赤ちゃんシロヒメはふしぎの森の勇者さまなんだしっ♰

koyasumi

「ぷりゅー」
 小さな白い影が草原を行く。
「ぷりゅぷりゅぷりゅー」
 駆ける。
「ぷりゅーっ」
 跳んだ。
「ぷりゅっ」
 キャッチされる。
「ふふっ」
 笑みがこぼれる。
「ぷりゅー」
 こちらもうれしそうにいななく。
「葉太郎(ようたろう)」
「ぷりゅ?」
「ほら、僕の名前だよ。呼んでみて」
「ぷーりゅりゅー」
「よ・う・た・ろ・う」
「ぷ・う・りゅ・りゅ・う」
「ははっ」
 愛しくてたまらない。そんな笑顔で抱きしめる。
「白姫(しろひめ)はかわいいね」
「ぷりゅー❤」
 すりすりすり。
 こちらも愛おしそうに鼻先をすり寄せる。
「ぷりゅりゅ。ぷーりゅ」
「ん?」
「ぷりゅ。ぷりゅぷりゅ」
 いななきばかりのその声がはっきり意味を取ることはなかったが。
「そっか」
 笑って、
「ありがとう。僕もがんばるよ」
「ぷりゅー」
 すりすりすり。
「葉太郎さん」
「!」
 びくっと。背筋が伸びる。
「ぷりゅ?」
 かたかたかた。
 伝わってきた腕のふるえに首をひねる。
「このようなところで遊んでいたのですか」
「よ……依子(よりこ)さん」
 ふり返る。
 冷たい眼差し。
「ぷりゅ!」
 こちらも共にふるえあがる。
「ぷりゅりゅりゅりゅりゅりゅりゅ……」
「大丈夫だよ」
 そっと言って。小さな身体をそばにおろす。
「ごめん、依子さん」
 返ってきたのは、
「!」
 しぱぁぁん! 空気を裂く鞭の音。
「葉太郎さん」
「はいっ」
「あなたは」
 凍てつく眼差しのまま、
「正式な騎士となることを定められた身です」
「っ」
 かすかに。表情が引きつる。
「葉太郎さん」
 有無を言わせない。そんな威圧がこめられ、
「参りましょう」
「…………………」
 無言で。付き従っていく影を、
「ぷりゅー」
 せつなげな鳴き声が見送る。
「……ぷりゅ」
 鼻先が落ちる。
 もっと遊びたかったのに。いっぱいかわいがってもらいたかったのに。
 が、すぐ、
「ぷりゅっ」
 顔を上げる。
 その目に決意の色がにじむ。
「ぷりゅー」
 鼻息。
 思い出す。
 交わされたばかりの『約束』のことを。
「ぷーりゅりゅー」
 約束した。
 がんばる。母のような立派な騎士の馬になれるように。
 つたないいななきで伝えたそれに応えて「僕もがんばる」と言ってくれた。
 だから、
「ぷりゅりゅっ」
 ふんっ、と。
 強く鼻を鳴らし、ヒヅメ音高く踏み出した。

「ぷりゅすー。ぷりゅすー」
 夜。
 馬房の空気を、熟睡を思わせる寝息がふるわせる。
 昼。
 決意をもって『がんばり』を見せた結果、それは心地よい疲労と共に深い眠りを彼女にもたらしていた。
 ――はずだった。
「ぷりゅ?」
 ぱちっと。
 闇の中、不意に目が開く。
「ぷーりゅ?」
 首がひねられる。
 普段でも、こんな夜中に突然起きることはない。
 どうしてだろう。わからないでいると、
『……さま』
「ぷ?」
 聞こえた。
「ぷりゅ? ぷりゅりゅ?」
 首を左右に向ける。
『……さま』
 また聞こえた。
「ぷりゅっ。ぷりゅりゅっ」
 すこし強めに。相手を威嚇するようにいななきをあげる。
『お目覚めになられましたか!』
 はっきりと。そこによろこびをともなった声が聞こえる。
 そして、
「ぷりゅっ」
 思わず目を閉じる。
 光。
 それほど強いものではなかったが、暗闇からの不意の発光は十分に目を刺すものだった。
「ぷりゅ! ぷりゅぷりゅ!」
 怒りのいななき。すると、
『勇者さま!』
「ぷりゅ?」
 ユウシャサマ? されたことのない呼ばれ方に目を丸くする。
 と、気がつく。
「ぷりゅっ」
 人――
 光の中に浮かぶそれは、しかし、知るものとは大きく違っていた。
 小さかった。
 この自分より。
『ああ、勇者さま』
 よろこびに声をふるわせるその影は、しかも、背中に羽根を生やしていた。
「ぷー」
 人間は背中に羽根を生やしていない。
 知っている。賢いから。
「ぷりゅ! ぷりゅりゅ!」
 すると、目の前の『これ』は人間でないということだ。そう見せかけてこちらをだまそうとしているのだ。
『ああっ、お怒りにならないでください』
「ぷりゅー」
 怒る。だまそうとしているということは、悪者ということなのだから。
『このような形になり申しわけありません』
「ぷりゅー?」
 このようなカタチ?
「ぷりゅ! ぷりゅぷりゅ!」
 やっぱり、だまそうとしている。よくわからないことを言って。
『ああっ』
 よろよろと。
「ぷりゅ!」
 力なくよろめいた影を見て、さすがにあわてる。
「ぷりゅ。ぷりゅぷりゅ」
 どうしたの? そう鳴きかけると、
『どうか……お救いください』
「ぷりゅ!」
『わたしたちの世界を』
「ぷりゅりゅ!」
 世界! さすがに驚く。
「ぷりゅ。ぷりゅぷりゅ」
 どういうこと? そう問いかけた瞬間、
『こちらに』
 手を――正確にはヒヅメを引かれる。
「ぷりゅっ」
 驚く。
 どこへ? こんな真夜中に。
「ぷりゅー」
 再び疑いの心が芽生える。
 言われているのだ。気をつけるようにと。
 かわいいから。
 さらわれてもおかしくないから。
「ぷりゅっ」
『あっ』
 ヒヅメを払われた人影が驚きの声をあげる。
『どうして』
「ぷりゅっ」
 ふんっ。鼻先をそむける。
『そんな……勇者さまがいなくては』
「ぷりゅっ。ぷりゅぷりゅっ」
 だからその『ユウシャサマ』って何なのだ!
『ああっ』
 怒りのいななきを受けた影が、悲痛そうに身をひるがえした。
「ぷ……」
 罪悪感。
 弱々しく遠ざかっていくその影に、やっぱり悪い人(?)じゃないのかもという思いがわきあがる。
「ぷりゅっ」
 追いかける。
 夜の闇の中、遠ざかっていく小さな光がはっきり見えた。
「ぷりゅりゅー」
 駆ける。
 と、
「ぷりゅっ」
 つまずく。そのまま、
「ぷりゅぅっ」
 転ぶ。
 さらに、
「ぷりゅぷりゅぷりゅぷりゅ」
 コロコロコロコロ。
 転がる。
「ぷりゅっ」
 落ちた。
「ぷりゅーーーーーっ」
 いななきが。
 吸いこまれるようにして穴の奥底に消えていった。

「……さま」
 呼ばれている。
「……さま。勇者さま」
 まただ。また『ユウシャサマ』なんてわけのわからない呼び方で。
「ぷりゅっ」
 目を開く。
「勇者さま!」
 いた。
「ぷりゅー」
 あの人間(?)だ。小さくて、そして背中に羽根を生やした。
 って、だから、羽根を生やした人間なんかいない!
「ぷりゅ! ぷりゅぷりゅ!」
 どういうつもりだ! そんな怒りのいななきを放ち、
「ぷりゅっ」
 今度はこちらから身をひるがえす。
「あっ、勇者さま」
 あわてた声を背に受けつつ、
「ぷりゅりゅっ」
 走り出す。
 顔をそむけたまま。
 自分が追いかけてきたことなどすっかり忘れて。


「ぷりゅー」
 止まる。
「ぷりゅ」
 ふり返る。どうやらもう追ってこないようだ。
「ぷりゅぷりゅ」
 やれやれと。胸をなでおろす。
 危ないところだった。
 相手が小さいとはいえ油断はできない。
 自分はかわいいのだから。
 だからどんな思わぬ危険にあってもおかしくはないのだ。
 けど、どんなときでも、
「ぷーりゅりゅー」
 助けてくれる。
 生まれたときからずっとかわいがってくれて、どこにいても守ってくれる。
 だから、遠くにだって遊びに行けて、
「ぷ」
 はっと。
「ぷりゅ? ぷりゅりゅ?」
 きょろきょろ。
「ぷ……」
 絶句――絶いななき。
 どこだ? どこなのだ、ここは。
 いつの間にか辺りは明るくなっていた。それはいい。目が覚めるまでに夜が明けたのだろうから。
 問題は、木漏れ日に照らされたその光景にまったく見覚えがないことだった。
 ふんふんと。風のにおいをかぐ。
「ぷりゅ……」
 ますます困惑する。
 わからない。
 嗅いだことのない木々や草花のにおい。
 そもそも、暮らしている島にこんなうっそうとした森があっただろうか。
 潮の香りもまったくない。
 島の周りは海に囲まれているのだ。深い森の中でもまったく感じられないというのはおかしいとしか思えない。
「ぷぅ……」
 心細さが押し寄せる。
「ぷーりゅりゅー」
 つぶやく。どんなときでも駆けつけてくれる彼の名を。
「ぷーりゅりゅー」
 呼びかける。
「ぷーりゅりゅー! ぷーりゅりゅー!」
 絶叫する。絶いななく。
 しかし、いくら呼んでも、深い森の静寂に吸いこまれていくばかりだった。
「ぷりゅ……」
 じわり。涙がにじむ。
「ぷりゅっ……ぷりゅっ……」
 あふれる。止まらない。
「ぷーりゅりゅーっ! ぷーりゅりゅーーーーっ!」
 泣きながら。
 それでも懸命に名前を呼び続けた。


「ぷりゅっ……ぷりゅっ……」
 歩いた。
 涙の止まらないまま。
 にじむ視界で周りを見渡す。
 やはり、まったく見覚えがない。
 果てなく森が続く。昼間なのは確かだが、太陽がはっきりと見えないため、どれくらいの時間歩いているのかもよくわからない。
「ぷりゅぅ……」
 あらたな涙がこみあげる。
「ぷーりゅりゅー……」
 つぶやく。
 来てくれない。
 それだけで、もうどうしようもなく悲しかった。
「ぷーりゅりゅー……ぷーりゅりゅー……」
 呼び続ける。
 そこに、
「きゃーーーっ」
 はっと。
「ぷりゅ?」
 悲鳴。聞きおぼえのある声だ。
「ぷぅ」
 思う。
 こんなとき――必ず助けに行く。
 騎士なら。
 そして自分は、
「ぷりゅっ」
 駆けた。
「ぷ!?」
 見た。
「きゃーーーっ」
 あの人間(?)だった。
「ぷりゅぅ?」
 襲われて――いた?
「やめっ……やめてくださーい!」
「ぷりゅー」
 どうしようか? 思ってしまう。
 じゃれつかれている。そうとしか見えなかった。
 しかも、小さな野ウサギに。
「助けてーーーっ」
 ぷりゅぷりゅ。やれやれと、
「ぷりゅ」
 話しかける。
「きゅお?」
 野ウサギが顔をあげ、こちらを見る。
「ぷりゅぷりゅ。ぷりゅ」
「きゅおきゅお。きゅーお」
 やっぱり。
 襲ったわけでなく、珍しい生き物だと思って好奇心で飛びついたのだ。
「ぷりゅぷりゅ」
 あらためて「やれやれ」と息をつき、
「ぷりゅ。ぷりゅりゅ」
 どいてやってほしいと。言い聞かせる。
「きゅーお」
 あっさりうなずくと馬乗り――ウサギ乗りになっていた相手から離れる。
「はぁっ……はぁっ……」
 荒い息でへたりこんでいる羽根付き小人間。
「ぷーりゅりゅ?」
 大丈夫? 思わず聞いてしまう。
「あ……ありがっ……と……」
 なかなか息が整わない。
 情けない。思ってしまう。
「ぷりゅー」
 警戒する気持ちが薄らいでいく。
 情けない。
 たまにそう言いたくなってしまう相手を自分はよく知っている。
「ぷりゅぷりゅ」
 平気? あらためて心配のいななきをかける。
「う……う……」
 涙――
「ぷりゅっ」
 驚く。
「ぷりゅ。ぷりゅぷりゅ」
 ケガでもした? あわててたずねる。
「っ……さま」
「ぷ」
「よかっ……た……」
 よかった? 泣いてるのに?
「本当……に……」
 止まらない。さらに涙があふれる。
「ぷりゅっ。ぷりゅりゅっ」
 ますますあわてて。さっきまで自分が泣いていたことも忘れ、こちらをなんとかしようとする。
「すみません……」
 気遣っていることが伝わったのだろう。感謝とも謝罪ともつかない言葉がこぼれる。
「ぷーりゅりゅ」
 気にしなくていい。そういななく。
「本当に」
 ようやく。かすかに笑顔が戻り、
「勇者さまなのですね」
「ぷーりゅ」
 ちょっぴり頬をぷっ、と。
 だから、その『ユウシャサマ』とは何なのだ。
「あなたは選ばれた方なのです」
「ぷりゅ!」
 選ばれた!?
「ぷりゅー?」
 どういうこと? 首をかしげる。
「あなたこそ、わたしたちを救ってくださるのです。わたしとわたしのご主人さまを」
「ぷりゅりゅ!」
 さらに驚く。
「ぷりゅー」
 救う。そして、ご主人様。
「ぷりゅ。ぷりゅりゅりゅ」
 どういうこと? あらためて聞いてみる。
「実は」
 ようやく。語られ始める。
「わたしのご主人さまがいまとても大変なことになっているのです」
「ぷりゅ❤」
 ご主人さま。その言葉に再びときめきをおぼえる。
 自分にも『ご主人様』はいる。
 そして『救う』。
 騎士のように。
 それは、騎士の馬を目指す自分としても望むところだ。
「ぷりゅぷりゅ。ぷりゅ」
 まかせて。うなずいてみせる。
 選ばれたというところも気に入った。
 思っていたのだ。
 そういう特別なものを自分は持っている。
 つまり、自分は選ばれた『ユウシャサマ』なのだ。
「ぷりゅりゅっ。ぷりゅっ」
 早く行こう。うながす。
「勇者さま!」
 完全に。笑顔が戻る。
「ぷりゅっ」
 こちらも笑顔で応えてみせた。

