ヒナタとヒカゲ
※ スマホで縦読みしやすいように、改行多めにしています。
※表紙はノーコピーライトガール(NCG)さんからお借りしました。
白い瞳の少女
「ママ! 雪が降り始めたよ」
表で遊んでいた少女がそう言ったのは、陽気の良い春の日の午後だった。
雪? まさかこんな季節に。
キッチンに居た母親はそう思いながら庭へ出た。
やはり雪など降ってはいない。
「ヒナタ? 雪なんて降ってないじゃない。一体何を見たの?」
母親がそう声をかけると、そのヒナタという名の少女は通りを歩く人々を指差した。
「ママ見えないの?
今も降ってるよ。ほら、みんなの上に」
その時。
少女の黒目が僅かに薄くなっていることに、母親はまだ気がついていなかった。
40日後。少女の瞳は白一色になった。
第一章「ヒナタ」
午後三時。山中のアトリエ。
青年「スミカ」は白シャツに黒のチノパン。その上にブラウンのエプロンを付け、キャンバスの前に座っていた。
三メートル程離れたところには少女が一人。くるぶしまで伸びる紺色のマキシワンピースを身にまとい椅子に座っている。
彼女の目は深いグリーンだった。
「それで、完全に目が真っ白になったのは?」
スミカは少女に質問をした。
「七歳の時です」
少女は感情を欠いた声でそう答える。
「そう。で、ええと君は今は……」
「十五です」
「いじめが始まったのは、やはり七歳の時から?」
「はい。黒目が色素を失ってからすぐです」
「そして、土地を移る時にそのグリーンのコンタクトレンズを付けるようになったと」
「そうです」
「悪いけど、一度レンズを取って見せてもらってもいいかな?」
「ごめんなさい。怖い見た目なのであまり見せたくないんです」
「そっか。いやいいんだ。話だけでも十分に描くことは出来るから。
一応もう一度聞いておくけど、視力に関しては問題ないってことだったよね?」
「はい。はっきりと見えています」
「分かった。じゃあ早速描いていこうと思う。いくつか質問するけど直感的に答えてくれればいいから。
質問によって返答に迷うこともあるだろうけど、早く答える必要はないから、できる限り素直に答えてほしい」
「分かりました」
スミカは右の脚を上にして組んだ。
「じゃあまず名前は?」
「『ヒナタ』です」
「ヒナタ。ありがとう、僕はスミカ。よろしく」
スミカはヒナタに向かって微笑む。
が、彼女がその微笑みかけに対して無反応であることは、やはりスミカの予想した通りだった。
スミカは、筆を左手に持つ。
「じゃあこれから、傾聴と描写を始めます」
第二章「人の上にのみ降る雪」
「それで、目の症状と同時に人の上に降る雪が見えるようになったと」
「そうです」
スミカは筆を握り、ベースとなる色をまず探ろうとしていた。
「その降雪について、詳しく教えてもらってもいいかな?」
「分かりました」
ヒナタは左側の髪の毛を耳にかけた。
「それは、人間一人一人の意識の上に降るものです。直径ニセンチ程度の真っ白な粒なので、私は幼い頃の印象のまま雪と呼んでいます。
そしてそれは悲観的な意味を持ちます。その人物が傷ついた時にはよりたくさんの雪が降り、やがて積もった雪はその人物を、足元から徐々に凍らせていきます」
「なるほど。その降雪量と身体の凍り具合でその人の精神状態が見えるってことだね? つまり、その人がどの程度切迫した状況にあるかってことが」
「その通りです」
「じゃあ、症状が進行して行くとどうなるのか詳しく教えてくれる?」
「はい。まず第一段階として」
ヒナタは右手の人差し指を立てると、自分の膝の上に置いた。
「|霜が膝の辺りにまで達してしまうと、その人は自由に歩くことが出来なくなる」
「つまり、人生においての『自由』という感覚が持てなくなってしまう。ということかな?」
スミカはより正確な意味を確認する。
「そうです。そして」
次にヒナタは、膝にあった人差し指を自分の心臓の辺りへと移動させる。
「第二段階として、霜が心臓にまで届くと灯が凍ってしまう」
「灯……それはつまり『情熱』を失うってこと?」
「その通りです。そして」
ヒナタは胸にある人差し指を、今度は頭のてっぺんに置いた。
「第三段階が最終です。
霜が頭の上まで届き全身を凍らせてしまうと、徐々に体温を失って行き、身体全体の機能を失う」
