第19話

1

『ジェフ・アーガーの物語』

 肩を強く捕まれ、揺さぶられて、ジェフ・アーガーは抱えたM4ライフルにもたれかかった身体を、ようやく起こして、夢の中で見ていたメシア・クライストの死闘の光景を思い出し、慌ててライフルを構えた。

 そこはビッグベンのすぐ下の瓦礫の中だった。危険なのは今の地球ではどこも同じだが、少しでも安全な場所を探して、一人ずつ休むようにしていた。

 ジェフがメシアの、果てしなく続くかと思われた死闘の夢から目覚めると、自分が今、どこにいるのか、一瞬、分からなくなっていた。

「移動するぞ。こんなところにいつまでもいると、奴らに見つかる」

 声を潜めながらも、ジェフの腕を掴んだのは、未来の科学技術機構ソロモンのエージェント、ベアルド・ブルだった。

 黒い防弾ベストに黒いTシャツ、背負ったバックパックには、銃がいくつもの備え付けられていた。

 メシア・クライストがこの時代、この宇宙から消えてから、3週間が過ぎようとしていた。

 対デヴィル組織として、古からあるイデトゥテーションに保護されていたジェフ・アーガー、ベアルド・ブル、対デヴィル呪術組織KESYAのメンバー、ポリオン・タリーは、メシアが居なくなったあと、任務は立ち消えになるはずだった。

 ジェフは民間人として、イデトゥテーションに残ることも、他の宇宙や時間に行くことも、イデトゥテーションの最高指揮官であり、肉体を捨て進化したペタ・ヌーに許可されていた。

 だが彼は今の地球、隕石が降り注ぎ、地殻変動が発生し、自然災害、デヴィルズチルドレンが徘徊し、人間や他の生物、植物が怯えるこの時間の、この宇宙の地球に留まることを決め、彼の故郷であるイギリスへ転送してもらうことを願った。

 これにベアルド、ポリオンも同行を求めた。民間人を魔窟に置いていくほど、2人は無責任ではなく、これも運命なのかと、内心では思っていた。

 ベアルドはペタ・ヌーに、持てるだけの、この時代の武器と携帯食料を頼み、ポリオンは自らの妖術、呪術に使う道具と、医療キットを願い出た。

 ジェフは2人が準備を整えたので、特に準備するものはなく、新しい衣服を準備してもらった。

 3人はそうして破壊され尽くしたイギリスへ転送された。またいつか再開することをペタ・ヌーと誓い。

 イギリスロンドンに降り立った3人は、予想していた以上に、ロンドンが崩壊していることに最初は唖然とした。

 更には食い散らかされた人の肉片や肉塊があちこちに転がっており、術者として魂の弔いをポリオンはするが、科学技術を主体とする未来人やベアルドは、死んだら終わりだ、と言いたげに遺体には目もくれず、安全確保を優先した。

 そうして3週間が経過し、ほとんど眠れない日々に、ジェフは疲れが蓄積していた。張り詰めた警戒心だけではなく、眠る度にメシアの夢を見ていた。彼が別の地球で、運命の戦いに巻き込まれているのを、自分なことのように、感じて、寝ている間も休まっていなかったのだ。

 それを言葉にして2人に言うこともできず、生存者を探して、ロンドンの街を当てもなく歩き回って、瓦礫になっていない建物を探しては、中を調べていた。

第19話−2へ続く

 

2

 商業ビルだったはずの建物に3人は入り、生存者を探していた。

 生存者を探してどうするのか、決まっているわけではない。ジェフは救出活動のつもりで生存者を探していた。しかし未来人や術者が生存者を探しているかというと、そうではなかった。生きていたとしても、食料の問題がある。3人分は確保できているが、それもいつまで持つか分からない。それを、生存者に与えるつもりは、ベアルドにはない。

 さなに負傷していた場合である。応急処置をポリオンはできる能力を有していた。しかしながらその人たちを連れて移動することには、賛成できないでいた。最重要なのは、自分たちがこの、汚染された世界で生き残ることである。その運命を全うすることにあった。だから、負傷者を連れて歩く余裕はなかったのである。