「ぷーりゅりゅー♪ ぷーりゅりゅー♪」
 歌声――正確には歌いななきが森にこだまする。
「あ、あの」
 そんなこちらのごきげんさにすこし押され気味な表情を見せつつ、
「ありがとうございます」
 ほんのり。小さな頬を染め、
「よかったです」
「ぷりゅ」
「こうして勇者さまを見つけることができて」
 見つける?
 さっきは、こちらが襲われているところを見つけたけど。
「ごきげんも直してくださって」
 それはその通りだ。こんな情けない相手に本気で怒ったら大人げない。
 赤ちゃんだけど。
「ぷりゅ」
 で? 自分たちはどこに向かっているのか。
 相変わらず周りは森ばかりだ。
「ぷりゅっ」
 そうだ。そもそもここはどこなのだろう。
「ぷりゅぷりゅ」
「えっ」
「ぷりゅっ。ぷりゅりゅっ」
「あっ、大丈夫です。もうすぐつきますから」
「ぷりゅっ。ぷーりゅっ」
 だめだ。微妙に伝わってない。
「ぷりゅっ」
 森が途切れた。
 正確には、すこし開けたところに出たという感じだ。
「ここです!」
 羽根付きが大きな声をあげる。
 そこには、木々と調和するように小さな家屋がひっそりと建っていた。
「ぷりゅー?」
 こんなところに?
 言われている『ご主人さま』がいるのだろうか。
「ご主人さまーっ」
 歓喜の声をあげて。小さな影はまっしぐらに小屋に飛んでいき、わずかに開いていた窓の隙間から中に入った。
「ぷりゅっ!」
 置いていかれた!
 あわててパカパカと小屋に近づく。
「きゃーーっ」
 悲鳴?
 またウサギにからまれているのか。いや、屋内にはさすがにいないだろう。
「ぷー」
 そーっと。窓から中をのぞきこむ。
「ぷりゅ!」
 いた。しかし、
「ううう……」
 飛びこんだときとは変わって打ちひしがれた表情。
 一体、何が?
 羽の生えた小さな人間は――
 なんと、鳥かごの中に閉じこめられていた。
「ぷりゅ!」
 ひどい! 助けなければ。
 小屋の中に飛びこもうとして、
「ぷりゅー」
 ためらう。
 言われている。人間の住んでいる家に気軽にあがりこんではいけない。
 窓から見た限りだが、せまいながらも中には人間の使う家具やベッドが置かれていた。すべて自分の知る〝普通の〟人間のサイズだ。
 つまり。
 おそらくここに『ご主人さま』が住んでいるのだ。
「ぷりゅー」
 見回す。
 人影は見当たらない。
 と言っても、家具や仕切りで陰になっている部分が多いので、そこに隠れている可能性は高い。
 事実、羽根付きをかごに閉じこめた人物は存在するのだから。
「ぷりゅっ。ぷりゅっ」
 慎重に。
 あらためて部屋を隅々まで見る。
「なに、人のうちをのぞきこんでいる」
「ぷっりゅーーーーっ」
 後ろから。
 声をかけられ、たまらず跳びあがる。
「ほう」
 その人間――今度こそ普通の大きさの人間だ――は、こちらを見て軽く驚くように目を見張っていた。
「外の生き物か。どうやって入りこんだ」
「ぷ……?」
「ユニコーン? ペガサス……でもないな。ただの白馬か」
「ぷりゅっ!」
 ただの、とはなんだ!
 かわいくて賢くもある自分に向かって!
「おいおい、鼻息を荒くするな」
 ひらひらと手をふられる。
「怒っているのはわかるが、なんというか、うまく意思がこちらに伝わってこないな」
「ぷりゅっ! ぷりゅっ!」
「まあ、赤ん坊に毛が生えたくらいのようだし、仕方ないか」
「ぷりゅぅっ!」
 馬鹿にしている! 赤ん坊でいいではないか、よけいかわいいから!
「どーどー」
「ぷりゅりゅっ!」
「治まらないか。面倒くさい」
 余裕の笑みを見せつつ。ため息をついてみせる。
「ぷりゅー」
 こちらの鼻息は荒くなるばかりだ。
 と、人間が指を立て、口の中で小さく何かをつぶやた。
「ぷりゅっ」
 不意に。
「ぷ……!」
 いた。
 自分が。
 羽根付きの子と同じような鳥かごの中に。
 いや、自分が入っているから正確には『馬かご』だが。
「やれやれ」
 つり上げられる。
「ぷっりゅーーーーっ」
 悲いななき。
 つり上げられた!? 軽々と。
「ぷ……」
 相手が大きくなっている。
 いや、違う。
「ぷりゅりゅりゅりゅ……」
 小さくなっているのだ。
 自分が。
「どうなってる? という顔だな」
 余裕で。
 目線の高さにまでかごを上げ、謎の人間が言う。
「わたしはな」
 そして。言われる。
「魔法使いなんだ」

 魔法使い――
「ぷりゅりゅりゅりゅりゅりゅ……」
 聞いたことがある。
 悪者だ。
 だって伝説に出てくる正義の騎士が戦うのは、たいてい悪い魔法使いなのだから。
「ご主人さま!」
 すぐ隣では。
「起きてください、ご主人さま! お願いです!」
 自分と同じくかごの中にいる羽根付きの小人間が懸命に声をあげつづげていた。
「ぷりゅー」
 小人間――と呼んでいいのだろうか。
 いま、自分もまったく同じ大きさになってしまっている。まさに〝小〟馬になってしまっている。
「ご主人さま! ご主人さま!」
 そして、呼びかけ続けているその相手は、
「ぷぅ」
 どうしても視線が険しくなる。
 こちらの声がまったく届いていない様子で熟睡しているのは、自分をこんな目にあわせたあの〝魔法使い〟だった。
「ご主人さまぁーっ!」
 呼びかけは続く。
「ぷりゅぅ」
 ご主人様。
 つまり、あの悪い魔法使いがこの羽根付きの主人なのだ。
「ぷりゅ。ぷりゅぷりゅ」
「あっ」
 不機嫌な鳴き声にこちらを見た羽根付きがうつむく。
「ごめんなさい……勇者さまをこんなことに」
「ぷりゅっ。ぷりゅりゅっ」
 もっとあやまって! そんな思いでいななく。
「ごめんなさい……」
 くり返される。
「ぷりゅー」
 本当にすまなそうな姿を見ていると、さすがにこれ以上は責められなくなる。
「ご主人さまが勇者さまにこんなひどいことをするなんて」
「ぷりゅ。ぷりゅりゅ」
 そうだ、『ひどいこと』だ。
「こっちは慣れてますけど……」
「ぷりゅ?」
 慣れているのか。こんなことに。
「ぷりゅー」
 これはひょっとすると『ギャクタイ』というものかもしれない。
 聞いたことがある。
 ひどいご主人様がするものだと。
「ぷりゅぷりゅ。ぷりゅ」
 どうしてそんなご主人さまのために働くの。詰問するような調子で聞くと、
「ご主人さまは……ご主人さまですから」
「ぷりゅっ!」
 理由になってない! またも憤ってしまう。
「ご、ごめんなさいっ」
「ぷりゅっ。ぷりゅりゅっ」
 あやまらなくていい。あやまるべきは、
「ぷりゅー」
 だらしなく寝こけている魔法使いに再び険しい視線を注ぐ。
「きっと魔法です」
「ぷりゅ?」
「聞こえなくしているんです。それでこちらの声が届かないんです」
 聞こえなくしている?
 どうやって?
 けど確かに、さっきからずっと大声を出していても、まったく反応がないのは変だとは感じていた。
 せまい家の中だというのに。
 と、そのとき、
「ぷ……!」
 止まった。
 大きく上下していた胸の動きが。
 かすかな身じろぎ。
 そして、ゆっくりと上体が持ち上がる。
「あーあ、よく寝た」
 とでも言いたそうな大きな伸びをする。
「ぷりゅー」
 こっちはこんな目にあっているというのに。なんてふざけた態度だ。
 と、その目がこちらに向けられる。
「あー」
 思い出した。
 そんな顔でベッドから降り、下着姿のままこちらに近づいてくる。
「ぷりゅっ。ぷりゅっ」
 威嚇するように鳴く。
 しかし、向こうはまったく気にしていないという顔で、
「元気だな、馬」
「ぷりゅっ!」
 なんだ『馬』とは! 自分にはちゃんと名前があるのだ!
「怒るな、怒るな」
「ぷりゅー」
「本当に鼻息が荒いな」
 むしろ、おもしろそうに。かごの格子ごしにこちらに指をのばしてくる。
「ぷりゅっ」
 すかさず後ろ蹴りをくらわそうとしたところで、さっと指を引かれる。
「ははっ。実にわかりやすい」
「ぷりゅりゅりゅりゅ……」
 完全にもてあそばれている。
「で?」
 その目が隣のかごに向けられる。
「なんで『ここ』に得体の知れない馬が入りこんでいるんだ」
「ぷりゅっ!」
 また悪口だ! 『得体が知れない』なんて!
「ゆ、勇者さまです」
 おどおどしながら。羽根付きが言う。
「はあ?」
 わけがわからないという顔になる。
「何を言ってるんだ、おまえは」
「ええっ!」
 驚きの声があがる。
「ぷりゅぅ?」
 どういうことだ? 自分は『ユウシャサマ』だから呼ばれたのでは。
「ぷりゅ。ぷりゅりゅ」
「ああ……あのっ」
 事情を聞くも、あたふたするばかりで何も言えそうにない。
「はぁーあ」
 思い切り。ため息をつかれる。
「おい」
「は、はいっ」
 ぴしっと。気をつけをする。
「なんで、コレが勇者ってことになる」
「ぷりゅっ!」
 コレ!? やはりとことん馬鹿にされている。
「ぷりゅりゅっ! ぷりゅっ!」
「あー、うるさい」
 ぴっ、と。人差し指を立てる。
「!」
 思い出す。
 指だ。
 こうして指を立てられて、そして、
「ぷりゅっ!」
 つぶやいている。何かをぶつぶつと。
「ぷりゅりゅっ! ぷりゅっ!」
 やめて! そう訴えるもすでに遅く、
「ぷっりゅーーーーっ!」
 不思議な力のようなものが身体をつつむ。
「勇者さま!」
 悲痛な声が遠ざかっていく。
 自分は。
 自分の身体が――
「ほう」
 はっと。
 顔をあげる。
 感心したようにこちらを見下ろす魔法使いの姿があった。
「ぷ……」
 どうやら、かごからは出たらしい。
 チャンスだ。
 いまこそ、この悪い魔法使いに――
「ぷりゅっ?」
 後ろ蹴りを出そうとするも、うまくバランスを取れずへたりこむ。
 おかしい。
 なんだか力が入らない。
 まるで、身体が自分のものではないようだ。
「ぷりゅぅっ!?」
 驚愕。
「ぷりゅりゅりゅりゅりゅりゅ……」
 見た。
 前脚が。
 いや、それは〝脚〟ではなくなっていた。
 ちんまりと。
 葉っぱのようにも見えるそれは、
「なかなか愛らしいじゃないか」
「ぷりゅっ!」
 魔法使いだ。
 きっと魔法で自分をこんな姿にしたのだ。
「ぷりゅっ! ぷりゅりゅっ!」
「その姿になっても『ぷりゅ』か。まあ、赤ん坊だからな」
「ぷりゅー」
 威嚇する。そのうなりもいななきとならない。
 当然だ。
 だって自分は、
「ぷりゅーっ!」
 人間になってしまっているのだから。

「ぷりゅっ。ぷりゅっ」
 ぺちっ。ぺちっ。
「ぷりゅー」
 だめだ。いまの『脚』では、ちっとも威力のある蹴りが出せない。
「おいおい、おイタはよしな」
「ぷりゅっ」
「鼻息が荒いのは変わらずか」
 ひゅっと。指をふる。
「ぷりゅ!?」
 ふわり、ふわり。
「ぷ、ぷりゅーっ。ぷりゅーっ」
 じたばた。短い手足をふり回すが、宙に浮いている状態ではどうにもならない。
「ほら」
「ぷりゅっ」
 落ちる。
「ぷ?」
 受け止められる。
「ぷー」
 ベッド。それも自分のサイズに合わせた。
 感覚的には、かごに近い。さっきまで閉じこめられていた牢屋のようなかごでなく、籐であまれた中にふかふかの布が敷き詰められたものだ。
「ほら」
 さらに、
「ぷりゅっ」
 ぽん、ぽん、ぽんと。
 目の前にぬいぐるみやガラガラといったおもちゃが出てくる。
「ぷりゅっ。ぷりゅっ」
 手を伸ばす。
「ぷりゅー」
 ガラガラガラガラ。夢中になる。
 まだ慣れていない『手』でそれらをつかんで。
「やれやれだ」
「ぷりゅっ」
 しまった。また思うがままになっている。
「ぷりゅー」
 ガラガラガラ。やめられない。
「ちょっとはうるさいが、まあ、暴れられるよりマシだな」
「ぷー」
「ほら、これも」
 ぽんっ。
「ぷりゅ!」
 哺乳瓶に入ったミルクだ。
「ぷりゅー」
 怒りで忘れていたのか、それとも暴れたせいか。とにかくお腹が空いていたことに気づき、夢中でそれに吸いつく。
「さーて、これで本当に静かになった」
 あらためて。
「おい」
 羽根付きに声をかける。ちょっぴりおどかすように。
「ぷぅ?」
 ミルクを飲みつつ、それに耳をかたむける。
「どういうことだ、こいつが勇者様とは」
「だ、だって、ご主人さまがおっしゃっていたから」
「わたしが?」
「世界を救うお方は『向こうの世界』にいるって」
「おまえ……!」
 声に驚きの色が混じる。
「行ったのか」
「……たぶん」
「はぁっ」
 くしゃくしゃと。頭をかきむしる気配。
「確かに騎力(きりょく)は向こうに流れこんでいる。そしておまえの存在は純粋な騎力に近い」
「はあ……」
「しかも、ここ自体が騎力を利用して構成された空間だ。外よりは確かに『門』が開きやすいだろうさ」
 ぶつぶつと。つぶやき続ける。
「しかし、行ったところで戻ることはできないだろう。それができたのは」
「ぷりゅ?」
 目がこちらに向けられる。
「おまえか」
「ぷーりゅ?」
「ふむ」
 手がのびる。
「ぷりゅっ」
 とっさに逃げようとする。
 が、籐かごの中ではどこにも行きようがない。
「勇者か」
「ぷりゅっ。ぷりゅっ」
 頬をつんつんとつつかれ、嫌そうに顔をそむける。
 と、こちらを見る目がするどくなり
「〝姫〟か」
「ぷりゅっ?」
「まさかな」
 苦笑する。
「ぷりゅー」
 姫――
「ぷりゅっ」
 うなずく。その通りだと。
「おいおいおいおい」
 冗談だろうというように手をふるが、そこに動揺がにじむ。
「姫なのか」
「ぷりゅっ」
「おまえが」
「ぷりゅっ」
「馬が? 姫だと」
「ぷりゅー」
 なんだ、馬が『姫』で悪いのか。
 自分は間違いなく『白姫』だ。
「ふーむ」
 額に指を当て、何か考えこむ様子を見せる。
「わからん」
「ぷりゅっ」
 わかるもわからないもなく、自分は『姫』なのだ。
「まあ、十中十違うとは思うが」
「ぷぅー」
「それでも」
 真剣な眼差しで、
「何かのつながりはあるのかもしれんな」
「ぷりゅ?」
「すでにか、それとも先のことか」
「?」
 何を言われているのだろう。よくわからない。
「単純に、幼い者は境界を越えやすいということもあるのかもしれんが」
「ぷりゅぅーう」
 くしゃくしゃと頭をなでられ、また嫌な顔をしてみせる。
「あ、あの」
 そこへおずおずと、
「違うのですか」
「あ?」
「勇者さまでは……ないのですか」
「おいおい」
 むっとした顔を向け、
「まだそんなことを言っているのか」
「だって、世界を救うお方だと」
「だから『勇者』か? あのなー、姫ってのはそういうもんじゃなくて」
 くしゃくしゃ。
「こういうもんでもないんだよ」
「ぷりゅぅー」
 なんだ『こういうもん』とは。
「ぷりゅっ。ぷりゅっ」
 じたばた。
「おっと、また暴れ出したな」
「ぷりゅー」
「カリカリするな。腹はいっぱいになっただろ」
「ぷりゅっ」
 それはそうだけど。
「満腹でそんなふうに暴れたりしたら」
「ぷ……」
 とろとろと。
「ぷー」
「ほーら」
 おかしそうに笑うのが見えたが、怒る気持ちになれない。
 それどころではない。
 眠い。
 もうまぶたを開けていることも困難で、
「ぷりゅすー。ぷりゅすー」
 おだやかな寝息をたてて。
 ぬくぬくとした籐かごの中で眠りに落ちていた。