「それはつまり。生きる上での『希望』を全て失うということ?」
「そうです。
いえ、希望は一つだけ残ります。正確には」
ヒナタはスミカを真っ直ぐに見つめた。
その時スミカは、自分の弱点をその少女に見通されているような気がし、僅かに怯む自分を感じた。
「それは何かな?」と、スミカは尋ねる。
ヒナタは腕を伸ばし、人差し指を天井に向けて突き立てた。
「死です。
『死』のみがその人にとっての希望となります」
「分かった、ありがとう。少し見えて来た」
スミカはパレットの上で、チタンホワイトとフタロブルーを混ぜて色を作った。その横にセピアも用意した。
『雪の降る寒い夜……
川に架かる橋の上』
ヒナタの話からスミカが探り当てた情景は、そんなイメージだった。
第三章「ヒカゲ」
「じゃあ次に、君の友達のことを教えてくれるかな」
「分かりました」
ヒナタは二度瞬きをして、斜め下に目線を落とした。
「去年の冬のことです。私には一人だけ友達がいました。名を『ヒカゲ』と言いました」
「ヒカゲ?」
スミカは思わず聞き返す。
「もちろんあだ名です。
彼女は私と友達になりたいから、私と似た名前を付けたいと自分で言い出したのです。それで本人が自分で考えた名前です」
「なるほど。彼女ってことはその人は女の子だね?」
「そうです。私より一つ歳上の女の子でした」
スミカはもう一つ気になった事を、先に確定させておきたいと思い質問をした。
「その子のことを過去形で話しているところを察するに、その子は今は君の側にはいないってことかな?」
「はい。既に亡くなっています」
ヒナタは、少しも躊躇うことなくそう答えた。
「分かった。じゃあ続きを」
スミカはそう促し、インディゴブルーの絵の具をパレットに出す。
「知り合ったのは私が十歳で彼女が十一歳の時です。ヒカゲはとても聡明な子でした。
街の歴史について詳しく、彼女は私と一緒に色々な場所を歩きながら、ここには昔聖堂があった。ここは湖だったなど教えてくれました。
ヒカゲの明るさに私はいつも救われていました。だけど彼女は、少々人に気を使いすぎるところがありました。好き嫌いの激しい私とは違って、多くの人にとっての良い人だったのです」
「なるほど」
スミカは相槌を打ちながら、ヒカゲがそういう性格になった原因は家庭にあったのかもしれないと思い始めた。
「だけど君は、ヒカゲにとっても特別な友達だったんじゃないか?」
スミカはそう質問をした。
「そうですね……それは相手が決めることなので正確ではないですが、多分そうであったと思います。
四年間いつも一緒に過ごしましたが、一度も喧嘩だってしませんでしたから」
「そうか。とても仲が良かったんだね。
じゃあそろそろ、橋の上での話を教えてくれるかい?」
とスミカは言う。
ヒナタは、スミカのその突然の発言に驚きを隠せず、一瞬目を見開いた。
「橋って……なぜ、知っているのですか? ヒカゲが亡くなった場所のことを」
「君はここに来た時からずっと、どの話をしている時でも、頭の中では違う景色を思い描いていた。それは雪の降る夜に橋の上に立つ二人の少女の絵だ。違うかい?」
「……その通りです、スミカさん。
私さえも今そう言われて気が付きました。確かに私はその瞬間の事を、色々な言動の端々に宿らせていたのかもしれません」
「人の無意識はあらゆる物事に宿る。それを見たり感じたり出来る人間が、少ないだけだよ」
「もし……もしその力を私が持っていたとしたら、ヒカゲを助けられたかもしれません。
私は、その人がどの程度苦しんでいるのかを見る事が出来ても、何が問題なのかまでは見る事が出来ません。
だから私は、ヒカゲの身体が少しずつ霜に覆われて行く様子をこの目で見ながら、何も出来なかったのです」
「そうか……つまりヒカゲは、自死だったということかい?」
ヒナタは、優しいけれどどこか冷たい仮面の様なその顔を、スミカに向けた。
「いいえ違います。私が殺しました」
第四章「幸福な死」
ヒナタは乾燥した唇を一度だけペロリと舐めた。少し動揺しているのかもしれない。スミカはそう感じた。
「私がヒカゲと最後に会った日。真冬の午後の八時頃でした。雪が降っていました。本物の雪のことです。
