Aの31

 自分のアパートに戻る道を歩いているあいだ、俺はいまだにゲームの事を考えていた。

( なんか、微妙な三人組だったな。わざわざパーティーを組んでログインする必要は無かった気がする…… )

 こんな時になぜか旧作の思い出が蘇ってきた。

 どんなオンラインゲームにもマナーの悪いプレイヤーは必ずいる。旧作の『大海賊時代オンライン』にもそういう嫌なやつは何人もいた。ゲーム中に悪口を言われたり、嫌な思いをしたときは「こいつのキャラ名をメモってあとで運営に通報してやる」なんて考えてたけど、今ではそういう嫌なやつがどんなキャラ名だったのかはもう覚えていない。ただ一人を除けば。

 大海賊時代を始めて最初に話したり、協力した仲間の名前も今ではもう覚えていない。おそらく途中でゲームをやめたプレイヤーか、もしくは気が合わないってことで行動を別にするようになったプレイヤーが大半だと思う。やっぱり最初に会ったプレイヤーとずっと理想的な協力関係が続くなんてことはMMORPGの世界では比較的珍しい事だと思う。やはり考え方の違いや性格の相性などが原因で、初期の段階で協力関係を解消してしまうケースが多い。そういう事を繰り返しながら、出会いと別れを繰り返しながら理想の仲間を見つけるというのも『大海賊時代オンライン』の深い魅力だったように思う。

 それにしても、初期の仲間たちの名前は全く覚えていないのにその仲間たちがよく口にしていた嫌なプレイヤーの名前は今でもはっきり覚えている。

《 松平次郎三郎はめっちゃ口が悪いよ 》

《 たぶん中身は小6か中学生くらいのガキだはず 》

《 あ、俺もそいつ知ってる。いきなり初対面でめっちゃディスられた。もう話さない事にしたよ。八郎さんも気を付けたほうが良いよ。もし街で会ったら無視したほうがいい 》

 松平次郎三郎。

 やけに目立つ名前なので、俺はすぐに覚えた。

 俺が最初に始めた職業は「運び屋見習い」で、その仕事内容は見習いという名に相応しいものだった。たいていの場合は、近場の港を往復して食料品を輸送する仕事がメインになる。そんな仕事をこなしていくうちに慣れたと思った俺は、もっと大きな仕事がしたくて職業紹介所に行き、アテネに美術品を届けるという難易度高めの仕事を引き受けた。

 アテネに行ったことは無かったが、その近くのシラクサという港に行ったことがある。俺はその仕事が難しいというイメージを持たなかった。

 そのころ俺の本拠地はイタリアの港街・ジェノバで、そこでは俺の他にも多くの初心者船乗りたちが集まって仲間集めをしたり、協力して仕事をこなしていた。プレイヤーのあいだでは「ジェノバ・スクール」あるいは「ジェノスク」などと呼ばれていた。地中海は大西洋やカリブ海など他の海に比べて海賊が少ないので、初心者船乗りたちが訓練してスキルを高めるには絶好の場所だった。

 ジェノバから北アフリカのアレクサンドリアという港町に行った時は、仲間たちと共に船をならべて移動した。そのときは仲間たちがいてくれてかなり心強かったので、アテネまで行くときも俺は仲間たちを誘おうとした。しかし今回はタイミングが悪かった。

 みんなリアルの予定が入っていたらしく誰もログインしていない時間帯で、俺は仲間たちがログインしてくるのを待てなかった。そして一人でアテネに行くことにした。

( あの時もし待っていたら…… )

 今でもそう思う事がたまにある。

 ◇11

 自分の船一隻だけでジェノバの港を出港し、途中のシラクサという港に着くまでその航海は何の問題も無く順調だった。そのあとシラクサを出港してからも特に大きな問題は出なかった。途中で船内にネズミが大発生したけれど、すぐに対応して駆除したので被害は最小限で済んだ。何より輸送品が食品ではなく美術品だったのが幸運だった。