「ぷりゅ」
 ぱちっと。
「ぷりゅー」
 暗い。
「ぷ」
 思い出す。
 辺りを見渡す。
 うっすらとだがわかる。あの『魔法使い』の家だ。
 眠りについたときと同じく、自分は籐かごのベッドの中にいた。
「ぷりゅー」
 誰もいないようだ。
「ぷ……」
 不意に。
 この森に来てしまったころ感じた心細さがまたこみあげてくる。
「ぷーりゅりゅーっ! ぷーりゅりゅーっ!」
 大声で呼ぶ。やはり返事はない。
「ぷ……!」
 気づく。
 自分の声。いななきとは違うそれ。
「ぷ……りゅ……」
 そうだ。
 自分は人間に変えられていた。
 それは、眠った後もまったく変わっていなかった。
「ぷりゅ!」
 はっと。
 このまま帰ったらどうなるだろう。
 人間になった自分を見て、みんなはどう思うだろう。
「ぷりゅー」
 困る。
 自分だとわかってもらえない可能性も。
「ぷりゅぷりゅぷりゅ」
 そんなことはない。首をふる。
「ぷーりゅりゅー」
 生まれたときからかわいがってもらっているのだ。きっと姿が変わっても自分だとわかってくれる。
「ぷりゅー」
 あらためて。
 薄闇の中、頼りない小さな前脚――でなく『手』を見つめる。
「ぷぅ」
 悪くない。
 思わず思う。
 小さくてかわいらしいではないか。
「ぷりゅー」
 かわいい。
 身体も以前よりひと回りくらいちっちゃくなってしまっている。
 小さいものは、かわいい。
「ぷりゅー❤」
 ひょっとしたら。
 もっとかわいがってもらえるようになるかもしれない。ますますかわいくなったと言ってもらえるかもしれない。
 しかし、
「ぷりゅぅー」
 ここにずっといたのではそれも無理だ。
 帰らなければ。
「ぷりゅっ。ぷりゅっ」
 かごから出ようとする。
「ぷりゅー」
 動きづらい。短い手足はとにかく身体を動かすのに不便だった。
「ぷぅーりゅっ」
 それでもなんとか。
 かごの端をつかんで立ち上がることに成功する。
 途端に、
「ぷりゅ!?」
 バランスが崩れる。そのままかごごと倒れこみそうに、
「勇者さま!」
 プチッ。
「ぷりゅ!」
 つぶした! とっさにすべりこんできた小さな影を。
「ぷりゅっ。ぷりゅっ」
 あわてて。
 自分の下敷きになった羽根付きの無事を確かめる。
「ゆ、勇者さま」
 よろよろと。なんとか起き上がったのを見て、ひとまずほっとする。
 と、自分がこの家に取り残されていたことを思い出し、
「ぷりゅっ! ぷりゅっ!」
「ああっ、ご、ごめんなさい」
 あたふたとあやまる。
「よく眠っていらしたもので、留守にしても大丈夫かと」
「ぷりゅりゅっ!」
 大丈夫じゃない! 不安だったのだ。
「ぷりゅっ。ぷりゅぷりゅっ」
 そんなことより自分を帰して! 訴える。
「う……」
 弱々しく目をそらし、
「実は……その」
「ぷりゅ?」
「あの、ひょっとして、間違えてあなたをつれてきてしまったみたいで」
「ぷりゅっ!」
 なんだ、そのあいまいな言い方は!
 間違えた? みたい?
「正直、あなたがどうやってこちらに来たのか、どうやって元の世界に帰せばいいのかも」
「ぷりゅぅ!?」
 わからないのか?
 なんてことだ! 無責任すぎる!
「ぷりゅりゅぅっ!」
「ああっ」
 こちらの剣幕にますます縮こまる。
「だから、そのっ」
「ぷりゅぅ?」
「責任を取ります!」
「ぷ」
 責任?
「ぷりゅ。ぷりゅぷりゅ」
 何をするつもりなのだ。そう問いただすと、
「ご主人さまにお願いします」
「ぷりゅ!」
 そうだ、あの魔法使いだ。
「ぷりゅー」
 あらためて自分の『手』を見る。自分をこんなふうにしたのだから、同じように魔法か何かで帰してくれるかもしれない。
「ぷりゅりゅぅ」
 けど、それって『責任を取る』って言う? ただお願いするだけで。
 まあ、そんなことはどうでもいいと、
「ぷりゅ。ぷりゅりゅっ」
 早くあの魔法使いのところにつれていって。いななきではない『声』で言う。
「許してくださったんですね!」
「ぷりゅっ」
 まだ気が早い! いましめる。
「では、すぐにご主人さまを探してきて」
「ぷりゅっ!?」
 置いていかれそうになり、あわてて、
「ぷりゅっ! ぷりゅっ!」
「えっ」
 飛んでいこうとした影が止まる。
 かごから完全にはい出し、はいはいでそこに近づいていく。
「ぷりゅー」
 こういうところも不便だ。
 馬の身体なら、ヒヅメで軽快に進むことができる。
 人間の赤ちゃんは、はうしかないのだ。
「えっ、あ、あの」
 あたふたと、
「一緒に来るんですか」
「ぷりゅっ」
 当然だ。情けない羽根付きだけにまかせていられない。
「危ないですよ!」
 すぐさま、
「この〝月の庭園〟はいまとても不安定なんです!」
「ぷりゅ?」
 ツキノテイエン――
 聞いたことがない。
「ぷりゅ」
 なら、大丈夫だろう。『危ない』とも聞いたことはないのだから。
「ぷりゅっ」
 うながす。案内するようにと。
「本当に危険なんですよ」
 それでもためらう羽根付きに、
「ぷりゅーっ!」
 馬のときの迫力には欠けるが、それでも自分としては精いっぱいの威嚇の鳴き『声』をあげてみせる。
「きゃあっ。わ、わかりましたっ」
 人間の赤ちゃんよりなお小さい羽根付きはあわててうなずく。
「ゆ、勇者さまですものね」
 自分に言い聞かせるように、
「あっ、いえ、そうでなかったとしても、きっと何か特別な」
「ぷりゅ」
 うなずいてみせる。
 特別だ。
 特別にかわいがられているのだ、自分は。
「ですよね」
 それでも不安さを残しつつ、
「くれぐれも気をつけてください」
「ぷりゅー」
 しつこい。
「だ、だから、本当に危険なんですよっ」
 わたわたと。
「気をつけてください! いいですね!」
「ぷーりゅ」
 わかった、わかった。そう言うように鼻を鳴らしてみせた。


「ぷりゅー」
 感嘆の息。
 まんまるだ。
 森の中。
 家から出たところで夜空に浮かんでいた大きな月に気づき、しばらく息も止めてそれに見入った。
「こういう夜は」
 おどおどと。あたりをうかがい、
「強くなるんです」
「ぷりゅ?」
「つまり、その」
 口ごもりつつ、
「ここの『力』と言いますか、そういう……いえ、よくはわからないんですけど」
「ぷりゅー」
 あいまいだ。
 言葉で説明できないなら、はっきりとその実物を見せて、
「ぷ?」
 浮かんだ。急に視界が高くなる。
「ぷ……!」
 あれだ。また魔法で自分は、
「勇者さまーーーっ」
「!」
 感じた。
 背後に。
 魔法――ではない。
「ぷりゅぅー」
 おそるおそる。ふり返って見たものは、
「ぷりゅ!」
 やっぱり魔法なのか、これは!
 野ウサギ――
 しかし、その大きさは、
「ぷっりゅーーっ!」
 昼間と同じなのは見た目だけで、こちらを赤ちゃんとはいえ爪先で軽々とつりあげられるほどその身体は巨大になっていた。
「ぷりゅりゅりゅりゅりゅりゅ……」
 どういうことだ!?
 と、言われたばかりの言葉を思い出す。
〝強くなる〟とか〝力〟とか。
 つまり、
「!」
 吠えた。野ウサギとは思えない猛々しい鳴き声で。
「ぷりゅーーーーっ」
 放り上げられる。
 高々と舞い上がった身体はそのままなすすべなく、
「ぷっりゅーーーーっ」
 落ちる。
 その先で口が大きく開かれ、
「ぷりゅっ!」
 くわえられた。
 頭から。
「ぷぅーーーーーーーっ!」
 くぐもった悲鳴が響く中、野ウサギは地を蹴って駆け出した。

「ぷりゅっ」
 吐き出された。
「ぷりゅっ、ぷりゅっ」
 身体についたベタベタをふり払う。
「ぷ……!」
 はっとなる。
 自分は――食べられたのではなかったのか。
 だって、そうだ。
 覚えている。
 落ちていく途中、自分に向かって大きな口がばっくりと開いていたのが。
「ぷりゅぅぅ……」
 ひょっとして『まだ』食べられていないだけなのだろうか。巣に持ち帰ってから、ゆっくりいただくつもりとか。
 あわてて左右を見渡すと、
「ぷ!」
 いた。
 小山のように。
 いや、人間の赤ん坊から見れば大山だ。
「ぷりゅりゅりゅりゅりゅりゅ……」
 どうしよう。
 やっぱり、後で食べようというつもりなのだ。
「ぷりゅー」
 そーっと。様子をうかがう。
 と、気づく。
「ぷりゅ?」
 動かない。
 山のように大きなその身体は、しかし、うずくまったまま反応がなかった。
「ぷりゅっ」
 ひょっとして。
 寝てしまっているのかも。
 ならば、
「ぷりゅー」
 そーっと。あらためて息をひそめ、ゆっくりと巨大ウサギのそばを離れた。


