十年とFine

初投稿です
多めに見てやって下さい

高校三年の春

高校3年の春、僕は、10年間続けた音楽をやめた。



小学校でピアノ。
中学校でフルート。
高校でも続けた。

部活をやめたのは
よくある漫画みたいに、大喧嘩があったわけでも、才能の無さに絶望した訳でもない。

みんな仲は良かったし、副部長でクラリネットの原とは親友と言ってもよいほどだった。

それに多分僕は上手かった。
観客が僕の演奏に涙したからだ。

僕はそのために音を奏でるようになり、
賞も取ったし、賞賛もされた。

先生に評価されて部長にもなった。
ただ、部員はそれに嫌な顔をした。
僕が吹く度、観客が泣く度、その顔を見るのが嫌だった。

決定打は原の言葉。

「あいつ、部活辞めてくんねぇかな。」
「あぁ、部長ですか?」

数日前、忘れ物に気づき音楽室に戻ってきた僕の耳に届いた会話。
明らかに僕の話。
流石に入れなくて、ドアの前で立ちすくむ。

「そう。1人だけ上手いですって顔しやがって。
吹部は合わせなきゃなのにさぁ、あいつ合わせる気ねーもん。」
「あぁ、そうですね。みんな部長のこと嫌いですしね。」

「な。あんな演奏で金賞とるからなぁ。
腹立つよな。
審査員は何を聞いてんだか。」
「ですよねぇ。」
「あー、まじで、部活辞めてほしいな。」

がつん

と鈍器で殴られたみたいな衝撃。

''部活辞めてほしいな''

数回頭の中で反芻する。
軽く、いや結構ショックだった。

部内で俺だけ賞を取るのは良くなかったのか。
それを認め合い賞賛し合う仲間だったのではないのか。
心を折るには十分だった。
途端に音楽が嫌いになった。

だから辞めた。

それだけの話。

D.C.

「今日だな、お前の引退式。」
原が複雑そうな笑顔を向けてくる。
本当は喜んでいるのだろうか。
本来3年の引退は夏のコンクールが終わってから。
僕だけ一足早い引退式だ。

「…あぁ。………ごめん、こんな時期に。」
「いやいや、気にすんなよ。
ちょっとだけど、俺も部長やってみたかったし!」
「………そっ、か。」

乾いた笑いが漏れる。

引退式は、滞りなく終了した。
特筆すべきこともない。適当にでっち上げた理由、勉強に集中したいとかなんとか言って感謝を述べた。
部員を代表した原の言葉や態度は、まるで本当に残念がっているようで、恐ろしい。

なぁ、本当は、なんて言おうとして止めた。
聞いても無駄だと思った。
そうやって、僕は音楽を辞めた。
涙は出ない。

音楽で繋がった何かは、思っていたよりあっけなかった。

Fine.

「あいつやっと辞めたな。」
「そうだね。原も部長頑張りなよ〜?」

僕は自分の話をしている所に出くわす達人なのかもしれない。
部室のドアの窓から、気づかれないように少し覗くと、数人が談笑していた。
またしても忘れ物を取りに来ただけだというのに。
帰る途中で、楽譜を一冊置いてきたことに気付いたのだ。
いつ入るべきか迷う。
いっそ聞こえてるぞとでも言ってやろうか。

「でも原先輩、いくら辞めさせたいからってあのやり方はないんじゃないですか。
わざとあんな会話聞かせて。」
「…じゃないと辞めないだろ。
俺らが辞めて欲しがってるって伝わらないと。」
「だからってあれじゃ部長も傷つきますよ。」
「仕方ないだろ。」

''聞かせた?''
前の、あの会話を?

……僕を辞めさせたくて?

思わず笑みが零れる。
なるほど、僕はまんまと嵌められたわけだ。
馬鹿らしくて涙が出そうだ。

「俺だってしたくなかったよ。
けどなぁ、どうせ普通に言っても聞かねぇし、辞めるのも責任とか色々感じるだろ。俺のせいにした方がいい。
……巻き込んですまん。」
「……いえ。…すみません。」

泣きそうに震える原と後輩の声。
無性に腹が立った。
今すぐにドアを開けて、ふざけんなと掴みかかりたい衝動に駆られる。
しかし次に聞こえた言葉で、その勢いは大幅に削がれた。

「あーあ。……あいつが変わったのいつだっけ?
2年のソロコンクールで全国行った時くらいか。」

自嘲気味の笑顔が固まる。
思いもよらない言葉に小さく息を呑んだ。

「そうでしたね。
それまではすごく、優しい音だったのに。」
「……苦しそうに吹くようになったよな。」

………………?

