心象・ジオグラフィック・フォト

心象・ジオグラフィック・フォト

凝固

汚染された心臓で誤魔化して生きながらえてきたから、恥の血痕が消えないままで、照射されたら目が潰れた日から随分経った気がするけれども、自分の鼓動に何の価値があるのかわからない。だから生存することそのものに疲れたのだから、終わりをくださいと、光源に祈り続けて恥知らずの血を汚す

判決

僕に必要なのは薬でも病名でもありません。ただ明日を迎えることに怯えぬ心があればよかった。当たり前の日常に浸透できる心身があればよかった。何回思考しても行き詰まる。行き止まりのところで息をするのを放棄して何千回自分を刺したのか忘れておりました。今必要なのはきっと罪状なんです。

罪刑

生きなきゃならないことなんてみんなわかってることなんです。わかるのと出来るのは違うってだけの話です。そうです。僕は放棄したい。何も無かったことにして、僕は全部を放棄して、苦しまずに消えてみたい。身勝手で独り善がりが僕の罪です。孤独は甘味です。罰にはなりません。

緑化

必要なだけの安堵を積んで遠くまで逃亡したいために、永遠に眠り続けている。それは誤魔化しで、命への冒涜だと私の頭は殴られ続けている。内側からは血潮が沸騰して、私は分子レベルまで細かになっていく。水蒸気になる私は山を覆う靄の中に潜んで森になりたかった。

爆破

つまらない言い訳ばかりして消費を繰り返してプラスチックで何でも作れるのならそれでよかったのに私の体は未だに有機と無機に拘っている。それは自然だよと、言われてこの世で一番自然を拒絶しているものに分類されながらみんな笑ってる気がして、破裂した正午。

墓地

ぬかるんだ足元へ共同埋葬したものが花になる日が来たのなら、文明は周回していく。壊れたセーブデータを上書きしながら少しずつ前回と違う条件で進めていく。進歩しても仕方がないと途中で気付いて筆を落とした。作家が泣いて見上げた夜明け。花が散っている。

灯籠

プールタイルを見つめて夏休みの日数を数えている。入道雲と大きな林が心の中に浮かんでいる。そんな場所知らないのに、夏は知らない風景が走馬灯みたいに浮かんでゆく。川の音がする。砂利を歩く人の後ろ姿、大人とも子供とも似つかない背中を見つめている。夏休みがはじまる。

爽快

チョコミントの朝にはブルーハワイの色したTシャツを着て、世界が海の底から私の部屋を見上げている。自由の在処とか幸福の所在とか、もうどうだってよくて、夏休みの宿題と一緒に投げ出した。太陽を避けて、冷えた部屋でアイスを食べている。どうだってよかった。世界の蒼さを知ることも。

語録

青ざめていく景色を見ているその瞳の色は色々を溜め込んだ真っ暗闇だったことを覚えておいて。試験に出ない、社会に出ても使えない、そんな語彙ばかりが増え続けて吐きそうになって三重奏。泣いたって意味が無いよと言う君の涙も無意味なら君の泣く行為には価値は無いと言ってみたかった。

聖遺物

枯れ井戸みたいな体の隅から
濁った心があふれていく
さようならを言いたい
言う相手もいないから
今日も生きる他なくて
私に用意された救いはなくて
原罪より重たい業が深々と手首を刺す
聖痕も与えられず傷は私のものだった
痛みに泣いて、また、

低気圧症

真夜中足しげく通ってくる鈍痛
頭の中に青天の霹靂が走った
昨日の真昼の入道雲が網膜に棲む
晴天の光が送信されて
真夜中の脳髄に蝉時雨は再生される
痛みはつづく、くすりはかわる
人の形がゲシュタルト崩壊する
言葉が繰り返される虚構の幻惑
痛みにかわる、記憶はかわる
青空の真下は、真夜中