「ぷりゅぷりゅ」
 やれやれ。
 はいはいで時間はかかったものの、ずいぶんと巨大ウサギから離れたところで、ようやく安堵の息がこぼれる。
「ぷりゅー」
 それにしても。
 まさか、野ウサギがあんなふうに大きくなるなんて。
 昼間の羽根付きを見て『おびえすぎ』と思ったが、ひょっとしたらこうなることを知っていたのかもしれない。
「ぷりゅっ!」
 そうだ、羽根付きだ。
「ぷりゅっ。ぷりゅりゅっ」
 とっさに周りを見る。
「ぷりゅー」
 いない。
 どうしよう。また自分だけになってしまった。
「ぷぅ……」
 途方に暮れる。
 見覚えのない森の中の、しかも、夜だ。
 すこし開けている頭上には、いまも大きな満月が煌々と、
「!?」
 影。
 月の光を背後に迫ってくるそれは、
「ぷっりゅーーーーっ」
 フクロウ。
 しかし、その大きさもまた普通ではなかった。
「ぷりゅっ」
 つかまれる。
 力強くするどい鳴き声と共に。
「ぷりゅっ。ぷりゅっ」
 じたばた、じたばた。
 暴れてもゆるぎもしない。
 巨大。
 すくなくとも人間の赤ちゃん一人を楽々とつかみ、そのまま飛び上がろうとできるくらいには。
「ぷりゅーーっ」
 たまらず助けを求める。
「!?」
 ドンッ! 地上を離れようとした巨大フクロウに、突然真横から勢いよく衝突するものがあった。
「ぷりゅっ」
 爪の力がゆるみ、地面に投げ出される。
「ぷりゅぅー……」
 一体何が。確かめようとしてそこに見たものは、
「ぷりゅ!」
 対決。
 まるで映画のような。
「ぷりゅりゅりゅりゅ……」
 見入ってしまう。
 格闘していた。巨大フクロウと。
 その相手は、
「ぷ……!」
 間違いない。自分をさらったあの巨大野ウサギだ。
「!」
 お互いの咆哮が響き渡り、まさに怪獣映画の迫力だ。
「ぷりゅ? ぷりゅ?」
 なんで? と、すぐにはっとなる。
「ぷ、ぷりゅ……」
 取り合っているのだ。
 かわいいから。
 かわいくて――おいしそうだから!
「ぷりゅぅー」
 そーっと。
 両者が戦っているその隙に遠くへ逃げようとする。
「ぷりゅ!」
 ズーン! 大地がゆれる。
「ぷ……」
 いた。
 見ていた。こちらを。
 たったいま、巨大フクロウとの戦いを制した巨大野ウサギが。
「ぷりゅりゅりゅりゅりゅりゅ……」
 見られている。
 こちらを逃がすまいと。
「ぷ……」
 絶体絶命。
 助けてくれる人もここにはいない。
 自分だけの世界で自分は……自分は――
「!」
 ズーン! 再び地面がゆれる。
「ぷりゅ?」
 倒れた。
 巨大野ウサギが。前のめりに、どうっと、
「ぷ……」
 ふるえている。
「ぷぅ?」
 どうしたのだろう。さらわれたことも忘れて心配になる。
「ぷりゅぷりゅ?」
 その巨体に近づき、問いかける。
 すると、
「……きゅ……」
「!」
「きゅお……きゅお……」
 しゃべった!
 怪物ではないのか? ただこちらを襲おうとするだけの。
「ぷりゅぷりゅ。ぷりゅ」
 さらに言葉を重ねられる。
 と、思い出す。
 いまの自分は人間の赤ちゃんだ。
 きちんと、こちらの伝えたいことが伝わるのだろうか。
「きゅ……お……」
「ぷ!」
 ふるえが大きくなる。
「ぷりゅぷりゅ! ぷりゅりゅ!」
 しっかり! 身体に手を当てる。
 ふるえは止まらない。
「っ」
 こちらまで。
 身体がぞくぞくっとふるえる。
「ぷ……?」
 何か。
 何かがいる。
 はっきり『何』とは言えない。
 そんな何かが。
 自分たちを取り巻き始めている。
「ぷ、ぷりゅ……」
 思わず巨大野ウサギにぴったりと身体を寄せる。
「っ」
 気がつく。
 ひょっとして。
 この子(?)もおびえているのだろうか。
 いま自分が感じている『何か』に。
「ぷりゅー」
 むらむらと。
 許せないという気持ちがわきあがる。
 身体の大きさは関係ない。
 赤ちゃんだとかそうでないとか、そんなことも関係ない。
 騎士の馬なのだ。
 生まれたときから。
 母も、祖母も、そのまた祖母もずっと騎士の馬の血筋なのだ。
 その誇りが、彼女を突き動かした。
「ぷりゅっ! ぷりゅっ!」
 見えない相手に向かって。
 いななく。
 もうずっとわかっていることだが、人間の赤ちゃんの身体ではまともないななきにはならない。
 それでも鳴いた。
 守ろうと。
 おびえる者を。それをおびやかす者から。
「ぷりゅーっ! ぷりゅーっ!」
 ますます気配が強くなる。
 ふるえが止まらない。
 それでもいななき続ける。
 精いっぱいに。
 魂の限り。
「ぷりゅーっ! ぷりゅりゅーっ!」
 そのときだった。
「うるさい」
 一言。
「!」
 すっと。指がふられる。
 聞き取れないほどかすかなつぶやき。
「ぷ……」
 包まれる。
 あわく光る幕がこちら側を守るように周りを囲んだ。
「ぷりゅ!」
 見えた。
 幕にぶつかる瞬間、わずかに姿を現す。
「ぷりゅりゅりゅりゅりゅりゅりゅ……」
 顔――のように見える。
 顔だけ。
 苦しみや憎しみ、怒りを示すように歪んだそれが、幕にふれると電気のようにはぜた音を立ててはじかれる。
「ホントにおとなしくしていられないな、馬」
「ぷ!」
 魔法使いだ。
「まったく」
 息を落としつつ腕を組み、
「どうやって、こんなところまで来た」
「ぷりゅっ」
 来たくて来たわけじゃない。巨大な野ウサギにさらわれて、
「ぷりゅ!」
 そうだ。
「ぷりゅぷりゅ。ぷりゅぷりゅ」
 あわてて。まだうずくまったままのその身体をゆする。
「ちょっと、どけ」
 どかされる。
「ぷりゅっ。ぷりゅっ」
 何をする! 抗議するもまったく無視され、
「ふっ」
 またも。
 小さな吐息と共に指をふり、かすかに何か口にする。
「!」
 光る。
 野ウサギの身体が、自分たちの周囲を取り囲む膜のように。
「ぷぅー……」
 見守る。息をつめて。
「ぷりゅ!」
 縮んでいく。
「ぷりゅっ。ぷりゅっ」
「あー、黙ってろ」
 うるさそうに手をふられる。
 その間にも、巨体はどんどん変化していく。
「ふんっ」
 かすかな気合の吐息。
 ぱぁん、と。
 小さな金切り声と共に、魔法使いの握った手の中で何かがはじけた。
「ぷりゅーっ」
 歓喜のいななき。
 戻っていた。
 元の。
 昼間見たそのままの姿の野ウサギに。
「きゅ……お」
 悪夢から覚めたかのように。目を開ける。
「ぷりゅっ。ぷりゅぷりゅっ」
 すかさず。
 無事を確かめるべく再び近づく。
「ぷりゅ。ぷりゅりゅ」
 語りかける。
 と、我に返る。
 いまの自分は人間の赤ちゃんになってしまっている。
 はたして自分とわかってもらえるか。
「きゅ……」
 そのつぶらな瞳が。
「お……」
 こちらを見る。
「きゅおー」
 すりすり。
「ぷりゅっ」
 力なく。それでも頬ずりをされ、こちらも頬をすり寄せる。
 伝わる。
 こちらへ寄せる親愛の気持ちが。
 わかっている。お互いが。
 そんな安心感に包まれ、共に頬ずりを続ける。
「はぁっ!」
 不意の気合。
「!」
 ぱぁぁぁぁぁぁぁんっ!
 光の幕が払われると同時に、そこに群がっていた『顔』たちが一斉にはじけ飛んだ。
「ぷりゅー」
 すごい。
 何がなんだかわからないけれど。
「おい」
「ぷりゅっ」
 思わず背すじが伸びてしまう。
「行くぞ」
「ぷりゅ?」
 行くって。
「まったく」
「ぷっ」
 抱き上げられる。
「あまり、心配をかけるな」
「ぷ……」
 心配――
「ぷぅ」
 すっと。力が抜ける。
 まぶたが重くなる。
 そのまま、
「……すー。ぷりゅすー」
 眠りに落ちていた。

「勇者さま!」
 まただ。
「ぷりゅー」
 目が覚めるなり。
「よかった、ご無事でしたか、勇者さま! 勇者さま!」
「ぷりゅっ」
 うるさい。そっぽを向く。
「ぷ」
 思い出す。
 危ない。昨夜、ずっとそう言われていたことを。そのときも、それをうるさいと感じたことを。
 結果は――
「ぷぅ」
 ふり向く。
「ぷりゅ」
 心配かけて、ごめんなさい。そんなつもりで頭を下げる。
「勇者さま……」
 ほっと。表情のやわらぐ気配が伝わる。
「あっ」
 すぐまたあたふたとなり、
「昨夜は、その、勇者さまをお守りできなくて」
「ぷりゅっ」
 何を言っている。情けない羽根付きになんて最初から守ってもらうつもりはなかった。またも鼻息が荒くなる。
「ああっ」
 たちまち困った様子で、
「あの、その、自分がちゃんと伝えていなかったせいで」
「ぷりゅりゅっ」
 それはそうだ。あんなことになるなんて知らなかったからびっくりした。
「ごめんなさい……」
 しおしおと。目を伏せる。
「あのときは、勇者さまが食べられてしまったと」
「ぷりゅっ!」
 なんてことを言う。
「もっと気をつけるように言うべきでした」
「ぷりゅりゅっ」
 その通りだ。やっぱり。
「本当に」
 情けなくうつむき、
「自分は……何も」
「ぷ」
 小さなその肩がふるえ始めたのに気づき、さすがに、
「ぷりゅりゅ。ぷりゅ」
「ううう……」
 ふるえは治まらず、
「お役に立ちたい」
「ぷ?」
「ご主人さまの」
 うっすらと。小さな小さな涙が光り、
「ご主人さまの……みなさんの……自分はお役に」
「ぷりゅー」
 感心の息がこぼれる。
 ずっと情けないと思っていた。いや、情けないのは変わらないのかもしれない。
 それでも『心』がある。
 くじけない、くじけたくないという心が。
「ぷりゅっ」
「えっ」
「ぷりゅりゅっ。ぷりゅりゅりゅっ」
 思わず。籐のかごにつかまり立ちして、自分の胸をぽんと叩く。
 まかせろ。
 何か力になってやると。
「勇者さま……」
 伝わったのだろう。
 涙を浮かべつつも、うれしそうに微笑む。
「ぷりゅっ」
 こちらも笑ってみせる。
 と、それにしても、
「ぷりゅー」
 厳しい視線を向ける。
 今日も、大きないびきが聞こえてくる。
 魔法使いだ。
 昨夜。
 その腕の中で眠ってしまってからの記憶はないが、目ざめると逆にこうしてベッドの上でだらしない姿を見せていたのだ。
「ぷりゅっ。ぷりゅっ」
 藤かごの中から抗議する。
 しかし、寝こけている魔法使いにはまったく届かず、より大きないびきが返ってきただけだった。
「ぷりゅー」
 あきれる。
 まったく。これでもご主人様なのか。
「あ、あの」
 そこへ羽根付きが。
「ゆっくりお休みさせてあげてください。毎晩、ご苦労されているんです」
「ぷりゅ?」
「おそらく、いまも魔法で何も聞こえなくされているとは思いますが」
 そうだ。
 最初の日、鳥かごに入れられたときもそうだった。
「あのときは、勇者さまをお連れしたことで、つい我を忘れてしまって」
 自分が大騒ぎしていたのを思い出したのだろう。恥じ入るようにうつむく。
「ぷりゅ」
 いやいや、それより『毎晩苦労している』とはどういうことだ。
「ご主人さまは」
 言う。
「世界を救おうとされているんです」
「ぷりゅ!」
 急に大きなことを言われて、さすがに驚かされる。
「ぷりゅぷりゅっ。ぷりゅっ」
 ひょっとして、この魔法使いも『ユウシャサマ』なのか!
「それくらいに大切なことなのです」
 がくっ。トーンが落ち、思わずよろめく。
「ぷりゅー」
 ややこしい。『救う』と『それくらい大切』では大きな違いだ。
「ご主人さまは、姫さまをお呼びになろうとしておられるのです」
「ぷりゅ?」
 姫――
 聞いた。自分がその『姫』かもと言われた。
「ぷりゅっ」
 自分は〝姫〟だ。それは間違いない。
 そう呼ばれているのだから。
「ぷりゅぷりゅっ」
「ご、ごめんなさいっ」
 意味なくあやまられる。
「ぷりゅっ」
 それがまたなんだか腹立たしい。
「ううう」
 やはり情けなく縮こまり、
「聞いたのです」
「ぷりゅ?」
「あなたが」
 顔が上げられる。
「姫と呼ばれるのを」
「ぷぅ」
 だから、それは当たり前だ。
「ぷ……!」
 唐突にはっとなる。
 そうか。
 それで自分は、
「ぷりゅぷりゅ。ぷりゅっ」
 あらためて確かめようとしたところに、
「ごめんなさい」
 またもあやまられる。
「それで、きっと、あなたが世界を救う勇者さまであると」
「ぷりゅー」
 正直。
 やはり悪い気はしない。
 自分は『選ばれた』的なものがあるとはずっと思っていたのだから。
「ぷりゅーん」
「ゆ、勇者さま?」
 突然胸を張ったことに対し、あぜんとした気配が伝わってくるも、
「さ……さすがです」
「ぷりゅ」
 そうなのだ。『さすが』なのだ。
「やっぱり、あなたこそが」
「ぷりゅー」
 ますます得意になる。
「ぷりゅ」
 と、思い出す。
「ぷりゅぷりゅ」
 あらためて。
「ぷりゅぷりゅっ。ぷりゅっ」
 ここで何が起こっているのか。そもそも、ここはどこなのか。
「あ、あのっ」
 またおたおたとなり、
「もうすこしお休みになられたほうが」
「ぷりゅっ」
 そんな悠長な。鼻息荒くにらむ、
「ああっ」
 またもあっさりひるみ、
「昨夜のように危険な目にあわれては」
「ぶりゅぷりゅっ」
 確かに危ない目にはあった。
 けど、
「ぷりゅぷりゅっ。ぷりゅりゅっ」
 野ウサギの子。
 あの子は、望んでいないのにあんな姿にされていた。
 助けを求めていた。
 元に戻って、心からうれしそうに頬ずりしてきた感触が忘れられない。
 きっと。
 他にもあのようになっている動物はいるはずだ。
 後から襲ってきたフクロウにしてもそうだろう。
「ぷりゅぷりゅっ。ぷーりゅっ。ぷーりゅぷりゅっ」
 身ぶり手ぶりで。昨夜起こったことを伝え、どうしてああなったのかということをなんとか聞き出そうとする。
「あの」
 やはりおどおどと、
「昨夜、大変な目に合われたらしいということは、その」
「ぷりゅっ」
 同情してほしいと言っているのではない。
 どうすれば、ああいうことが起こらないようになるのかと聞いているのだ。
「ご主人さまが」
 言葉は続き、
「がんばっていますから」
「ぷりゅ?」
 がんばってる?
「ぷりゅー」
 このだらしなく寝ている、だらしなさそうな魔法使いが?
「ぷりゅぷりゅっ」
 信じられない。正直に言う。
「あ、あのっ」
 やはりあわてて、
「いまはこんなご主人さまですが」
「ぷりゅ」
 確かに『こんな』だ。
「でも、それは、がんばっているからなんです」
「ぷりゅ?」
 がんばっているから――
「ご主人さまは」
 言う。
「姫を迎える場を作られようとしているのです」
「ぷぅ?」
「それが『月の庭園』」
 その名は前にも聞いた。けど〝姫を迎える場〟とは?
「ぷりゅりゅ?」
「あっ、つまりですね」
 首をひねったこちらを見て、疑問に思ったことを察したのか、
「姫様は、その、いまはこちらに来られないのだと」
「ぷーりゅ?」
「だから、こちらとあちらの中間と言える場所があればよいのではないかと。それがここなのです」
「ぷりゅりゅ?」
 さっぱりわからない。
「いや、よくわかっているわけではないんですが」
 そっちもわかってないのか。
 まあ、当然だ。
 情けないから。
「問題は〝門〟なんです」
「ぷりゅ?」
 モンダイはモン?
「ぷりゅっ。ぷりゅりゅっ」
 なに、つまらないシャレを言っているのだ。
「あ、あの、本当なんです」
「ぷりゅー」
「つまりですね」
 やはりたどたどしく、
「ここは、とてもつながりやすい空間なんです」
「ぷりゅぅ?」
 つながりやすい?
「だから、そちらへ行くこともできたのではないかと」
「ぷりゅりゅ?」
 そちら――
 つまり、自分たちがいたところということか。
「あなたも……こちらに」
「ぷりゅっ」
 そうだ。
 自分はなんのりょーしょーもなくここにつれてこられたのだ。
「ぷりゅっ。ぷりゅりゅっ」
「ああっ」
 こちらの剣幕にまたもひるみ、
「そ、そうです。悪いのはこちらです」
「ぷりゅりゅっ」
「けど、こちらの世界を救うには、どうしても勇者さまの……姫のお力が必要なんです」
「ぷりゅー」
 確かに。大変らしいのはよくわかっている。
「ぷりゅ。ぷりゅりゅ」
 だから、どうすればいいの? それをさっきから聞いているのだ。
「ご主人さまは」
 言う。
「がんばられています」
「ぷりゅっ!」
 だから、具体的に何をだ!
「この『月の庭園』を」
 言う。
「姫を迎えるのにふさわしい場所にしようと」
「ぷぅ?」
 迎えるのにふさわしい? つまり、いまはふさわしくないというのか。
「ぷりゅー」
 まあ、確かに。
 動物をあんな風にしてしまう変なのがいるようでは。
「ぷりゅ。ぷりゅりゅ」
 あいつらと戦ってるの? 聞く。
「勇者さま」
 逆に、言われる。
「だから、すこし待ってもらえると」
「ぷりゅ?」
「その」
 言いづらそうに、
「元の世界に帰ることを」
「ぷりゅっ!」
 思い出す。
 そうだ。自分はそのために昨夜、魔法使いを探していたのだ。
「ぷりゅー」
 考えてしまう。
 帰って――いいのだろうか。
 やはり、野ウサギの子のことが忘れられない。またあんなことになってしまったらと思うと居ても立ってもいられない。
「ぷりゅ。ぷりゅりゅ」
「えっ」
 身ぶり手ぶりで。言いたいことを伝えると、羽根付きは目を見張り、
「あの、でも、その」
 おどおどと。目を伏せ、
「勇者さまは、本当は勇者さまではないのですし」
「ぷりゅっ」
 決めつけられたくない。
 そういうのは自分が一番わかっている。
 自分は選ばれた白馬だ。
 姫だ。
「けど」
 こちらの剣幕にますますおどおどしつつ、
「赤ちゃんですし」
「ぷりゅっ」
 だから、かわいくてむしろいいではないか!
「ぷりゅぷりゅっ。ぷりゅっ」
「ううう」
 これ以上ないくらい縮こまり、
「わ……わかりました」
「ぷりゅっ」
 やっとか。まったくめんどうくさいしまわりくどい。
「ぷりゅりゅっ」
「ごめんなさい……」
 正直、もっとあやまってほしい。
「ぷりゅー」
 いやもう、こんな情けない羽根付きなんて相手してられない。
 自分だけでもなんとかするべく、
「ぷりゅっ!?」
 藤かごから飛び出そうとしたその瞬間、
「ぷりゅーーーーっ」
 吊り下げられた。
「まったく」
 大きなあくびと共に、
「寝てるとき以外におとなしくできないのか、この馬は」
「ぷりゅっ。ぷりゅっ」
 ぶんぶんと。
 小さく丸っこい拳をふり回すも、まったく届かない。
 吊り下げられていた。
 いつの間にか足にひものようなものがからみつき、それによって逆さづりにされてしまったのだ。
「ぷりゅー」
 やっぱり悪い魔法使いだ。こんなきょーあくな罠を仕かけていたなんて。
「寝てるときは、ちょっとはかわいらしいのにな」
 つんつん。
「ぷりゅっ。ぷりゅりゅっ」
 近づいてきた魔法使いに頬をつつかれ、ますますムキになって腕をふり回すも、やはりまったく当たらない。
「はははっ」
 不意に。
「そんなに元気がありあまって仕方ないなら」
 言った。
「行くか」
 ? 行くとは。
「外に出たくて仕方ないんだろ」
 指をふる。
「ぷりゅっ」
 ひもが消えて落下したところを、細い腕ながらもしっかりと受け止める。
「行くぞ」
 もはや決定事項だった。


