甘味と夏つばき
両手が大きくなったのと反比例して小さくなったクッキーやドーナツにおまじないをかけて食べる、幸せでありますように、美味しいままでありますように、
好きなものが一つでもあればそれだけで十分だなんて言える謙虚さは落っことしてきたから代わりに叫ぶのだ、それだけ、それだけ、つらいことや苦しいことがあっても耐えられるよ明日からまた元気に笑えるよ、なんて嘘だ大嘘だ、波間に忘れられたものを思い出せばどうしたって胸が塞がるのに充分なわけがないと誰もいない夜に向かって。
つくりものの蓮の花を抱いて見つめている、輸送トラック、コインランドリー、ビデオショップはいつの間にか閉店して貸物件になった、架空のモデルが笑う看板、二両の電車、ノウゼンカズラの花びらの記憶、それからいつかどこかで誰かが話してくれた、脚色付きの記憶がしまい込まれている。
一体いまのあなたには(わたしには)何があるだろうか、日々や日々や日々の中に埋もれたすべてを掬い取り探したいけれど、何があるのか分からないから眠って潜って深海のクラゲが夢になる。降り積もる記憶が記録になる前に、夏つばきが落ちる前に、旅人になる振りをして雨を追いかけている。
甘味と夏つばき