 しかしアテネの近海に近づいたとき、俺に災難が降りかかった。

 とつぜん警告音が鳴り響いて船の周囲を確認すると、自分の船の周囲に海賊船がいる事に気づいた。俺は動揺していていたので初期の対応が遅れ、海賊船の砲撃をもろに食らった。その攻撃によって美術品はすべて消滅した。

 海賊にとっては美術品よりむしろ俺の大事な船員をすべて奪い取って奴隷にしようなどと考えていたのかもしれない。最初の砲撃のあとに海賊船が徐々に近づいてきたとき、俺はようやく冷静さを取り戻して船員に指示を出した。そこからすぐに風に乗りやすい方向に進路を変えて現在地からの逃走を図った。それが何とか成功したので俺の船は沈まずに済んだ。

 そのあと海賊が出そうなポイントを上手く避けて進み、なんとかアテネに寄港することができた。しかしそのとき俺の船は海賊が撃った砲弾のせいでボロボロになっていて、かなりの時間と材料を使って修理をしないとまともに再出港も出来ない状態になっていた。

 自分の持つ修理スキルを使えば船を直す事が出来るが、今まで修理スキルが大して役に立たないと思っていた俺は、このスキルをろくに強化してこなかった。ゆえに一人で修理するとなると相当な時間がかかる。そのうえ資材もいくつか海に沈んでいてアテネで追加調達しないといけない。

 俺がはじめて松平次郎三郎に会ったのはそんな状況の時だった。

 ◇11

 アテネの港には俺が来る前からすでに1隻の船が停泊していた。俺のボロ船よりも小さいけど、その船には多くの大砲が装備されている。おそらく軍人プレイヤーが街にいるのだと分かったが、その船の所有者が例の松平次郎三郎だと後で気づいた。俺が修理資材を買うためにアテネの造船所に来ていたとき、そこに松平次郎三郎もいた。

 俺はキャラ名を見てすぐに悪評を思い出し、その軍服を着た若い軍人から離れようとした。しかし俺が歩き出すよりも先に彼がこっちに走ってきた。俺のすぐ近くまで来たかと思えば、今度は俺の周りをぐるぐると走り回って落ち着きが無い。

 やがて俺の目の前で急に立ち止まり、俺の顔をじっと見つめた。それから動かなくなったので何をしているのかと思ったら、しばらくして俺のチャットに連絡が来た。

《 よっわ! おまえ、よっわ! 戦闘レベル3かよ。弱すぎ、ワロタwwwww 》

 一時的に彼の動きが止まっていたのは、俺のプロフィール画面を拝見していた為だと思われる。俺も反撃するつもりで松平次郎三郎のプロフィール画面を開いた。

 松平次郎三郎。冒険レベル8、戦闘レベル23、商業レベル1。

 そう書いてある。

 彼はどうやら商売を一度もした事が無いらしい。商業レベルが1しかないけれど、それ以前に商業経験値が0と表示されている。

 俺も松平次郎三郎に言い返した。

《 ずいぶん暇なんですね。人にちょっかい出すのそんなに楽しいですか? 》

《 うん、楽しい。八郎よっわ!wwwww 》

 俺はイライラしてまた言い返そうとしたが松平次郎三郎が急に走り出し、チャット画面が閉じられた。

 言い逃げするとは卑怯なやつ。

 仲間たちの言った通り、松平次郎三郎は嫌なやつだと分かった。

 ◇11

 そのあと修理資材を調達して港に戻った時、船がもう1隻停泊しているのが確認できた。それは俺の船と同じようなタイプの輸送船で、大きさもほぼ同じくらいに見える。その船も船首に穴が開いてひびが入っているし、マストのいくつかの帆も破けている。たぶん先ほどのNPC海賊の襲撃を受けたと思われる。

 港前に立っている大柄のスキンヘッドの男性を見つけて、俺は声をかけてみた。

《 とつぜん声かけてすいません。もしかして海賊に襲われたんですか? 》

《 あ、はい。そうなんですよ。船がやられちゃったんで、いま修理しようかと。。。 》

《 俺もですよ。1隻だけで移動してたら襲われちゃいました。この辺、海賊は出ないと思って油断してましたよ 》

《 あぁ、私もそう思ってました。今までこの辺りは海賊あんまり出なかったですよね。ちょっと意外でしたね~ 》

 相手も俺と同じく船をボロボロにされているのに、慣れているというか、あんまり落ち込んでいるような感じがしない。俺は海賊にやられて内心かなりヘコんでいるのに、このルーデンドルフ2号という人はやけに余裕があるような話し方をする。