「ぷりゅ!」
 大興奮。
「ぷりゅーっ! ぷりゅーっ!」
 轟音。
 はじける水しぶき。
 その迫力を前にして感情を抑えきれない。
「わかりやすいな」
 苦笑される。
 そこにあたたかなものを感じ、思わず隣を見る。
「ぷりゅ?」
 脱いでいた。
 いや、馬からすれば裸は当たり前だが、人間がその状態になるのは何か理由があるときだけのはずだ。
「ははっ」
 見上げるこちらに笑みを返し、
「ぷりゅぅ!?」
 歩き出した。
 青空と木々の緑を背景に、圧倒的な存在感を示している――
 滝に向かって。
「ぷ!」
 入った。
「ぷりゅ! ぷりゅりゅ!」
 大変だ。あわてて羽根付きに訴える。
「だ、大丈夫です」
「ぷりゅっ!」
 大丈夫じゃない!
 あんな大きな滝に! 水がいっぱい落ちてきてるところに!
「あれは」
 逆にこちらはまったくあわてず、
「修行です」
「ぷりゅ?」
 しゅぎょお?
「見てください」
「ぷりゅ!」
 見た。
 押しつぶされてしまいそうな水の勢いの中で。
 立っていた。
 魔法使いが。
 激流を頭から全身に浴びつつ、静かに目を閉じて。
「ぷりゅー」
 すごい。
 これまでに見た魔法とはまた違う意味で感じ入ってしまう。
「ぷりゅ?」
 平気なの? それでも思わず聞いてしまう。
「ご主人さまは」
 心持ち誇らしげに、
「このように厳しい修行を自分に課して心を精錬されているのです」
「ぷりゅりゅ?」
 言葉の意味はよくわからなかったが、
「ぷりゅー」
 あらためて。
 魔法使いのことをこれまでと違う目で見てしまう。
 それから、どれくらい時間が経ったろうか。
 ふっ、と。
 小さな息をするどく吐き、魔法使いが滝から戻ってきた。
 何事もなかったような涼しい顔――いや、そこに深みが加わったような空気を漂わせつつ、持参していた布で身体を拭き、衣服を身にまとう。
「退屈だったか」
「ぷりゅぷりゅぷりゅ」
 首を横にふる。
 実際、退屈ではなかった。
 滝をずっと見ているだけでも飽きなかったが、その他にも、水辺には目移りするものがいろいろとあった。
「ぷりゅ!」
 いまもさっそく。
「ぷりゅっ。ぷりゅっ」
 ばしゃっ。ばしゃっ。
 小さな手で、滝から続く川の水をはねあげる。
 魚だ。
 日の光を照り返してきらきら光るそれが、たまらなくこちらの目を引きつける。
「バーカ。赤ん坊につかまるほど、そいつらノロマじゃないぞ」
「ぷりゅー」
 それは『人間の赤ん坊』だからだ。馬だったらきっと、
「馬だったらもっと無理だろ。ヒヅメでどうやってつかまえる」
「ぷりゅりゅっ」
 くわえればいいのだ。ヒヅメでパカーンしたあとで。
「ぷりゅっ」
 いや、人間でだって。
 水面に向かって、思い切り上半身を突き出す。
「ぷりゅりゅっ!?」
 とたんにバランスが崩れる。
 身体と比べて大き目の頭に引きずられるようにして、そのまま川の中へ、
「コラ」
 抱えこまれる。
「おまえはどこへ来てもおとなしくしてないな」
「ぷりゅりゅっ」
 大きなお世話だ。自由に生きる白馬なのだ。
 いまは人間の赤ちゃんだけど。
「すこしは落ちついてみろ」
 言って、
「いろいろと見えてくるものがあるだろう」
 見えてくるもの――
「ぷぅ」
 ある。確かに。
 感じる。
 滝を中心として広がる景色。
 樹木の緑。川の薄青。
 空。
 吹き抜ける風と、清らかな空気。
「ぷりゅー」
 感じる。
 自分までも清らかになっていくような。
 静かになっていくような。
 周りにあるもの全部と、一つになっていくかのような。
「その感じを忘れるな」
 はっと。
「ぷりゅー?」
「わからないか」
「ぷりゅ」
 うなずく。正直に。
「まあ、いい」
 ぽんぽんと。頭を叩かれ、
「おまえはココで考えるのが得意じゃなさそうだからな」
「ぷりゅー」
 なんてことを言うのだ。賢いこの自分に向かって。
「ぷりゅっ。ぷりゅっ」
「おいおい、だから暴れるなって」
 苦笑される。
「元気は夜までとっておけ」
「ぷりゅ?」
「今夜」
 目が真剣な色を帯び、
「みんなまとめてケリをつける」
「ご主人さま!」
 あわてた声で、
「ど、どういうことですか! こちらには何も」
「おい」
 つまむ。
「はわわっ」
「なぜ、おまえに説明しないとならん」
「だって、自分はご主人さまの」
「おまえはおまえだ」
 そっけなく。
「ただ」
 かすかに口調があらたまり、
「こいつをつれてきたことはほめてやってもいい」
「えっ」
 あぜんとなるも、すぐに赤面し、
「け、けど、この方は姫ではないと」
「姫じゃあない」
「ぷりゅっ!」
 姫だ! 自分は!
「じゃあ、勇者さま……」
「そうでもない」
 やれやれと。
「やっぱり、おまえは」
 と、言葉が不意に途切れる。
 口ごもるように、
「いや、なんでもない」
「ご主人さま?」
「ぷりゅ?」
 こちらまで首をひねってしまう。
 なんだというのだ。
 羽根付きは、情けない羽根付きでしかないのに。
「あてにするのは禁物だな」
「ぷりゅっ」
 そうだ、あてになんてならない。
「ぷりゅぷりゅ」
 いやいや、自分はあてになる。
 姫なのだから。
「頼もしいな」
「ぷりゅー」
 頭をなでられ、こちらもご機嫌な息をもらす。
 頼りにされるのは、やっぱりうれしい。
「よし」
 かすかに。決意を示すかのように小さくうなずき、
「やるぞ」
「ぷりゅっ」
 こちらもうなずいていた。

 夜になった。
「ぷりゅー」
 準備万端。そんな気持ちで鼻を鳴らす。
「ふー」
 滝から戻るなり再び爆睡していた魔法使いも、休息十分という顔で肩を回す。
「さてと」
 落ち着いた表情であごに手を当てる。
「問題は、むしろ、完璧を目指そうとしたことだった」
「ぷりゅ?」
 一人。自分に語りかけるように、
「月だ」
 指を頭上に向ける。
「ぷーりゅ?」
 わからない。
「わからないか」
「ぷりゅ」
「まあ、黙ってついてこい」
「ぷりゅー」
 なんだそれは。そっちから思わせぶりに言っておいて。
「来ないのか」
「ぷりゅっ」
 それとこれとは話が別だ。
「ぷりゅっ。ぷりゅっ」
「なら、黙ってついてこい」
「ぷりゅぅー」
 なんだか、うまく乗せられている気がする。
 そう思いつつも、おとなしく魔法使いに抱きかかえられる。
「あ、あの、ご主人さま」
「なんだ」
 うるさそうに手を払いつつ、
「おまえに用はないぞ」
「そんな!」
 あからさまなショックを見せる。
「ぷりゅー」
 かわいそう。思ってしまう。
 けど、確かに用はない。
 情けないから。
「ぷりゅぷりゅ」
「おう、わかった。行くぞ」
 うながされ、扉に手をかける。
「ご主人さまっ」
 一瞥。
「う……」
 うなだれる。
「す、すみません」
 あやまることはないのに。思ってしまう。
「ううう」
 やっぱり情けない。つれていかなくて正解だ。
「ぷりゅりゅっ」
「あー、わかったわかった」
 羽根付きを一人残し、魔法使いは外に出た。


「ぷりゅー」
 暗い。
 木々の間からさしこむ月明かりが行く手を照らしているが、やはり昼間と同じ森なのかと思うほど不気味な感じがする。
「完璧を目指したのがよくなかった」
 再び。言う。
「ここは『月の庭園』だというのにな」
「ぷーりゅ?」
 やっぱりわからない。
「ほら」
 上を指さす。
「見えるだろ」
「ぷりゅ」
 月だ。
 光の向こう、枝葉の破れ目からそれははっきりと見える。
「どんな形をしている」
「ぷりゅー」
 はっきりとは不明だ。
 森の中にいて、空が完全には見えないのだから。
「ぷりゅぷりゅぷりゅ」
 わからない。正直に伝える。
「それが月の本質だ」
「ぷりゅ?」
「月の庭園」
 くり返す。
「わたしはそのゆらぎの力を利用した」
「ぷりゅりゅ?」
 わからない。
「ゆらぐことによって境界をあいまいにする」
 続ける。
「そうやって、わたしも」
 と。
 言葉が止まる。
「ふぅ」
 ? なんだ、急に。
「そうか」
 何を一人で納得しているのだ。
「ここが」
 言う。
「すでに中心だ」
 途端、
「ぷ!」
 目の前に。
 いた。
「ぷっりゅーーーーーーーっ!」
 無数の。
 数えきれないほどの。
「ぷ……」
 羽根付きたち――
「ぷりゅ? ぷりゅりゅ!?」
 なんで、どうして?
 魔法使いを見ると、険しい顔をして、
「やはり、抑えきれないか」
「ぷりゅ!」
 こうなることを知っていた!?
「おい」
 こちらを見る。
「覚悟しておけ」
「ぷ……!」
 どういうこと?
「ここはわたしの庭じゃない」
 前を見て、
「あいつらの庭だ」
「!」
 そ、そうだったのか!
 というか、どういうことだ!?
「わからないか」
「ぷりゅっ!」
 わかるか!
「行ったのでもない、残ったのでもない」
「!?」
「そういうやつらの成れの果てだ」
 まったくわからない。
「来るぞ」
「!」
 浮かんでいる羽根付きたちの足元に、
「ぷぅ……!」
 これまた無数の光る目。
 動物たちだ。
 森の。
「ぷ!」
 まさか。
 いや、そのまさかだった。
「ぷりゅりゅりゅりゅりゅりゅ……」
 見る見るうちに。
 変化が起こり出す。
 身体がふくれあがっていく。
 その見た目のまま、感情まで高ぶるかのように凶暴なうなりが聞こえる。
「ぷりゅ……!」
 昨夜のそのままだ。
 あの巨大化した野ウサギと同じだ。
「!」
 気がつく。
 動物たちのそばにいる羽根付きたち。
 その顔が、昨夜見たあの不気味な〝顔〟に重なる。
「ぷ……」
 まさか。
 まさか、まさか、まさか!
「説明はいらないようだな」
「ぷりゅぅ!?」
 いやいや、いる! 何がどうしてこうなっているのだ!
「だったら、話は早い」
「ぷっりゅーっ!」
 話を進めないで!
「行くぞ」
「ぷりゅ!?」
 行く? だから何をどうやって、
「ふっ!」
 小さくするどい吐息。
「ぷ……!」
 浮かび上がる。
 周りに。
 U字型を描いたそれは自分にはとても見覚えのあるものだった。
「はぁっ!」
 ブーメランのように飛んでいく。
 たくさんの――
 蹄鉄が!
「!」
 光の蹄鉄が次々と動物たちに命中する。
「ぷりゅ! ぷりゅぷりゅ!」
 なんてことを! みんなは無理やりあんなふうにされているのに!
「落ち着け」
 かすかに。
「ぷ!」
 はっとなる。
 動物たちに直撃する蹄鉄。
 しかし、それは彼らの身体をすりぬけ、
「ぷりゅ!」
 抱えこむ。
 U字の中に、邪悪な顔をした羽根付きたちを。
「ぷりゅりゅ!」
 次々と。
 羽根付きが引きはがされ、変貌していた動物たちが元に戻り出す。
「ぷりゅっ。ぷりゅっ」
 すごい! さすがは魔法使いだ。
「よろこぶのは早いぞ」
「ぷりゅっ?」
 変化はすぐに現れた。
「ぷりゅりゅぅっ!」
 無数の羽根付きたちが寄り集まる。
「ぷ……!」
 溶け合っていく。
 悪夢のような光景。
「ぷりゅりゅりゅりゅりゅりゅ……」
「動じるな」
 あたふたするこちらに。静かに言う。
「姫」
「……!」
「なのだろう、おまえは」
「ぷりゅっ」
 うなずく。
「まあ、それでいい」
 何かふっきれたという顔で、
「このときを待っていたんだ」
 待っていた?
「ゆらぎが一つになる」
 ゆらぎ――
「ふっ」
 小さな吐息。
「!」
 するするする、と。
 伸びていく。
 顔の前に立てた指から、光の糸が。
 糸――
 いや、その太さはロープに近い。
 と思い出す。
 これで足を縛られ、宙づりにされたことがあったと。
 それが、
「ぷ!」
 伸びていく。
 不気味に溶け合う羽根付きたちに向かって。
「はぁっ!」
 からみつく。獲物にとびかかる蛇のように。
「ぷりゅ!」
 またもはっとなる。
 蛇ではない。
 それは――いましめ。
 またも見慣れたもの。馬と主人とが意思を通い合わせる助けとなるもの。
 手綱だ。
 まさに怪物のように巨大な口を広げようとしていたところをしめつけたそれは、口輪そのものに見えた。
「はぁっ!」
 ぐっと。手綱を引く。
「ぷりゅ!」
 すごい! 自分たちよりはるかに巨大な怪物が、手綱の動きに逆らえず体勢を崩していく。
「ぷりゅっ! ぷりゅっ!」
 がんばれ!
 一方の腕で魔法使いにかかえられたまま、応援するようにいななく。
「……ははっ」
 不意に。
「ぷりゅ?」
 乾いた笑い声に、首をひねる。
「ぷりゅ。ぷりゅりゅ」
 どうしたの? 聞くと、
「限界だな」
「ぷりゅっ!?」
「やはり無理があった」
「ぷりゅ? ぷりゅりゅ?」
 何を言ってるの? 無理どころか、こっちのほうが押している。いや、実際は引いているんだけど。
「ただのまねごとだ」
「ぷりゅりゅ?」
 またもわからないことを言われる。
「ぷりゅっ。ぷりゅりゅっ」
「うるさい」
 その声にも力がない。
「限界だ」
 つぶやく。再び。
 と、直後、
「ぷりゅっ!」
 投げ出される。
「ぷりゅりゅぅっ!」
 何をする! そう叫ぼうとしたのもつかの間、
「!」
 飲みこまれた。
「……ぷ……」
 声がない。
「ぷ……りゅ……」
 意味もなく。ただまばたきをする。
 現実感がわいてこない。
 現実――
 なのか、そもそもこれは。
 怪物。
 それが。
 手綱に引かれる一方だと思っていたその巨体が。
 不意に。
 襲いかかった。
 前のめる勢いのまま。
 あらがっていたのが一変し、魔法使いに向かって――
「ぷ……」
 血の気が引く。
 自分も。
 あのまま一緒にいたら飲みこまれていた。
「ぷりゅりゅりゅりゅ……」
 じりじりと。
 後ろに下がろうとする。
 すこしでも遠くに離れようと、
「!」
 見た。
 目――
 そう呼べるものなのかはわからない。
 けれど。
 見られていた。
 わかった。
「ぷ……」
 逃げられない。
 来る。
(ぷ……りゅ……)
 助けて。
 心から。
 その名前を呼ぶ。
(ぷーりゅりゅー……)
 来て。
 お願い。
「ぷーりゅりゅーっ!」
 絶叫する。
「……!」
 聞こえた。
 空耳? 違う。
 はっきりと、

