Aの32

 俺はいちおうルーデンドルフさんに念を押した。

《 あの人はやめたほうが良いと思いますよ。かなり口が悪いし、そもそも協力してくれるような相手じゃないですよ、、、 》

《 ま、そうですよね笑。さっき私もあの人にいきなり「おい、ハゲ」って言われましたよ。たしかに口は悪そうですよね。。。でも、今のところ街には私たち2人とあの軍人一人しかいない状況ですし。。。困りましたね 》

 今はまだリアル時間が午後の4時過ぎなので、あと1時間くらい待たないとプレイヤーが増えてこない。

 俺は提案した。

《 いったんログアウトして人が増える時間帯になるまで待ってみますか? 夕方とか夜の時間帯ならかなり人が増えてくるので、そのときに助けてもらえればいいんじゃないかと、、、》

《 ですよねー。でも、ちょっと残念ではありますね。。。実はこのあとリアルの予定が入っていて、今日はもういまの時間しかプレイできないんですよね、、、 》

 ルーデンドルフ2号さんは残念そうだった。

 どうにかしてやりたい気持ちはあったが、自分の力ではどうにもできないと分かっている。

 俺はもういちど酒場の方に目を向けた。

《 少しだけここで待っててもらえますか? 俺ちょっと酒場に行って松平さんを仲間に誘ってみます。もし断られたら、すぐに連絡しますよ 》

《 あ、はい。分かりました。お願いします 》

 なんかやけに乗せられてしまった感もあるけど、ルーデンドルフさんには船の修理を手伝ってもらったので何か恩返しをしたかった。

 俺はそのあと酒場のドアを開けて店内に入り、松平次郎三郎に声をかけた記憶がある。だけど、そのとき酒場でどんな会話をしたのかよく思い出せない。

《 誰がおまえみたいなザコと組むかよwwww 》

 その言葉だけは覚えているが、他に何を話したのか今ではよく思い出せない。

 松平さんは想像した通り、俺の誘いを拒絶したけど。そのあとやけに話が長くなっていつの間にか30分くらい話したのを覚えている。最初はリアルの年齢を聞かれ、そこから今度は尊敬する戦国武将は誰かとしつこく聞かれ、そのあとは好きなアニメは何かと質問された。

 俺が好きなアニメについて語るころには、なぜかすっかりお互いに意気投合していて、どんどん話が延長していった。それでいつの間にか待てなくなったルーデンドルフ2号さんも酒場に入ってきて3人で話すようになった。おそらく、そんな感じの流れだったことは覚えている。そのときから俺たちの協力関係が始まった。それはゲームのサービス終了までの約5年のあいだずっと途切れることなく続いた。

 三人の関係がうまく続いたいちばんの要因はルーデンドルフ2号さんの存在だったと思う。

 俺と松平さんは性格や趣味がだいぶ近くて、ものすごく気の合う関係だったけど、性格が似てるからこそ、ちょっとした事が原因で何度も衝突した。そのたびにうまく関係を取り繕ってくれたルーデンドルフ2号さん。もし彼がいなかったらすぐに協力関係は破綻していたに違いない。

 俺は二人のリアル年齢をだいたい想像できた。松平さんはおそらく小学校の高学年から中学生くらい。そしてルーデンドルフ2号さんは確実に大人だと分かる。その落ちついた話し方から推測して、たぶん50代くらいのおじさんではないかと思う。普通に考えたら、口の悪い中学生のガキ一人と、高校生一人と、おじさん一人の組み合わせなんて長続きしそうな気はしない。5年も関係が続いたのは、ただ運が良かっただけかもしれない。

 ◇11

 アテネの港前に来たとき、松平さんは俺に「船のデータを見せろ」と言ってきた。

 俺はそのとき戸惑った。

( 何のつもりだろう )