 ルーデンドルフ2号さんが言った。

《 じゃ、さっそく修理といきますか。おたがいに…… 》

《 そうですね。始めましょう 》

 修理スキルは数あるスキルの中でもかなり地味なスキルだと言える。船のほうを向いてスキルの発動ボタンを押せば、それで終わりだった。あとは自然に船の耐久地が回復していくのを待てばいい。

( これだけ壊れていると全回復までかなり時間かかるな…… )

 俺はそう覚悟した。

 隣に目を向けるとルーデンドルフ2号さんもちょうど修理スキルを発動していた。修理スキルを発動しているとき、対象の船は緑色の光に包まれるので一目見ればすぐに分かる。

 ◇11

〈修理〉という単純な作業でも実力の差が表れた。

 俺の船はまだ半分も直せていないのに、ルーデンドルフ2号さんのほうはすでに船を完全に修復し終えている。

《 ずいぶん早いですね 》

《 いえいえ。これしか得意なこと無いんで笑。さすがに修理ばかりしてると、スキルランクも上がりますよ。ゲーム初めてもう10回以上は襲われてますし。海賊に襲撃されるのなんてもう慣れてますから。。。そのたびに修理ですよ笑。あ、もしよければ。そっちの船の修理も手伝いますか? サポートに回れば少しスピードがあると思いますよ 》

《 ありがとうございます。助かります! 》

ルーデンドルフ2号さんのサポートを受けたおかげで俺の船の修理はすぐに完了した。

《 めっちゃ時間の節約になりましたよ。助かりました 》

《 いえいえ。困ったときはお互い様ですよ^^ 、、、と言っても私のほうは仲間もいないので一人でずっと航海してましたけどね。。。汗 》

 この人の修理スキルがかなり強化されている理由がそのとき分かった。ずっと一人で行動しているということは、たった1隻で何度も海賊に遭遇し、そのたびに船を攻撃されて。ボロボロになった船を何度も修理してきた。そんな苦労がうかがえる。

 俺はルーデンドルフ2号さんのプロフィールページを開いてみた。

 冒険レベル9、戦闘レベル3、商業レベル22。

( これは…… )

 面白い偶然だった。3つ分野のレベルが俺と全く同じ数値になっている。たぶんゲームを始めた時期もほとんど同じかもしれない。

 ルーデンドルフ2号さんが言った。

《 さて。問題はここからですよね。船は直しましたが、どうやってこの場所から脱出するか。。。また海に出たとしてもさっきの海賊が近くをうろついているだろうし、、、 》

《 そうですよね、、、せめて強そうなプレイヤーがこの港に来てくれたら良いんですけどね。そしたらその人に守ってもらって、うまくこの海域から脱出できるんですけどね、、、 》

 これは俺が何度も使ってきたやり方だった。さらに、助けてくれた心優しいプレイヤーとフレンド登録すれば、また何か災難が起きたときにチャットに「助けて」メールを送って救援に来てもらえばいい。ちょっと他力本願すぎるかもしれないけど、戦闘が苦手な俺にとってはそれが一番良い方法だった。そのかわり助けてもらったお礼として交易品や資材など、自分のアイテムを贈与したりしている。

 ルーデンドルフ2号さんが体の向きを変えた。

《 ちょっと強そうなプレイヤーいるんですけどね。。。ほら、あそこに 》

 俺は港の近くにある酒場の方に視線を向けた。

 〈松平次郎三郎〉が酒場のドアを開けたり閉めたりしている。自分の船員に酒でもおごっているのか、それともまた他のプレイヤーを探してちょっかいを出す気なのだろうか。


【作者紹介】金城盛一郎、1995年生まれ、那覇市出身

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  • 小説
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2022-07-05

Copyrighted
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