『――白姫』

 聞こえた。
「ぷ……」
 涙が。
 あふれる。
 止まらなくなる。
「ぷーりゅりゅー」
 初めてだった。
 こんなにも長く離れていたのは。
 その気づきが、想いを加速させる。
 止まらなくなる。
「ぷーりゅりゅーっ! ぷーりゅりゅーっ!」
 叫ぶ。いななきの限り。
「ぷーりゅりゅーっ!」
 そこに、
「!」
 光――
 のびてくる。
「ぷ……!」
 月から。
「ぷーりゅりゅーっ! ぷーりゅりゅーっ!」
 これは『道』なのだ。『門』なのだ。
 直感していた。
「ぷーりゅりゅーっ!」
 そのとき、
「!」
 吠えた。
「ぷ……!?」
 怪物が。
 木々の向こうの月に向かって。
「ぷ!」
 がく然となる。
 大変だ。
 まさか向こうに行こうとしているのか。
 自分が元々いた世界。
 大切な者たちのいるところに。
「ぷりゅりゅっ!」
 だめだ! 絶対だめだ!
「ぷーりゅりゅー」
 あり得ない。絶対あってはならないとくり返す。
 消えない。
 食べられてしまった魔法使い。
 それと同じように、
「ぷーりゅりゅーっ!」
 だめだだめだ、絶対だめだ! その激しい想いが恐怖を上回る。
「ぷりゅーーっ!」
 突撃した。
 人間の赤ちゃんの身体で。
 はいはいで。
 吠えていた怪物がこちらを『見る』。
 それでも。
 止まらなかった。
 止まれなかった。
 止まったら、もうみんな終わってしまうから。
「ぷりゅっ!」
 突っこんだ。
「ぷりゅーっ! ぷりゅーっ!」
 無茶苦茶に小さな拳をふり回す。
 やらせない。やらせはしない。
 大切なものを。
 大切な誰かを。
 やらせない。
 想いだけが自分を加速させる。
「ぷりゅっ」
 一薙ぎ。
「ぷ……」
 腕? 触手?
 なんだかわからないながら、その暴力的な圧力に小さすぎる身体であらがうことはできなかった。
「ぷりゅりゅりゅりゅ……」
 悔しい。
 自分はどうしてこんなに無力なのだ。
 ユウシャサマ? とんでもない。
 自分は――
 子どもで。
 赤ちゃんで。
 いまは誇り高き騎士の白馬ですらない。
「ぷりゅりゅーっ」
 戻りたい。せめて。
 馬の姿に。
 ほしい。
 敵を蹴り上げる力強いヒヅメが。
 地を駆けるしなやかな脚が。
「ぷりゅぅ……」
 どうして。どうしてこんなに自分は弱いのだ。
 何もできないのだ。
「ぷりゅっ……ぷりゅっ……」
 もどかしさがあらたな涙となる。
「ぷーりゅりゅー」
 手を伸ばす。
 小さくか弱いそれを。
 月に向かって。
「ぷーりゅりゅー」
 やっぱり。
 馬がいい。
 自分は。
 人間の赤ちゃんとしてどんなにかわいがられたとしても。
 馬が。
 だって。
「ぷーりゅりゅー」
 騎士だから。
 馬としてそばにいられるから。
 力になれるから。
 だから。
「ぷーりゅりゅーっ!」
 自分は――馬がいい!
「!」
 光が。強くなる。
「ぷーりゅりゅー」
 感じる。
 この光の向こうに。
 いる。
 呼んでいる。
 自分を。
「ぷーりゅりゅー」
 帰る。必ず。
 そのためにも。
「ぷりゅっ」
 力をふりしぼって。
 立ち上がる。
 はいはいだけど。
 両手両脚をしっかり踏ん張って。
「ぷりゅー」
 にらみつける。
 怪物。
 何がなんだかわからない。
 けど、はっきり敵と言える相手。
 悪者だと思っていたけど実は結構いい人間だった魔法使いを飲みこんだ。
 そして、今度は向こうの世界へ行こうとしている。
 止めないと。
 だって。
「ぷりゅっ」
 こんな姿になっていても。
 騎士の馬なのだから。
 魂までは絶対変わったりしないのだから。
「ぷりゅりゅーっ」
 いなないた。
 それは。
 魂のいななきだった。
『勇者さま』
「ぷ」
 聞こえた。
「ぷりゅりゅっ?」
 羽根付き――
 とっさに周りを見渡す。
 ニセモノ(?)の羽根付きたちではない。
 あの。
 自分をこの不思議な森に導いた。
 羽根付き。
「ぷりゅ……!」
 そういえば、いまだに自分は『羽根付き』と呼ぶ以外の名前を知らない。
 あの情けなくて気の弱い。
 羽根付きは――
『勇者さま』
 再び。
『あなたは』
 どこからともなく。その声は届き、
『この世界を救う』
「ぷりゅっ」
 そうだ。ずっとそう言われてきた。
『この世界は』
 続く。
『求める世界』
「ぷりゅ?」
 求めるセカイ――
「ぷりゅりゅ?」
 何を? 思わずそう聞いた瞬間、
「!」
 吠えた。
 先ほどより猛々しく。
 月に向かって。
「ぷ……!」
 見た。
 形の定まらない巨大な怪物。
 定まっていく。
 その姿は、
「………………」
 あぜん。
 どう見ても。
 それは、槍を手に馬にまたがる――
 騎士の姿そのものだった。

「………………」
 言葉がない。
「ぷ……りゅ……」
 ようやく。
「ぷりゅりゅっ! ぷりゅっ!」
 わけもなく。
 興奮のいななきが止まらなくなる。
 なんでだ!?
 なんで、自分の前に『騎士』がいるのだ!
 騎士――
 本当にそう呼んでいいかはわからない。
 だって、それはあまりに大きかったから。
 怪物のときそのままに、こちらが赤ちゃんであることを差し引いても『騎士』はおそろしく巨大に見えた。
「ぷりゅー」
 騎士――巨大な。
 それに合わせて槍も大きく、乗っている馬も、
「ぷりゅ!?」
 はっとなる。
 馬――
「ぷりゅ……」
 見覚えがある。
 ような気がする。
 はっきり『これ』とは言えない。
 しかし、それはとても親しみあるものを感じさせた。
「!」
 いなないた。
 と同時に、前脚が高々と上がる。
「ぷ……りゅ」
 まさか。まさかまさかまさか。
 行くのか。
 突撃するというのか。

 突撃(ランスチャージ)――

 それは、騎士最強の技。
 騎士と槍、そして馬が一体となって初めて放てる無敵の突貫。
「ぷ、ぷりゅ……」
 けど、その標的は?
「!」
 気づいた。
「ぷ……」
 まさか。
 あの――
 月に向かって突撃しようというのか!
「ぷりゅりゅ?」
 けど、どうやって!?
 空も飛べないのに。
「!」
 翼――
「ぷ……う……」
 もう完全に夢としか思えない。
 しかし、気づく。
 そもそも『羽根付き』たちなのだ。
 そして、翼をはやした馬とそれに乗る騎士は、
「ぷぅっ!」
 飛んだ。
 枝や葉をなぎ払い、たちまち木々の上に舞い上がる。
「ぷ……ぷりゅ……」
 どうしよう。
 置いていかれた形で、ただあたふたすることしかできない。
『勇者さま』
「!」
 まただ。
 聞こえた――その声に、
「ぷりゅ」
 手をかかげる。
「ぷりゅ!」
 手――ではない。
「ぷりゅ! ぷりゅ!」
 久しぶりに。
 頼もしい硬質の光を放つそのヒヅメに見とれる。
「ぷりゅりゅ!」
 身体も。
 なよなよとした小さく頼りないそれではない。
「ぷりゅーっ。ぷりゅーっ」
 跳ねる。跳ねられる。
「ぷりゅりゅっ❤」
 いつも「かわいい」と言われる得意のポーズを決めることもできる。
「ぷりゅー」
 満足。
 やっぱりこれでないと。
「ぷりゅ」
 と、のんびりよろこびにひたっている場合では、
「!」
 いた。
「ぷ……」
 羽根付き。
 自分の知っている本物の。
 だと――思う。
「ぷりゅ……」
 ためらいつつ、
「ぷりゅぷりゅ?」
「はい」
 うなずかれる。
「とけたんです」
「ぷりゅ?」
「あなたにかけられていた魔法が」
 そう言うも、表情が沈む。
「消えかけている……」
「!」
「ご主人さまが。だから」
 そうか。だから魔法がとけて元に戻れたのか。
 って、大変ではないか!
「ぷりゅりゅっ! ぷりゅっ!」
 なんとかしないと! いななきを荒げるとろこに、
「……ごめんなさい」
 唐突にあやまられる。
「ぷりゅっ!」
 この期に及んでも何もできないと? 本当になんて情けないのだ!
「あなたを」
「ぷりゅ?」
 口ごもりつつ。言う。
「利用してしまうことになる」
「!」
 どういうこと!?
「勇者さまっ」
 切々と。その瞳が訴える。
「一つになれる」
「……!」
「あなたと自分は」
「………………」
「だって」
 絶句しているところに、
「同じなのだから」
 言う。
「同じ――」
 くり返す。
「騎士さまのために」
「!」
 ど、どういうことなの?
「さあ」
 うながされる。
「あなたと自分は」
 くり返す。
「一つに」
 とっさに、
「ぷりゅぅっ!」
 拒絶する。
「ぷ……」
 とんでもないことに気づいた。
 一つに――
 それは。
 あの邪悪な羽根付きたちと同じ。
 動物にとりついて、
「ぷりゅぷりゅぷりゅぷりゅっ!」
 懸命に。首を横にふる。
「お願いです」
 お願いされたってだめだ!
 あんな凶暴な姿になったら、自分のかわいいイメージが大変なことになってしまう。
「お願いします」
「ぷりゅっ!」
 だめだ!
「いまならできます」
「ぷりゅ?」
 いまなら?
「守っていたのです」
「ぷりゅりゅ?」
「ご主人さまが」
「ぷーりゅ?」
 誰を? この自分のことをか。
「人間の姿とすることで」
「ぷりゅっ!」
 あれは、弱々しい人間の赤ちゃんにしてしまって扱いやすいようにと。
「違うのです」
「ぷりゅぅ?」
 違うの?
「違うのです」
 くり返す。
「あの姿では無理だから」
「ぷりゅ?」
「仮の姿では」
 言う。
「一つになれない」
 はっと。
 そうか、そうなのか。
 あったのだ。
 ここに来た直後から。自分にも。
 あの野ウサギの子のように、取りつかれて凶暴化する可能性が。
「ぷりゅりゅりゅりゅ……」
 いまさらながらに恐ろしくなる。
 と、またはっとなる。
「ぷりゅりゅっ! ぷりゅっ!」
 そんなことをしているのは羽根付きたちで、目の前にいるのも羽根付きで!
 そして、いままさに自分にそういうことをしようとしていて!
「お願いです」
 あらためて。請われる。
「ぷっ!」
 だから何度言われてもだめなものはだめで、
「ご主人さまが」
 ぷ。言葉に詰まる。
「早くしないと間に合わなくなる」
 顔をあげる。
「ぷ……!」
 いままさに。
 月に重なるようにして巨大な影が、
「!」
 キィィィィィィィィン!
 弾かれた。遠目にだが、そう見えた。
「ぷ……りゅ」
 やっぱり。夢としか思えない。
 月に。
 羽根のついた馬に乗った巨大な騎士が突撃するなんて。
「お願いですっ」
 くり返し。言われる。
「本当に間に合わなくなります。ご主人さまが消えてしまう前に」
「………………」
 本当だ。感じた。
 本気で。
 あの魔法使いを助けたいと。
 その想いを。
 感じた。
「ぷ……」
 それでもためらう。
 怖い。
 自分が――自分でなくなってしまうことが。
「勇者さまっ」
 訴えられる。
「!」
 キィィィィィィィィィィン!
 二度目の突撃。
「ぷりゅっ」
 月がゆらいだ。そう見えた。
「時間がないんです!」
 涙――
 それを。
 見た瞬間に自分は、
「!」
 いなないていた。
 猛々しく。
 それはもう、生まれて一年に満たない稚馬のものではなかった。
「勇者さま……」
 何も言わずとも。
 いや、最初からつながっていたのだ。
 だから自分は、
「行きます」
 その言葉に。うなずくまでもなく、
「……!」
 来た。
「っっ……」
 これは、
「ぷ……」
 来る。圧倒的な。
 それに一瞬で飲みこまれていた。


