレゼント渡さないといけないと思いつつ、顔を洗ってからリビングに向かう。
食卓の上に一枚の便箋が置いてあった。筆跡からして琴里のもので間違いない。
琴里はまだ寝ている時間帯なので、その場で読み始める。
「おにーちゃんへ。お誕生日の日に、私がこういう手紙を書くのって変かもしれないけど、許してね。
おにーちゃん、いつも私の面倒を見てくれてありがとう。
いつも私のわがままを聞いてくれてありがとう。
いつも私の頭を撫でてくれてありがとう。
いつも私のご飯を作ってくれてありがとう(全部美味しいぞー)。
おにーちゃんがしてくれる全ての事、私はとっても嬉しいです。
最近、教室から景色を眺めたりして、ふとそう思うようになりました。こういう当たり前の事がどれだけかけがえのない時間だろう、って。
今まではおにーちゃんに頼りっきりだった私だけど、これからは少しずつおにーちゃんに恩返し出来たらなって思います。
これからも、いっぱい迷惑を掛けてしまうかもしれないし、たっくさんわがままを言っておにーちゃんを困らせてしまう事があるかもしれないけれど――どこへ行っても、例え私がどこか遠いところへ行ってしまう事になっても、おにーちゃんは自慢の兄です。それだけは絶対変わりません。
“愛してるぞ、おにーちゃん”」
手紙を読み終え便箋を置いた次の瞬間、背中に強烈な人の感触があった。
「……琴里?」
そう、琴里だった。顔を士道の背中にうずめるようにひしっと抱きついている。
幼かった頃と比べ明らかに成長した人肌の感触に感慨を覚えつつ、士道は後ろを振り返り琴里の顔を見つめる。真っすぐに見つめられた琴里の目は潤んでいた。
「どうして琴里が泣いてるんだよ」
優しく問い掛けながら、指で涙を拭う。
「だって……」
そのまま士道の胸元に顔を埋めてしまった。恐らくだが、泣いている理由は……
「手紙、ありがとうな。それと――お誕生日おめでとう、琴里」
士道は純白で汚れの無いリボンを取り出すと、琴里の髪を結んでいたリボンを解いて、新しいリボンで髪を結ぶ。その出来を手で確かめる、琴里はとびっきりの笑顔を浮かべた。
「うん。よく出来てる」
そして、つま先立ちになり、士道の頬にキスを――――
「ああ! 琴里さん何をやっているのですかー!」
琴里がキスをしようとしたところで元精霊たちが五河家のリビングになだれ込んできてしまい、その続きはおあずけとなってしまった。
最初は琴里を問い詰めていた元精霊たちだったが、次第に誰が士道にキスをするかの話題で盛り上がり始め、琴里たちはあっという間に蚊帳の外になった。
仲良く言い争う姿を見つめる士道と琴里。
隣に立つ士道を見上げて、琴里がささやいた。
「愛してるぞ、おにーちゃん。これからも、よろしくだぞー!」
そう言って、今度こそはキスを成功させるのであった。
その日の夜、琴里のお誕生日会が開かれた。この時には五河夫妻も駆けつけ、元精霊たちも含めてそれはそれは賑やかなパーティになったそうだ。
お酒が入った竜雄さんが琴里にいつ士道と結婚するのかと悪ノリをかまして、彼女から一週間口を聞かない宣言をされるのはまた別の話である……。
END
2022年琴里お誕生日記念