2年のソロコンクール。
予選を全て通過し、全国の舞台での演奏だった。
あぁそういえば、母親が亡くなったのはその日だったな。
癌で、もう長くないことは分かっていたのにコンクールのために東京に行って。
出番の直前に訃報を聞いた。

「あの日、コンクールの直前でさ、その、あいつの母さん、亡くなったって電話きたじゃん。」
「………はい。」
「なのにコンクール出るって言うし。」

………何を、当たり前のことを。
だって全国だぞ?
どうせすぐに帰ってこられる距離でも無かったし、何より全国の舞台だ。
部長としての責任もあった。
代表になれなかった人達にも申し訳なかった。
だからあの判断は間違っていない。

それに、

「あの時の音は」
そう、とても

素晴らしかった。
「酷かった」

……は?

「あいつの音に激情が乗ってた。
それはもう痛かった。」

原は何を言っている?
激情が乗ったその音色に観客は涙し、審査員は賞賛したんだろ。
あれはきっと素晴らしかったんだ。
僕の演奏で誰かが泣くのは初めてだった。

だから救われた。

なりより、
「…でもあれが、金賞だったんですよね。」
そう、その通りだ。
だから僕は正しかった。

「あぁ、本当に、審査員は何を聞いてんだか。
あの音色は酷かった。
全身で辛いって叫んでるみたいな。泣きそうだった。」
「部長あれ以来、あの吹き方するようになったじゃないですか。
音がどんどん鋭くなっていって…怖かったというか、心配、でした。」
「…だよな。
賞なんかとるからあれが良いと思ったんだろ。
…なにせあいつは一般的に見れば天才だった。」
「はい…どんな形であれ、音楽で泣かせるなんて、凄いことです。
でも…あれ以上続けたら壊れそう…でした、よね。」

「あぁ。
……本当に辞めてくれてよかった。」

ずるずると壁にもたれるように座り込む。

「な、んだそれ」

思わず出た声は掠れて動揺し切っていた。
嫌な顔も、辞めろと言ったのも
僕が心配だっただけ?
あんな回りくどく辞めさせようとして?
意味がわからない。やり方ってものがあるだろう。

…そんなにあの音色は駄目だった?
僕は、間違えていた?

だって賞が僕を救った。
皆が泣くから肯定された。
激情を乗せれば、皆が素晴らしいと言った。
あれが賞賛されたなら、

あれがないと、僕は__

「俺さ、あいつの元の優しい音に辛いとき救われてたんだよな。
どうしようもなく綺麗で優しくて涙が出るような、誰かを救う音だった。
……本当は、もう1回聞きたかったな。」
「……はい、私もです。」

懐かしむような控えめな苦笑。
諦めの色。
じわじわと涙が溢れる。

なんだ、あんな吹き方をしなくても、僕はとっくに…。

居ても立っても居られなくて、
その場で持ち帰る途中のフルートを出し組み立てる。
数歩離れた階段の踊り場。
ここが1番よく響く。
きっと中にも届くだろう。
最大限の優しさと、以前のような穏やかな気持ちを詰め込んで、賞なんてどうでもよかった、音楽が好きだった頃の無邪気な自分を音にする。

曲は「星に願いを」
あの日のコンクールで吹いた曲。
原が一番好きだと言った曲。
…母さんが、好きだった曲。

久しぶりに綺麗だ。

透き通るような音色が、階段で響いて心地よい。
最後にこんな演奏ができるなら辞めるのも悪くないなと微笑する。
止めてくれた原達にはお礼を言いたいが、辞める口実を自分のせいにするような奴だ。
素直には聞かないだろう。
だから、精一杯音色に込める。
ありがとうもごめんも音楽で伝えられるならそれ以上に良い言語はない。

そして最後の一音を吹き切ったとき、ドアの窓から、立ち上がった原と目が合った。
目が潤んでいる。
原はそれを隠すかのようにぱっと背を向け、部屋の奥へ行ってしまった。

そして部屋の奥から聞こえたのは、クラリネットの「星に願いを」。

思わずくすっと笑う。
相変わらずだ。
でもそれでいい。
僕らの間に言葉は要らない。

とても優しい音。

それでも、やはり僕は音楽が好きだ。

高校3年の春、僕は、10年間続けた音楽をやめた。

十年とFine

拙い文を読んで頂きありがとうございました

十年とFine

天才が、天才でなくなるまでの話です 部活と友情と苦悩 吹奏楽部です

  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • 青年向け
更新日
登録日
2022-07-13

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  1. 高校三年の春
  2. D.C.
  3. Fine.