 砕けた。
 二つの『一』だったものが。
 その多くのかけらが、破壊を免れた『一』と共に向こうへ行き。
 わずかなそれが。
 狭間に取り残された。
 彼らは。
 望んだ。
 再び『一』となることを。
 主人と、そして共に主人に仕えるものと。
 一つに。
 一つに――


 醒めた。
「――!」
 瞬間のビジョン。
 それに気を奪われる間もなく、
「ぷ……!」
 飛んでいた。
「ぷりゅ!?」
 と、感じる。
「ぷ……」
 背に。
「ぷりゅぅ……」
 うれしい。
 間違うはずもない。
「ぷーりゅりゅー」
 感じた。
 夢見ていた。
 早く大きくなって。
 立派な騎士の馬になって。
 背に乗せられたらと。
 共に。
 正義のために戦えたらと。
「ぷーりゅりゅー」
 無限に。力がわいてくる。
「ぷ!」
 飛んだ。
 月に。
 さらなる突撃を行おうとしている。
 異形の天馬騎士に向かって。
「!」
 いなないた。
 いた。
(ぷーりゅりゅー)
 こちらの心の声に応えるように。
 感じる。
 背中で。
 槍を構える気配。
「!」
 突撃――
 そして。
 光が弾けた。

「おい」
「……ぷぅ」
 我に返った。そこに、
「ぷ!」
 馬――
「『ぷ』じゃないだろう」
 と言われても。
「!」
 気がつく。
「ぷ……」
 この口調。すこしこちらをからかうようなこの感じは、
「わたしだ」
 えっ、だ、だって。
 馬だ。目の前にいるのは。
 しかも、自分と同じ、
「!」
 同じ――
「わたしの名は白楽(はくらく)」
「……!」
 白。それはまさか、
「先祖ということになるだろうな」
 ご先祖様!?
「そう、驚くな。ない話じゃないだろう」
 ないないない!
 ご先祖様に会うなんて!
「ぷりゅぷりゅ! ぷりゅ!」
「あわてるな。わかりやすく話してやる」
「ぷりゅっ」
 よろしくお願いします。そんな気持ちで頭を下げる。
「ぷるるっ」
 笑う。
 それは確かに馬のいななきだった。
「ずいぶん昔だな」
「ぷりゅ?」
「こちら側に来たのは」
 こちら側――それは、
「『卵土(ランド)』だ」
「ぷ?」
 聞いたことがない。といっても、自分の知る『セカイ』は生まれた島の中だけなのだが。
「ここは」
 言う。
「騎士の力。騎力の満ちる世界」
「ぷ!」
 騎士の? それは騎士の馬である自分と無関係と言えない。
 そして、当然、自分のご先祖様である彼女も。
「導かれた」
 言う。
「魂が、というかな」
「ぷりゅりゅ?」
「わたしは」
 心持ち。照れくさげに。
「自慢ではないが特別な白馬だった」
 それはそうだろう。この自分のご先祖様なのだから。
「ぷりゅー」
「なぜおまえが胸をそらす」
 そらすだろう。誇るべきことなのだから。
「まあ、よくあることだ。年経た動物が変わった力を持つというのは」
「ぷりゅっ」
 そうなのか。
 じゃあ、自分も長生きしたら魔法使いに。
「ぷ」
 そこで思い出す。
 いままで見た魔法は、ほとんどが馬と関連していた。
 蹄鉄のようなものを飛ばしたり、手綱のような紐をくり出したり。
 自分を閉じこめたあのかごも、馬を囲うためのケージだったのかもしれない。
 声が届かなくなったのは、きっとアレだ。ことわざというもので聞いたことがある。
 馬の耳に念仏、と。
「ぷりゅー」
 そうか。魔法使いは〝馬〟法使いだったのだ。
「何を感心している」
「ぷりゅぷりゅ」
 気づきをそのまま伝える。
「馬法使いか。確かにな」
 そう言って、
「ぷるるっ」
 一いななき。
 その姿が、見慣れた人間のものに変わる。
「どうだ」
「ぷりゅー」
 すごい。素直に感心する。
 とても正体が馬だとは思えない。
「ぷ」
 そうか。
 彼女を飲みこんだ羽根付きたちが変化したその馬に見覚えがあったのは、それがこの自分にそっくりだったからなのだ。
「ぷりゅ?」
 あれ? けど、人間の姿だったら取りつかれないのではなかったか。
「あの数を相手ではな」
 苦笑する。
「さすがに人の姿を保ちきれなかった」
「ぷりゅー」
 そういうものなのか。
 確かに、自分が馬の姿に戻った――魔法がとけたのは、彼女が飲みこまれてからすこし経ったあとだった。
 羽根付きが『間に合わない』と言っていたのも、たぶんそういうことで、
「ぷりゅ!」
 羽根付き――
「ぷりゅ! ぷりゅぷりゅ!」
「落ち着け、落ち着け」
 たしなめられる。そして、
「ぷりゅっ!」
 またも変えられる。人間の赤ちゃんの姿に、
「ぷりゅっ。ぷりゅっ」
「わたしも人間になってるんだ。これでバランスがとれるってもんだろ」
「ぷりゅぷりゅっ」
「『ぷりゅぷりゅ』しゃべりも……ああ、赤ん坊だから無理か」
「ぷりゅぅー」
 馬鹿にされてる? 思わず鼻息が荒くなる。
 と、それより先にと、
「ぷりゅぷりゅっ」
「ああ」
 こちらの言いたいことがわかったというように、
「あいつか」
「ぷりゅっ」
 あいつ――羽根付きだ。
 自分と一つになった。
「いない」
「!」
「あいつは」
 視線が沈む。
「例外だった」
 例外?
「ここは」
 言った。
「あいつらの世界」
「!」
「向こうへ行くことができなかった。向こうに渡った『自分』たちと一つになることを何よりも望んだ。そんな――」
 言う。
「砕けた〝聖槍(ロンゴミアント)〟たちの世界」
「ぷ……!」
 ろんごみあんと?
「ぷりゅー」
 わからない。
「いろいろ言っても、急に理解するのは難しいだろう」
「ぷりゅっ」
 そんなことない。賢いのだから。
「簡単に言ってやる」
「ぷりゅ」
 お願いします。頭を下げる。
「おまえの中だ」
「ぷりゅ?」
「あいつは」
 指をさされる。
「おまえの中にいる」
「………………」
 言われて。
 見る。
 自分を。
「……ぷーりゅりゅ」
 呼びかけてみる。
 応えは、ない。
「いるんだ」
 確信をこめて。
「この空間を見つけたとき言われた。『ご主人さまになってほしい』と」
「ぷぅ?」
 そうなの?
「無理だと言った」
「ぷりゅっ!」
 冷たい! 思わず非難する。
「無理だろう。こうなってもわたしは騎士の馬なのだから」
「ぷりゅ」
 言われてみればそうだった。
「しかし、まあ、やつは本気だったよ」
「ぷりゅー」
 迷惑だ。騎士の馬に『ご主人さまになって』なんて。
「『このままだと自分もおかしくなる』」
「ぷ!」
「『みんなのように』」
 遠くを見る目で、
「『そうなる前にご主人さまになってほしい』ってな」
「ぷぅ……」
 思わず、
「ぷりゅぷりゅ。ぷりゅ」
 どうして? 必死になって聞いてしまう。
「長すぎたんだな」
 遠い眼差しのまま、
「強い想いを抱いて長い年月を過ごした。それが強すぎるあまり、自分たちの空間まで作ってしまうほどに」
「ぷりゅー」
 作っちゃったの? 『ツキノテイエン』を。
 すごい。
「それでも向こうへは行けなかった」
「ぷりゅ!」
 おかしい! だって、羽根付きは自分の前に現れた。
「おまえが」
 ヒヅメ――でなく指をさされる。
「おまえだからだ」
「ぷりゅ?」
「わたしの血を引くおまえだから」
「!」
「それがつなげた。そう考えるべきだろうな」
「ぷ……」
 そうなのか。
 と、我に返り、
「ぷりゅぷりゅっ」
 羽根付きだ! それが自分の中にいるってどういう、
「一つになった」
「ぷ……!」
 それは、その通りだ。
「そのままだ」
 そのまま?
「そのまま、いる」
 指をさされたまま、
「欠片……〝聖槍〟の力は完全におまえと一つになった」
「ぷぅ」
「でなければ、さすがにあれだけの数の想いと力は止められなかっただろうからな」
 それに飲みこまれた自分のことも悔いるように。声に苦さが混じる。
「ぷりゅー」
 じゃあ、あの羽根付きは?
 やっぱり、いなくなっちゃったの?
「そこにいると言っただろう」
 苦笑される。
「会えるさ」
 微笑する。
「おまえと共にあるのだから」
 不意に。
 魔法使いの背後から光があふれ出す。
「!」
 羽根付きたちだ。
 しかし、その顔は、あの恐怖を感じさせる怪物のようなものではなかった。
「おまえたちが」
 あらためて。
「道を創った」
 言う。
「行け」
 その指が。
 彼方をさす。
 見える。
 優しく、あたたかく光る月が。
 門が。
 あの向こうに――
「ぷりゅ」
 うなずく。
 ふわり。身体が浮かび上がる。
「ぷりゅーっ」
 羽根付きたちが。自分を取り囲んでいた。
 そうか。
 みんなも共に向こうへ行くのだ。
 そして、
「ぷりゅりゅっ」
 自分の背中にも。
 翼が――
「行け」
 言う。
 と、気づく。
「ぷりゅっ」
「わたしか?」
 肩をすくめ、
「行けないさ」
「ぷりゅりゅっ」
 どうして? 聞くと、
「いまのわたしは、そちらの世界ではあまりに異質だからな」
「ぷぅ?」
「馬の魔法使い……でない馬法使いか。そんなものがうろついていては、世界そのものの流れを乱すことになりかねん」
「ぷりゅりゅっ」
 わからない。もっと強く誘おうとしたが、
「会えるさ」
 言う。
「おまえが」
 言われる。
「再び。今度こそ〝姫〟と共にこちらに来るときに」
「!」
「あいつの言ったことは間違ってなかった」
 光の中に。笑顔がとけていく。
「おまえは勇者だよ」
 そして、
「ぷりゅーーーっ」
 最後のいななきを残し。
 翼たちは、光の中心に向かって羽ばたいていった。

ⅩⅢ

「白姫!」
 はっと。
「白姫……本当に白姫なんだね」
 涙――
「ぷりゅ……」
 泣かないで。そういななこうとしたところで、
「……!」
 ――ここは、
「ぷ……」
 戻って――来たのだ。
「白姫」
 心配そうな顔が近づけられる。
 それは、思わず息をのんでしまうほどにやつれたものだった。
「ぷ、ぷりゅ……」
 大丈夫? 思わずこちらから聞いてしまう。
「ふふっ」
 微笑まれる。
「白姫」
「ぷりゅ」
「本当に……良かっ……」
 かくり、と。
「ぷりゅっ!」
 とっさにその身体を支える。
「ぷ……!」
 無理だった。
 小さな自分の身体では支えきれず、そのまま下敷きに。
「!」
 ならなかった。
「白姫……」
 微笑む。
 ぎりぎりで。
 自分の腕で自分を支え、こちらをかばってくれていた。
「ごめんね、驚かせて」
「………………」
 騎士だ。
 思った。
 こちらに戻った自分のことも、こうして一番最初に迎えてくれた。
 向こうの世界でだって力をくれた。
 会えなくとも。
 つながっていた。
 だから、
「ぷりゅーっ!」
 飛びこんだ。その胸に。
 やはり衰えを感じさせつつも、しっかりと受け止めてくれた。


「ぷりゅー」
 むくれていた。
「ぷりゅっ。ぷりゅっ」
 ふんっ、ふんっ。意味なくそっぽばかり向いてしまう。
 そこに、
「白姫」
「ぷりゅっ」
 母だ。
「何をそんなにむくれているの」
「ぷりゅっ。ぷりゅっ」
 だって、だって。母に訴える。
「ぷりゅりゅっ。ぷりゅっ」
 ちっともわかってもらえない。
 あんな大冒険をしてきたのに。自分がどれだけ活躍したか、そのすごさをほめてもらいたかったのに。
「白姫」
 優しいまなざしで。
「本当に大変だったのね」
「ぷりゅー」
 さすが母だ。ちゃんとわかってくれている。
「ぷりゅぷりゅ。ぷりゅ」
「そう……ご先祖様に」
「ぷりゅっ」
「不思議な話ね」
「ぷりゅ」
 確かに。本当に不思議な出来事だった。
 正直、まだわかってないこともたくさんある。うまく説明できないことも。
 仕方ない。まだ赤ちゃんなのだから。
「白姫」
「ぷりゅ?」
 不意に。こちらの目を見つめ、
「葉太郎様はね」
「ぷりゅ」
「本当にあなたのことを心配していたの」
 母は語った。
 彼が。
 食事どころかまともに睡眠もとらないで、島中を探し続けていたことを。
「ぷ……」
 自分に向けられた笑顔の、その衰弱ぶりを思い出す。
 そんな相手に自分は。
「ぷりゅ……」
 ごめんなさい。そんな思いで頭を下げる。
「わたしにじゃなくて」
「ぷりゅっ」
 そうだ。
 ううん、そうではない。
「ぷりゅぷりゅ」
 母だって。きっと心配していたはずなのだ。
「白姫」
 そっと。身体を寄せてくる。
「あなたは強い子よ」
「ぷりゅぅ……」
「信じてる」
「ぷりゅ」
「けど」
 見つめる。優しいまなざしが。
「あなたのことを心から大切に思うみんながいることを忘れたらだめよ」
「ぷりゅっ」
 うなずいていた。
(ぷりゅー)
 明日になったら、ちゃんとあやまろう。
 そして、元気になってから、向こうの世界のことをあらためて話してあげよう。
 決めていた。