 他人の船のデータを見せろ、なんて言うプレイヤーに会ったのは初めてだった。

 俺はとりあえず彼を信じる事にして、自分の船のデータを松平さんのメールボックスに送った。そのあとルーデンドルフ2号さんにも「見せろ」と言ってデータを送らせていた。

 それから2、3分ほど経過して松平さんが口を開いた。

《 おまえらの船遅すぎ! どんだけ食料積んでるんだよ。必要最低限にしろよ。あと八郎の船、装甲板を付けすぎ。4枚だけ残してあとの10枚は全部はずせ 》

 俺は反論した。

《 装甲板10枚も外すの? それじゃ大砲撃たれたらすぐ沈むだろ 》

《 なんで撃たれる前提なんだよ。もっと頭使えよ。あと、ルーデンドルフの船は帆のつけ方が少し悪いな。今の状態だとすぐに船が曲がらないだろ。俺がちょっと船改造してやるよ 》

《 あ、はい。ぜひ頼みます 》

 ルーデンドルフさんがその気になっているので、俺もおとなしく松平さんに従う事にした。今は軍人の意見を聞いておいた方が良いかもしれない。

 俺は自分の船のカスタマイズ画面を開き、左右の装甲板をそれぞれ5枚ずつ取り外した。

( 大砲当たったらすぐ蜂の巣だろうな…… )

 もしこれで海賊にやられて海に沈んだら松平次郎三郎を恨むしかない。

《 よし、これでルーデンドルフの船は曲がりやすくなったはず。曲がりやすくなれば砲弾の回避率も上がるよ 》

《 助かりました。ありがとうございます 》

 ルーデンドルフさんは松平次郎三郎に丁寧におじぎをした。

 松平次郎三郎が俺たち二人の前に立って剣を抜くアクションをした。

《 よし、おまえらよく聞け。これからアテネ脱出作戦の内容を説明する! 》

 もう完全にリーダーみたいになってる。

《 海賊の船団が襲ってきたら、おれたちは3隻で敵の正面に突入する! 》

 俺は失望した。

( だめだこいつ。輸送船で海賊を倒せるわけがない )

 しかし作戦にはちゃんと続きがあった。

《 俺が合図するまでは3隻横並びで突入する。そのあと俺が合図を出す。その合図があったら、おまえらは右と左に分かれてそれぞれ逃げろ 》

《 分かった 》

 俺はそう言った。

《 わかりました。やりましょう 》

 ルーデンドルフさんもそう言った。

 ◇11

 俺たちは3隻で横並びの隊列を組んで海に出た。そのあと予想していた通り、海賊襲撃の警報音が鳴った。

 状況は最悪だった。俺が一人で襲撃を受けたとき海賊船は3隻だったのに、今はそれが7隻に増えている。

『3隻で敵の正面に突入し、そのあと俺とルーデンドルフさんの船だけ左右に逃げる』

 今さら不安が押し寄せてきた。

( そんな単純な作戦で勝てるかよ )

 松平さんの船がどんどんスピードを上げていくので、俺も遅れないように船の帆を全開にする指示を出した。しばらくして松平さんからメールが来た。

《 これより作戦行動を開始する。諸君の健闘を祈る 》

 俺は船の操縦に集中したかったのでメールを無視した。ルーデンドルフさんも静かに黙っていて、何も言ってこない。

 前方の海賊船7隻が少しずつ両側にばらけて俺たちの船をとり囲もうとしていたとき、松平さんが指示を出した。

《 オーケー今だ。二人とも左右に逃げろ! 》

 俺はその指示に従って船を大きく左に旋回させた。今ごろ気づいたけど、自分の船の動きがやけに軽くなっている気がする。ルーデンドルフさんの船も右側に大きく旋回して離れて行くのが見えた。

 そこから一気に状況が変化していった。

 海賊船のいくつかが俺の船めがけて追いかけてきた。海賊船のほうもかなりのスピードを出してこっちに向かってくる。俺はそれを見てぞっとした。

( 逃げ切れるのか。これは )

 俺は3隻の海賊船にしつこく追い回されたが、ルーデンドルフさんのほうも2隻に追いかけられていた。そして松平さんの船が中央の海賊船2隻にむかって突入していく。

 やがて砲撃音が鳴り響き、松平さんの船が海賊船2隻に挟まれて攻撃されているのが見えた。

( あいつ自滅する気かよ )