 ビッグベンの足元から這い出た3人は、周囲を警戒しながら歩く。

 戦闘はM4ライフルをフルカスタマイズした装備を構えるベアルドで、その後ろをベアるどから銃撃を教えてもらっているジェフ、後方をこの瓦礫の山には似つかわしくない巫女姿に誓い衣服の女性ポリオンが警戒しながら、しかしゆうゆうと歩いていく。

 ビッグベンを出た3人は、まだ行っていないセント・ジェームズ・パークに向かった。

 ビッグベンからウェストミンスター橋を通って河を渡っても良かったが、中心部に人が隠れている確率、特に公園の中ならば人がいる確率が高い。

 ジェフたちは一度、セント・ジェームズ・パーク内を捜索したが、人の気配はなかった。

 しかしもう一度探す価値はあった。1人でも多くの人を探したい、生存者に会いたい。ジェフはそう考えていた。

 その意図をベアルドは知って、あえて元来た道を戻るのだった。

「生存者の波動を感じはします。ですからかすかです」

 ポリオンは公園内に生存者の波動を感じるという。術者だから、ジェフやベアルドとは、違う何かを感じ取る能力は長けている。それをベアルドはあまり当てにはしたくなかったが、ジェフはそれなりにポリオンにも信頼を置いていた。

3人は、破壊されたロンドンの街を進む。

第19話−3へ続く


 

3

 公園の中は静まり返っていた。

 鳥の声、虫の音、風さえもなく、植物さえも息を潜めているかのように、静かだった。

 3人は公園内の泉のほとりに立ち、周囲を見回す。

「やはり人はいないか」

 早々に諦めるベアルド。

 ポリオンは無口に木々を見つめているが、人を探している様子ではない。

 新緑の季節を迎え、木々は青くきらめいていた。

 重たいM4ライフルを抱え、やはり人はいないのか、とジェフも諦めかけた時、ベアルドが何かに気づいた。

「湖からゆっくり離れろ」

 急に汗ばんだ顔でベアルドは呟く。声を大きく出せない理由があった。

 湖にはちいさな小島がある。1つは1664年にロシアの倒しにペリカンが送られたことから、ペリカンのコロニーとして使われていた。

 今はそのペリカンの姿もなく、島は静まり返っていた。

 と、ベアルドの言葉に合わせ、ジェフとポリオンがゆっくり後ろに下がったその時だ、2つの島が黒く一瞬で色が変わり、牙の生えた無数の口が島に現れ、それは空中に伸び上がると、太い触手のように、3人めがけて飛んできた。

 ベアルドはなれた手付きでM4ライフルをフルオートで乱射し、手榴弾のピンを抜き、投げつけた。

 それを合図に3人はデビルズチルドレンへ背を向け、力の限り走りな抜けた。

 背後で爆発が起こり、黒いデビルズチルドレンの肉片が四散するも、その肉片からまた新たなるデビルズチルドレンが湧いて出てきて目玉をギョロリと作り出した。

 ヌメヌメとした不気味なデヴィルズチルドレンは、流動的に動き、口を開き、獣のごとく3人に襲いかかる。

 それを食い止めたのは、青白い閃光だった。

 光が放たれた方向を見ると、明らかにこの時代の兵器ではない、大型のブラスターを片腕で構え、激しい反動を軽々と体で受け止め、陽電子を幾度も発射した。

 あれだけ勢いのあったデヴィルズチルドレンの黒い液体は消滅し、黒く濁った湖から、今度は腕が雲のように生え、鱗を持ち、ワニの口のような獣の口、下半身は内臓をひっくり返したような、グロテスクな見た目の、化け物が現れた。

 しかし臆することなく、その人物は、銀色の球体を化け物めがけ投げつける。

 と、球体は白い閃光と共に、対デヴィルズチルドレン用の、原子消滅物質を広げ、化け物を光の砂のようにして、消し去ってしまった。

 黒いケープを身に着け、フードをかぶった男は、フードを取り、不機嫌な顔をベアルドへ向けた。

第19話−4へ続く
 

4

 ベアルドもまた、男の今行った行為に腹立たしさを感じていた。

「歴史を改変する可能性のある武器の使用は、ソロモン条約で禁じられているはずだ」

 フルカスタマイズされたM4ライフルの銃口を、突然現れてデヴィルズチルドレンを瞬間的に消し去った男へ向けて、ベアルドは憤慨した。

 相手はブレグド・フォーク。ホルスマシンの操縦者であり、ソロモンの主戦力である。

 銃を構えたベアルドの元へツカツカと詰め寄った、未来の兵器で武装したブレグドは、銃口を素手で払いのけ、ベアルドを睨みつけたまま、反物質ハンドガンを腿に装着した金属製のホルスターから抜き、銃口をポリオンへ向けた。