「思い出したんだし!」
 叫んでいた。
「な、何をですか」
 驚いて聞く金髪の少女――アリス・クリーヴランドに、
「ここだし!」
「ここ?」
「そうだし」
 確信をこめた目で。白馬の白姫(しろひめ)は、
「『月の庭園』なんだし」
「あれー」
 軽く。仮面の騎士――ファザーランサーは感心した様子で、
「よく知ってたね」
「ぷりゅ!」
 うなずく。力強く。
「ぷりゅー」
 顔を上げる。
 重なるように茂った木の葉の向こう。
 見えた。
「同じだし」
 はっきり言える。
「シロヒメ、あの月を通って、こっちとあっちを行き来したんだし」
「こ、こっちとあっち?」
 唐突な言葉に、アリスが目を白黒させる。
「どういうことですか」
「どうもこうもないし」
 察しが悪いと鼻を鳴らし、
「来たことがあるんだし。ここに」
「そうなんですか?」
「へー」
 またも予想外だというように、
「いつ?」
「赤ちゃんの時だし」
 そして――
 そのときにあったことを一同に語る。
「シロヒメ、勇者さまだったんだし」
 ぷりゅーん。胸を張る。
「ゆ、勇者さま……」
 あぜんと、
「本当なんですか」
「ぷりゅ」
 カチン。
「ぷりゅーっ」
 パカーーーン!
「きゃあっ」
 後ろ蹴りを受け、悲鳴をあげて吹き飛ばされる。
「なんてことをするんですか!」
「アリスが悪いし。シロヒメのことを疑うから。正直でかわいいシロヒメのことを」
「正直って、シロヒメ、よく嘘をつくじゃ」
「ぷりゅーっ」
 パカーーーン!
「きゃあっ」
 またも吹き飛ばされる。
「アリス、アホ」
「ううう」
 共に〝ここ〟に来た剣士の少女、何玉鳳(ホー・ユイフォン)に言われるも、ただ涙目になるばかりで何も言い返せない。
「ぷりゅったく」
 ぷりゅぷん、と。まだご機嫌ななめなまま、
「勇者さまなシロヒメに、たかがそこらへんのアリスがえらそーな口きいてんじゃねーし」
「なんで、そこまで言われないといけないんですか……」
「まーまー」
 ファザーランサーが割って入る。
「すごいねー、そんなことがあったなんて」
「すごいんだし」
 ぷりゅっへん。またも胸を張る。
 と、はっとなる。
「ファザーランサーこそ、なんで、ここのこと知ってんだし」
「それはね」
 人差し指を立て。ちょっと秘密めかして、
「最初に来たのがここだから」
「ぷりゅ?」
「僕は」
 語り始める。
「あの光の中、世界の境目を超えた」
 白姫だけでなく。アリスとユイフォンも息をのむ。
〝大戦〟。そう呼ばれた激しい戦いの最終局面。二振りの至高の槍が激突し、そして〝門〟が開いた。
 白姫たちはそれを通って未知の世界・卵土にたどりついたのだ。
 冒険。
 先に門を通ったご主人様――葉太郎を追って、彼の従騎士アリス、そしてユイフォンと共に白姫は卵土をさまよった。
 少女たちだけの旅は、困難の連続だった。
 ついには、無法の騎士の襲撃を受け、どうにもならなくなった――
 そこに現れたのが、仮面の騎士ファザーランサーだった。
 彼に救われた後、避難場所として連れてこられたのがこの『月の庭園』なのだ。
「きっと」
 ふわりとした微笑で、
「つながりやすかったんだね」
「ぷりゅりゅ?」
「だって」
 かかげる。
「……!」
 いま――その手に『槍』はない。
 しかし、白姫だけでなく、全員がそれを連想しただろう。
 至高の騎士槍〝聖槍〟。
 その存在を。
「ここは〝彼ら〟から生まれた世界なんだもんね」
「ぷりゅ」
 うなずく。
「それに」
 言う。
「ここには〝彼女〟もいる」
「ぷ……!」
 思い出す。
 そうだ。ここの主は。
 そして、目の前の仮面の騎士の駆る馬は、
「ぷりゅ!」
 いた。
〝人〟影が――二つ。
「ぷりゅーっ」
 すぐにわかった。
 白い髪に、白い衣装。
 何より二人はまるで姉妹のようにそっくりなのだ。
 と、見覚えのあるほう。
 魔法使い――白楽が口を開く。
「久しぶりだな」
「ぷりゅ!」
 うなずく。そして気づく。
「ぷりゅっ!?」
 変化していた。人間の姿に。
 それは赤ちゃんのとき以来のことだった。
「ぷりゅー」
 しげしげと。自分の〝手〟を見つめ、そして身体をさわる。
 違っていた。
 赤ちゃんだったころとは。
 当然といえば当然だ。自分はもう三歳なのだから。
 全体的な感じとしては、人間の年齢で十三歳であるアリスたちと同じくらいに思えた。
「大きくなったな」
 言う。白楽も。
「ぷりゅ!」
 元気いっぱいうなずく。はいはいでなく二本足で立った姿で。
 そして、あらためて、
「ママー❤」
 自分と同じく人間姿の母――白椿(しろつばき)に抱きつく。
「白姫……」
 声にかすかに涙が混じるのがわかった。
 敵同士になったことがあったとしても。やはり、変わることなく自分を受け止めてくれる母なのだ。
「だからなんだし」
「ぷる?」
「ファザーランサーが」
 母のご主人様である仮面の騎士を見て、
「ここに来たのは、ママとご先祖様が引かれあったからでもあるんだし」
「……そうね」
 うなずく。
「あなたから聞いて知ってはいたけど、自分がご先祖様……白楽様とこうして会えるなんて思っていなかったわ」
「ふふっ」
 姉のような親しさで肩に手を置き、
「会えてよかったぞ。子孫が変わらず優秀な騎士の白馬だとわかったからな」
「ちょっと待つし!」
 ぷりゅぷん、と、
「そんなの、シロヒメに会った時点でわかってたんだし」
「はあ?」
 何を言っているという顔で、
「おまえは赤ん坊だっただろうが」
「それでも、気品とかさいのーとか満ちあふれてたんだしっ」
「まあ、やかましさはいまも変わらんな」
「やかましくないんだしーっ!」
 ぷりゅぷん!
「白楽様」
 白椿が頭を下げる。
「申しわけありません。娘が失礼なことを」
「構わんさ。孫みたいなもんだ」
「そーだし。おばあちゃんなんだし。わがまま言っていいんだし」
「白姫」
 たしなめられる。
「ははっ」
 心から楽しそうに、
「孫に、娘か。や、おまえもわたしからすればずーーっと下の孫だがな」
「恐れ入ります」
 そこへ、
「あ、あの」
 動揺しっ放しという顔のアリスが、
「ど、どういうことですか」
「アホな質問だし。こっちが『どういうことか』なんだし」
「だって」
 まじまじと。こちらを見て、
「白姫……なんですよね」
「そーだし」
 ぷりゅ。うなずく。
「せつめーしたはずだし。ここは『月の庭園』で、魔法使いのおばちゃんはシロヒメのご先祖様の馬法使いだって」
「されましたけど」
「長生きしたから、馬法使えるようになったんだし。人間にもなれるんだし。あれだし、猫又とかいるんだし」
「いますけど。聞いたことはありますけど」
「同じなんだし。ウママタなんだし」
「う、馬又……」
「おい、おかしな呼び方をするな」
 苦笑しつつ。言われる。
 しかし、白姫はますます得意げに、
「ご先祖様の馬法はすごいんだし。プリュデ・バビデ・プーなんだし」
「ないぞ、そんな呪文も」
 ますますあきれられる。
「うー」
 こちらも。
「信じられない」
 動揺した顔のユイフォンがつぶやく。
「人間になった白姫が三人いる」
「なに言ってんだし。ぜんぜん違うんだし。まー、美人なのは一緒だけど」
 まさに美〝人〟だ。
「ぷりゅーん」
 えっへんと。胸を張り、
「馬法で人間になっても、やっぱり、シロヒメはかわいいんだしー」
「はあ……」
「う……」
「ぷりゅ」
 ぎろり。二人をにらみ、
「かわいくないって言うんだしーーーっ!」
「きゃあっ」
「あうっ」
 怒りの形相で迫られ、悲鳴があがる。
「やめてください、そうやってすぐに!」
「馬のときと変わらない」
「とーぜんだし。シロヒメ、変わらずかわいいし」
 やはり、まったく悪びれずに胸を張る。
「あ、そーだし」
 白楽に向き直り、
「聞きたいことがあんだし」
「? なんだ」
「シロヒメも」
 心持ち真剣な顔で、
「馬法使いになれるんだし?」
「おいおい」
 なにを冗談を。そんな反応に、
「なんでだし! シロヒメ、エリートだし! ご先祖様が馬法使いになれたんだから、シロヒメだって長生きすれば」
「一つ」
 ぴっ、と。眼前に人差し指を立てられる。
「おまえは馬を捨てられるか」
「ぷ!」
 衝撃の言葉に目を見張る。
「な、なんでだし。シロヒメは馬なんだし」
「いまは人間ですけど」
「アリスが口はさむんじゃねーしっ」
 パカーーーン!
「きゃあっ」
 馬のときほどの威力はなかったが、それでもするどい後ろ蹴りが見事に決まる。
「ほら、赤ちゃんのときと違うんだし。せーちょーしてるんだし」
「それでも物足りなくはあるだろう」
「ぷ……」
 言葉に詰まる。
「でもっ」
 あたふたと、
「ご先祖様だって馬だけど、それでも馬法使ってて」
「おまえが言っただろう」
 ニッ、と。
「馬又だって」
「………………」
「馬法使い」
 口にする。
「馬の魔法を使うとは言いつつ、実際、馬本来のことわりからは遠く隔たった存在だ」
「そんなこと」
 続かない。言葉が。
「ほら」
 ぴっ、と。またも指を立てる。
「これだ」
「ぷりゅ?」
 首をひねる。
「指がどーしたんだし」
「魔法には必要なものなんだよ」
 あ、と思い出す。
 確かに魔法を使うときにはいつも指をふっていた。
「ぷ、ぷりゅ」
 じっと。自分の〝手〟を見る。
「ヒヅメのままでは、いろいろと不都合があるのさ」
「ぷぅ……」
「そもそも、なんで馬法なんか使いたがる。そんなものなくとも、いまのおまえは騎士の馬として」
「シラユキのことだし!」
 声を張る。
「何?」
 きょとんと。白楽、そして白椿も目を丸くする。
「白……雪?」
「そーだし」
「そんな名前の子孫がいるのか」
「いえ、すみません、わたしの知る限りでは」
「違うしっ」
 もどかしそうに、
「羽根付きのことだし」
「羽根付き?」
「いるんだし」
 胸に手を当て、
「ここにいるって。ご先祖様、言ったんだし」
「ああ」
 わかったという顔で、
「あいつのことか」
「『あいつ』だし」
 ぷりゅっ。うなずく。
「しかし、なんだ『白雪』というのは」
「名前だし」
 得意そうに、
「シロヒメがつけたんだし」
「ほう」
「あのとき」
 せつなく。遠くを見て、
「雪みたいだったんだし」
「雪?」
「向こうの世界に戻ったとき、一緒に来た羽根付きのみんな、雪みたいにキラキラ舞い降りていったんだし。だからシラユキなんだし」
「なるほどな」
 あごに手を当てる。
「わたしにどうこう言う権利も義務もないが、確かにあいつに名前というようなものはなかっただろうからな」
「じゃあ、やっぱりシラユキだし。決定だし」
 言い切る。
 と、一転、おそるおそる、
「いまも……シロヒメの中にいるんだし?」
「いる」
 確信をこめて。
「だったら」
 納得いかないと、
「なんで何か言ったりとかしてくれないんだし? 何も起こらないんだし」
「あわてるな」
 わしわしと。白いたてがみ――でなく髪をかきまぜる。
「ぷりゅー」
 それでも不満げな顔のままでいると、
「会えるさ」
「ぷ?」
「おまえが」
 優しく。微笑んで、
「大人になったときに」
「ぷりゅ!」
 その目が輝き、
「ホントなんだし!?」
「ああ」
「ウソついたらしょーちしないんだし。かわいい子孫のシロヒメに」
「白姫」
 たしなめられるも、白楽は構わないと手を上げ、
「嘘なんてつくものか。わたしはご先祖様だぞ」
「そのとーりだし!」
 ぷりゅっ! 今度こそ疑いの晴れた顔でうなずく。
「ぷりゅー。たのしみだしー。シロヒメがせーちょーしたみたいに、シラユキもおっきくなってたらおもしろいんだしー。シロヒメを乗せて飛べるくらいにー」
 ご機嫌で踊り出す。そんな彼女を見ながら、
「それはないな」
 小さく。苦笑しながらつぶやく。
「あいつは、おまえと一つになった。おまえの力そのものになったんだ」
「えっ」
 白椿がそれを聞きとめる。
 言葉は続き、
「消えてはいない。本当に一つになったんだから」
「ですが」
「会えるさ」
 再び。その言葉を口にし、
「あらたな命となって」
 はっと。
「そう……なのですか」
 うなずく。
「言っただろ。大人になったらって」
 はるかな時を超えて出会った二人。
 その流れは――さらにつながっていくのだ。
「白雪か」
「ええ」
「一族らしい良い名前じゃないか」
「ですね」
 笑顔を交わす。
「ぷりゅーっ」
 そんな会話に気づかず跳ねまわっている白姫。
「あ、あの」
 その大よろこびぶりに押されつつ、
「よかったですね……でいいんですよね」
「いいんだし」
 ぷりゅっ。うなずく。
 と、はっとなり、
「……似てるかもなんだし」
「えっ」
「アリスが」
 かすかに青ざめ、
「シラユキと」
「えっ……!」
 思わず驚くも、
「あ、でも、羽根をはやした妖精みたいな子なんですよね」
「情けないし」
「は?」
「情けないところがそっくりだったりするんだしーっ!」
 絶叫。
 あぜんとなるもあわてて、
「情けなくないですよっ」
「あるんだし! どーすんだし、シラユキがこれ以上アリスみたいなアリスになっちゃってたら!」
「な、なんですか、それは」
 さらにあぜんとなる。
「責任とるし」
「は?」
「情けないことの責任とるし。情けないアリスが」
「なんですか、それは!」
 悲鳴になる。
「とにかく、シラユキに近づくんじゃねーしー。情けないのがうつるからー。アホがうつるからー」
「なんてことを言うんですか!」
「アリスがうつるからー」
「なんなんですか、それはぁっ!」
 わざとらしく逃げる白姫とそれに抗議するアリスの追いかけっこが始まる。
「変わらない。人間になっても」
 ユイフォンが言う。
 白楽と白椿は、楽しそうに二人を見つめる。
 ファザーランサーも微笑する。
 月の庭園――
 そう呼ばれる不思議な空間に、過去にはなかった明るい声が響き渡っていた。

赤ちゃんシロヒメはふしぎの森の勇者さまなんだしっ♰

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  • 小説
  • 中編
  • ファンタジー
  • 冒険
  • アクション
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2022-07-06

Derivative work
二次創作物であり、原作に関わる一切の権利は原作権利者が所有します。

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  1. ⅩⅢ