それは偶然でした。私が商店で買い物を終え通りに出た時に、ヒカゲが目の前を横切って橋の方に歩いて行くのが見えたのです。
彼女は、今まで見たどの時よりも全身を真っ白な霜に覆われていました」
「全身をか……」
それは最終段階。死のみが希望の状況だ。
「はい。おそらく橋から飛び降りるつもりだと私はすぐに分かりました」
大抵何処か一点にあったヒナタの視線が、少し泳いだ。アトリエの空気が確かに騒めき始めた。
「君は、追いかけたんだね?」
ヒナタは、ゆっくりと一度だけ頷いた。
「すぐに追いかけて声をかけました。
ヒカゲは魚のように冷たい目をしていましたが、私だと分かるなり取り繕うように笑いました。
その癖はもう彼女には反射のようなものでした。その笑顔は、本来の意味を成してはいません。たくさんの理不尽な出来事によって作られた負の産物です。
私は何気なく会話を続けました。喋りながら何とか橋を渡り切れないかと考えたんです。しかし、その甘い考えは当然通用しませんでした。
ヒカゲは、橋のちょうど真ん中で立ち止まり言いました。『今日はここでお別れ』……と」
ヒナタの冷たい仮面が、初めて崩れた。
深緑色の瞳から涙がこぼれる。
ズズっと鼻をすする音まで聞こえた。それは、さっきまでの彼女にはとても似合わない音だった。
「ゆっくりでいい。これは君が君の為に語っている物語なんだから」
スミカは一旦筆を置き、ヒナタに対し身体ごと正面を向いた。
「私は……そこで初めて聞きました。ヒカゲから色々な事を。
彼女は私といる時には暗い話を一切しなかったのです。だから彼女が父親から暴力を受けていた話は、その時に初めて聞きました」
「父親からの暴行。それはつまり……」
「想像している通りです。十五歳のヒカゲはとても美人で発育していました。父親とはいえそれは同じでしょう。何歳の時から続いていたのかまでは聞けませんでしたが」
スミカは、ヒナタの中にある異常な強さの正体に、その辺りから見当がつき始めた。
「私はヒカゲに思い付くかぎりの言葉を掛けました。
一緒に何処かに逃げよう。
年齢を偽って働けば二人で生きてゆける。
あなたが居なくなると、また私は一人ぼっちになってしまう。
だけど、どの言葉もヒカゲの身体の霜を溶かす事は出来ませんでした。
そしてヒカゲは死について語り始めました。いかにこの世が地獄であるか。死ぬことでしか逃れられない穴の中に自分はいるのだと。
そして私は見てしまいました。そう話すうちに頭の方から少しずつ溶けて行く彼女の身体の霜を。
スミカさん。分かりますか?
その瞬間。ヒカゲにとっての希望は紛れもなく死だけだということが、目の前で証明されてしまったのです。
私は確かに彼女の親友でした。だけどここでまた彼女を引き止めるような言葉を言ってしまえば、彼女の身体は再び凍りついてしまいます。
私は言いました。あなたの事が大好きだから役に立ちたいと。だから、私の手で終わらせてあげたいと。
すると。ヒカゲの身体の霜が足の先まで綺麗に取れ、本来の姿が現れました。それは私が初めてヒカゲを見た十歳の時の姿のようでした。
私は幸福そうに微笑む彼女を数秒だけ抱きしめ、柵の向こうの空中に突き落としました」
第六章「スミカにはそれが見えた」
午後五時五十五分。
「描けそうですか?」
ヒナタは、紅茶を作っているスミカにそう尋ねた。
「あれだけ話してくれれば素材は充分だよ。ただ君の深層心理は思ったより深いから時間はかかる。まあそこから映像を引っ張り出すのが僕の仕事なわけだけど」
スミカは淹れたての暖かい紅茶を、ヒナタの前のテーブルに置いた。
「どうぞ」
「ありがとう……」
ヒナタはカップを持ち上げた。立ち上る湯気の向こうの窓に、降り出した雪が見えた。
「雪だ……」と、ヒナタは呟いた。
「君は積もる前に帰った方がいい。帰りは長い下り坂だ」
「絵の完成までは、どのくらいかかりそうですか?」
「今夜中には仕上がるだろうから、明日また来てくれれば渡せるよ」
「此処で待っていてはダメでしょうか?」
「……構わないけど、多分これから数時間は無言で描き続けるよ」
「大丈夫です。ただ見ていたいのです」
「分かった。疲れたならそこのソファで眠ってもいいから。毛布だってある。というか寝た方が良い。明らかにそんな顔をしている」
