語りたがる大人たち
夕方の五時になろうとしていた。風は冷たく肌を刺して心を震わせる。まだ12月なのに積雪は75センチだ。氷点下の5度になろうとしていた。これが札幌の冬なのだ。
「寒くなったわね。わたし、もう手の感覚が無くなってきたわ。それにもう今年も終わりなんて信じられない。ねえ、貴子は今年楽しく過ごせた?」
「ええ、わたしは一年間有意義だったわ。なんていっても再婚したからね。今度の旦那さんは暴力も振るわないし。不思議なものよね。笑顔が絶えないなんて」
「そうなんだ。良かったわね。わたしは最悪の一年だったわよ。なんていっても大好きだった父が亡くなったからね。まだ60才だったのよ。でも涙なんか流れなかった。たぶん、絶望という表現が適切だったからかな。一日が長かったことを思い出すわ。一人でベットに潜り込んで、なんか寂しくなっちゃってね、わたしこれからは誰からも助言を受けずに生きていくんだ。とか思っちゃってね。もう最悪だったわ。父親ってやっぱり偉大だわ、なんて思ったりしちゃってね」智美は照れながら言った。
「父親が偉大か…。わたし今までそんなこと思ったことなかったな。っていうか、誰のことも偉大だなんて思ったこともなかったな。尊敬なんて感情は欠如していたわ」
「へえ〜、でもそれって日本では珍しいことではないんじゃないかな。外国ではわからないけど。尊敬か…、確かにそれって今時見出せないかもしれない。おバカな輩が多いから。でも誰でも尊敬に値する所って実はあるのかもしれない。なんかさ、生まれているだけでも偉大だなって思えるのかも」
「確かにね。でも、なんか引いちゃう感じがしない?わたしが偉大だなんて。大げさだな〜、なんてね。あまりにも時間が無さ過ぎてその偉大さを讃えるというか、それを体感することが難しいんじゃないかな」
「そうよね。実感として、例えば他人が死んだ時に悲しみを感じないのと同じようにね」
「うん、そういうこと」
「わたしが死んだ時に哀しんでくれる人ってどれくらいいるのだろう。なんか寒くなってきたわ」
「多分、わたしもたいして哀しまないかもしれないわね。というか驚きが最初にくるかも。でも胸を打つまではいかないかもしれない。なんか喪失ということが適切かもね。突然ボン!って体の臓器が消え去るみたいに」
「やっぱり愛が関係しているのかな。哀しむためには。愛しているからこそ失ったときに、遠くに離れていても哀しむことができるのかな。そう感じるわ」
「なんかわたしたち語ってるわね」
語りたがる大人たち