 砲撃音のあと周囲が黒い煙に包まれて、松平さんの船がどうなっているのか分からなくなった。ルーデンドルフさんのほうは上手く海賊船から逃げられている感じだった。俺のほうも良い感じに船のスピードが出ていて海賊船に追いつかれそうな気配がない。俺はそのとき一つの選択肢を考えた。

( このまま上手く逃げれば戦場を離脱できるかもしれない。松平さんには悪いけど )

 俺はルーデンドルフさんに連絡することにした。

 海賊船の位置を確認しつつ船を操作しながら、モニターの端にチャット画面を用意してルーデンドルフさんに連絡した。

《 ルーデンドルフさん。もうこのまま逃げましょう。今なら何とか逃げられるはずです 》

 しかし返信が来ない。おそらく、ルーデンドルフさんも船の操作が忙しくてチャット画面を見る余裕が無いのかもしれない。

 俺はそのときに操縦ミスをした。チャット画面に目を向けていたせいで、海賊船の位置をうまく把握できていなかった。

( やば。囲まれた…… )

 俺の船は3隻の海賊船に囲まれてしまい。集中攻撃を受けた。

 次から次へと飛んでくる砲弾が直撃し、俺の船が横に傾き始めた。

 船の操作に集中せず、チャットに余計なメールを送ったことを俺は後悔した。

( もうだめかな )

 砲撃戦の煙がいつの間にか引いていて、松平さんの船が無事だと分かった。そのかわり、海賊船の1隻が傾いて沈みかけている。

 俺は自分の船に視線を戻した。なぜか船の耐久値が回復している。敵の砲撃は続いているけど、そのたびに船が緑色の光に包まれた。

「八郎さん。まだあきらめないで下さいよ。松平さんが1隻倒しましたよ。私たちも最後までがんばです!」

 ルーデンドルフさんにそう言われ、俺は気持ちを切り替えた。他の二人が持ちこたえているこの時に自分だけリタイアするわけにはいかない。

( 右上に大きく曲がってみよう )

 俺は思い切って3隻のあいだの隙間めがけて突入することにした。それがタイミング良く、運も良かった。風向きがちょうど追い風になって、俺の船はスピードを急加速させて海賊船2隻のあいだを上手くすり抜けて進んでいった。しかも相手は混乱したのか、方向転換が遅れて海賊船どうしで衝突した。そうして動きが取れなくなっている間に俺の船はうまく逃げる事ができた。

 しかし俺はまた油断してとんでもないミスをした。せっかく逃げられたと思えば、衝突していない残りの1隻がちょうど俺の船の真正面にいて、しかも船の側面をこっちに向けている。このままだと敵の砲撃をもろに受けて蜂の巣になってしまう。

 そんな状況なのに、海賊船はなぜか方向を転換して俺の船から離れていく。周りに目を向けると他も同じだった。ルーデンドルフさんの船を追いかけていた海賊船も退散していく。しかもそのうち1隻は炎に包まれたまま戦場から離れていった。そして、松平さんの船の周りでは2隻の船が傾いて沈みかかっている。

 松平さんから連絡がきた。

《 ルーデンドルフやるな。逃げるだけの予定だったのに、1隻燃やしたのか 》

《 逃げるときに火薬の罠を海に浮かべておきましたよ。でもあれくらいの炎ならすぐに消火されちゃいますけどね 》

《 いや。効果はそれなりにあったはず。船2隻沈めて、3隻目が炎上してようやく退散しやがった。八郎もおつかれ。3隻から逃げるの大変だっただろwww 》

 俺も返信した。

《 沈むかと思ったよ(笑) 》

《 wwwwwwwwwwwwわろた 》

 俺はそのとき思った。この二人と組んでもっと力を付ければ、どんな危険な海にでも行けるのではないかと。


【作者紹介】金城盛一郎、1995年生まれ、那覇市出身

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  • 小説
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2022-07-05

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