「そうですね。いつも寝れないのですが、今なら少し眠れるかもしれません。でも……」
「大丈夫。描き終わる少し前に起こすから」
スミカは、ヒナタの心情を反射的に察してそう言った。
「……ありがとうございます」
ヒナタは僅かに。
ほんの僅かに顔の表情を緩めた。
スミカにはそれがちゃんと見えた。
第七章「五感を駆使し、五感を超えるものを」
午後九時二十五分
アトリエに夜の闇が落ちていた。
スミカは窓から入る月明かりを背にし、傍らにオイルランプを灯し、その明かりで絵を描き続けた。
ヒナタは暖炉の側のソファに寝そべり目を閉じていた。
スミカは、ヒナタから受け取ったその悲しい物語の底に眠る意味を掘り出す事に、全神経を働かせていた。
五感を駆使し、五感を超えるものを描かなければならない。
そして、被写体の中に潜り込んだ映像を見える形として写し出すこと。これまでの偉大な画家達が、挑み続けて来たことと同じように。
第八章「こんなに深く眠れたのは、いつぶりだろう」
午後十一時十五分。
ヒナタ……
ヒナタ……
ヒナタは、深い眠りに就いていた。
橋の下。
誰にも見えない。
誰にも傷つけることの出来ない。
冷たい茂みの中で、ヒナタは腕に親友を抱いて眠っていた。
息も凍るような寒い夜に、抱きしめた親友の身体は少しも冷えていなかった。
ヒナタ……
ヒナタ……
「ヒナタ。もう仕上げだよ」
ヒナタが目を覚ますと、そこは暖炉のある暖かいアトリエの中だった。
「スミカ……さん?」
「随分ぐっすり眠ってたね。起きれそうかい?」
「すみません、起きれます」
ヒナタは上半身を起こした。身体に心地よい汗をかいていた。
「私、こんなに深く寝れたのいつぶりだろう」
「そうみたいだね。顔色も少しは良くなった」
ヒナタは思わず笑った。
「何かこのアトリエって不思議と落ち着くんですよね。初めて来たのに」
「そう。それは良かった」
スミカは、仮面の取れたヒナタの笑顔を見られたことに、小さな幸福感を感じた。
「さあ、こっちに来て」
スミカはヒナタをキャンバスの前まで連れて行く。手を取って。
手を握ったのはヒナタからだったが。
オイルランプに照らされたキャンバスの中には、雪の降り積もるヒナタの故郷の街と、大きな橋が描かれていた。
「きれい……」
ヒナタは小さな声で呟くように言った。
「スミカさんは、私の街を訪れた事はないのですよね?」
「もちろん。僕は君の中のイメージをここに描写しただけだから」
「そのままです。本当に」
スミカは小さく笑った。
「さて。あとはこの橋の下の茂みの辺りに、ヒナタとヒカゲを描けば完成だ」
「お願いします。黙っていますので此処で見ててもいいですか?」
「いいよ。ただここは暖炉から離れてるから少し寒い。ソファの毛布を取っておいで」
ヒナタはソファのところの毛布を取り、キャンバスの前に戻った。
「スミカさんも、毛布一緒に入りますか?」
とヒナタは言った。
「僕は慣れてるから平気だ。それとも、からかったつもりかい?」
「両方です」とヒナタはまた笑った。
質の良い睡眠は、こうも人を元気にさせるのだなとスミカは思った。
それからスミカは、橋の下の茂みの辺りに意識を集中した。
ヒナタはヒカゲを橋から突き落とした後、川まで降りて行き、動かなくなった親友の身体を引き上げ、そして橋の下の茂みで長い間抱きしめていた。
実際に口にしていなくとも、やはりスミカはその映像を、ヒナタの様子と言葉から探り当てていた。
そしてその瞬間こそが、ヒナタ自身が描いて欲しいと望んでいる場面であることも分かった。
第九章「美しすぎた絵」
午後十一時三十五分。
「さあこれで完成だよ」
スミカは、ヒナタの物語から受け取った全ての要素をそこに描き出した。
「……ありがとうございます。何というか、言葉になりません」
スミカはキャンバスの前から数十センチ椅子を動かしてよけた。
「正面から見てごらん」
ヒナタはキャンバスの正面に自分の椅子を運んで座った。
「綺麗です。本当に。全部が生きてるかのよう。
……だけど、親友を突き落とした時の絵がこんなにも美しくていいのでしょうか?」
「ここに僕の意志は全く入っていない。ここに現れていることは、限りなく本物に近いはずだよ」
「本物ですか。それは私にとってですか?