「なんでKESYAの人間と行動をともにしている。わたし達はソロモンだぞ」

「いきなり失礼な方ですね」

 ポリオンが少し怒った表情になるのを、眼も向けずに、

「黙れ」

と、銃口を近づけてブレグドは言い捨てる。

「こんな状況だ。組織間の軋轢に拘っている場合ではないだろ」

「これだから工作機関の作戦に参加するのを反対したんだ。なぜ第7機動歩兵団が工作機関の作戦な参加し、HMまでダサなければならなかったのか、わたしには未だに、理解できない」

 銃を構えながら憤るブレグドに対し、ポリオンは銃口を向けられたままなのを不服に感じている表情で、口を開いた。

「まずは武器を置きなさい。話はそれからでもできます」

 これに対してまた、ブレグドは視線を合わせず、銃口も降ろさず、

「黙れと言った」

 嫌悪感を帯びた口調で言った。

 これには冷静なポリオンも流石に憤怒したらしく、胸の前で寅の印を結んだ。それはKESYAの武器とも呼べる構えであった。

 それを知っているソロモンの機動歩兵団マスターは、銃を金属のホルスターに戻し、拳を構えるのだった。それは人を超えたホルスマシンに乗る者の、超常的な力を誇示しようという構えでもある。

 ソロモンのにんげんとはいえ、戦闘をメインとしないベアルドは、この超人たちの戦いを止めるすべがなかった。

 と、その時、複数の銃声がなった。

 ハッと銃声の方向を見たブレグドとポリオンの視線の先には、M4ライフルに身体を踊らされている、ジェフ・アーガーの姿があった。

 射撃の勢いでライフルを落としたジェフは、2人を交互に一瞥した。

「喧嘩してる場合か! 生きている人間と会えたんだ、まずは生きていることを喜べ」

 戦いの構えだった2人は、普通の人間に止められ、啞然となった。

 ジェフは2人の間に入り、ブレグドの構える未来の武器に手を当てて下ろし、もう片方の手でポリオンの寅の印に触れ、警戒心を解かせた。

 ジェフにこの2つが何故対立しているのかは、分からなかったが、普通の人間として、生存者がいたことに、喜びを感じていたのは事実であった。

 平然と戦闘態勢の自分たちの間に入ってきたジェフに面食らったブレグドとポリオンは、警戒心が緩んでいた。

 その時、公園の芝生を踏みつける複数の足音が聞こえた。

 ベアルドが銃を構えた周囲を警戒すると、木々の間から複数人の人影が向かってくるのが見えた。どうやら4人を囲むように陣形をつくっているらしく、その手にはL85アサルトライフルが見えた。

 迷彩服と防弾ベスト、ヘルメットで武装した、イギリス軍であった。

「武装を解除して、指示に従いなさい」

 舞台のリーダーらしき初老の男が銃口をジェフに向けて叫ぶ。

 生存者だ、と喜ぶジェフに対して、ブレグドは急ぎ、手に持つ銃と、さっきデヴィルズチルド連へ乱射したライフルを湖に放り投げた。

 未来人としての自覚はあるらしい。

 ベアルドもライフルを芝生の上に置き、両手を上げた。

 これにポロオンも両手を上げる。

 するとパーク内に潜んでいた軍人たちがぞろぞろ現れ、彼らは後ろに腕を回され、拘束されてしまったのだった。

第20話−1へ続く

第19話

第19話

  • 小説
  • 短編
  • SF
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2022-07-31

CC BY
原著作者の表示の条件で、作品の改変や二次創作などの自由な利用を許可します。

CC BY
  1. 1
  2. 2
  3. 3
  4. 4