夏の大三角に染めて

星を食んで
ガラクタの中で
いつまでも居眠りをして
そうやって青く染まる裾から
伸ばした足が湖面に触れて目覚めて
白鳥座の夢を記録して
仰向けになれば天の川
蝉時雨が落ちてくる
大切なガラクタを抱きしめて
再び星を食む
琥珀糖みたいなマニキュアが
小指にオーロラを纏わせて

苔生すあの日の

変わりゆくものひとつひとつ
覚えているから泣いてしまう
そうして涙の所為で色変わり
葉の花の実の枝の樹液の根の
変わるものばかりに目の色を変えられ
私は何を見てきたのかを明瞭に出来ず
また不安定な気圧の中で酸素は緑色に

折れ線グラフ

心臓の音に似た
擬態したなにか
体にはりつく
雨音とともに
泣くことを厭う人々の中で
幾つの涙が未浄化のまま
空間を彷徨っているだろう
計測機ではかって
記録をつけて
グラフにされ
データ化された悲しみと感傷
螺旋を描いた赤い線が
もっと人々を困惑させることを

さくらんぼ

当惑するさくらんぼが
落っこちたのを見て
笑っているあの子
蠱惑的なあの子
名前は未だ知らない
多分妖怪の類だと思う
あれから僕の心臓はおかしい
ずっと笑っている鼓動に
夜は冷や汗が止まらない
姉たちは微笑むまま
僕の独白を受け流す
膨らむ姉たちの
唇にさくらんぼが
吸い込まれていった

酩酊の青いガス

酩酊する夜が迎えに来て
夜風が僕の頬を撫でていく
こっちへおいでよ
あの日の名も知らぬ誰かの
窓を叩く音と声がここまで届く

飲めないんだよ、もう、
ひどく、眠いんだよ、ずっと

それあ、たいへん
こっちへ、おいでよ

酩酊する夜、青いガス塔の光り
もう、戻れないのでしょう

ビードロびより

硝子になった庭を眺めていた
ぼうぼうと生えた草たちも
今にもわれそうな硝子になる

私の血液は無事でしょうか
かかりつけ医にかけこんで
ことの仔細を語ったら
水色の薬を注射された

無事ではないでしょうね

医者の頭はギヤマン・ガラス
ダイヤモンドでカルテを書いて

失せし虹色

焦げ付いた七色もセピアになる
この楽譜には感傷がはさまる
外からはリコーダーの音がする
明日のテストのためでしょう
昔は私もそうでしたから
空はオレンジ色に燃えて
焦げ付いた七色はまだ熱い
私の指先は火傷をして
もう、虹への期待は失せてしまった

午睡ノイズ

行って戻って来てまた行って
その繰り返しで変わる変わる
季節も言葉も思想も表情も
とって変わっては馴染んで
あの頃を不思議に思うのと
あの頃を懐かしんでいるのと
そうしてひとつも掴めないこと
それらがレム睡眠とノンレム睡眠の
合間に隠れた感傷を持ち出しては
脳内で反響する午睡

ジオグラフィック心象

心象世界のジオグラフィック
データ化されていく心拍数
あるイメージのもたらす脳波系
かなしみのあとの潮の満ち引き
何になっていく?

この星は実はまるくはないって
ある日知ったらジャガイモみたいな
したしみ感じるかたちをしていた
そう、
心が平坦なわけがなく
意識が平原なわけがなく

心象・ジオグラフィック・フォト

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  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2022-07-25

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  1. 凝固
  2. 判決
  3. 罪刑
  4. 緑化
  5. 爆破
  6. 墓地
  7. 灯籠
  8. 爽快
  9. 語録
  10. 聖遺物
  11. 低気圧症
  12. 夏の大三角に染めて
  13. 苔生すあの日の
  14. 折れ線グラフ
  15. さくらんぼ
  16. 酩酊の青いガス
  17. ビードロびより
  18. 失せし虹色
  19. 午睡ノイズ
  20. ジオグラフィック心象