それとも……ヒカゲにとって?」
ヒナタのその聞き方は、疑問というよりも、スミカに対して何か特殊な意味を含む投げかけのような響きだった。
「もちろんヒナタにとってだよ。
いや……だけど。確かに変だ」
それは確かにスミカにとっても疑問であった。突き落とした側のヒナタの絵にしては確かに美し過ぎた。
これがヒカゲ側のイメージから描かれた絵なら分かる。彼女にとっては、長い苦しみから解放された時の場面なのだから。
スミカは、目の前でキャンバスを見つめる少女の横顔を見た。
深緑色の瞳が闇の中で、僅かに光を反射していた。
「君は…………」
少女は、キャンバスを見つめたまま口を開いた。
「スミカさん。
彼女は私を救ってくれました。その事を現実的な形として写し出すことの出来る人がいると知って、私はここに来たのです」
その瞬間スミカには、これまでの全ての疑問に対する答えが見えた。
「君は、ヒカゲだな?」
少女は頷いた。
第十章「ヒナタとヒカゲ」
「ヒナタは今、隣街の牢屋の中にいます。私を突き落としたからではなく、その後私の父親を殺したからです。そして自首しました。
だからどうかこの絵をヒナタに届けてはくれませんか?
そして、私は確かにあなたの手によって救われたと教えてあげて欲しいのです。この絵の美しさが証拠となる筈です」
「分かったよ。それで君が安心出来るなら安いものかもしれない」
「ありがとう。スミカさん」
「ヒカゲ……それにしても。
ヒナタ目線での物語をあれだけ鮮明に話せたのは見事だよ。ヒナタの降雪が見えるという能力にも、君は気が付いていたんだね?」
「はい。知っていました。
だけど、それを知ってるなんて言ってしまうと彼女が可哀想でしょ?
人は誰だって少なからず、他人の痛みから目を逸らしながら生きているのです。私だって同じです。ヒナタほどはっきりとは見えていないだけで。
それなのに彼女だけ、その事を相手に悟られているなんてフェアじゃない」
「確かに辛い能力だ。ヒナタだってそんな能力を持ちたかった訳ではないだろうね」
「はい。それにヒナタはいつも私の隣に居てくれた。私が日々を歩いて来れたのはそのお陰です」
孤独なスミカには少し羨ましく思えた。それほどの親友に出会えた二人の少女が。
「スミカさん。では私はそろそろ行こうと思います。本当にありがとうございました」
ヒカゲは椅子から立ち上がり、スミカの顔を見つめた。
そして、丁寧な一礼をした。
「こちらこそ、貴重な話が聞けて楽しかった。この絵は明日にでもヒナタの所に届けるよ。だから君は安心して旅立てばいい」
「はい……そうします。では」
ヒカゲとスミカは、アトリエの玄関まで歩いた。
ヒカゲは扉のノブに手をかけて回した。
ビュウウゥゥゥ!
外は吹雪だった。激しい風に乗り雪があらゆる方向に舞っている。
ヒカゲはスミカを振り返る。
「スミカさん。さっき、久しぶりにゆっくり眠れたと言ったのは本当の事です。あなたのお陰で素敵な夢も見れました。
じゃあ……また、何処かで」
少女はそう言うと、深緑色の瞳を細め笑った。
そして足を踏み出し、夜の闇の中へと溶けて行った。
扉が閉まるとアトリエ内には、パチパチと暖炉の薪が燃える音だけが、微かに鳴っていた。
ヒナタとヒカゲ